アサシンに連れ回され、宛もなく草原を行く生き物係。しばらく歩き続けて、彼らはやっとの思いで人影を見つけた。
ひとつはまさに影そのもので構成されたかのような黒い少女である。どことなくシルエットはアーチャーに似ているが、矢を投擲ではなく弓に番えている。彼女本人ではないらしい。
そしてもうひとつはというと、生き物係にとっては見慣れた少女──委員長の姿だった。
影のアーチャーが彼女を狙っているのは明白で、委員長は逃げ惑い、なんとかすんでのところで死を免れている状況だ。
「やっと誰かいたわね。それにあれ……シャドウサーヴァントかしら。
さ、助けに行くわよ!」
そう言って、アサシンは真っ先に飛び込んでいってしまった。
生き物係の身体能力ではとてもその速度に追いつけやしないが、それが命令なら従うのみだ。彼女のもとまで走り、アサシンが影のアーチャーを追い払ってしまった後、ようやく生き物係は委員長のもとへと辿り着いた。
彼女は地面に倒れ、息も絶え絶えであった。
「あ、あなたは」
「
彼女は少年の存在に気がついていないようにきょろきょろとあたりを見回す。その瞳は曇り、光を映していないようだった。
それに、胸の風穴も、全身に絡みつく植物もない。本当に彼女なのか不安になって、生き物係は小さく尋ねた。
「あ、あの、委員長、ですよね」
少女は力なく頷く。その姿は怯えていて、まるで生き物係には会いたくなかったとでも言うかのようだった。
目が見えていないらしい少女は、矢の突き刺さった傷から血を流し、弱々しく震えている。
少年は少女に触れるのをためらい、その様を呆然と見ているしかない。
「生き物係。貴方、治療の魔術は使えるのかしら」
「……え、えと、はい」
先生に習った魔術には、簡単な止血の魔術も存在する。それだけでは完全に傷を治すことはできないが、応急処置なら問題なく行使可能だ。
「それなら早めにやりましょ。こういう傷と悪質なファンは放っておいたら大変なことになるもの」
アサシンが丁寧に矢を引き抜くのに合わせて、震える少女の体に術をかけていく。
これだけで完全に傷が塞がるわけではないが、痛みは引いたようで、委員長の顔から少しだけ辛さの色が消えた。
「どうして私を助けるの……?」
治療を受けながら呟かれたその言葉に、生き物係は首を傾げる。それから、アサシンに尋ねたのだろうかと思って彼女の方を見た。
「
でも、その子が聞きたいの、私の言葉じゃないでしょ」
その言葉に対して、委員長はなにも言わなかった。本当に、生き物係がなにか言うべきなのだろうか。恐る恐る口を開いて、事実を話すことにする。
「僕は……アサシンさんが助けようとしたから助けました」
目の前で濁った双眸を見開く委員長。歯を食いしばって、拳を握りしめて、それから弱々しく生き物係の手を振り払った。
「……なんでよ。こうなったのは……貴方が聖杯戦争に巻き込まれてるのは、私が召喚なんてさせたせいじゃない」
生き物係は首を傾げた。委員長は自分より偉いのだから、自分が委員長の命令を聞くのは当然だ。アサシンも、彼女は強いから、生き物係の方が従うのが正しい。
それだけのことなのに、なにが気に食わないのだろう。首を傾げて考えるけれど、よくわからないままだった。
「とにかく。ここから出ることを考えましょ。
貴方たちはどうやってここに来たのかしら。私、そのへんの記憶が曖昧なのよね」
「聖杯に呑み込まれて……ですが」
「聖杯!? ってことはここ、聖杯の中なの? デジマ!?」
飲み込まれる前に、委員長が中に結界の気配があると言っていた。ということは、ここがその結界なのだと推察できる。
「でも、聖杯って願いを叶えるものなのよね? それなら、誰かの願いを叶えたら外に出られるんじゃない?」
アサシンはそう言ってみせるが、だとしても、生き物係には特に望みがない。だから、脱出の手助けになることはできないだろう。
「……その願いを叶えようとしているのが、必ずしも私たちの中の誰かってことも、ないと思います」
アサシンに対して、委員長は呻くように言った。
「あの弓使い……その、私を殺そうって、すっごく思ってました。それも、願いだと思います」
殺意もまた、相手を殺したいという願いだと言えるのかもしれない。生き物係は自分では思いつかなかった解釈に、委員長はやっぱり自分より偉い役割なんだと再確認した。
──だけど、それだと委員長は殺されなければならない、ということになる。
それは、なんだか、嫌だった。
生き物係は無意識のうちにその正体不明の感覚が表情に出ていたらしく、アサシンは肩に手を乗せ、笑顔を見せた。
「それなら、私はあの目障りなシャドウサーヴァントをぶっ飛ばすのを願っちゃおうかしら。
