生き物係が目を覚ました時、カーテンの開かれた部屋が眩しく、反射的に目を瞑ってしまった。
明るさに慣らしながら、彼は壁掛けの時計を確認する。とうに日は高く昇っており、朝どころか、もうお昼時だ。
「やっと起きたのね」
そう呟きながら寝室に顔を出したのは、くるくると巻いたツインテールが特徴的な女の子──委員長だ。
生き物係はベッドから起き上がって、彼女に促されながら、いくつかの身支度をしていった。
「もう私たちには役割もない。お昼まで寝てたって、誰も怒らないわ。
それに……昨日はいろいろあったから。疲れてたって、仕方ないわよ」
委員長はそんなことを言いながら、生き物係の歯磨きと洗顔をじっと見つめていた。とてもやりにくかったが、タオルを用意したり、助かったのは確かだった。
「お昼はもう頼んであるの。ホテルのレストランから持ってきてくれるようにね。
あなたの好みはよくわからないけど、とりあえずハンバーグにしておいたわ」
生き物係がなにも言わなくても、彼女が色々とやってくれている。こうして委員長が世話を焼いてくれるなんて、なんだか不思議な気分だった。
母親と一緒に暮らしていると、こういう感覚なんだろうか。
「……なに? 言いたいことがあるような視線してるけど」
「あ、いや、お母さんみたいだなって」
「……そう」
会話は長く続かず、昼食が届くのを待つ間、二人の間には時計の音とカラスの鳴き声だけが響いていた。
しばらくすると、二人前の昼食が届き、生き物係と委員長は向かい合って座った。
食卓になっても、委員長は自らなにか言おうとはしないで、黙々と食事を続けている。
そんな中、生き物係は今まで聞いてこなかった質問を投げかけた。
「あの、ベルチェさんたちは?」
「聖杯戦争に向かったわ。きっと、決着をつけるつもりよ」
既にベルチェと小夜が出発してから2時間以上が経った、らしい。生き物係はその間も眠っていた、というだけの話だった。
「……もうランサーはいないわ。残念だけどね。だから、私たちは聖杯戦争には関係ない。
今は、ここで祈ってるしかないのよ」
生き物係は聖杯戦争から脱落した。バーサーカーの心臓を貫いて、ヤドリギの彼女は役目を終えた。今の生き物係は、もはやマスターではないのだ。
「でも……」
ベルチェも小夜も、生き物係と委員長を助けてくれた存在だ。できることなら、その願いの手助けをしたい。
少年は己の右手を見た。
そこには輝きを失いながらも、いまだ刻まれている令呪がある。
サーヴァントとの接続は失われており、その強力な術式は生き物係ではとても利用などできる代物ではない。けれど、ランサーと共に戦った証として、彼の心に焼きついた紋様だった。
「箸、止まってるわよ」
「……あっ、うん」
考え事ばかりでは、せっかくの昼食が冷めてしまう。そう委員長に促され、生き物係はまた食事に手をつけはじめた。その間もずっと、思考は聖杯戦争のことばかりで、味はほとんどわからないままだったけれど。
そんな中で、ふと、委員長が呟く。
「……どうしてもやりたいことがあるって感じね。
えぇ、いいわよ、いくらでも付き合うわ。一緒に考えましょう。
私にだって、もうあなたしか残ってないんだもの」
まだなにも頼んでいなかったけれど、生き物係の考えていることは見透かされていたようだ。仕方なさそうに話す彼女にはありがとうの言葉を返した。
「ふんっ、礼なんて求めてないけど──」
がしゃん。
照れくさそうに委員長が話すのを遮るように響いたのは、金属製のなにかが床に落ちたらしい音だった。
生き物係は食器を置き、様子を見に行く。するとそこには鎖が絡み合って作られた、太く短い蛇のようなものがくねっていた。
「これって、ベルチェさんの?」
