Fate/Kindergarten   作:皇緋那

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銀河──フォゲット・ザ・サニティ

 バーサーカーの意識は、その瞬間にようやく鮮明となった。

 

 明日菜の蟲に汚されてからずっと、自ら混濁して、現実を直視することから逃げるしかなかった。

 英霊のサイズまで押し込められ、しかもホムンクルスの肉体という狭い器では、そうするほかになかった。

 

 それがやっと、ランサーに心臓を貫かれた瞬間に、全てを思い出す。急に肩の荷がおりたようだった。神殺しがもたらす痛みと神核の喪失は、彼女の覚醒を促したのだ。

 

 ──はるか昔。地球に哺乳類が現れるよりも以前に、銀河を指して『女神』と呼称する文明があった。彼らは生存可能領域を『アシュタレト』と名付け、人型の銀河を誕生させた。

 それと同時に──彼らは宇宙災害にも女神の名を与えた。文明では太刀打ちできない存在を、厄災の擬人化として人型に押し込めた。

 

 それが原型の『アナト』。人間では、まるで手の届かない規格外の存在。

 それほどの存在をサーヴァントとして現界させるためには、ただの災害に余計な物を大量に与え、人格ある存在にデザインし直す必要があった。

 

 バーサーカーのマスターは、お兄様(バアル)の生まれ変わりなどではない。

 それは『アナト』がサーヴァントとして現界するために被せられた認識の枷。この世に生まれ落ちるために必要だった契約だ。

 

 古代文明が女神に押し込めたものから力を削ぎ落として神霊という皮におさめ、さらに一側面だけを抽出。

 そこに精神性の固定という制約、及びホムンクルスを用いた擬似サーヴァント化を加え、規模を縮小した。

 これだけの過程を経て、やっと召喚されたのだ。

 

 この世界には、お兄様(バアル)も、姉妹(アシュタレト)も存在しない。

 だが彼女は災害だ。災害は時も場所も選ばず現れる。無差別に、蹂躙を繰り返すために。

 

 令呪による強制も。聖杯戦争への願いも。この世界の理も、人類も、兄も妹も、なにもかもが関係ない。

 

 それを理解した瞬間から、明日菜との契約は途切れた。後は残ったものを災害へ還元し、齎すだけ。なにもかも、焼き払ってしまえばいい。ここに在るのはただ──光だけでいい。

 

 だって、この世界には、お兄様がいないんだから。

 

 ◇

 

 ランサーがバーサーカーの心臓を貫いてから少しの間、その場のなにもかもが一切の動きを見せないまま、辺りは静寂に満たされていた。それを破ったのは、他ならぬバーサーカーだった。

 

 バーサーカーの肉体は、心臓を喪ってからしばらくすると、急激に発熱、発光を開始する。

 彼女に突き刺さった植物は、別れを告げる間もなく簡単に焼き尽くされて灰と化した。

 それでもなお、行き場のないエネルギーたちが漏れ始める。周囲の空気が熱されて超高温となり、芝生が自然発火を開始している。

 

「な、なに? なにが起きてるんですか?」

 

 小夜はうろたえるしかない。バーサーカーは確かに心臓を貫かれたはずなのに、どうしてまだ立っていて、爆発寸前のように輝き始めたのか。意味がわからない。

 

 ただわかるのは、バーサーカーの近くで気を失って倒れている委員長と、深刻なダメージにより動けないアヴェンジャーが危ないことだった。

 

「いっ、生き物係くん!」

 

「……っ、はい!」

 

 ランサーの消失を受け入れている暇はない。自分たちで動かなければ、わけがわからないうちにあの超高温の中で溶けている。

 小夜は体に鞭打って、アヴェンジャーを迎えに行く。彼女を持ち上げ、背負い、できるだけバーサーカーから離れるべく全力で走る。

 

