Fate/Kindergarten   作:皇緋那

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七日目
夜風──アイ・ワズ・ボーン・トゥ


 まだ日は昇らない未明の空の月が、鮮やかに室内を照らす夜。

 すでに日付は変わっていて、皆が寝静まっている中で、小夜は目が覚めてしまった。

 

「……今日の悪夢は、ちょっと趣が違いましたね」

 

 このところずっと、小夜はうなされて夜中に起床する羽目になっている。

 体が引き裂かれる感覚がしたり、知らない子供たちにどこかへ連れ去られそうになったりと、そのバリエーションは様々だが、今日見たようなものは初めてだった。

 

 それは──自分が死んで、金色の杯になってしまう夢。

 悪夢には慣れたものだけど、体の中の小聖杯とこの身体機能の不調を思うと、ひょっとして予知夢なのかと考えてしまう。

 

 このまま寝転がっていても眠れない。どころか、ネガティブなことをたくさん考えてしまう。少し、夜風にでもあたってこよう。

 動かない筋肉を魔力で強引に動かして、小夜はベッドから起き上がった。

 

「けほ、けほっ……」

 

 歩き出す前に何気なく咳をする。すると、吐息を受け止めた手に赤い水滴が付着する。見ると、どうやらそれは血であるらしかった。

 

「呼吸器から血を吐くってかなり危ないって聞きますよね。でも、思ったより苦しくないかも」

 

 ふと漏らした感想は落ち着いていて、自分でも動揺していないのが不思議だった。

 

 ──あぁ。やっぱり、私死ぬんだな。

 

 それは冷たく重い現実だったけれど、小夜の肉体はあまりにも急激に壊れていく。まるで生きることを体が諦めているみたいで、そんな現実を受け入れるしかなかった。

 

 止まった足を動かして、洗面所で血痕が見えなくなるまで手を洗って、また咳き込んで、流し台に飛び散った血液をもう一度洗った。

 

 そんなことを何度か繰り返した後にようやく気管の違和感が収まって、ふと頬を夜風が撫でていることに気がついた。

 

 振り向くと、いつの間にか窓が空いており、人影が立っている。月明かりに照らされたその肌は青白く、金髪は風になびいていた。

 予想外の来客に、小夜は目を丸くする。

 

「えと、確か、フォーリナー、さん……?」

 

「はい。フォーリナー、ルイス・キャロルです。覚えていていただけて光栄です」

 

 頭を下げる彼女に、小夜もつられてお辞儀をした。その後、彼女は髪を指でいじったりしてためらいつつ、本題に入ろうとする。

 

「……そ、その。ひとつ尋ねたいことがあって、ここへ来たのですが」

 

「なんですか……?」

 

「小夜さんは、聖杯戦争を続けたいですか?」

 

 このまま聖杯戦争が続けば、間違いなく小夜は死ぬ。フォーリナーはそれをわかっていて尋ねているのだ。

 小夜は今一度、考える必要がある。この先何のために戦うのか。戦うべきなのか。

 

「逃げ道はあります。君が生きたいとさえ言ってくれたなら、私が君をこの聖杯戦争から解放しますから。

 君の体にある小聖杯も、地下にある大聖杯もなかったことにしてみせます。

 だからどうか、この手を」

 

 邪神のドレスが誘うように蠢き、彼女の青白く小さな手が差し伸べられる。

 この手を取れば、もしかすると、小夜はもう不調に悩まされなくていいのかもしれない。今すぐ教会に戻って、今まで通りの生活ができるのかもしれない。

 

「私は君たちの笑顔が見たい。このままで、君は笑っていられますか?」

 

 フォーリナーの言葉を耳にして小夜の脳裏に浮かぶのは、アヴェンジャーの姿と、今までの悪夢の光景たちだった。

 数えきれないくらいたくさんの、笑顔になれなかった子供たちを見てきた。後悔も、無力感も、恐怖も痛みも、今でも鮮明に思い出せる。

 

 だからこそ、小夜は答えた。

 

「ごめんなさい、フォーリナーさん。お気持ちは嬉しいです。

 でも、私、戦います。私は……みんなを笑顔にしたい。こんな私でも、誰かを笑わせられるんだって、証明したい」

 

