互いに聖剣を手にし、構えるはオリヴィエ──セイバーとシャルルマーニュ。二人の騎士の間に涼風が吹き抜け、前髪を揺らし、そしてその瞬間に戦いの幕が開く。
先に仕掛けたのはシャルルマーニュの方だ。上段から振り下ろし、セイバーがそれを受け止める。
現界した肉体の差によって、体格はシャルルマーニュが勝っている。しかしセイバーは斬撃を受け止めきり、踏みとどまった。
「アンタ……本当は戦える状態じゃないくせに……!」
「あぁ。今の俺はクラスすら与えられてないサーヴァント未満。だが迷ってる騎士にやられる俺じゃない。
オリヴィエにしちゃ、反応速度が遅すぎるしな」
剣に力を込めて相手を弾き飛ばし、セイバーはがむしゃらに剣を振るった。当たるはずもなく空を切り、その隙を突き氷を纏った竜巻が彼を襲う。回避しきれず吹き飛ばされ、少し離れた場所に着地する。
「くっ……!」
すぐさま立て直し、起き上がりざまに反撃の魔力を飛ばすセイバー。対するシャルルマーニュは地の元素を纏う叩きつけにより発生した岩石でそれを防ぐ。
ステータスには明らかな差があるが、そのうえで対応されている。さすがは勇士を束ねる王、といったところか。
しかしセイバーも聖騎士だ。その程度で折れる人物ではない。
追撃に相手が放つ炎に黒い魔力波をぶつけ、その軌道を辿るように走り出す。飛来する氷塊は斬り捨て、一気に距離を詰めて切りかかる。
──だが、その一撃はシャルルマーニュを傷つけない。セイバーが振り下ろす瞬間に一瞬躊躇い、その隙にジュワユーズの刀身がセイバーの鎧を叩く。鎧は砕けなかったが衝撃に体勢が崩れ、そのまま刃が首に突きつけられる。
「……やっぱりな。優しすぎるんだよ、おまえ」
シャルルマーニュの言葉に、セイバーは答えない。突きつけられた刃に己の持つ聖剣をぶつけ上空に弾き飛ばし、魔力の刃を放つ。黒の奔流は迎撃の風の元素と打ち消し合った。
上空から降ってくる愛剣を掴むシャルルマーニュ。直後、彼は踏み込み、再びセイバーと剣をぶつけあった。そのまま流れるような剣技を繰り出し、対するセイバーも技の隙から反撃にかかる。
互いに衝撃を逸らし、一歩も退かない攻防が続き、ここまで互いに大きな傷はない。
──そんな剣戟の中で突如、シャルルマーニュは肩口を切り裂かんとする刃に対し、防御を捨ててみせる。
俺を斬ってみろ、と言わんばかりに剣を下ろし、不敵な笑みを浮かべたままセイバーを見据える。
対するセイバーはオートクレールを振り上げ、そしてそのまま止まった。歯を強く食いしばり、それでも彼を斬ることはできないと、視線を落とす。
そこへ容赦なく放たれる反撃の逆袈裟斬り。ゆっくりで、非常に大振りだった。にも関わらず、セイバーは咄嗟に回避できず、身構えるのみだった。
「セイバーッ……!」
その光景を見ていたベルチェが思わず鎖を伸ばす。セイバーの体にひっかけ、思いっきり引っ張り込む。斬撃の軌道から外れながら、彼はベルチェに引っ張られるまま、覆い被さるように倒れ込んだ。
「……っと、セーフ。間に合った」
無い胸を撫で下ろすベルチェに、驚き目を丸くするセイバー。彼は慌ててベルチェの上から避け、地面に寝転がっているのを助け起こしてくれた。しかし、彼は口を開こうとしない。
衝動的にやってしまったが、やはり出過ぎた真似だっただろうか。
なんて不安になるベルチェに対し、シャルルマーニュは追撃ではなく、言葉を寄越してくれる。
「オリヴィエ。城はひとりで建てるもんじゃない。聖杯戦争も、ひとりで戦うもんじゃねえ。
勝手に悩むくらいなら、全部話しちまえよ。俺なんかじゃなく、マスターさんにさ」
ベルチェがセイバーに視線を向け、彼もまたこちらを見る。すぐにセイバーは視線を落としてしまったが、深呼吸を一度した後、か細い声が聞こえた。