 隣を見ると、生き物係少年も委員長の回収には成功したようだ。けど、バーサーカーの発熱も発光も止まっていない。太陽が地上にもう1つできたかと錯覚するほど、孤児院の中庭は光の中に沈んでいる。

 

 やがて、バーサーカーの残骸がひとりでに浮き上がり、ぶつぶつと何かを呟きはじめる。その表情は全くの無感情で、声色も淡々としていた。

 

「極超新星、展開。原始領域、臨界」

 

 小夜にとっては知らない単語まみれだが、危険は肌で感じ取れる。とにかく、今は孤児院から離れようとするしかない。

 

「終わりは一瞬、ひかりは悠久」

 

お姉様(シスターさん)、来るわ! 跳んで!」

 

「えっ、え、はいっ、と、跳びますっ!」

 

 アヴェンジャーに言われるまま、自分はいけるぞと全力で思い込みながら、生き物係と委員長も抱えて地面を蹴った。

 すると腕と脚になにか力の流れが集っていく感じがして、気がつくと本来の跳躍力を遥かに超えた大ジャンプを遂げている。

 

 だが、そのことに感動している余裕はどこにもなかった。すぐ後に、さっきまで小夜たちが走っていた場所へ、すべてを飲み込み破壊するエネルギーの塊が放出される。

 

「『流れ逝く新星は凡て貴方の為に(ハイパーノヴァ・ヴィーナス)』」

 

 バーサーカーが人差し指の先から放つのは、小夜の視界の一切が白に包まれるほどの光の奔流。星の終わりを体現した輝きの災害。

 サーヴァントの霊基に押し込められたことでごく小規模に抑えられていたとしても、小夜がそのことを知る由はない。それを察することもできない。

 光が叩きつけられたその後には、瓦礫すら残っていなかったからだ。

 

 光が晴れると、小夜たちは重力のまま地面に衝突する形で着地し、その破壊の痕を目の当たりにする。

 光の通り過ぎた場所だけ、見事になにも残っていないのだ。1本の小枝、1個の小石さえ落ちていない。

 これを食らっていれば、人間はおろか、サーヴァントでさえ瞬間的に蒸発させられてしまう。

 

 そして──その圧倒的な熱量は、一度きりのものではない。バーサーカーは再び失った心臓から光を放ち、極大のエネルギーを収束させてゆく。

 目の前の彼女は魔力の核融合炉のようなモノ。壊れるまで、いつまでも新星爆発を繰り返すのだろう。

 

 先程と変わらぬ威力で、二撃目が世界に傷をもたらす。子供たちのために作った墓標をなぎ倒し、なにも知らぬ人々の邸宅が光の中に消えていく。

 

「あんなの……放っておけば、街どころか文明ごと駆逐されちゃうわ……!」

 

 アヴェンジャーの言葉に、小夜はなにも言えなかった。あれだけの火力を見せつけられれば、現代兵器なんか相手にならないのはすぐにわかる。

 

 さっきだって、あの消し飛ばされた家には、なにも知らない一般人が日常生活を送っていたはずだ。それが、理不尽に消し去られた。小夜はなにもできない。

 

 心に再び虚無感が押し寄せる。自分は結局なにもしなかった。できなかった。

 ランサーは消え、アヴェンジャーは動けない。彼女に対抗出来る力は、もう残っていない。

 

お姉様(シスターさん)。諦めちゃだめ。信じるの」

 

 背中の方から、アヴェンジャーの声がする。けれど、なにを信じればいいのかわからない。

 生き物係少年も、気を失っている委員長も、助けたいとは思っている。だけど、小夜になにができるのだろう。

 

 視界の端では、バーサーカーがこちらを指さしている。まるで終わりを告げるようだった。

 

 小夜は歯噛みして、悔しげに目を瞑り──そこへ、ひとつの影が飛来する。高速で突っ込んできたそれは地面に激突し、衝撃で小夜たちのことを吹っ飛ばした。

 

「きゃっ……!?」

 