「……生き延びた先には、そんな機会などたくさんあるでしょう。それでも、ですか?」

 

「私はきっと、生きるために生まれてきたんじゃ、ありませんから」

 

 初めからこうなることは決まっていたんだ。絵本を何度開いても展開が変わるなど有り得ないように。

 

「そう、ですか」

 

 フォーリナーは悲しげに引き下がった。小夜が決めたことを尊重してくれるんだろう。納得しきった様子ではないけれど、強硬手段に出ようとはしない。

 

「……えぇ、きっと、君はそういう女性なのでしょうね。私に咎める権利はありませんし──っ、熱ぅ!?」

 

 目を閉じて噛み締めるように語り出すフォーリナーを、突如飛来した火球が襲った。全く避ける間もなく、露出した脇腹に直撃し、青白い肌に赤みがさす。

 

お姉様(シスターさん)から離れなさい!」

 

 火球を放ったのはアヴェンジャーだ。驚いて呆然とする小夜の前に現れた彼女は、こちらを庇い、フォーリナーを警戒するように立つ。

 

「あっ、アヴェンジャーさん。動けるようになったんですね」

 

「えぇ、魔力は潤沢だもの。

 それで……お父様(マスター)。彼女に何の用だったのかしら?」

 

 火力こそ室内ゆえにいつもより控えめだが、彼女は両手のひらに炎を燻らせて戦闘態勢だ。小夜からすると、フォーリナーはあまり敵のように思えないのだけど、やはり作家と登場人物では仲が悪いということだろうか。

 

「彼女への用事は終わりました。あとは君たちサーヴァントへの用事です。

 ……出てきたらどうですか、セイバー?」

 

「……ッチ、後ろから刺す隙を窺ってたんだがな」

 

 フォーリナーに言われ、ベルチェが眠る寝室の扉の前に少年が姿を現す。彼は腰に備えた剣の柄に手をかけており、こちらもフォーリナーへの警戒は解いていない。

 フォーリナーもそれを指摘せず、話は本題へと移っていく。

 

「私たちは、ルーラー陣営への総攻撃を考えています」

 

 ルーラー。小夜は彼女が現界した時は呻いていて、ほとんどその姿を覚えていない。けれど、ベルチェによればアーチャーやアサシンを一方的に追い込んだというサーヴァントだ。

 

「私たちの誰が一騎打ちを挑んだとしても、恐らく彼女の力の前に消え去るのが宿命でしょう。

 純粋な戦闘能力では、明らかに私なんかより上ですしね」

 

「で、一緒に戦おうってか?」

 

「はい。私は彼女の手の内も知っていますし、手を取り合ってくれるのならお教えしますよ」

 

 フォーリナーの言葉に、アヴェンジャーとセイバーはただでは頷かない。アヴェンジャーに関してはフォーリナーに対する不信、あるいは敵対心のせいだろう。

 対してセイバーは、ベルチェの意見がなければ判断できないとして、同意を避ける。

 

 本来なら、そこで話し合いは終わるはずだ。これ以上互いに歩み寄ろうとしていない。

 けれど、そこへ小夜は思わず声を出した。

 

「あの。私にできることがあれば、させてくれませんか」

 

 小夜の体にはタイムリミットが迫っている。アヴェンジャーには申し訳ないけれど、フォーリナーも交えて立ち向かっていけるなら、これは逃してはいけない好機だ。

 アヴェンジャーが目を丸くし、他のサーヴァントもいきなり発言した小夜の顔を見る。それら視線に対し、小夜は大丈夫だと目で答えようとした。

 

お姉様(シスターさん)……」

 

「セイバーさん。ベルチェさんのこと、起こしてきますね。ちょっと申し訳ないですけど」

 

「お、おう」

 

 小夜は立ち上がって、セイバーの背後にある扉を開き、ベルチェのもとへ赴こうとする。寝込みを襲われないために鎖が張り巡らせてある中を潜りながら、彼女のところに歩いていく。

 

「……なぁ。アンタのマスターって、最初からあんな感じだったか?」

 

 何の気なしに呟かれたセイバーの言葉に、アヴェンジャーは答えることができないでいた。小夜は、ベルチェを起こすまで、そのことに気が付きもしなかった。

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