「オレの願いは……十二勇士の冒険譚を真実にすることだ」
「真実……?」
「オレたちの時代には聖剣も、魔獣も魔女も存在しない。冒険譚は全部虚構なんだ。
確かにオリヴィエは大帝の部下で軍人だった。でもな……あの最高のバカどもと笑いあった記憶は、真実じゃないんだ」
今度はベルチェが驚く番だった。遺物として目にすることの出来る神代の残滓や数多の神秘の存在が、そして何より目の前で生き、戦うセイバーの姿が、叙事詩を歴史の中にあるものだと思わせていた。
だが、彼にとってはそうではない。史実を生きたオリヴィエと、聖剣を手にしたオリヴィエは別物なのだ。そのうえ、彼はそれを理解してしまっている。
その乖離は激しいものだろう。どれだけ楽しかった記憶だろうと、どれだけ悔しかった思い出だろうと、全てが作り話なのだから。
しかし、セイバーは思い詰めた表情のまま続ける。
「……だけど。それは所詮オレの願望だ。
苦しむ誰かを……聖杯にされた子供たちを助けるための願いじゃない」
──ベルチェはやっと納得した。彼はあの苦しむ魂たちを見過ごせずにいるのだ。それも、己の願いと天秤にかけるほどに。
シャルルマーニュの言う通り、彼は優しい人間だ。少なくとも、あんなものを作る魔術師たちや、ほんの気の毒にしか思わなかったベルチェより、ずっと。
しかし、ああなったものを引き剥がして元の人間に戻すなんて芸当、ベルチェ程度ではできっこない。そのうえ犠牲者は数千人単位。そんな願いは奇跡の領域と言ってもいいだろう。
そう思考する途中で、ふとベルチェは思い当たる。
──奇跡なら、ちょうどあるじゃないか。
「決めた。私はセイバーの夢を応援する」
「おい、それじゃあ」
「私に願いらしい願いはない。だから、私のぶんを使って、聖杯に聖杯そのものの救済を願う。
これで完璧じゃないか?」
あれが本当に万能の願望器であれば、願望器そのものを解体し、犠牲者たちに普通の人生を送らせることだって可能なはずだ。
「……そんなのアリかよ」
「アリだとも。ルーラーを含め、我々の他には7騎のサーヴァントがいる。そのすべてと戦いたくはないが……子供たちを救いたいと願う者もまた、我々だけじゃないと思いたい」
多少強引かもしれないが、どうせ目指すならできる限り最善のハッピーエンドを目指すべきだ。願いを抱えて戦うのなら、欲張りなくらいがカッコイイ。
「セイバー。貴方の願いを現実にしよう。私はその史書を、子供たちと共に読みたい。
──だから、戦ってくれるか?」
「……あぁまったく。断るわけがないだろ。
改めて言わせてもらうぜ……オレはアンタの剣だ」
差し出した手を互いに握りしめ、続けて拳を突き合わせ、約束とした。これで、ベルチェはセイバーと共に背負うものができた。それは嬉しいことで、胸の内がなんだか熱くなるのを感じる。
「話は決まったようだな」
セイバーとの対話を黙って見ていたシャルルマーニュが、ついに口を開いた。そしてベルチェとセイバーの肩を同時にぽんと叩いたかと思うと、なにもない場所に向けてジュワユーズを抜き放ち、少し先の空間を斬り裂いた。
「よっ、と。あそこから結界の外に出られるはずだ。
カッコイイ冒険譚、期待してるぜ」
裂け目の向こうには見慣れたホテルの景色が見える。拠点への直通コースを作ってくれたようだ。
「行こう、セイバー」
「あぁ、マスター!」
今のベルチェには戦う理由がある。セイバーの手を取って、彼を引っ張って、出口に駆けていく。
やがて体が裂け目に触れる。吸い込まれるような感覚がして、視界は大きく変わりゆく。
けれど、その中でもセイバーの手の感触は変わらなくて。
ベルチェは外界にたどり着くまで、不思議な安心感の中にいるのだった。