Fate/Kindergarten   作:皇緋那

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穿孔──サーヴァント・ランサー

 正午ごろ、霜ヶ崎市周辺では未確認飛行物体の目撃が相次いだ。それらはいずれも、獅子の後半身を持つ鷹に跨って飛行する、金髪の女の子のものだった。

 

 ──無論、未確認飛行物体とされたのは、グリフォンに乗って空路を行っていたキャスターだ。一般人に目撃される可能性を度外視し、市街地の上空を思いっきり突っ切っていたからだった。

 

 セイバー及びアサシンと合流し、ルーラーを迎え撃つ予定だったキャスター。

 しかし、当のセイバーとアサシンの交渉は彼女が割って入る間もなく決裂し、そのうえアサシンは単独でルーラーと激突。結果、マスターが死亡し、宝具の効果によって生き延びたアサシンも行方を眩ませた。

 

 よって、キャスターは大きく予定を変更しなければならなかった。息を潜めて敵襲をやり過ごし、すぐさま全力でアヴェンジャーの方へと急いだ。

 

 キャスターとしては、アヴェンジャーは少し苦手だ。可愛いのに炎が熱苦しいし、可愛いのにこちらを見るなり襲ってくるし。

 それでも、この状況ならさすがに協力してくれるはずだ。なんて期待を抱きつつ、全速力での飛行を続ける。

 

「今度こそ、うまくいってくれるといいのですが……」

 

 なんて呟いた瞬間、目的地の方角から凄まじい音がした。建物が壊れたり、炎が吹き上がったりする音だった。

 つまり、すでにアヴェンジャーは何者かと交戦している。そして恐らく、それはバーサーカーだ。

 

「っく……! どうか、間に合いますように……!」

 

 ◇

 

「アナト……?」

 

 ランサーがバーサーカーの正体として告げたその名前は、小夜にはさっぱり覚えがないものだった。

 小夜だって、さすがに少しくらいは神の名前は知っている。ゼウスとか、アテナとか。どうやら、そういう神話の神様ではないらしい。

 わからないままでいる小夜に、隣にいた生き物係が教えてくれる。

 

「アナトはウガリット神話の女神さまです。バアル神とは兄妹で夫婦って関係です」

 

 バアル、なら聞いたことがある。というか、小夜は修道女であるがゆえ、聖書の内容は覚えている。バアルは異教徒の神の名前として、その中に何度か登場していた。著者に嫌われていたのか、いずれも否定的に描かれてはいたが。

 

「その……アナトさんは、何をする女神様なんですか?」

 

「愛と戦いを司るそうです。兄のバアルのために、立ちはだかる怪物や神々をことごとく倒したとか……」

 

 なんて、悠長に話している間に、戦場と化した中庭では再び激闘が始まっている。

 その正体をランサーに指摘されても、バーサーカーは何か応えることなく、暴虐を振り撒くためだけに動き出す。

 

 地面を叩きつけるように蹴ったかと思うと、次の瞬間にはランサーのすぐ隣で剣を構えるバーサーカーの姿があった。そこへ仕掛けてあった植物の罠が作動し、壁が展開され、一瞬だけながら剣を押し留める。

 それだけなら防ぎきれず、剣はランサーを襲ったことだろう。だが、靴裏から炎をスラスターのように噴射しながらアヴェンジャーが飛び込んでいき、彼女を抱いて、剣の軌道から離脱させる。

 

「お願い、行って!」

 

 その離脱と同時にアヴェンジャーが放つのは白鳥を象った炎だ。

 振り下ろしたばかりの剣は間に合わず、バーサーカーはその一撃を防御行動をとらずに受けた。

 そうして爆発が巻き起こり、黒煙が舞う。

 

 その煙の中からは、やがて皮膚と布地が少し焦げただけのバーサーカーが現れる。やはり直撃させてもこの程度のダメージでは足りていない。

 

 バーサーカーの標的は一直線、ランサーである。己に傷を与えられる相手を重点的に狙って当然だ。

 アヴェンジャーはそれを阻止すべく進路上に割って入り、手のひらのスラスター噴射を迫ってくる敵に向ける。

 

 対して、相手は炎に飛び込んだ。炎熱に頭髪は縮み、皮膚は焼けていく。それでも、その勢いは止まらない。

 このやり方では無理だと判断し、アヴェンジャーは炎を止め、咄嗟に左腕でランサーを突き飛ばす。

 

 その瞬間、バーサーカーの斬撃が肉を断った。

 

「ふふ、残念だったわね。それ、私なの」

 

