小夜が数日ぶりに訪れた孤児院の様子は、あの日に破壊されてから変わっていないようだった。
修道院のおつとめの一環として訪れた孤児院。ここにはかつてバーサーカーが襲撃し、たくさんの子供たちが命を落とした過去がある。
小夜は何も出来なかった後悔も、バーサーカーに対して覚えた恐怖も、鮮明に覚えていた。
孤児院の敷地に踏み入ると、まだ鉄の匂いが充満していて、死臭も漂っていた。けれど、近所の住人がそのことで騒ぎ立てることもなかったようだ。警察がやってきた気配もなく、本当にバーサーカー以来誰も訪れていないかのようにも思える。
以前よりも魔術に触れたからか、なんとなく、この孤児院が見えない壁で隔離されているのがわかる。きっと、誰も踏み入らなかったのはそのためだ。
この状況では、生き物係もランサーも、本当にここにいるのかは定かではない。
そんな風に少しだけ不安になりつつ、小夜は歩いた。アヴェンジャーも周囲を警戒しており、やがて、中庭に人影を見つけ、身構える。
「あれは……」
前髪で目元を隠した少年と、体に植物の絡みついた少女。間違いない、生き物係とランサーだ。
彼らはシャベルを手に、中庭を掘り起こしては、なにかを埋めていっているようだった。
「……お墓ね、あれ」
アヴェンジャーはすぐさま察したらしく、ぽつりと口にした。確かに、埋め戻して少し盛り上がった土の上に、木の枝で作られた簡素な墓標が立っていたし、生き物係は惨殺された子供の腐りかけた遺骸をせっせと運んでいた。
まだ幼いふたりは今、同年代の子供たちを埋めているのだ。それがどうしようもなく異常な光景であることは小夜にだってわかる。
それがどうしても見ていられなくなって、小夜は思わず飛び出した。何も言わず着いてきてくれるアヴェンジャーとともに、2人の前に姿を見せることになる。
「あ……小夜、お姉さん」
土葬のためにシャベルを動かす手を止めて、生き物係は小夜の名を呼んだ。覚えてもらえていた安心感と共に、少年のそのあまりに寂しそうな表情に、小夜は言葉を詰まらせた。
そんな小夜が次の言葉を見つけるよりも先に、ランサーが口を開いた。
「見ての通り、私たちはお墓を作ってるのよ。あの日は、弔ってやる暇もなかったし。
彼女たちは委員長と一緒に過ごしていた仲間だもの。お別れくらい、出来る限りやらなくちゃ」
それが、彼女たちなりの答えなんだろう。小夜はあの時の無力感を思い出し、拳を強く握りしめながら、口を開いた。
「あ、あの──」
「小夜お姉さん」
「えっ、あ、は、はい、小夜お姉さん……です」
ランサーに向かって手を差し出そうとしたところで、背後から慣れない敬称で呼ばれ、しどろもどろになりながら振り返った。小夜を呼んだのは生き物係だ。
「僕たちも、小夜お姉さんやマチさんと一緒に戦わせてくれませんか。皆さんの力になりたいんです」
小夜は驚く。以前の生き物係から受けた印象と、その言葉が結びつかなかったからだ。彼はただ人の命令に従っているだけのようで、こうして自分から申し出てくるとは思っていなかった。
けれど、2人と同盟を結ぼうとしていたのは小夜も同じことだ。拒否する理由はどこにもない。
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
小夜の答えに生き物係が手を差し出してくれて、小夜も迷わずその手を握る。ずっとシャベルを握っていたからか、彼の手は真っ赤になっていた。
「それじゃ、私たちも握手しましょうか、ランサーさん」
「えぇ。サーヴァント同士も仲良くしなくちゃね」
傍らでは、アヴェンジャーとランサーも仲良く手を取り合っている。しかし、アヴェンジャーの体温が高すぎたのか、ランサーは数秒で「熱い」と言い出し、手を離さざるを得なくなる。
やはり、植物と炎では相性がよくないのだろう。
「あら……ごめんなさい。そうよね、ランサーさんは植物使いだもの」
「いくら炎使いでも体温高すぎると思うわ。冬場とか、隣にいるだけで暖房になりそう」
「ふふ、そうね。凍えないための体だもの。日本の冬がどうかはわからないけど、デンマークの冬なら越せるのよ?」
アヴェンジャーはマッチ売りの少女にしかできないブラックジョークをかまし、ランサーは苦笑いをした。今のは小夜だって苦笑いするしかないと思う。
ともかく、サーヴァント同士の仲も悪くないようだし、後は彼らを連れてベルチェのところに戻るべきだ。
けれど、その前に。
「あの。やっぱり、お手伝いさせてくれませんか? ほんの少しだけですが、私も一応先生をした身ですから」
言おうとして言えなかったことを改めて話した。そしてそれから、生き物係もランサーも、快く受け入れてくれた。シャベルを受け取って、作業開始だ。
せっせと、シャベルを地面に突き立て、中庭に小さな墓穴を作りはじめる。
とは言え、小夜の体はボロボロで、とても肉体労働をずっとしていられる体ではなかった。結局ランサーによる制止が入り、しばらく休憩することになる。
「手伝ってくれるのは嬉しいけど……無理はしないで。
前から思ってたけど、あなた、ちょっと空回り気味なところあるんじゃない?」
「う、ごめんなさい……」
否定できない。特にルール不明花札の件。それに、今は体の不調に焦りを感じてしまっているかもしれない。
「謝る必要なんてないのよ?
