レイラズは夢を見ていた。それは今まで辿ってきた己自身の夢であり、取るに足らない零落した魔術師の記録だった。
──彼女が0歳の時、彼女の『父』は死んだ。
一族の長であった『父』は色位を持つ魔術師で、飛び抜けた才能と政治手腕で強力なリーダーシップを執っていた。
名はダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。
冬木市での第三次聖杯戦争にも参加し、執念で生きながらえていた男だったらしい。
そんな彼の死の原因となったのは、ルーマニアのトゥリファスで起きた魔術師同士の抗争だ。
協会の尖兵に一族を総動員して対抗し、多くの犠牲を出し、そして敗北した。中には出奔する者も現れ、被害は壊滅的であった。
そうしてリーダーを失い、窮地に立たされたのがユグドミレニアの一族だ。
いくつもの魔術師の家系が、一人の優秀な魔術師のもとに寄り集まってできた有象無象の集合体だったユグドミレニアは、その魔術師の死によって瓦解する。
しかし、魔術師には遺したものがあった。その中に、魂を喰らい糧にするはずだった新生児が含まれていた。幸い彼女は一定の魔術回路を備えており、一族の人間たちはプレストーンの家名と魔術刻印を継がせると決定した。
そうして、レイラズ・プレストーンが生まれた。
黒魔術と死霊術を教え、おまえはユグドミレニアを再興させるのだと教えこみ、忌み嫌っていたはずの魔術使いの技術でさえも取り込んで、彼らはレイラズを強力な魔術師に育て上げていった。
だが一方で、レイラズの人間性は歪んでいった。黒魔術と死霊術という陰鬱な環境に加え、元々『素質』があったんだろう。
書籍で目にした殺人者エリザベート、そしてその凶行に憧れ、傾倒していった。彼女のやり方を真似しようと、一族の人間をたくさん消費していった。
初めて殺したのは世話役だった。自分に近い存在だったからこそ、その壊れていく様は新鮮で。そして、こんなものか、と思ってしまった。
彼女の亡骸からはいろんな道具を作ったし、その道具もまたたくさんの魔術師の血を吸った。もう被害者の名前なんて覚えていない。
けれどレイラズにとって、それらはもはやどうでもいいことだった。ふと夢に見ても、なにも思うことはない。
だって、エリザベートは、もう自分の傍らにいるんだから。
俯瞰して眺める風景のようだった記憶たちの海から離れ、レイラズは浮上していく。その先にあるのは現実の世界。
ユグドミレニアはとうに無く、しかし愛しいサーヴァントの存在する、愛すべき世界だ。
◇
──目を覚ますと、レイラズは隠れ家のベッドに体を横たえていた。上体を起こして目を擦り、どうやら結界から脱出できたようだと認識する。
聖杯戦争五日目にして自分の経歴なんてつまらないものを夢に見るとは思わなかったが、そんなことはどうでもいい。
手首を見ると、自分がつけた傷があった。さらに、所持していた礼装がいくつもなくなっている。
大空洞や聖杯内部での出来事は、確かに現実だったのだ。
とは言っても、それらは別に気にしなくてもいいことだ。礼装ならまた作ればいいだけのこと。サーヴァントを得た瀬古明日菜とも、いずれまた相見えることになるだろう。
それよりも周囲を見回して、レイラズは何かが足りないように思っていた。
「エリザベート……どこなの……?」
己のサーヴァントの真名を口にする。彼女がいなければ、レイラズの聖杯戦争には意味が無い。立ち上がって部屋を出ていき、他の部屋を探して回り、やがていつも通り子供部屋に佇む彼女を発見する。
どうやら、またアイドルとやらのグッズを眺めていたらしい。
「よかっ、た……」
彼女も聖杯に呑み込まれていたはずだが、脱出できたのだろう。安堵に大きなため息をつき、その音にアサシンが振り向く。
彼女の目は虚ろなままで、変わらずその意識は混濁している。ローラの影響は抜けていない。それでもまた彼女に会えた安心が勝っていた。
「だ、大丈夫、だった?」
問いかけても反応はない。じっと、見つめ返してくるだけだ。
けれど、その濁った瞳を見ていると、レイラズの心の奥から、ふつふつと欲望が湧き上がってくるような感覚がする。
──レイラズも、ローラのように、彼女の魂に存在を刻みつけたい。
もしそうできたら、どれだけ幸せなことだろう。想像するだけで、腹の底が疼いてたまらなかった。
そんな衝動に突き動かされて、レイラズはアサシンを抱き締めた。色素の抜けた長髪が揺れ、ふわりと、華やかな香りが漂った。
それだけで、自分の心臓の拍動が早くなっているのがわかる。肌と肌を隔てる衣服がもどかしい。頬や耳が熱くなって、胸が息苦しくなってくる。
「……?」
アサシンは首を傾げた。幼い子どものようにきょとんとして、じっとレイラズの顔を見つめていた。
だけど、そんな彼女が、ある時ひとつ舌なめずりをする。鮮やかな紅の舌が唇の上を這い、唾液は唇をきらめかせる。
そのときから、アサシンは幼児へと退行した存在ではなく、淫蕩に耽った快楽主義者としての側面を見せた。
レイラズの欲望を理解し、優しく唇を重ねてくれたのだ。
──血の味のしないキスは、初めてだった。甘酸っぱくて、ずっと味わっていたい、そんな感触がした。
「あ、あの、ね、エリザベート」
「言わなくてもいいわ。わかってるもの」
彼女は手を引いて、レイラズを
余さず肌を露わとさせ、今度は本当に隔てるもののない状態で抱き合う。ふたりの体温が共有されて、ゆっくりと、同じ温度に近づいていく。
あぁ、これが彼女の温かさで、彼女の匂いで、彼女の色なのだ。感覚のすべてがエリザベートに塗りつぶされていくかのようで心地よく、レイラズの体は震えていた。
「いいのよ。
それは虚ろで、だからこそ美しい微笑みだった。
静かな部屋に、ふたりぶんの乱れた呼吸と、抑えようともしない嬌声が響く。やがてそこに水の音が交わって、そして──。