聖騎──シャルル・パトリキウス
ベルチェが目を覚ますと、目の前には一面の青空が広がっていた。
どうやらここはどこかの知らない都市で、自分はそこに寝転がっているらしい。爽やかな春風がベルチェの頬を撫でている。
柔らかな陽射しが降り注いでいて、地面は石畳だが、このまま目を閉じれば心地よく微睡むことができそうだ。
だんだんなにかを考えるのが億劫になってきて、目蓋が重くなって──
「起きろ、マスター。オレだオレ、アンタのサーヴァント」
「……む?」
ぼんやりする視界に鎧姿の少年が現れたことで、ベルチェはなんとか居眠りしてしまう直前で踏みとどまった。起き上がり、頬を叩いて意識をはっきりさせた。それから、どうしてこうなったのか記憶の糸を手繰る。
──ベルチェたちは大空洞から聖杯の触手に追われ、地上まで逃げていった。しかし、その直後、地面をぶち抜いて現れた不意打ちの触手に捕まり、そこで意識を失った。そのはずだ。
本来の天気は重苦しい曇りであり、このような清々しい晴天などではなかった。
「となると……ここは聖杯の中なのか?」
ランサーが言っていた。聖杯の奥底に結界らしき気配があると。
なにしろ、あの聖杯は見た目こそ冒涜的だが、計り知れない莫大な魔力リソースの塊であることは確実だ。この程度の空間を維持することなど、造作もないだろう。
ベルチェはセイバーの手を借りて起き上がり、付近を見回した。ランサーや生き物係の姿はない。どころか、一切の人影がない。セイバーとベルチェ、世界にふたりっきりで取り残されたようだ。
また、周囲には石造りの街が広がっており、中世ヨーロッパの雰囲気を感じさせる。
「これはどういう結界なのだろうか」
「……魔術的なことはわからないが、オレにとっちゃ見慣れた景色だな」
セイバーが指したのは正面にそびえ立っている豪華な宮殿である。他の建物も周りにいくつかあるけれど、明らかに目立っていた。十二勇士がひとりオリヴィエにとって、ということは、あれがかの大帝シャルルマーニュの居城ということになるのだろうか。
「オーケー、では善は急げだな。進もう」
「……行くのかよ、結局」
元の世界に戻る手がかりも何も無いいま、まずすべきことといえば探索である。立ち止まっているより有益だ。
ベルチェはセイバーを先導しながら歩き出す。石畳にパンプスの音をこつこつ立てながら、宮殿へと真っ直ぐに向かっていく。
「しかし本当に王がいたらどうしようか。礼儀知らずで斬り捨てられたりしないだろうか」
「アンタがそれを言うのか? ま、仮に王様がいたとしたら、マスターとはすぐに仲良くなれるだろうけどな」
「そっか。それは楽しみだ」
気を紛らす雑談を交えつつ、やがて宮殿の前にたどり着くベルチェたち。衛兵の類いはまったくおらず、二人を待ちわびているかのように口を開けている。
ベルチェは迷わず踏み込んだ。セイバーもそれに続き、静寂に靴音と鎧の金属音ばかりが響く。
「ええっと、王の間は?」
「こっちだ」
セイバー曰く、奥に祭壇があり、王が待っているとすればそこらしい。彼に従い進んでいくと、ふと、その瞳がどこか憂いを帯びているように見える。
「どうかした?」
「……いや、なんでもねえよ。懐かしんでただけだ。ま、あの王様は遍歴騎士やってたからな、あんま一箇所に留まってたわけじゃないんだが」
そう誤魔化すセイバーは、やはりいつもの調子ではない。なんとなくそんな気がしてならなかった。
そのまま赤絨毯の上を行き、やがて大きな広間に到達する。ここまで来て、ベルチェはその世界で初めて、セイバー以外の人間の姿を目にした。
整った顔立ち。黒髪に銀のメッシュ。身に纏うは白銀の鎧。その姿はまさに聖騎士の体現だと言える。
間違いない。彼こそが十二勇士を率いるフランクの王──シャルルマーニュなのだろう。
