『セイバー、そっちはどう?』
フォーリナーからの援護を受け、ルーラーへと刃を振るうセイバー。その脳裏に、突然マスターの声が響いた。
迫ってくる竜の尾を聖剣でどうにか受け止めつつ、主からの念話に応える。
『作戦こそ失敗したが、ルーラーの真名がわかった。こっからが正念場だ』
『それはよかった……と言いたいところだが、こちらは状況が変わった。
今から言うことを他のサーヴァントにも話してくれ。ルーラーにもだ、頼む』
セイバーは迫り来る攻撃の嵐を避け、アヴェンジャーによる火炎を横目にベルチェの話を聞いた。
現在、ベルチェは同盟相手だったはずのドロレスに襲撃され、応戦しているらしい。
同時に、ドロレスの解放のために地下室へ向かった小夜からの連絡が途絶えているらしい。
『……待てよ、小夜は一人で地下室に向かったんだろ。そっちは大丈夫なのか!?』
『わからないが、ドロレスに襲われている可能性は高い。至急アヴェンジャーを向かわせてくれ』
セイバーはそれを聞くやいなや、アヴェンジャーの放つ火球が燃え盛る音に負けないよう、声を張り上げた。
「アヴェンジャー! 小夜のとこに向かってくれ!」
「……え?
アヴェンジャーがフォーリナーの顔を見る。だがどうやら、驚いているのは彼女も同じであるようだ。ドロレスからの連絡などなかったとみえる。
「そんな、まだルーラーの討伐も完了していないというのに……? なぜ我が主は好機をふいにするような真似を……」
フォーリナーは考えようとするが、ルーラーの尻尾が彼女の顔のすぐ横をかすめ、思考は中断された。慌てて身構え、セイバーも剣の切っ先をルーラーへと向けた。
「……とにかく、ベルチェが攻撃されてるのは事実だ。アイツ自身はなんとかなるかもしれないが、小夜に無理はさせられないんだろ?」
「え、えぇ。アヴェンジャー、先へ行ってください。我々はここで彼女を食い止め──」
「ありがとう、お言葉に甘えるわ」
身構えたフォーリナーが言い終わらないうちに、彼女の目の前を炎が通り過ぎていった。火炎を纏い、壁紙や床板を焦がしながら駆けていくアヴェンジャー。それを見送る間もなく、セイバーとフォーリナーは肩を並べて敵を見据えた。
ルーラーはアヴェンジャーを追う気配はなく、二騎の視線に応えるように見つめ返し、そして拳を振りかぶり──
「ルーラー! 命令! 戦闘を止めて、私を連れて脱出しなさい!」
──背後から響いた主の声を聞くや否や、その拳を止めた。
「承知致しました」
ルーラーは踏み込んだ足で強引に床を蹴り、後方へ跳んで明日菜を抱き上げ、次の瞬間には全速力で逃亡を開始している。もはやセイバーもフォーリナーも眼中にないのか、無防備な背中が視界に映る。
だが、追って斬りかかってもセイバーの速度では足りず、剣先は空を切った。
さらにフォーリナーは追撃のためにシャンタクを放ったが、竜尾に叩き落とされ、そのままルーラーと明日菜の姿は見えなくなっていった。
けれど、呆気にとられている暇はない。ふたりのマスターはまだ戦っている。しかも、隣に立つサーヴァントのマスターと。
セイバーとフォーリナーはそのことを理解していながら、互いに顔を合わせ、地下室へと続く道を駆け出した。
今は手を取り合うと決めた相手だ。まずは、ドロレスに真意を尋ねないと。
◇
「
炎が燃え盛る音とともに、階段を転がり落ちるように突き進み、地下室へと乱入したアヴェンジャー。
彼女が放った炎が薄暗い地下室を照らし、その状況を視認させる。
意識を失っているのか、ドロレスに寄りかかる小夜。そして、アヴェンジャーに気がつくと、嫌そうな顔をしたドロレス。
明らかな非常事態に、アヴェンジャーを取り囲む炎はより勢いを増し、ひっきりなしに響く火花の散る音が彼女の警戒心を象徴している。
「……ルーラーとの戦いはどうしたのです? あのまま戦っていれば、最大の難敵を倒せたでしょうに」
「
「嫌なのです。これはやっと手に入れた、我々の欲しかったモノなのですから」
「ふざけないで。
威嚇代わりに小さな火球を放ち、ドロレスの髪の先を焦がす。しかし彼女は動じずに、首をかしげてみせた。
「そんな怖い顔をして、なにを的はずれなことを言っているのです?」
会話がすれ違っている。アヴェンジャーの見ている相手と、ドロレスの見ている相手が違う。
なんとなく、そんな気配がして、アヴェンジャーは改めて話す。
「……雪村小夜を返して」
「あぁ、そういうことですか。
それなら、我々に言わないでほしいのです。雪村小夜なら、もうここにはいないのですよ」
しかし、ドロレスが口にしたのはまだ要領を得ない返答だった。アヴェンジャーは攻撃態勢のまま、ドロレスに再び問いかける。
「どういう意味かしら」
「間もなく小聖杯は完成する、ということなのですよ。小夜の肉体に組み込んだ術式は滞りなく、彼女という人間を分解して小聖杯へと作り直しているのです。
