規格外の熱量を持ったバーサーカーの宝具。それを受け止めきって、少女は小夜たちの前に新たな姿を見せた。そして、続く言葉でその正体を明かす。
──フォーリナー、ルイス・キャロル。
キャロルといえば、かの『不思議の国のアリス』の作者として有名だ。
確かに金髪碧眼の少女という姿はよく描かれるアリスのイメージそのものだったし、扱う手下も『不思議の国』にゆかりのものばかりだった。
そんな彼女は今、グロテスクな異形のドレスに身を包み、赤に染まった瞳でバーサーカーを見据えている。
対するバーサーカーも、己の宝具が受け切られたことさえ気に留める様子はなく、すでに次の一撃のためにエネルギーの充填を開始していた。
静寂の中に、フォーリナーの足音と、どこからともなく単調で気の狂いそうな笛の音が響いてくる。
そこへ、彼女はなにかの詠唱を交ぜる。
「此処は白痴の庭。万象は
我は全ての幼子を揺り起こし、この手に抱く者。
沸き立つ原初よ。無明の玉座より万象を映さぬ眼を開きたもう」
フォーリナーが言葉を紡ぐたび、フルートの音がか細くなって、消えていく。それにつれてドレスの一部となった異形たちが蠢き、ぼこぼこと泡立ちはじめ、やがてスカートからは不定形の触手が伸びていく。
やがて触手の群れはバーサーカーを取り囲んだ。妖しく揺らめきながら、フォーリナーが告げるのに合わせ、ゆっくりと躙り寄る。
「不思議の国にあってはならぬ君へ。私から、別れの詩を贈ります。
題名は──『
フォーリナーの告げたその言葉を号令として、触手たちがバーサーカーを飲み込む。バーサーカーが抵抗し『流れ逝く新星は凡て貴方の為に』を放っても、触手に触れた瞬間にエネルギーが消失し、為す術なく追い込まれていく。
逃げ出そうとしても、とうに逃げ場はない。フォーリナーの尖兵が彼女の肌に触れると、その部位は空間ごと削り取られるが如く消失し、出血さえも怒らない。
その様はまるで、キャンバスに描いた絵に消しゴムをかけるようで。あれだけの猛威を振るっていたバーサーカーが、あまりにも呆気なく、この世界から消えていった。
「お兄、さ──」
虚ろに呟かれた言葉が最後まで紡がれることなく。
また1騎、聖杯戦争からサーヴァントが消え去ったのだった。
──戦いにも満たない一方的な
そんな彼女に対し、小夜は思わず身構えた。生き物係も同様に、まだ目覚めない委員長を庇うように立っている。
それを見て、フォーリナーが見せたのは、慌てて敵対の意志を否定することだった。
「あっ、わ、私、あなた方に危害を加えるつもりはありませんよ! 彼女は少し、目に余るというか、私の主義に非常に反する存在だったものでして!」
弁明する彼女は、その恐ろしい見た目とは裏腹におろおろしていて、それを見ている小夜の方まで恥ずかしくなってくる。
その様子からは、少なくとも敵意は感じられない。アヴェンジャーはまだ警戒を解かず、彼女を睨んでいるけれど。
「……あっ、その、なんといいますか、アレ……そう、マスター! マスターが待っていますので、私はこれで……」
そのことに気がついたフォーリナーはぎょっとして、ばつが悪そうに背を向けた。
「……っ!?」
──その瞬間。小夜は自分の中に何かが入ってくるような激しい異物感に襲われた。
この感覚は知っている。一昨夜に味わわされた、小夜の体が告げる終結へのカウントダウンだ。死したサーヴァントの魂が小聖杯に格納されるたび、小夜の体は生命維持を放棄していく。
今度はなにが奪われていくのだろうか。答えは自ずと明かされる。
「あれ……?」
体から力が抜けていく。急な脱力に耐えきれず、座っている体勢からそのまま倒れ込んで、生き物係少年に支えられた。
ごめんねとありがとうを言いながら慌てて立ち上がろうとするけれど、手足がうまく動かない。
「
「大丈夫ですか……?」
「あ、は、はい。少し、疲れちゃったんですかね」
やけに鮮明な小夜の思考は、不思議と納得していた。次に自分から奪われていくのは自由なんだ、と。
「……あ、あの。少し、お時間いただけませんか?」
突然、フォーリナーの声がした。なんとか目玉だけを動かして、確かに彼女が戻ってきてくれていることを視認する。
「悪いようにはいたしません。ただ、君の体が心配でして」
小夜はフォーリナーの言葉に頷こうと思ったが、首も動かず、代わりにお願いしますの言葉を口にした。
そこへ、噛み付く寸前の動物のような表情だったアヴェンジャーが声を出す。
「……
彼女は私の大事な人よ。あなたに触れさせるわけにはいかないわ!」
「ですが、彼女の体には異常が起きています。私がこの場で最も魔術的な治療が可能ということも考慮していただきたい」
「でも……」
言い返そうとするアヴェンジャーだったが、フォーリナーとしばらく見つめあった後、引き下がった。わかったわ、という短い承諾の言葉を最後に、黙って見守っていてくれる。
そうして許可を得て、フォーリナーの手が小夜の脚に触れた。体は動かないのに、確かに暖かさは感じられる。それがまた不気味だった。
そして、少し触れているだけで、フォーリナーは驚いた顔をする。
「これは……異常というより、そうなるために設計されたような……君は、もしかして」
彼女が言いたいことはわかる。小夜の中に小聖杯があることを理解したんだろう。けれどアヴェンジャーにはそのことを告げてほしくなかった。だから、小夜はフォーリナーを熱心に見つめた。察してくれることを信じて。
「……そうですか。では、その場しのぎですが、対処法をお教えします」
どうやら、わかってくれたようだった。それから代わりにフォーリナーが耳打ちで話してくれたのは、魔力の使い方だ。
腕そのものを動かすのではなく、内側を流れる力を動かす。無意識のうちに肉体に下していた命令を、魔術回路へのものに置き換える。
そういったイメージに従ってやってみると、やがて小夜の思う通りに指が動かせた。
要領をつかめば、あとは早い。再び立ち上がれるまで、時間はそうかからなかった。
「……! あ、ありがとう、ございます。その、またしても助けてもらっちゃって申し訳ないっていうか」
「いいんですよ。君のような美しい女性には笑顔が似合う。それだけのことです」
フォーリナーはそう言って優しく微笑んでみせた後、指を鳴らしてまた不思議な生き物を召喚する。グリフォンに代わる乗り物なんだろう。
それは大型のコウモリのようだ。とても馬面で、体長は数メートルもあり、体表が鱗に覆われている。
こんなキャラクター、『アリス』にいただろうか。
小夜は首を傾げつつ、フォーリナーを乗せて飛び去っていくコウモリを見送った。