火花が散って、金属音が響く。ドロレスの振るう剣を受け止めたことで、ベルチェの腕へと鎖越しに衝撃が伝わってくる。
骨にまで響いた衝撃は、およそ少女の体躯に出せるものではない。やはりドロレスも強力は魔術師だと、ベルチェは思い知らされた気分だ。
直後、針金の猛禽が数羽、一斉に襲撃してくる。腕に備えた刃で迎え撃つが、その隙にドロレス自身の振るう剣が襲い来る。
またしても、廊下に金属音が重くこだまする。
今ので何度目の激突だろう。手にした武器だけでなく自律式の使い魔も用い、荒々しく仕掛けてくるドロレスに対し、ベルチェは防戦を強いられていた。
──明日菜には逃げられ、セイバーに状況を話し終えた後、ベルチェの背後はアヴェンジャーが通り過ぎた。
小夜のことは、無事を祈るしかない。今は目の前の敵と戦う、それだけだ。
「──捕まえた」
八度目の剣戟にて、戦況が動く。ドロレスの振るう剣に、ベルチェの背中へと繋がる鎖が絡みついている。
だがドロレスは焦らない。ベルチェがドロレスを捕まえているということは、ドロレスがベルチェを捕まえていると同義だ。
自律する猛禽型の使い魔は4体。一斉に突撃が開始され、ベルチェは鎖の盾を全方位に要求される。
待っていたのはこの瞬間だ。限界まで引き付け、背中の鎖を分離させながら跳躍する。起動するのは『
ドロレスはその輝きに危険を感じ取り、剣を捨て後退する。衝撃に包まれた剣は砕け、使い魔たちは燃え尽き、壁紙は焦げ付いた。
ドロレスへの直撃は逃したが、得物も使い魔も一掃した。これを好機と見て、左腕に巻きついた鎖を解き、先端のサーベルを鎖鎌のように操り、攻撃として向かわせる。
しかしドロレスも徒手のままではなく、はためくスカートの内側から再び剣を抜き放つ。あらかじめ仕込んであった毛髪からの錬成だ。
飛来するサーベルを防ぐと、彼女は鎖を掴んで手繰り寄せた。無論、その根はベルチェへと繋がっている。魔術によって強化された膂力に負けよろめくと、視界の端には振りかぶったドロレスの姿が見える。
そんな全力での振り下ろしを片腕で防御しようとして、右腕のサーベルは砕かれた。幸い切断や骨折には至っていないものの、衝撃で手が痺れているのがわかる。
だが振り下ろした直後は当然隙になる。左腕の鎖を巻き直し、攻撃へと転じた。
頸を狙った初撃は外れ、ドロレスの反撃の回し蹴りも空を切る。続く刺突は長剣での切り上げによって中断せざるを得ず、その切り上げもベルチェが攻撃を中断して回避したことで彼女を切り裂くことなく終わった。
「しぶといですわね。ルーラーのマスターは逃がしてしまいましたし……我々としても、あまり長引かせるつもりもないですのに」
「それはこっちのセリフでもある。私だって貴方の素振り練習に付き合いたいわけじゃないんだがな」
アヴェンジャーは小夜のもとへ間に合っただろうか。逃げた明日菜はどうなったろう。セイバーは? フォーリナーは?