本来ならばサーヴァントが集まるごとに変換されていく仕組みでしたが……我々はどうしても小聖杯が欲しかったのですよ」
声色の端々には、嬉しいという感情が見え隠れしていた。その言葉を受け、アヴェンジャーの動きは止まる。
「小聖杯……やっぱり、そういうことなのね」
ご丁寧にもドロレスが告げた事実を前に、アヴェンジャーの中で、ひとつの微かな予感が真実となってしまった。
聖杯にされた子供たちの夢を見ていたことも。
小夜の体に不調が続いていたことも。
不自然に魔力供給が増大していたことも。
彼女がサーヴァントの魂を受け止める器であり、聖杯戦争が進む度に人間から遠ざかっていくのだとしたら、辻褄があってしまう。
アヴェンジャーは今までずっと、小夜を殺すために戦ってきたようなものだ。
何せ、願いを叶えるために必要な器の完成とは、彼女の人格の崩壊──つまり、脳神経全ての魔術回路への変換を意味するのだから。
「……でも」
それでも、アヴェンジャーの心に燃える、決して報われなかった
「でも、信じるの。その先に幸せが待っているんだって、信じなきゃ」
愛を信じなかった
深呼吸をひとつしたアヴェンジャーは炎を放つ。竜を模したそれは大きくうねり、地下工房の魔術道具の破壊を繰り返しながら、ドロレスへと襲いかかりはじめる。
対する彼女は少し対応が遅れるが、なわとかかわし、アヴェンジャーに対して叫び出す。
「なんなのですか! これはもう雪村小夜じゃないのですよ、ここに人格は残ってないのですよ!?」
「そんなこと関係ないわ。燃え尽きたってマッチはマッチ。朽ち果てたって人は人なの!」
炎の竜はなおもドロレスを追い、狭い地下室には逃げ場がなく、彼女は仕方なくありったけの魔術防御で炎を耐えぬこうとする。無論、アヴェンジャーだって小夜の肉体を焼き尽くしたいわけがない。
火力はそう高くなく、小夜のシスター服の上着が焼け落ち、その内側に仕込んであった細身の長剣が転がり落ちるに留まった。
そして──その細身の長剣は、偶然にも、脱力したままの小夜の足先を、わずかに傷つける。
そんなことに誰かが気がつくこともないまま、炎は晴れる。ドロレスは咳き込み、アヴェンジャーはその隙に小夜の体を奪い返そうと動き出す。
『──アヴェンジャー、さん』
その瞬間、魔力のパスを通じて、わずかに声が聴こえた。アヴェンジャーの中に直接流れ込むそれは、まぎれもなく小夜の声だった。
『
『お願いです。その剣で……私の、心臓を刺してくれませんか』
『なにを……いえ、わかったわ。あなたを信じる』
アヴェンジャーは床に落ちた長剣──黒鍵を認識し、それがなにかしらの霊的な力を持つものだと理解する。そして、脳裏に響いた言葉に従って、拾い上げた黒鍵を振り上げ、小夜の首元に突き刺した。
深々と沈み込んでいった刃は、恐らく心臓へと到達し、彼女の肉と血管をいくつも引き裂いただろう。
「いったい、なにをしているのです? そんなの、無意味な残骸の損壊に過ぎないのです」
アヴェンジャーの不可解な行動を訝しがりながらも、ドロレスはアヴェンジャーをかわし、地下室からの脱出のために階段へと向かっている。
だがアヴェンジャーがそれを追うまでもなく、その足取りは止められる。ドロレスの足は突如発生した冷気により氷漬けにされ、階段を登る前に倒れ込んでしまう。
小夜の肉体は放り出され、床を転がった。
「……っ!? な、なんなのです、この氷……?」
間違いなく、炎に包まれたアヴェンジャーではない。では一体誰が、こんな氷の魔術を使うだろう?
思い当たる可能性は、ひとつだった。
「まさか──」
「その、まさか、だと思います」
目の前に転がっていた、人の残骸だったはずの肉体から声がした。そして彼女はぎこちないながらも立ち上がって、ドロレスを見下ろした。
「な、なぜ、小聖杯はすでに貴女の人格を……!」
「マドカちゃんにもらった黒鍵の刃がかすったとき……引き伸ばされてなくなったはずの私が、少しだけ元に戻ったんです。
だから、これなら復活できるんじゃないかなって。アヴェンジャーさんに、お願いしたんです」
黒鍵は小夜に突き刺さったままで、同時に彼女の心臓は穴を穿たれつつも動いている。
「黒鍵、人の体の摂理を上書きする概念武装ですか……でも、そんなことできるはずがないのです!
小聖杯の魔力はそんなことまでできるって言うのです……!?」
本来ならば、人ならざる身と化した吸血鬼を浄化し、消滅させるための武装だ。
しかし、小聖杯はその武装を、ヒトへと戻す願いと解釈した。いや、それはただ黒鍵の機能に対する解釈ではない。小聖杯へと刃を突き刺したアヴェンジャーの願いを叶えたのだ。
それは不可能を可能とする、聖杯の力の片鱗。
ドロレスは聖杯への羨望をより募らせながら、恨めしげに小夜を睨めあげた。