そして、貴方たちふたりを臨時スタッフに任命してあげるわ。光栄に思いなさい」
委員長も生き物係も、しばらくは呆然とアサシンを見ていた。けれど、彼女が長い爪でびしっと指さしてきたことで、ようやく我に返る。
「二人は動かないコト。それと、ちゃんと話し合っておきなさい。ここ出るまでに、ちゃんと、ね」
一方的にそう話し、傷ついた委員長に手を貸して立ち上がらせると、彼女は軽やかに出発する。進む方向はあのシャドウサーヴァントが逃げていった方向だ。
歩いていると、やがて急に周囲の空気が張り詰める。静かな草原に弓を引き絞る音がわずかに響いて、その瞬間にアサシンは動いた。その手元に槍を構成し、飛来する矢を弾き飛ばす。
「来たわね……!」
すぐさま次の矢を番え引き絞る相手に対し、アサシンは突撃する選択肢をとった。だが弓使いの狙いは変わらず委員長であり、迫り来るサーヴァントには目もくれない。
そして放たれる矢は、アサシンが出現させた鉄の棺桶──アイアン・メイデンにより防がれた。さらに彼女は棺 鉄処女を蹴って跳躍し、上空から槍を振り下ろす。
弓と槍が激突し、火花が散った。二人の力は拮抗しているようで、至近距離で鍔迫り合いとなる。
「……なぜ邪魔をする。私は復讐を遂げなければならない」
「ハァ? 復讐?」
「盲目は殺す。そのために私は生まれたのだ。知らぬ女の器に押し込まれようが、私という神性の存在理由は変わらない」
弓使いの言葉に首を傾げるアサシン。次の瞬間には槍を受け止めたまま強引に矢を番えたのを目にして、慌てて飛び上がってその一矢を回避する。
そしてすぐさま上空からいくつかの刃物を投擲して影にも回避行動を強い、着地のタイミングに合わせて本命の音響攻撃を叩きつけて怯ませた。
そうして生み出した隙を突くように、彼女は脚の間から思いっきり槍を投げつけた。咄嗟に矢による迎撃が行われるも、着弾と同時に槍が爆発を起こし、弓の少女を吹き飛ばす。
彼女は衝撃をまともに食らったらしい。一度地面にバウンドしながら転がっていって、アサシンとは大きく距離が引き離されている。
「復讐だかなんだか知らないけど……私たち、ここから出ないといけないわ。だから、倒させてもらうわ」
アサシンの手元に再び現れる槍。彼女はそれを手に、敵の元へとゆっくり歩み寄っていく。
しかし一方で、地面に寝転がる弓使いの表情は、悔しげでも諦観のものでもなかった。
「そろそろ、だ」
アサシンは振り返り、弓使いの視線の先にあるものを視認する。上空にあるもの──それは鍔迫り合いとなった際、空へと向けて放たれた一本の矢だ。
それはまさに委員長の頭上へと降り注ごうとしていた。
「……ッ!」
生き物係はその瞬間、自分と委員長が戦場のすぐ傍に立っていたことを思い出した。そして思考が追いつくより先に、体が動き出す。
駆け出して、飛び込んで、委員長のことを突き飛ばす。少女が弾道から外れ、その代わりに矢は飛び込んでいった生き物係の太股に突き刺さる。
襲ってくるのは激痛だ。けれど、その激動の一瞬を終えた時、目の前には呆然とする委員長の姿が映る。
彼女が無傷であるとわかり、生き物係は安堵したのだった。
「……結果オーライね!」
アサシンは冷や汗を拭って、まだ委員長への殺意を向け続けるシャドウの攻撃を叩き落とし、その胸に槍を突き刺した。それが止めとなって、影の少女はほどけて消えていく。
一方、呆然としていた委員長は、状況を理解すると同時に、瞳から涙をこぼしはじめる。
「い、嫌……また、また私のせいじゃない。や、やめてよ……また、私から奪っていくの……?」
確かに、この傷は彼女を庇ったせいかもしれない。でも──。
「委員長のせいじゃ、ないです。僕が、勝手にやったことですから」
──今度は、命令されてもいないのに彼女を助けなくちゃと、思考よりも先に体が動いたのだ。
自分でもよくわからない。不思議な気分だ。でも、悪い気持ちではない。
そんな生き物係の言葉に、委員長は必死に絞り出すように声を出す。
「ごっ、ごめんっ、なさい……ごめんなさい……っ!
ずっと、言いたくて、でも、言えなくって……!」
きっとそれが、今の委員長にとってなによりも叶えたいことだったんだろう。
自分にすがりついて、泣きじゃくる少女。生き物係はその手を優しく握る。
──その瞬間から、結界は崩壊を始めた。役目を終えたがゆえに、現実に戻る時が来たのだ。
世界が鏡みたいに割れていき、やがて地面もなくなって、体は下へ下へと落ちていく。アサシンの姿も遠ざかっていき、もう声も届かない。聴こえるのは、傍らの少女の泣き声と、荒い呼吸の音だった。
ふと下を見ると、光がみえた。その先には血に染め上げられた孤児院の景色があって、きっとそこに行き着くんだろうと思えた。