Fate/Kindergarten   作:皇緋那

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英霊召喚──バーサーカー

 霜ヶ崎という土地に入り込んだ魔術師の家系として、聖杯の設置以前から瀬古(せふる)家が存在している。

 彼らは聖杯戦争の企画者たる魔術師たちの接触に際し、聖杯の降臨という大掛かりな儀式の舞台に選ばれたことを名誉とし、快く引き受けた。

 瀬古家からマスターを輩出することを交換条件に、土地を貸し、共に聖杯の探求を行うと決めたという。

 

 そして、その数十年後。

 現在の当主である少年、瀬古春(せふるはる)の元に、聖杯戦争を行うため動いていた者が姿を現していた。

 

 相手は髪も肌も真っ白で、瞳の赤い少女だった。ストレスにより色が抜けてしまった、といった外的要因によるものではなく、元より色素が薄いゆえの容姿だろう。

 

 インターホンを鳴らしてきた彼女に対し、春は家にあげてお客として座布団を出した。これで正しい対応なのかはわからなかった。

 

「えっと……うちのひいじいちゃんの知り合いなんだっけ」

 

「厳密に言えば、ノーです。瀬古様と親交があったのは我々ではなく師であります」

 

「そ、そっか」

 

 彼女の名前は『ドロレス』という。人造人間、ホムンクルスだ。

 かつてこの土地で聖杯戦争をしようと考え、瀬古家と親交を持った魔術師の被造物。ゆえに、春の曾祖父とは直接の面識はないのかもしれない。

 

 両親とはなにか難しい話をしていたのを見た事があるものの、それは昔の話で、話の内容は覚えていない。

 

「お兄ちゃん、お茶持ってきたよ」

 

「あ、ありがとうな、明日菜(あすな)

 

「ううん。ドロレスさんは大事なお客様なんだから。ちゃんとしたお茶を淹れないと」

 

 お茶を運んできたのは、春と同じ茶の髪を、後ろでポニーテールにしている少女。

 彼女──瀬古明日菜は春の妹だ。魔術師としての腕は春よりも上で、両親が2年前に死んだ際には、まだ10歳の彼女にほとんどの魔術刻印が受け継がれた。

 春はそんな彼女の生活を支えるため、通っていた高校を中退し、今は明日菜の親代わりとして過ごしている。

 

 明日菜はドロレスの前に緑茶の入った湯呑みを置いたが、彼女が手をつける気配はない。ホムンクルスにお茶は要らなかったのだろうか。

 春の心配をよそに、ドロレスが口を開く。

 

「間もなく聖杯戦争が始まります。すでに五騎が召喚され、残る席は二つ。

 そこに、我が師と瀬古(おう)の盟約により瀬古家からマスターを擁立したい」

 

 ドロレスの視線が明日菜に向いた。

 

「そして、魔術回路の質や量は貴女の方が高いという測定結果が出ています。瀬古明日菜様、是非我々に力を貸していただきたいのですが」

 

「……! うん、私、頑張るよ!」

 

「待ってくれ。明日菜はまだ12歳、小学生なんだぞ。殺し合いに参加させるなんてありえないだろ」

 

 やる気を見せる明日菜だったが、春に声を遮られ、驚きの表情で振り向いた。

 

 彼は両親が死んだ時から、妹だけは守ると決めていた。いくら春以上に魔術の素質があるといってもまだ幼く、修練の途中だ。彼女はまだ、兄の庇護下にいなくちゃいけない。

 その考えのもと、彼は明日菜がマスターとなるのを拒否したのだ。

 

「そう言われましても……我々の一存で師と翁の盟約を破棄するわけにはいきません。どちらかには令呪を受け取っていただく必要があるのですが」

 

「俺がやる……聖杯を手に入れる。だから明日菜には関わらせないでくれ。いいな、ドロレス」

 

 ドロレスは聖杯が手に入るのなら関係がないと答える。そうだろう。彼女は師の悲願を叶えるために作られた助手であるだけで、手段は問わない。

 だが一方で、明日菜はどうも納得していないらしかった。

 

「お兄ちゃん、私より魔術は得意じゃないって」

 

「安心してくれ。明日菜のことは絶対に守るから」

 

「……もう、お兄ちゃんのわからず屋ッ!」

 

 明日菜はそう吐き捨て、走っていってしまった。乱暴にドアが閉められる音からして、自室に戻ったのだろう。

 追いかけようと立ち上がる春だったが、ドロレスが手を引いて止めた。

 

「我々も早く七騎を揃えてしまいたいのです。瀬古春様、貴方をマスターとします」

 

 そのまま令呪の譲渡が強行される。手の甲に聖痕が現れる感覚は焼けた針金のようで、思わず苦痛に表情を歪める。だがその程度、妹のためだと思えば痛くない。

 やがて痛みが消え、ドロレスが手を離した。春の手にはしっかりと令呪が刻まれており、確かにマスターとして認められたようだ。

 

「では、我々はこれで。次に会う時はあなたの使い魔も一緒だといいですね」

 

 そう言って、お茶も飲まずにドロレスは去っていった。サーヴァントは現状5騎、ということは残り一人のマスターのもとへ急いだのだろうか。

 

 ひとり居間に残された春は、ぬるくなったお茶を飲み干し、湯呑みを片付けてから居間を後にする。

 向かう先は代々受け継がれている工房だ。春の魔力とも相性がよく、何よりも触媒を取りに行かなければならない。

 