 刃が叩き斬ったのはランサーの体ではなく、アヴェンジャーの左腕だ。傷口は即座に焼き塞がれ、出血はない。

 その背後からランサーが飛び出して、一気に大量の枝を動員し、バーサーカーを取り囲む。本命の木の槍を手に、彼女は決着をつけようとする。

 

「これでも喰らいなさい……ッ!?」

 

 対するバーサーカーは、手にしていた大剣を投げ捨て、手を伸ばす。枝が皮膚を裂くのも構わず、突き出される槍を掴み、渾身の力でランサーを引き寄せる。

 

 彼女を待ち受けるのは、バーサーカーの拳だ。避ける間もなく左眼の眼窩へと突き刺さり、周辺の骨を破壊しながら眼球が潰されてしまう。

 そして向かってくる枝たちは掴んだランサーを振り回してへし折って、バーサーカーはランサーへの徹底的な攻撃を開始する。彼女を地面に叩きつけ、防御のために展開される植物ごと踏み抜いて肋骨と肺を砕き、委員長の肉体が破壊されていく。

 

「『陽炎の(フレイム)──」

 

 アヴェンジャーは宝具を用いて助け出そうと身構えた。しかしバーサーカーはそれを察知するや否や、満身創痍のランサーを乱雑に掴み、掲げる。

 

 ──ランサーの本体は植物。このまま炎の宝具を放てば、味方を焼き尽くしてしまう。バーサーカーは、彼女を盾にするつもりだ。

 

 それを理解した瞬間、アヴェンジャーの動きが止まった。真名解放を躊躇い、集中させた炎の魔力は不発に終わり、下唇を噛んだ。

 

 そこへ、バーサーカーはランサーを投げ捨てながら突っ込んでくる。迎撃に出ようとするが構えるのが遅れ、炎を放っても時すでに遅かった。

 飛び蹴りは彼女を壊しにかかり、衝撃に耐えかねた体はそのまま後方に飛ばされていく。

 

 孤児院の外壁に背中を打ちつけ、壁が崩れるのを感じながら、喉奥から込み上げてくる熱い液体を吐き出した。口を押さえた右手が真っ赤に染まっていた。

 

 しかも先の衝撃で脊髄が傷ついたのか、アヴェンジャーの脚は立ち上がろうにも言うことを聞かなかった。

 投げ捨てられたランサーもボロボロで、動く気配はない。

 

 邪魔なサーヴァントがもう動かないのなら、あとはマスターを殺すだけだ。バーサーカーはアヴェンジャーにもランサーにも背を向けて、小夜と生き物係の元へ赴こうと歩き出す。

 

「お願い、立って……ランサー(・・・・)!」

 

 目の前の絶望に呆然としていた小夜は、生き物係の叫びで我に返る。そして、彼の右手に刻まれた紋様が輝いていることに気がついた。

 令呪の魔力が動員され、ランサーの体を見せかけだけでありながら回復させる。

 

「……えぇ、立つわ。いっちゃんのために戦うって、決めたもの」

 

 植物で作った外骨格でボロボロの体を補助し、無理やり立たせて、ランサーはまだ戦おうとしている。

 バーサーカーとて、目の前に邪魔する者がいるなら容赦をする必要はない。腹部を蹴りつけ、よろめいた瞬間にもまたキックを浴びせ、浮いた体を掴んで地面に叩きつける。

 

 それでもランサーはまだ生きている。その枝を掴んでいる腕に絡ませ、逃げようとする彼女を一気に自分の体に縛り付けて拘束する。力任せに引きちぎられても、すぐさま次の枝を巻き付けていく。

 

「私は……約束のひとつもできなかった、ただの木に過ぎないわ。私を握ったあいつは殺されたし……今だって、借り物の体をこんなに傷つけてるわ……」

 

 息を切らしながら、少女は──否、少女に取りついた植物は語っていた。それは、本当は感情も知性もない、ただ一本の枝であった彼女の、きっと二度と得ることのない思いだった。

 

「……だから、こそ。今度はもう私の使い手を不幸になんてさせない。戦いたいと言ったあの子の、力になりたい」

 

 委員長の肉体は修復されていく。胸の風穴は再生する骨や肉で埋められて、失った腕も、潰された目も、みんな元に戻っていくように。

 

「だから……最後にあなたに教えてあげるわ、私の名前。神を殺し、光を殺し、終末を呼んだ、ただ1本のヤドリギの名前をね」

 

 宿主としていた少女の肉体を切り離し、バーサーカーを拘束する枝だけとなったランサーが選んだのは、彼女を貫く槍となることだ。

 彼女は1本の枝となり、バーサーカーの心臓を刺し穿つ。神殺しの名のもとに、神核を砕く。

 

「我が名は 『宿命を貫く金枝(ミストルティン)』。

 あの子のサーヴァント──ランサーよ」

 

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