むしろ謝るのはこっちだわ。私って、生で食べると毒だから、お薬にはなれないのよね。
まあ、気持ちくらいは受け取って」
若枝を伸ばし、手のようにうまく使って、ランサーは水筒を渡してくれた。ありがたく受け取って、中の水を喉に流し込む。これだけでも、少しは回復できるだろうか。
「……ぷは。ありがとう、ございます」
そうして、小夜は見学という形になりながら、子供たちの埋葬は続いていく。
──そこに不穏な影が忍び寄っていると真っ先に気がついたのは、見学していた小夜だった。
「っ、皆さん、危ない……っ!」
中庭の墓標たちをいくつも薙ぎ倒しながら、飛来するのは一振りの大剣だ。ランサーが小夜を、アヴェンジャーが生き物係を咄嗟に抱え、孤児院の屋根に飛び移って回避する。
大剣は孤児院の壁を粉砕し、やっとその勢いを止めた。
「みんなのお墓を……」
ランサーは歯を食いしばり、怒りを露としている。一方で、彼女に抱えられた小夜は、身を乗り出して飛来した大剣の存在を確認する。
その2メートルにも迫る巨大な武器には、見覚えがある。間違いない。あれを振るっていたのは、金色の装身具を纏った少女。
「ランサーさん! あの武器、バーサーカーの……!」
「……やっぱりね」
こんな人間をなんとも思っていないようなことをする奴、いないもの──そんなランサーの言葉が響く中、土煙の向こうから、ひとりのサーヴァントが現れる。小夜の確信した通り、それはバーサーカーの襲来だった。
しかし、バーサーカーはどこかおかしかった。黒いツインテールを揺らし、よろめくように歩いていて、以前の彼女とは雰囲気が違う。
そのまま先程投げつけた大剣を拾い上げ、また担ぎ、小夜たちの方へ顔を向けた。その虚ろな瞳からは、うまく感情が見て取れなかった。
そしてバーサーカーが脚に力をこめた瞬間、ランサーとアヴェンジャーも動き出す。真っ先に少し離れた場所に、抱えていた互いのマスターを放り投げ、すかさずランサーが木々のクッションを作り着地させてくれる。
そこからは、サーヴァント同士の激突だ。追跡してくるバーサーカーに尖った枝の群れと火球を放ち、対する敵も大剣でそれらを薙ぎ払って追跡を続ける。
アヴェンジャーもランサーも、以前バーサーカーに苦い思いをさせられている。明確な勝算はなく、ただ2人を信じるしかない。
「また会ったわね、バーサーカー! 油断して私に食らった傷はもう癒えたかしら!」
ランサーの挑発に、バーサーカーは答えない。ただ、圧倒的な身体能力で彼女との距離を詰め、無感情に蹴りを叩き込んでくるだけ。
吹き飛ばされたランサーだったが、地面に叩きつけられそうになるのをアヴェンジャーが受け止めた。さらに彼女は燃え盛るマッチ数本を投擲して牽制する。
相変わらず大剣は簡単に炎を掻き消してマッチを吹き飛ばすが、わずかに勢いは衰えた。その間に体勢を立て直したランサーが飛来するバーサーカーの周囲を囲むように枝を展開し、一気に突き刺しにかかる。
彼女が空中で振り回す大剣はそのほとんどを破壊するが、しかし対応しきれず、懐にまで潜り込んできた3本のうち2本を肘打ちや膝蹴りで叩き折り、最後の1本を回避すべく体を逸らす。
だが、ランサーの意のままに成長する枝は、これを好機と見てバーサーカーの脇腹へ一直線に伸びていく。尖端はその白い肌を傷つけ、血を流させる。
「……ッ!」
「やっぱり……私の攻撃は効くみたいね、女神様?」
ランサーの持つスキル──『神殺し』により、神霊であるバーサーカーにはかすり傷でも深刻なダメージになり得るのだ。
それを知ったバーサーカーは、やはりランサーを重点的に狙おうとする。大きく踏み込んで、手にした剣を振りかぶり、攻撃に出る。
その瞬間を、アヴェンジャーは待っていた。
「回る回る、炎は回る。冷たい路地を温めて。
歌う歌う、焱は歌う。それは泡沫唯の幻想。
さぁ。ユメを見せてあげる。
『
バーサーカーの死角から放たれる、燃え盛る炎。1本の樹を象ったそれは、少女へと叩きつけられるべく、上空から迫っていく。
上空からの赤い輝きに気がついた頃にはもう遅い。すでに振りかぶっている以上、回避は間に合わない。あとは振り下ろすだけだ。だがアヴェンジャーの炎は膨大で、もはや薙ぎ払うだけでは掻き消せない。
これで少しでもダメージが与えられるはず。小夜も、生き物係も、ランサーやアヴェンジャーでさえもそう思っていた。
そこへバーサーカーのとった選択肢は、今まで全く行ってこなかった、宝具の真名解放だった。
「お兄様の敵は皆殺し。例えそれが死であっても変わらないわ。
── 『
大剣が放つドス黒い輝きは、たった一度剣を振り下ろすだけで、アヴェンジャーの放つ膨大な炎を切り裂いてみせる。
切り裂かれた炎は、直撃するはずだったバーサーカーだけを焼くことなく、周囲の自然を焼き尽くし、芝生を灰にした。
「……なるほど、迫り来る『死』を殺すため宝具ね。兄を愛し、兄のために死神を殺した女神。
バーサーカー。いえ──女神『アナト』。厄介な相手だわ」
アヴェンジャーの宝具は、彼女が最期に点火したマッチとその陽炎に由来するもの。つまり、彼女の死と密接に結びついている。死すら殺戮する女神の剣には、通じないのかもしれない。
攻め手をひとつ封じられた以上、アヴェンジャーとランサーは身構えながら、どうにか思考を回す。
ランサーの攻撃が通じることはわかっている。活路はどこかにあるはずだ。
やがて再び動き出すバーサーカーを前に、サーヴァントたちの乱舞はまだ続く。