「あ、あの、戻りました」
ノートパソコンに向かっていたベルチェは振り向き、小夜が帰ってきたことを視認する。顔色はやはり優れないものの、少し気が楽になったのか、表情は昨夜より険しくない。
「おかえり。お友達には会えた?」
「はい、元気そうでした」
「それはよかった」
彼女が教会へ行くことで気が紛れるかと思い頼んだことだったが、どうやら成功のようだ。
これから聖杯戦争は終局へと向かっていくだろう。ただでさえ体を蝕まれている小夜を、ずっと張り詰めた戦場に置いておくわけにはいかない。
ベルチェにとって彼女は大切な友人なんだから。
さて、ここからは情報を整理する時間である。小夜から新聞を受け取り、そこに書かれた物騒な事件を、地図にメモしていくのだ。
土地勘のない霜ヶ崎の地図とにらめっこしつつ、小夜のサポートも受けながら、まとめていく。
その様子を見守るのはセイバーとアヴェンジャー。時に、彼らが起こした戦闘の余波も爆発事故として処理されており、その情報も踏まえ、ベルチェお手製のシールを貼り付ける。
「この爆発……ガスってことになってますけど、アヴェンジャーさんとアーチャーが戦った時のだと思います」
「では、炎シールと弓シールだな」
「そういえば、その直前にキャスターが修道院に来ました」
「教会あたりに杖のシール……っと」
交戦と殺人事件、あるいはガス爆発などの情報を記していけば、聖杯戦争の動向がわかる。ひいては、他陣営の行動範囲も把握出来るかもしれない。
それを期待しての作業だ。しかし、想定以上に殺人事件や行方不明者が多く、メモ内容は急激に増えていく。
その途中で、ふとセイバーが地図の中のある範囲を指さした。
「このあたりのメモ……『女性の行方不明者が最後に目撃された場所』って割合が多くないか。
他は無差別に殺してるみたいだけど、こっちはそれとは違う。明らかになにかが潜んでる」
「なるほど……では、もう少しネットで調べてみよう」
噂というものは恐ろしいものだ。すぐさま蔓延し、完全に取り除くのは不可能である。
それに、たとえ聖杯戦争の監督役だろうと、こうも事件が多いと揉み消しきれないのだろう。
SNSや掲示板サイトを見る限り、確かにここ数日になってから噂が立っているのがわかる。以前からこの土地に住まう怪異とか殺人鬼よりも、魔術師かサーヴァントである確率が高い。
と、そこまでの推察をみんなに話したベルチェに、セイバーが問いかけた。
「で……魔術師かサーヴァントだとして、誰がここに潜んでるっていうんだ?」
ベルチェはにやりと笑う。そこも含めて、すでに推理はしてあるのだ。
「セイバー、アサシンの宝具を覚えているか?」
「あ? えっと……確か、バートリなんとかエルジェーベト……」
「そうだ。『
バートリ・エルジェーベトといえば、有名な殺人鬼だろう。処女の生き血を浴槽に溜めてそこに浸かった、なんて逸話がある」
「なるほどな。宝具がそのまま真名なら女子供を狙って当然、それ以外の英霊でも殺人鬼に縁深いってわけだな」
つまり、この地区にはアサシンが拠点を置いていることが考えられる。それ以上絞り込むことは不可能だが、あとは現地で探せばいい。
「ってことは、その場所に行くのね」
「あぁ。だけど、今回は手分けをしよう」
現状、仮想敵として置くべきはバーサーカー及びルーラーだ。どちらも規格外の能力を持ち、セイバーとアヴェンジャーの2騎で撃破するのは難しいだろう。
残る3騎──ランサー、キャスター、アサシンのうち、可能な限り引き入れておきたい。
それに、仮にアサシンがエリザベートだったとすれば、相手は殺人鬼。小夜のような根からの善人と話し合って、分かり合えるタイプじゃないだろう。彼女は別のサーヴァントの捜索にあたらせたほうがいい。
「小夜たちは生き物係少年が帰ってきていることを期待して、孤児院を確認してくれ」
「……わかりました。二人を連れて、戻ってきますね」
「あぁ……っと、そうだ。敵サーヴァントと出会ったら無理せず逃げること。小夜はまだ本調子じゃないんだからな」
「あっ、はい……ですよね、はい」
釘を刺しておいた方が、小夜も無理をしないように心がけてくれることだろう。
四人揃って部屋を出て、しっかり部屋の鍵を閉め、あとは二手に分かれて出発だ。
どうかここからうまくいくことを祈りつつ、ベルチェたちは外へ踏み出していく。
◇
──アサシンが潜んでいるとアタリをつけた地区へ、ベルチェとセイバーは歩いて数十分ほどで到着した。
その光景は一見何の変哲もない住宅街だ。しかし、電柱には行方不明者の目撃情報を求める貼り紙がいくつもあり、異常性が垣間見えている。
「それで? どうやって探し出すんだ。まさかローラー作戦とか言わないよな」
「さすがにそれはない。安心したまえ、私にはこれがあるのだよ」
自信満々にベルチェが懐から取り出すのは、複雑に絡まった鎖の塊である。太く短い蛇のような形をしており、魔術の影響からかウネウネ動いていた。
「こいつは使い魔『ツチノコ1号』。日本に伝わる幻獣から名付けさせてもらった」
「……どういう能力があるんだ?」
「他人の魔力を嗅ぎつけるんだ。魔術をくらったり、強い気配を感じると私に座標がわかるようになっている」
ツチノコ1号を地面に離してやると、小さく金属音をたてながら、蛇行して道を行き始める。人間の歩行速度とだいたい同じくらいのスピードだ。意外と速い。
