Fate/Kindergarten   作:皇緋那

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六日目
家路──ステイ・ウィズ・ユー


 結局昨日はどのマスターの手がかりも見つからないまま夜になり、ベルチェと小夜は危険を避けるために探索を中断した。

 そして訪れた翌朝、小夜はアヴェンジャーとともに、ホテルを出発してしばらく歩き、見慣れた場所にまでやってきた。

 

 ここは、霜ヶ崎にある修道院の一つだ。小夜が修道女として在籍している施設で、教会が付属して建てられている。この街では一番立派な宗教施設だが、築数十年ほどであり、割と最近建てられたんだとか。

 思えば、小夜はシスターになる前の7歳の時から、ここに住まわせてもらっている。もう12年間もの間お世話になっているのだ。それで見慣れないはずがない。

 

 だからといって、堂々と入っていく勇気がないのが、今の小夜であった。

 ここ数日、小夜は使徒のおつとめを完全にさぼってしまっている。それどころか寮の部屋にも帰らず、行方不明になっていたりもする。

 

「……怒られるだろうなあ」

 

 小夜は小夜でいろんなことがあったとはいえ、それは聖杯戦争の部外者にはわからないことである。

 聖職者の中には厳しい人も当然いるわけで、叱られる覚悟はしておかなければならなかった。

 

「それも小夜のことを心配してくれてるってことよ」

 

「そうかもしれませんけど……うぅ、うちの院長さん、怒らせたら怖いって噂なんですよ……」

 

「ふふ、きっと愛情深いひとなんだわ、その院長さん」

 

「そうなんでしょうか……?」

 

 こんな調子で、アヴェンジャーはずっとにこにこしている。でもそんな彼女と話していると、少しは覚悟が出来てきたような気分になれる。

 

 ここで勇気を出して、思い切って踏み込むべきなのだ。

 とはいえ、今はあまり神父さんや院長さんに会いたくないのも事実。小夜は教会の門ではなく、裏口の扉をこんこんと叩き、誰かが出迎えてくれるのを待った。

 

 するとほんの数秒後から、ばたばたと忙しない足音が聞こえてきて、やがて勢いよく扉が開かれる。

 そしてその直後、その扉を開いた本人が、勢いあまって飛び出し、地面に顔から倒れ込んだ。

 

 そのままピクリとも動かず、心配になって、小夜はその傍に屈んで声をかける。

 

「……あ、あの、大丈夫ですか?」

 

「その声は……もしやっ!」

 

「ふぇえっ!?」

 

 今まで動いていなかったはずが、いきなり勢いよく回転して仰向けとなり、上体を起こす少女。驚いた小夜が尻餅をつくのを見て、胸を張って続けた。

 

「ホントに小夜っちだ! やっぱり、そろそろ帰ってくる気はしてたんだよね〜」

 

「え、えっと、その」

 

「めっちゃ心配してたんだよ? あの真面目な小夜が家出なんてなにかがあったに違いないって、みんな大騒ぎでさ」

 

「そ、それはその、ごめんなさい……」

 

「いやいや謝ることじゃないって! 無事に帰ってきてくれたんだからさ!

 あっ、アヴェちゃんもおひさ! 元気してた?」

 

「えぇ、もちろんとっても元気だわ!」

 

「ならよし!」

 

 炸裂する元気いっぱいマシンガントーク。彼女は小夜のルームメイトで、お喋り好きで、真っ赤なツインテールの女の子。名前は『マドカ』という。

 彼女は小夜よりも3、4歳ほど歳下なのだが、同時期にこの修道院へとやってきたため、小さい頃から仲がいいのだ。

 

 素早く立ち上がった彼女は小夜に手を貸して立たせてくれ、そのまま修道院の中に迎え入れてくれた。

 

「私、ちょうど休憩中でさ。話し相手もいないし暇だな〜と思ってたから、タイミングばっちしだったよ」

 

「マドカちゃんの方は、お稽古順調ですか?」

 

「もちろん! このまま師匠も越えちゃうよ!」

 

 彼女がなにかの稽古をつけてもらっている、ということは知っている。その内容は頑なに教えてくれないが、うまくいっているようで安心する。

 

 通りすがりに覗いてみた部屋も、廊下の風景も、壁に掛かった知らない名画も、全くと言っていいほど変わりない。小夜にとってこの数日は目まぐるしいものだったけど、マドカや他のシスターたちは日常生活を送っていたんだろう。

 そのまま誰ともすれ違うことなく、二人で使っていた部屋に到着した。彼女に促され、マドカとテーブルを挟んで向かい合って座る。

 

「ほい、熱々のホットココア二人前」

 

「あ、ありがとう、マドカちゃん」

 

「気が利くのね!」

 

 小夜の隣にちょこんと座るアヴェンジャーは、ありがたくホットココアに口をつける。彼女が熱がる様子もなく飲んでいるので、小夜も早速飲んでみることにした。

 コップの取っ手を持ち、湯気の立ち上るそれを唇に近づけた。

 