ベルチェは目を丸くし、思わず駆け出し、右手を差し出した。
「シャルルマーニュさんですよね!? ファンです! 握手してください!」
「俺のファン! いやあ嬉しいねえ、こんな可愛らしいお嬢さんに好いてもらえるなんて」
ベルチェの突然の要求に、彼はわざわざ屈んで視線を合わせ、笑顔で応じてくれる。手にインナーのしなやかな感触が伝わり、一種の感動を覚える。
さすが王様、懐が広い。
「お嬢さん、名前は?」
そして、彼の透き通る瞳がベルチェに向けられた。目の前の圧倒的な顔面偏差値を誇る好青年に対し、さすがのベルチェもドキッときてしまう。
一度深く吸って、吐いて、呼吸を整えた。そうして心の準備を済ませ、それから口を開く。
「……私はベルチェ・プラドラム。セイバー、オリヴィエの現マスター。息子さんはお元気にやってますよ、お義父さん」
「お義父さん!?」
「おぉ、マスターさんだったか。こりゃどうも、うちの息子が世話になってるみたいで」
「アンタの息子になった覚えはないんだが!?」
先の対応からもしかしたら付き合ってくれるかもしれないと、ベルチェは少しふざけてみた。するとセイバーもシャルルマーニュも綺麗に乗ってくれる。
それもそのはず。彼の統治した王国、即ちフランク王国の人々は『フランク』が『遠慮のない、隠し立てをしない』気質を表すようになった由来なのだ。
ベルチェは嬉しくなった。
「しかし……なんで王様が聖杯の中に? サーヴァントにまでなって顔見知りと会うとか、思ってなかったんだが」
「あぁ、俺もだ。っていうかオリヴィエ、見ないうちにちっちゃくなったな! フィエラブラの三分の一くらいになってるぞ」
「巨人と比べたらだいたいの人間小さいだろうが……って、それはいいんだよ。
なんでここに
しかし、セイバー──オリヴィエは再会を喜ぶよりも、むしろ問い詰めるような態度であった。
対するシャルルマーニュも隠すつもりはないようで、セイバーのことを宥めつつ、窓辺を指した。
駆け寄って外の景色を見ると、どうやらこの都市はなにか海のようなものの上を飛行しているらしい。今、ベルチェたちは空中要塞にいるのだ。
では、その下の海とは、一体なんなのだろう?
少し身を乗り出して目を凝らすと、それが見てはいけないモノであることがわかってしまう。
「……ッ、んだよ、アレは」
「行き場のない魂の群れ……だろうか。混ぜ合わされて発狂しているふうに見えるな」
これでも時計塔の降霊学科に所属していたことのある人間だ。彼らがどれだけの苦痛を味わっているか、ある程度の想像はつく。
「オリヴィエ、ここはあんたのために作られた世界だ」
「オレの……?」
「あぁ。聖杯は呑み込んだ相手の願いを強引に叶えようとする。しかし、サーヴァントの魂はまだ集まりきっていない。だからこうして、できる範囲で実現しようとしてるんだろうな」
セイバーの、オリヴィエの抱く願いに反応し、シャルルマーニュは呼び出されたという。
そういえば、ベルチェはまだ彼に尋ねていなかった。なんのために聖杯を求め、召喚に応じてくれたのか。
その答えはわからぬまま、王は見透かしたように言い放つ。
「悩んでるだろ、おまえ」
「──ッ!」
「オリヴィエが底抜けのイイ奴なのはよく知ってる。あぁ、あんたなら思い詰めちまうだろうさ」
セイバーは目を見開いた。当たっていたのだろう。シャルルマーニュは頷き、そして腰に備えていた聖剣ジュワユーズを引き抜いた。
「王様ってのは導くもんだ。
──さあ、剣を執れ、オリヴィエ。騎士らしく、剣で語り合おうじゃねえか」
「……そうだったな。アンタはそういう奴だよ、シャルル!」
セイバーもまた、宝剣オートクレールを手にし、構えた。刃を通じて初めて伝わることも、きっと騎士たちにはあるのだろう。
ベルチェは対峙する二人を目の前にして、固唾を飲んで見守るしかなかった。