「これだけ元気に動くということは、近くに結界かなにかがあるはず。ついていってみよう」
「あぁ。後ろの警戒は任せとけ」
一心不乱に突き進んでいるツチノコ1号に誘導されながら、ベルチェとセイバーは歩き続ける。すれ違う人影はなく、ふたりの間にも会話はない。響くのはカラスの鳴き声と、歩くふたりの足音と、ツチノコ1号が鳴らす金属音だけだ。
その沈黙を破り、ふとベルチェが言葉をこぼした。
「ねぇ、セイバー。魔術師というより、これでは超能力探偵じゃないか。アンパンとミルクが欲しくなってくる」
「この世の中、超能力探偵の方が珍しくていいんじゃねえか」
「……ふふっ、そうかも」
ベルチェは少しにやついた。セイバーがジョークに乗っかってくれたのが嬉しかったんだと思う。
そうだ、このくらい肩の力が抜けていてこそのベルチェ・プラドラムだ。弱気じゃなく、気楽にいこう。
頬を叩いて自分に言い聞かせ、歩み続ける。
やがてとある一軒家の前で、ツチノコ1号の動きが止まった。ベルチェの脳裏にこの場所の座標情報が流れ込んでくる。
ということは、ここにアサシンのマスターがいるのだろう。見る限り周囲の家と大差ない一般邸宅だが、そこを根城にしている可能性は高い。
「行こう」
ツチノコ1号を拾って懐にしまいこみ、ベルチェは玄関先に立った。警戒は怠らないようにしつつ、震える指で呼び鈴を押す。
──その瞬間、住宅街に銃声が鳴り響き、ベルチェの体が浮き上がった。セイバーに抱えられているのを理解したのは、彼の腕がみぞおちのあたりにあるのに気がついてからだった。
「……よ、よくもまあ、敵マスターの家に堂々と現れて、インターフォンなんて押せるのね」
「こちらとしては、それが戦意のない証明になるかと思ったのだが」
襲ってきたのは女魔術師だ。手にした拳銃からは魔力の気配が色濃く漂っており、ただの凶器ではなく、カスタムされた代物だろうことがわかる。
彼女がアサシンのマスターか。だとしたら、サーヴァント単体で現れるよりも話は早いだろう。セイバーに抱えられたまま、対話を試みる。
「貴方がアサシンのマスターだろう。こちらはのサーヴァントはセイバー。私の名はベルチェ・プラドラムという。時計塔所属の魔術師だ」
「……ふ、ふふ、そのベルチェさんが、いまさらなんだっていうの? なにかの交渉のつもりかしら」
「無論、同盟だ。ルーラーとバーサーカーといった強敵が残っている以上、戦力が必要だ。そのため、アサシンの力を貸してほしい」
そう簡単に承諾を得られるとは思っていない。それでも当たってみる価値はあるはずだ。彼女が銃口を下ろす気配はないが、ベルチェは固唾を飲んで彼女の返事を待つ。
「──さない」
「……?」
「渡さない。あの子は誰にも……渡さない……!」
再び響く銃声。銃弾はセイバーの剣が防ぐが、ここでは引鉄が引かれたことに意味がある。彼女がベルチェたちとの共闘を拒んだ、ということだ。
さらに直後、ベルチェめがけてナイフが投擲される。突き刺さる前に鎖を展開して受け止めたが、飛来した方向を見ると、民家の窓を叩き割って這い出てくる人影がある。アサシンだ。
彼女は夢遊病者のようにゆらゆらと、マスターの元へ向かっていく。その最中も、不規則に何度か凶器の投擲を繰り返し、セイバーは魔術師の銃弾と同時に対処を強いられた。
まず銃撃に剣で対処し、それからアサシンの放った鉈を飛んでかわし、続く二発の弾丸をベルチェの鎖が絡め取って止め、飛来する大型のナイフは剣により叩き落とされた。
そんな防戦の中、ベルチェは汗を拭いながら呟く。
「……まずいな。こっちも話が通じない手合いだったか……セイバー、撤退しよう」
「あぁ、こっちも同意見だ。軽くて頼れるとはいえ、マスター抱えたままじゃどこまでやれるかわかんねぇからな」
無理に説得しようとしても、アサシンとそのマスターはこちらにさらに強い殺意を向けてくるだけだろう。ふたりの虚ろな目を見ればわかる。
「そうと決まれば……『
箒を使った飛行魔術を転用し、鎖を手繰り寄せるが如く楔を打った地点にまで吹っ飛んでいく。それがベルチェの緊急脱出魔術だ。
セイバーごと自分を鎖でぐるぐる巻きにし、『
「……うまく、いかなかった。こういうこともあるだろうが……戦力が少ないなら、今後の戦略はきちんと練らなければならなくなってくる」
アサシンを引き入れるのには失敗した。ランサーは小夜がうまくいっていることを祈るしかなく、残るキャスターに至っては全く消息不明だ。
難敵にぶつかっていくとなれば、この状況では不安が残るだろう。
それでも、手持ちのカードでなんとかするしかないのが戦いというものだ。気を取り直していかなければ。
ベルチェは改めて、高速で飛ぶ鎖塊の中から、地上を眺めている。速すぎて、なにがなんだかわからない。
「見てみて、セイバー。ほら、綺麗な景色」
「いや、これじゃなんにもわかんないだろ……しっかし、すげぇ速いな。アストルフォの奴がヒポグリフ乗り回してるが、こんな感じなのか」
「まあ、爽快だろう。それに鎖に包まれてるから、舌を噛んだり強風で前髪が乱れたりしない」
「緊急脱出魔術で前髪気にしてる場合かよ!」
ベルチェとセイバーは空をゆく。風の中で、お互いにしか聴こえない声を交わしながら。