「熱っ……!」

 

 触れたとたん、想定より熱くて、思わず口を離してしまう。

 

「小夜っちってば、熱々って言ったのに」

 

「うぅ、アヴェンジャーさんが遠慮なく飲んでるからいけるかと……」

 

「あらお姉様(シスターさん)、残念ながら私は特別製なのよ。

 マドカさん、おかわりをくださる?」

 

「あいよー!」

 

 彼女の体内には炎が燃え盛り、体温も人間のそれよりずっと高い。そのことをすっかり失念していた。

 けれど、こうしてマッチ売りの少女が温かいココアを堪能しているんだと思うと、なんだか感慨深いものがある。何せ、彼女は本当は路地裏で凍えていた女の子なんだから。

 

 そうしてアヴェンジャーを見ながら微笑ましいなあ、なんて小夜は思っていた。

 その目の前にマドカが座り、さっきまでの気持ちのいい笑顔とはまた違う、真面目な顔を見せる。

 

「……それで? 訳があって出ていって、用ができたから帰ってきたんでしょ」

 

「あ、えと、うん……」

 

 マドカの言う通り、戻ってきたのはまたここで暮らすためではなかった。

 

「その、大したことじゃないんですけど……うちって、新聞取ってましたよね」

 

「好きなヒトがいるからねー」

 

「あの、それを4日分、少し借りられないかな……って、思って」

 

「そんなことでいいの? まあそれなら、かけあってみるけど」

 

「あっ、ありがとう、ございます」

 

 マドカは首をかしげた。小夜だって思う。このインターネット全盛の時代に、わざわざ新聞を情報収集の手段にしようとするなんて。

 言い出しっぺのベルチェが、小夜が修道院に顔を出せるよう、気を使ってくれただけなんだと思う。

 

 じゃあもらってくるね、とマドカが席を外し、部屋にはアヴェンジャーと小夜がふたりきりになった。小夜はちゃんと吹き冷ましてからココアを飲んで、その優しい甘さに思わず頬をほころばせる。

 

「帰ってきてよかったみたいね。だってお姉様(シスターさん)、一昨日からずっと険しい顔ばっかりしてたんだもの」

 

 確かに、この数日は息をつく暇もなかった。過去の自分のこと、聖杯のこと、そしてこれからのこと。不安がいくつもあって、そのうえ体はボロボロで、こうして安らぐ時間もなかったのだ。

 ベルチェもマドカも、なんとなくそれを察して、この時間を用意してくれたんだろうか。

 

「ふふっ、なんだかとってもいいわね。ここがあなたの帰る場所なんだわ」

 

 アヴェンジャーのそんな言葉を聞きながら飲むココアは、とっても甘くて、あたたかい。

 

 そんな時間をゆっくりと過ごしているうち、ばたばたと忙しないマドカの足音が戻ってくる。帰ってきた彼女の手には数日分の新聞があって、小夜の目の前に並べてくれる。

 それらの見出しは、ほとんどが不審な殺人事件だの爆発事故だの、物騒にも過ぎることばっかりだ。

 

「これが四日前のやつ。で、こっちに行くほど新しいやつだよ」

 

「ありがとうございます……!」

 

 これでベルチェに頼まれたことは達成した。あとはこれを持ち帰って、彼女に渡せばいい。

 マドカに礼を言い、新聞を手に取って、小夜は立ち上がろうとした。

 

「待って。行くんでしょ、小夜っち」

 

 それを引き止められて、振り返る。

 

「これも、持っていってほしいな」

 

 そう言って彼女が机の上に置いたのは、1本の細い長剣だ。刃渡りもいつも見ている包丁より大きくて、持ち歩いているのが見つかったら即銃刀法に引っかかりそうなサイズだった。

 

「えっと、それは……?」

 

黒鍵(こっけん)っていってね。投げたり刺したりする武器だよ。吸血鬼とか幽霊とかによく効くんだ。

 護身用に持っててよ。もしかしたら、役に立ってくれるかもしれないしさ」

 

 どうしてマドカがそんなものを持ち出してきたのかはわからないが、聖杯戦争なんてものに身を投じている小夜にとって、戦える武器があるに越したことはない。

 マドカは小夜の上着の内側に黒鍵を仕込んでくれ、これでよし、と肩を叩いた。

 

「小夜っち、アヴェちゃん。ふたりとも、行ってらっしゃい。

 明日は小夜っちの誕生日パーティーやるから、必ず帰ってきてね」

 

「……はい」

 

 小夜は頷き、マドカは微笑み手を振った。

 

 ──誕生日。明日で小夜は20歳になる。ずっと忘れていた。いや、無意識のうちに、認識しないようにしていたのかもしれない。

 

 明日の今頃、自分がどうなっているかはわからない。けれど、きっと願いは叶えていると信じたい。

 

「行きましょう、お姉様(シスターさん)

 

「……はい、アヴェンジャーさん」

 

 互いの名を呼んで、手を取り合って、少女たちは運命へと歩き出す。

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