 悲鳴をあげた瞬間、またしてもバーサーカーの光線が輝いた。今の何者かの激突のおかげで軌道から外れ、小夜たちは皆助かったらしい。

 

「あぁ、よかった! どうにか間に合ったようですね」

 

 一体誰がそんなことをしたのかと顔を上げると、立っていたのは絵本から飛び出したかのような女の子──キャスターだった。

 

「あとは私がどうにかします。お任せ下さいな」

 

 そう言って、キャスターは光を充填した状態のバーサーカーへ向かって歩き出す。見るからに無謀で、小夜の背中でアヴェンジャーが震えているようだった。

 

 ◇

 

「さて。さすがに(キャスター)では、アレをなんとかするのは不可能ですね」

 

 目の前で荒れ狂うバーサーカーは、もはや英霊でも神霊でもなく、現象に近い。物理的にあの依代の体を破壊しなければ、融合炉と化した彼女は止められないだろう。

 

 そんなものを相手取るのに、ただでさえ戦えない作家を駆り出すのは間違っている。

 そのくらい、キャスター自身は嫌ほど理解している。

 

 だからこそ──これから取る方法は大博打にして、奥の手中の奥の手。聖杯戦争という場では、本来使われることのない異端の手段だ。

 

 その行使を決めたキャスターは、バーサーカーに向かって無防備にも歩み寄っていった。

 

「美しい光だ。きっと人々は、君を勝手に讃え、勝手に崇め、勝手に滅んでいったことでしょう」

 

 無論、近寄る者があるのなら、バーサーカーは無感情にそれを撃つだけだ。エネルギーの収束は止まらない。

 

「えぇ、そうでしょうね。災害が人の話を聞くなんてありえない。君のような存在は、そこにあるだけなんだから」

 

 キャスターの語りかける言葉に、応える者は誰もいない。詠唱は淡々と告げられていく。それでも、キャスターは言葉を止めなかった。

 

「君は過酷だ。現世に存在するには、あまりに理不尽で、あまりに多くを殺しすぎる」

 

「『流れ逝く新星は凡て貴方の為に(ハイパーノヴァ・ヴィーナス)』」

 

 そして、幾度目かの真名の解放が行われる時が来る。その名が告げられ、ついにキャスター目掛けて光線が放たれる。

 対するキャスターは、いつの間にか手にしていた一冊の本を破り捨てる。ばらばらになったページが周囲を舞い、迫り来る光に向かって飛んでいく。

 

 ただの紙ならば燃え尽きるだけだ。けれど、それは呪文の刻まれた頁。光を押し留め──否、そのすべてを吸い上げ、リソースとして使い回す。

 無論、そんな方法はあまりに強引で、術式に限界が訪れた瞬間に破綻するに決まっている。それでも、キャスターはその無理を通そうとする。

 

「……バーサーカー。私は君が嫌いです。いくら君が美しくても、君がいては皆が笑顔になれない。

 だから、私は私を作り替える。君を否定できる宇宙を、ここに作り上げる」

 

 光を変換したエネルギーの使い途は彼女自身だ。術式はキャスターの霊基に手を加え、大量のリソースによって新たなサーヴァントを完成させてゆく。

 

 纏っていたドレスは分解され、代わりに動物とも植物ともつかない異形が溢れ出て、互いに結合しあい、1枚のワンピースを禍々しく形作る。

 そして碧眼は赤く染まり、真っ白な肌は病的な蒼白に変わる。どこからともなく滑稽なフルートの音が鳴り響き、霊基が再臨させられたことを告げた。

 

 光が晴れる頃には、そこにキャスターはいない(・・・・・・・・・)

 

「美少女には美少女を。狂気には狂気を。そして、宇宙にはまた別の宇宙を。

 キャスター改め、降臨者(フォーリナー)。真名はルイス・キャロル。

 さあ、一緒にユメを見ましょう──?」

 

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