「おはようございます」
「えぇ、おはよう」
朝日の見えない、曇りきった朝。それでも明日菜にとっては爽やかな朝だ。
なんたって、昨日最大の邪魔者が明日菜の手の中に堕ちたのだ。これほど清々しく眠れた夜は今までにないくらいだった。
そんないい気分の明日菜が起きてきたとき、台所から返事をしたのはルーラーだ。当然、両親も兄ももういない。迎えてくれるのはサーヴァントだけだ。
朝食は最近ずっと明日菜の担当だったが、今日からはルーラーが作ってくれるのだろうか。
明日菜はひとまず、食卓に腰掛けた。居心地が悪そうに座っているバーサーカーの向かいの椅子を、わざと選んで。
「ルーラー、お料理できるの?」
「命令されたなら実行します」
「じゃあ、お願い」
言われた通り、彼女はメイド服のエプロンの紐を結び直し、袖をまくりあげ、作業を開始する。彼女がいつどこの英霊かは知らないが、ああ言うってことは家事も得意なんだろう。確証はない。
そちらの方は放っておいて、明日菜はフレンドリーな笑顔を作りながらバーサーカーに視線を向けた。そうすると、今度はバーサーカーの方が目をそらす。
「マスターに対してそんな態度でいいの?」
「……私の主はあんたなんかじゃないわ」
彼女の目は反抗的だ。けれど、今の明日菜には、それすらも滑稽に見える。
「へぇ。その主になんて言われたんだっけ、教えてくれる?」
「それ、は……あんたに、従え、って……」
「よくできました。いい子だね、バーサーカー」
「……ッ!」
以前のバーサーカーなら、気に食わないことがあればすぐさま明日菜の殺害に出ただろう。それに本来なら、いくら令呪でも神霊級のサーヴァントに抽象的な命令をここまで聞かせることは出来ない。
だが、彼女の場合、その成り立ちからして『兄の言うことに従う』女神だ。その存在の根底を、自ら狂わせることは不可能である。
それを利用すれば、こうして明日菜が彼女をいいように扱うこともできる、というわけだ。
確認を終えたところで、明日菜は計画を実行に移そうと決めた。
「そんないい子のバーサーカーちゃんに命令だよ。
──『どれだけ苦しくても耐えなさい』」
屈辱に奥歯が砕けそうなほど歯噛みしていたバーサーカーは、明日菜の言葉を不審がり、後ずさって身構える。
そんな彼女を前に、明日菜は立ち上がって上着を脱ぎ捨て、スカートをばさばさとはためかせた。
体内から現れるのは蟲どもだ。背中の皮膚を突き破って無数の羽虫が飛び立ち、スカートの中から落ちてくるのは百足や蚯蚓たち。一瞬にしてとても食卓には似つかわしくない光景が広がった。
「な、なんのつもりよ……虫なんて穢らわしいものをこの私の目の前に……!」
「『動くな』。この子たちの可愛さ、今からたくさん教えてあげるから」
明日菜の命令に従わざるを得ないバーサーカーは、今まで戦闘で見せていた苛烈さはどこへやら、なすがまま虫たちに群がられていく。
刻印蟲たちは明日菜の魔術回路そのものに近い。ならば、バーサーカーにもそれを取り込ませれば、実質的に彼女への魔力供給となる。
それに、彼女は地下工房にあった凍結胎児を利用して誕生した擬似サーヴァント。その肉体に弄り回し、明日菜と同じようにしてしまうことはできるはずだ。
実際は、わざわざそんな方法を取る必要はない。これは無意味な嫌がらせに過ぎない。ただ明日菜がバーサーカーを陵辱したいだけだ。
でも、これは聖杯戦争のため。そう思っていた方が、ずっと気分がいい。
「い、嫌っ、こないで! 私は女神なのよ!? 私の体はお兄様のためにあるの! それなのに、こんな、こんな──」
泣き叫ぶ少女の体を這い回り、そしてその衣服の内側へと潜り込み、虫たちは彼女の陵辱を開始する。
バーサーカーが泣き叫ぶ声はとっても愉快で、そして、いつか明日菜自身があげた泣き声に似ていた。
「できました、どうぞ」
「あら。丁度良かった、たくさん虫を出したから、お腹が減ってたの」