予定外の対戦相手を前に、武器は構えたまま、ベルチェの思考は心配で満ちる。
「えぇ。ですから、もう少し人手が欲しいところですわね」
「人手、だと?」
ドロレスの言葉の意味を、ベルチェは一瞬考えてしまった。だが、その時には既に、背後からの気配に気づくべきだったのだ。
振り返った視界に、ドロレスの青白い針金細工の凶器と、それを手にする少女が映るころには、すでに脇腹に痛みが走っていた。
それは──今まで対峙していた少女と同じ『ドロレス』である。しかし、髪型はショートヘアであり、意識を共有した別個体に過ぎない。
ドロレスが群体めいた性質を持っている以上、予想しうる不意打ちだ。思考を余計なことに割いたせいだろう。そのぶん、警戒しておけば。
ベルチェとて、まったく対策していないわけではない。傷口から反撃に鎖を展開し、突き刺した少女をすぐさま捕縛する。
しかしそれはあくまでカウンター。傷を受けたのは確かであり、痛みは現実のものだ。
「……ッ、これはこれは、まったく酷い油断だ。貴方が
出血も損傷も、幸い生命に関わるほどではない。短期決戦に持ち込めば、消耗も抑えられるはず。
ベルチェを傷つけた方のドロレスには複雑に鎖が絡み、完全に身動きは取れないだろう。彼女に止めを刺すよりも、もう一人のドロレスを迎え撃つのが先だ。
サーベルを砕かれた後に残った右腕の鎖に魔力を込めて、炸裂の準備を整えながら殴り掛かる。
「
「生命維持機能停止。全機能、転換。全回路、起動」
「──
爆裂を伴う右ストレート。だがその出力を上回る防壁に防がれ、衝撃はドロレスへと届かない。
そして煙が晴れると共に、視界にはドロレスの手元で輝く光熱の球が映る。
「さあ。これが、我々のうち
ベルチェの生み出すそれよりも遥かにエネルギーを宿したそれは、小夜と同じ原理の魔術式だ。鎖によって拘束されていた個体は既に生命活動を停止し、すべてを魔術回路に変換されている。
そのことを察するとともに、残った肉体を縛っていたものを己から切り離し、中の遺骸ごとドロレスへと投げつける。
それだけでは、あれを耐え切るにはまだ足りない。人体ひとつぶんの盾で、人体ひとつぶんの魔力砲撃を耐えるのは不可能だ。
ベルチェは自分の体を鎖で包み込もうとし、その時にはすでに視界は光に染め上げられており、次の瞬間には思わず目を瞑っていた。
──けれど、破壊音のひとつすらあたりには響かぬまま、光が晴れた。ドロレスの命を燃料とした砲撃は、暗澹たる不定形の触手の群れに消し飛ばされていた。
「フォーリナー……それにセイバー? なぜここに」
目を丸くするベルチェは、いつの間にか、本来の砲撃の軌道から離れた場所でセイバーに抱えられていた。
そして、ドロレスの攻撃を受け止めたのはフォーリナーだ。
「ルーラーが逃げてったからだよ。余計なお世話かと思ったが、このぶんだと役に立てたみたいだな」
「べっ、ベルチェ嬢……! 無事でよかった……それで! マスター、今はベルチェ嬢や小夜さんと戦うべきときではありません。
どうか、刃を収めていただけないでしょうか」
ルーラーの脅威は誰よりもフォーリナーが知っている。最優先で倒すべき、最大の敵だったはずだ。それを目の前にして、ドロレスは裏切った。恐らく、彼女でさえも知らされていない行為だったんだろう。
自分のサーヴァントに詰め寄られ、ドロレスはくつくつと笑ってみせる。
「ちょっとした嫉妬と、大きな使命感ですわ。第三魔法起動のため、確実に聖杯の器を手にしておきたかったのです。
それだけの動機じゃ、納得してもらえないかしら。
あぁ、もういいですわよ。生きているうちの回収は、諦めますから」
そう言って首を傾げたかと思うと、彼女は右手を天に掲げた。稲妻のように魔力が迸り、その手の甲には赤黒い紋様が、1画だけ描かれていく。
「ドロレス六百号へのマスター権移譲、完了。五百八十七号も、もう用済みですわね」
独り言を吐き捨てて、少女の笑顔はフォーリナーへと向いた。
「さあ、フォーリナー。行きましょう、全ての
呆気にとられていたフォーリナーだったが、少し時間を置いて、小さく答えた。
「……はい」
全ての子供達の笑顔。ドロレスもフォーリナーも、夢の辿り着く場所は同じなんだろう。
彼女は戦意を見せず背を向けたドロレスに対し、不信感を抱きつつも、その後を歩いていく他にない。
激戦の末に崩れた壁の外へ、小さな影ふたつは消えていった。
「アイツ……あれでいいのかよ」
揺れ動くフォーリナーを前にしたセイバーの呟きは、戦火の去った廊下に転がり、誰も拾うことなく消えていった。
それから少しして、ばたばた足音がして、地下室の方角から小夜たちが駆け寄ってくるのが見えた。
「ベルチェさん! だ、大丈夫ですか!? ドロレスさんがいきなり動かなくなって、私なにもしてないのに死んじゃったのかなって思って、それで……」
「小夜こそ、なんだその剣。思いっきり首から刺さってるけど、大丈夫なのか?」
「えっと……刺さってるから、大丈夫? みたいな?
そのへんも含めて話すので……いったん、戻りませんか?」
「……あぁ、そうしよう」
ベルチェも大きく消耗しているし、家主の逃げたボロボロの家をアジトにする必要も趣味もない。
撤退を決めて、ベルチェたちは瀬古の家を後にする。
未明の計画の時は、最後の戦場となることを願っていたが、そうもいかないらしい。
それに、気にかかる少女がまた一人増えてしまった。
「……瀬古明日菜。彼女とはまた、話をしないとな」