委員長は蛇を拾い上げ、まじまじと見つめはじめた。その間も、どこかへ向かおうとしているのかばたばたと動いていて、まるで生きているようだ。
「これ……強い魔力に反応する、使い魔みたいなものね。ベルチェが置いていったんだわ。
でも、どうして急に……?」
鎖の使い魔が再び床に置かれると、それはすぐさま窓の方へと向かっていった。なにか、強い魔力を感じ取ったのだろうか。
もしかしたら、ベルチェたちが戻ってきたのかもしれない。
そんな希望的観測に突き動かされ、生き物係が窓辺に駆け寄って、外を見た。
視界に映るのは何の変哲もない街並みと、そして──その中に佇む、ひとつの異様な影。鋼鉄の棺を身にまとった少女、だろうか。
彼女が向ける虚ろな目に覚えはなくとも、その真っ白な髪と、豊満な体には覚えがある。
「あれって、もしかして──!」
生き物係は委員長の手をとって、部屋を飛び出した。ルームキーのことは飛び出すギリギリで思い出して、机の上にあったのを引っ掴んでまた走り出した。
「ちょ、ちょっと! いきなりなに!?」
「間違いないよ。あの人なら、きっと!」
◇
死ぬことは許されず、観客の一人も見つけられぬまま、少女──アサシンはさ迷っていた。
腕に付けられた巨大な爪と、鋼鉄の尾を引きずって、自分が舞うべき舞台を求めて、ただ歩き続けていたのだ。
「……痛い。痛い、わ」
宝具の発動によって鋭敏化された感覚は、風が皮膚を撫でることさえ痛みと認識していた。
しかし同時に、宝具は魔力の気配を感知する能力もまた鋭くさせ、彼女の放浪に目的地を与えていたのだった。
漂う魔力の匂いを追って、戦場の痕跡と、サーヴァントが通り過ぎた残り香を頼りに、やがて一軒のホテルにまで辿り着いたのだ。
すると、ホテルの中から、知っている顔が飛び出してくるのが見えて、アサシンはそちらに目を向けた。
「あ、アサシンさんっ!」
「その鬱陶しい前髪……もしかして、あの時の臨時スタッフ!?」
呼び起こされたのは、一度聖杯に取り込まれ、どうにかして脱出した記憶だ。その中に、この少年とこの少女がいたはず。
「あ、生憎ですけど。
私も彼ももうマスターじゃありませんし、ここに他のサーヴァントはいませんよ」
少女の方は、怯えるでも死にたがるでもなく、警戒する素振りを見せた。
「安心しなさい。今の
アサシンの言葉を聞いても、委員長の方は警戒を解いていない。少しでも敵対するのなら、いつでも逃げられるように身構えている。
対して生き物係はというと、以前のただ指示を待つのではなく、しっかりとアサシンを見据え、自分から声を出した。
「あ、あの、アサシンさん。フリーだっていうなら……また、僕たちのために歌ってくれませんか」
「なっ、なに言ってるの!? また聖杯戦争に飛び込むつもり……?」
驚く彼女に、生き物係は静かに答えた。
「……うん。それが、いま僕がやりたいことなんだ」
それを聞かされて、さらに眼差しを向けられて、委員長はたじろぎ、引き下がった。
そして生き物係の目はアサシンの方に向き、視線が重なる。
「……助けたい人がいるんです。力を、貸してくれませんか?」
アサシンは宝具の力によって、消えることを許されていない。つまり、魔力を供給される必要はない。
だけど、だからといって──お仕事を、断る理由もなかった。
「いいわ、出演したげる。でも
彼が頷くのを見届けて、鉄爪に覆われた手の代わりに、鋼鉄の尻尾を差し出した。
彼の右手と尻尾の先で握手を交わした瞬間、令呪は輝きを放ち、確かに契約は成立する。
「それで、ステージはどこかしら?」
「それがその……まだ見つかってない、と言いますか」
スタッフとしては、まだまだヒヨっ子の新人のようだったけれど。