Fate/Kindergarten   作:皇緋那

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追想──ブレイクダウン・デイ

 子供たちを使った聖杯が完成するよりも、数十年も前のこと。その時代から既に、魔術師たちは霜ヶ崎に出入りしていた。

 土地を支配していた瀬古家と交渉し、山の麓に建つ病院を手に入れて、彼らは実験に取り掛かっていたのだ。

 

 ドロレスはその、病院の皮を被った魔術工房で生まれた。そこで生まれて、そこで育って、師と共に生きていた。

 

 そして──あの時。

 ドロレスは師に呼ばれ、病院から地下へと続く階段をぱたぱた走り、慌てて彼の元へ向かっていった。

 迷路のように続く地中の通路を急ぎ、天然の空洞へと足を踏み入れた。

 

「我が師……シヴェール様。三百一号、ただ今到着いたしました」

 

「あぁ、来たね、ドロレス。えらいぞ」

 

 空洞の中に立っていた三人の男のうちひとりが、ドロレスの到着に気がついて振り返り、頭を撫でてくれた。

 彼がドロレスの造物主──シヴェール・ハイジット。聖杯戦争を起こすべく研究を開始した、言わば元凶たる男だ。

 

「ずいぶんとホムンクルスを甘やかすじゃないか、シヴェール。

 世継ぎもこいつと作ったらどうだ?」

 

「馬鹿を言うな。彼女にそんな余計な機能は載せていない。

 それに、幼女に手を出すのは僕のポリシーに反する」

 

「わかってるわかってる。冗談だよ、冗談」

 

 笑いながら軽口をたたく赤毛の男はソラナン・フィアーリア。彼は後にアーチャーのマスターとして聖杯戦争に参加することになる。

 ドロレスは彼と師の話している内容はよくわからなかったが、ソラナンの視線が苦手で、思わずシヴェールの後ろに隠れていた。

 

 そして、そんなやり取りには興味を示さず、残る一人はただ大広間に鎮座するものを見つめている。

 彼の名はダーニック・プレストーン・ユグドミレニア。多くの魔術師を抱えるユグドミレニアの長にして、かつて冬木で起きた聖杯戦争で戦った人物だった。

 

 彼の引き連れてきた太った錬金術師はアインツベルンより技術供与を受けており、シヴェールとともにドロレスを設計した。

 ドロレスからして産みの親の親玉、つまりは祖父ということになるのだろうか。

 

「……ここからだ、我らの聖杯戦争は。

 冬の聖女を再現することが叶わないのなら、他の方法を選ぶまで」

 

 ダーニックの呟きに、残る2名の魔術師たちも頷いた。そして、シヴェールはドロレスのほうを振り返り、また髪を撫で、微笑みかけた。

 

「今から大事な実験を開始する。ドロレス、君が鍵だ。僕らが聖杯を手にするため……どうか、耐えて欲しい」

 

 ドロレスは頷いた。そして、大空洞の中央に設置された、大きな肉の塊を見た。

 それは白髪で赤い瞳の幼い少女で構成されていた。手足や胴を繋ぎ合わされ、強引にひとつにされた肉塊だ。三百の脳と心臓を持ち、どくどくと全身を脈打たせている。

 

 この日──魔術師たちは、群体として設計したホムンクルス「ドロレス」のうち百体を連結し、巨大なひとつの魔術回路とする実験を行っていた。

 

 それも、今回が初めてではない。すでに何度かの失敗を経ており、二百号までの彼女たちは廃棄されている。

 中には、脳神経が焼き切れた個体も、全身が四散した個体も、異形への変化をはじめ処分された個体もいた。

 

 だが、今度は同じような失敗は犯さないと信じ、緻密な修正を重ね、魔術師たちは奇跡に挑むのだ。

 

「では……始めようか」

 

 ダーニックが詠唱をはじめ、魔術式が脈動する。肉の塊がうごめいて、その内部の回路が起動する。

 

 同時に、ドロレスの脳にも急激な違和感が生じた。まるで意識が希釈されていくようで、立っていられなくなり、脚から力が抜けていく。

 巨大かつ純粋な魔術回路として駆動させるため、人間としての機能は切り捨てられていくのだ。直接連結されていない個体であっても、ドロレスの意識は繋がっており、どうしても引きずられる。

 

 だが、ここで耐えきったなら、大聖杯のシステムはドロレスが全て掌握したも同然。この先に待ち受ける聖杯戦争は、ドロレスの掌の上で行われることになる。

 ゆえに、三百一号は連結されなかったのだから。だから、三百一号が停止するわけにはいかなかった。

 

 歯を食いしばり、自分に対しての魔術を何重にも展開した。シヴェールも補助に入り、自律して動かなくなった臓器や筋肉の運動は魔術で補い、過負荷に死滅する脳細胞はすぐさま代替品を錬成していった。

 三百一号は踏みとどまっていたのだ。

 

 だが──他のドロレスはそうもいかなかった。一ヶ所が破裂したのを皮切りに、次々と異常事態を発生させ、ドロレスに痛みと死の感触を残して機能を停止していった。

 聖杯という奇跡へと辿り着くはずの魔術回路たちは、簡単に破綻し、壊れ、やがてただの残骸になってしまった。

 

「やはり駄目か」

 

 詠唱を終えたダーニックが吐き捨て、ソラナンは首を振って、シヴェールは悲しげな表情で三百一号を撫でた。

 三百一号は聖杯になり損なった個体たちとは異なり、死んではおらず、意識も辛うじて保っていた。

 ただ、自分は魔術師たちの期待に応えられなかったのだという事実があるばかりだった。

 

「……ドロレスを使う方法にはもう無理があるだろうな。数を増やしたところで、自壊して終わりだ」

 

 ダーニックの言葉が、ドロレスの意識に突き刺さる。

 

「あぁ、だろうな。次の候補は……まるで魔術系統も魂の形も異なる魔術師の寄せ集めがいいだろう。

 ときにシヴェール、おまえの魔術は確か──」

 

 それを受けたソラナンの発言を、ドロレスは聞こうともしていなかった。脳裏では何度も、自分の前に突きつけられた限界が反響して、離れてくれなかったからだった。

 

 我々では、聖杯に──師の求める奇跡には、決してなれないのだ。

 

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