明日菜は改めて食卓についた。そして、バーサーカーが虫に犯される姿と悲鳴を楽しみながら、ルーラーに配膳されたフレンチトーストを口に運ぶのだった。
「……う、甘くないしべちゃべちゃ」
残念ながら、その出来はお世辞にも良いとはいえないものだったが。
◇
ドロレス五百八十七号はキャスターのマスターである。
しかし、レイラズが製作した礼装によりネットワークの主導権を奪われ、さらにその礼装が明日菜の手に渡ったことで、彼女のあやつり人形に等しい状況となっていた。
丸一日を要してどうにか非常回線を作り、キャスターへの念話を確立させたが、他のドロレスの個体が明日菜に利用されていることには変わりない。
このままでは、恐らく、聖杯戦争の主導権を握られたまま戦いは終着へと向かってしまう。
それだけは、なんとしても避けたかった。
例え瀬古の現当主だったとしても、聖杯はドロレスの師の夢のために作られたもの。土地を貸しただけの魔術師が、勝手に根源への到達程度に使っていいものではない。
『──キャスター、聞こえるです?』
明日菜が刻印蟲の魔術を行使している間は、影響力が少し弱まる。その隙を狙い、ドロレスはキャスターへと念話を繋げた。
『……我がマスター? 本物ですか?』
『はい、本物なのです。現在は瀬古家の地下工房に監禁状態なのです』
ドロレスにはどうにかしてここから脱出する必要がある。あるのだが、明日菜の手には礼装、さらにルーラーとバーサーカーという最強クラスの駒が存在している。
現状、キャスター単騎では間違いなく攻略不可能だろう。
『今すぐ助けに来いとは言いません。これより、我々は瀬古明日菜に打って出させます。キャスターは他のサーヴァントの元へ行き、片方だけでも撃破できるように努めてください』
五百七十号がアサシンとセイバーを、四百九十九号がランサーを捜索するアヴェンジャーを捕捉している。
この情報を明日菜に渡せば、彼女は動き出すはず。
さらに、今のいい気になっている彼女なら、サーヴァントの力をひけらかすいい機会だと、戦力を分散させてくれる可能性さえある。
キャスターの助力により3対1の状況に持ち込めれば、明日菜のサーヴァントのうち片方を撃破するにまで到れるだろうか。
大きな賭けとなるが、ドロレスには選択肢がない。できることを、やれるうちにやる他にないのだ。
『わかりました。では、私はどちらかの援軍に向かいましょう』
キャスターの同意があれば、あとはドロレスが作戦を開始するだけだ。明日菜が接続している侵入礼装に、それぞれのサーヴァントたちの映像を流し込んでやる。
作戦開始だ。思い通りに動いてくれることを祈って、ドロレスは静かに反撃へと出る。
◇
「──ん。ドロレスが他のサーヴァントの居所を見つけたみたい」
「では、出立ですか?」
「うん」
美味しくないフレンチトーストを完食した明日菜は、食器を歩く洗って片付けると、ドロレスから手に入れた情報を元に動き出す。
ルーラーを連れ、今まで屈辱を味わわせてきた相手に逆襲するのだ。
「待ってなさい……レイラズ・プレストーン。
あぁそうだ、もう片方のどうでもいい奴は、バーサーカーちゃんにお任せするね」
そうとだけ言いつけ、明日菜はルーラーとともに出発していった。リビングには、バーサーカーがひとり残される。
蟲になぶられ、すっかりぐちゃぐちゃにされてしまったバーサーカーは、虚ろな瞳で己と蟲の体液にまみれ、壁に力なく寄りかかっていた。
割れた窓から入ってくる風が体を撫でるたび、不快感に体が震える。
けれど、明日菜の命令のため、脚に力の入らないまま、攻撃に出るしかない。
「……お兄、様」
すがりつくために思い浮かべる顔は霞んでいる。かつてのマスターの名がなんだったのか、もう思い出せやしない。
それでも、彼が残した『明日菜に従え』という枷は確かに少女を縛り、もはや狂戦士とは誰も思わぬような足取りで、ふらふらと歩かせるのだった。