Fate/Kindergarten   作:皇緋那

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再会──ブロークン・クラスガール

 ベルチェやレイラズが聖杯の中で奮闘している頃。同じように飲み込まれてしまった生き物係少年もまた、結界に囚われていた。

 

 彼が目覚めた場所は屋外だ。ふかふかした芝生が頬を撫でる感触で目が覚める。そこには知らない草原が広がっていて、生き物係はそこにぽつんとひとり寝転がっていたらしい。

 無論周囲には誰もおらず、ベルチェやセイバー、さらにはランサーの気配さえも微塵もなかった。

 

 指示を出してくれそうな相手はどこにもいない。これでは、なにをすればいいかわからない。

 そう思った生き物係はその場に座り込む。指示がないのだから動けなくて当然だと、誰かが自分を見つけてくれるのを待った。

 

 ──そのまましばらく時間が経ってからのこと。

 

「やっと見つけたわ、生きてる人間」

 

 短いスカートから覗く赤と白のストライプ。小夜のそれよりもその存在を主張する胸元。病的に白い髪色と肌色。

 その特徴的な容姿から、彼女があの大空洞での戦闘に乱入して現れたサーヴァント──アサシンであることは、見てすぐに理解出来た。

 ただ、アサシンはこんなに気の強そうな目付きや自信に満ちた表情だっただろうか。少しだけ違和感があった。

 

「あら、なんで(アタシ)がここにって顔してるわね。

 ところがそれ、ぜんっぜんわかんないのよ。なんだか嫌なことをされていたのは覚えてるんだけど……」

 

 残念ながらアサシンにもこの場所がなにかはわからないらしい。それでも、指示を出してくれる相手が現れたのだから、生き物係にとっては安心だ。

 彼は差し伸べられた手を躊躇いの欠片もなくをとり、彼女に助け起こされることを受け入れた。

 

「まったく、どこなのかしら、ここ。

 なんとなく魔力とか魔術とかの気配はするんだけど、曖昧なのよね。

 貴方、魔術師? なにかわかるかしら」

 

 魔術の授業は受けていたけれど、生き物係では魔力の気配が濃いことしかわからない。首を振って答えると、アサシンはあっさりと切り替え、次の問いを口にした。

 

「そういえば貴方、名前は?」

 

「……生き物係です」

 

「へぇ、生き物係。ウサギとか飼ってそうな名前ね」

 

 アサシンの言う通り、実際ウサギをお世話していた。だけど、その孤児院はもう壊されている。先生も生徒ももう残っていないのだ。

 

 そうして生き物係が言葉を詰まらせていると、アサシンは怪訝そうにじろじろと顔を見回し、やがて手を掴んできた。

 

「辛気臭い顔してるくらいなら歩きましょ。人間(ギャラリー)が貴方ひとりじゃ、私も歌いがいがないもの」

 

 周囲は草原で、見える影は木々のものがいくつかある程度。人の気配などなく、見知った場所にたどり着く宛などどこにもない。けれど、アサシンがそう命令するのなら、生き物係はそれに従うだけだ。

 

 ◇

 

 ──結界の中にはもうひとり、迷える少女が存在していた。親に与えられた名はなく、支配者に与えられた「委員長」の役割を己の渾名とする少女だった。

 彼女は自分の体が自分の思い通りに動くことを知り、喜んだ。数日前──聖杯戦争開幕の日より、その自由は奪われていたからだ。

 

 しかし、喜びも束の間、彼女を絶望の事実が襲った。いくら瞼を開けても、その瞳は光を映さなかったのだ。そこが草原であることを理解することさえ叶わず、ふらふらよろめいて歩いた。

 

 永遠に続く暗闇の中を這いずって、委員長はやっとなにかにぶつかった。感触から樹皮だと判断し、寄りかかって体を休める。

 

「な、なんなの、一体」

 

 ため息混じりのつぶやきで、言葉を発することは可能だと気がついた。

 しかし、それで現状がどうにかなるわけではない。元々委員長は盲目ではなく、突如光をなくした彼女は闇に怯えて縮こまるしかない。

 

 そんな彼女の本能は、しばらくすると突如悲鳴をあげた。咄嗟に体を逸らすと、風を切る音とともに樹皮へとなにかが突き刺さる。

 それは矢だろうか。鋭く、明確な殺意であることはわかる。

 

「な、なによ、なんなのよ、あなた」

 

 なにもかも見えない中、風の音すらしない世界で弓を引き絞る音がする。間違いない。誰かが、委員長のことを殺そうとしている。

 

 逃げなきゃ。そう思って飛び出そうとして、足がもつれて倒れてしまう。矢は頭上を通過して、奇跡的に助かったものの、次に助かる保証はない。

 

「い、いや、やめてっ! 誰よっ、誰なのよ、あなた……っ!」

 

 返事はない。ただ強力な魔力と殺意の気配がするばかりで、見えない狩人が何者なのか、どうして自分が狙われるのか、理解できないまま逃げ惑うしかない。

 必死に立ち上がり、がむしゃらに走って、やがて足の腱が貫かれる。

 

「いっ……!?」

 

 足の機能を奪われれば、もはや逃走は不可能だ。委員長は倒れて這いずり、すぐに太腿への更なる痛みを覚えた。

 血が出ているのがわかる。もしかしたら、このまま殺されてしまうかもしれない。そんな考えが脳裏にこびりついて、息が苦しくなる。

 

 自分がなにをしたというのだろう。生き物係を無理やり従わせて、英霊召喚なんてやらせようとしたからか。ただでさえランサーに体を奪われていたというのに、それでもまだ罰を受けなくちゃいけないのか。

 

「誰か……助けてよ……」

 

 か細い呟きの直後、委員長のもとへなにかが飛来する。

 気配は2つ。ひとつは先程から委員長を狙って放たれている矢。そしてもうひとつは──とても強くて、底抜けに明るい気配だった。

 

「なんとか間に合ったわね。

 事情はよく知らないけど……せっかく見つけたファン候補。助けさせてもらうわよ!」

 

 元気な少女の声が響き、彼女は動き出した。槍らしき武器を振り回し、一気に突撃していくのがわかる。

 

「生き物係! と、そこの貴女も! 聞かせてあげるわ、(アタシ)の歌!」

 

 少女が草を踏みしめる音とともに、すぅ、と深く息を吸い込む音がした。そして放たれるは、破壊音波としか形容のしようがない振動兵器。

 

 委員長は慌てて耳を塞いで耐えた。それでも手のひらをすり抜けて耳に突き刺さる。どうか鼓膜よ破れてくれるなと祈りつつ、その終幕を待つ。

 少女の歌が終わる頃には、どうやら狩人もこの爆音リサイタルにはたまらず逃げ出したのか、委員長に向けられていた殺意の切っ先がなくなったような気がした。

 

「アイドルのコンサートから途中で逃げるなんて、失礼な人形だこと」

 

 なんて不満そうに漏らしつつ、少女は委員長のもとに戻ってくる。視界がないぶん、魔力をよく感じ取れる。彼女はサーヴァントに違いない。

 

「あ、あなたは」

 

(アタシ)はサーヴァント、アサシンよ。そっちにいる髪の長いのが生き物係っていうらしいわ」

 

 アサシンと名乗った少女が指しているのは恐らく、ちょうど駆け寄ってくる少年のことだろう。それは委員長のよく知る魔力パターンで、すぐに目の隠れた容姿が思い浮かぶ相手だった。

 

「あ、あの、委員長、ですよね」

 

 彼の声に、力なく頷いた。


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