 曾祖父の代から既にドロレスたちとの交流があったため、瀬古家も独自に準備していたものがある。

 財産の何割かをはたいて買い上げたという聖遺物。全貌は春もよく知らないが、なんとインドの大英雄、アルジュナを喚ぶための触媒なんだとか。

 

 地下室へと続く階段を降りれば、そこは両親がドロレスとともに研究していた工房がある。

 薄暗い地下室に様々な魔術の道具が転がっていて、中央に鎮座する一際大きな培養槽には凍結された胎児が浮かんでいる。常人が見れば不気味な光景だ。

 

 春にとってはもはや慣れっこであったが、秘蔵の触媒がどこにあるかまでは知らない。奥の方にまで歩いていこうとして、春は開いてあった書物に触れた。

 

 その瞬間、繋がって(・・・・)しまった。

 

 魔力を通したわけでもないのに、頁に書かれていた魔法陣が輝きだし、さらには令呪がつられて疼き始める。

 何が起きているのか理解する前に、痛みは全身へと広がり、春はその場に立ち尽くして耐えるしかない。

 

 だが異常な現象はこれだけでは収まらない。凍結されているはずの培養槽が稼働し、霊脈から魔力を吸い上げ、胎児へと注ぎ込まれていくではないか。

 それはひとりでに成長をはじめ、培養槽を内側から破壊し、胎児から幼児、幼児から少女の姿となる。

 

 そうして、工房には彼女が降り立った。

 長く伸びた黒髪。純白の肌。培養液に濡れた、女性らしく発育している肢体。

 春が見惚れているうちに閉じられていた瞳が開き、紅玉(ルビー)のような赤の輝きに春の姿が映された。

 

「──あぁ。やっと会えたわ、私のお兄様」

 

 お兄様?

 頭がこんがらがる。なぜ凍結されたはずの胎児が勝手に成長し、こんな胸の大きな女の子になるのか。そして、その女の子がなぜ春のことをお兄様と呼ぶのか。

 

 気がつけば令呪から走る痛みも輝きもなくなっている。答えは見えないが、まずは目の前の少女をなんとかしないと。

 春は彼女が何の衣服もまとっていないことをやっと認識し、慌てて視線を逸らした。

 

「だ、誰だかわかんないけど、とりあえず服を……!」

 

「あら? お兄様になら見られてもいいのに……でもお兄様がそう言うなら」

 

 彼女の体の周りに、局部を隠すいくらかの布地と、金色の装身具が作られていく。魔力によって編み上げているようだ。

 腹と脚の露出は多いまま、最後の仕上げに髪をまとめてツインテールにすると、少女はくるりと回ってみせた。

 

「これでどうかしら、お兄様」

 

 現代社会にはまったく馴染めない格好だが、少女は自信満々である。春は否定することもできず、可愛い、と素直な感想をこぼすしかなかった。

 

「ホント!? よかったぁ、お兄様に気に入ってもらえて、私、嬉しいわ」

 

「あ、あのさ。さっきからお兄様お兄様って、その、初対面だと思うんだけど」

 

 これは聞いておくべきだと思った。ついさっきまで胎児だったというのにここまでの人間性や魔力の扱い方を獲得しているということは、彼女の中には別の場所で人生を送った誰かが入っている可能性がある。

 

 少女は目を丸くし、春のほうに駆け寄ってきた。

 

「私のこと、覚えてないの、お兄様」

 

「知らないよ。俺の妹は明日菜だけだ」

 

「アシュ……? ひどいわお兄様、あの子ばかり贔屓するつもり? それなら殺すしか……ぶつぶつ……」

 

「待ってくれよ、君、いったい何者なんだ?」

 

 物騒な独り言を言い始めた彼女だが、春が本当に自分のことを知らないとみると、その視線は哀れむものに変わった。

 

「かわいそうに……記憶を封印しなければならない事情があるのね。わかったわ。なら私もしなきゃ。

 私はサーヴァント、クラスはバーサーカー! 今すぐにでも全員皆殺しにしてあげるから、待っててよね、お兄様(マスター)

 

 サーヴァント。バーサーカー。

 今まで考えてばかりで気がついていなかったが、確かに目の前の彼女に魔力の経路が繋がっている。

 

 なるほど、先程令呪が光を放ったのは召喚の儀式として反応したためで、このバーサーカーが胎児に宿って現界したということか。

 春は儀式を行わずともその奇跡を体現してみせる聖杯の力に驚きつつ、バーサーカーに声をかける。

 

「あぁ……よろしく」

 

 本来ならば狂化によって理性を失っているはずのバーサーカーだというのにこうして会話が可能であるのは、彼女が特異な性質の英霊だということの証明だ。

 事実、ステータスにおいてバーサーカーの狂化ランクはEX(規格外)の値を示している。

 

 春が目指すのは明日菜を守ることである。彼女を使いこなせば、それが可能であるはず。右手でぐっと拳を握り、左手は令呪に触れ、覚悟を決めた。

 

 

 

 ──此処に七騎のサーヴァントは集結した。

 これより始まるのは聖杯戦争。血を血で洗う殺し合い。

 最後に残る少年少女は誰か。答えを知る者は、未だ誰もいない。


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