Fate/Kindergarten   作:皇緋那

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出発──トゥ・ザ・ラスト

 ルーラーたちとの激戦を終え、ベルチェたちは拠点としているホテルの一室にまで戻ってきていた。

 聖杯戦争が水面下で行われていても、人々の生活はそう変わらない。従業員や宿泊客が行き交う様を見ると、漠然とそんな感想が浮かんでくる。

 そして同時に、この戦いが終わった後、皆が日常に戻れるといいな、なんて思ったりして。

 

「……無理だと分かっていても、願わずにはいられないな」

 

 小夜たちを先導して廊下を歩きながら、ベルチェは呟く。傍らでそれを聞くセイバーは常に警戒態勢でなにも言わなかったが、少しだけ、頷いてくれたようにも見えた。

 

 やがて宿泊している部屋に到着し、インターホンを押すと、おかえりなさいの声と共に生き物係が出迎えてくれた。

 

「ベルチェさん、小夜さん……! よかった、無事で……えっ、小夜さん、その首の……」

 

「あぁ、ただいま。悪いが、まだ戦いは終わってないんだ。この後で説明をする。それでいいかな」

 

「そうよ。あのいけ好かないヘビ娘も生きてるわ、きっと」

 

「ご明察だ、ルーラーは取り逃し……ッ!?」

 

 生き物係を宥めながら、小夜とアヴェンジャーはソファに座り、ベルチェも一息つこうと適当な椅子に腰かけようとした。

 その時、かけられた声の正体にやっと気がつく。

 

 部屋に堂々と居座る見慣れない影。それは巨大な爪と長い尾を銀色に輝かせた、明らかに異様な存在だ。

 なぜその違和感に部屋に入った瞬間気付けなかったのか──恐らく、アサシンの気配遮断スキルだろう。

 ベルチェは歯を食いしばりながら鎖を展開し、セイバーは剣を引き抜き構えた。

 

「少年、下がってろ!」

 

「あ、ま、待ってくださいセイバーさん! 違うんです!」

 

「違う……? 確かに武装が前より増えた気がするが、なにが違うんだ」

 

「アサシンさんは、僕と契約したんです」

 

 その発言に、セイバーもベルチェも目を丸くした。少年は聖杯戦争に巻き込まれただけだというのに、今更どうして、殺人鬼のサーヴァントと組む必要があったのか。

 アサシンは後ろから生き物係に密着し、鉄の尾を彼の頬にそっと添わせはじめる。

 

この子(スタッフ)の言う通りよ。(アタシ)を雇ったのはこの子自身の意思なんだから。

 なんでも、貴方たちを助けたいんですって」

 

「少年、本当なのか?」

 

「はい。僕の魔力とこの令呪で……どうしても、皆さんの手助けをしたかったんです」

 

 バーサーカーによる暴虐を目の当たりにしてきた彼は、ベルチェたちに死んで欲しくないと思っている。

 ベルチェだってそうだ。死にたくないし、セイバーも小夜もアヴェンジャーも、生き物係も委員長もなくしたくない存在だ。

 ベルチェが彼と同じ状況でアサシンに会ったなら、きっと同じ手段を執るだろう。

 

「……わかった。よろしく頼むよ」

 

「いいのかよ? ……いや、マスターがそう言うなら、オレは止めねえけどよ」

 

 セイバーは剣を鞘に納めると、代わりに腕を組んで怪訝な目でアサシンを見るようになる。対するアサシンの方は、特に気にしている様子もなく、にこやかに答えた。

 

「えぇ、こちらこそ。(アタシ)と同じ戦場(ステージ)に立つ栄光をあげるわ」

 

 そう言って、アサシンは握手の代わりに尻尾を差し出してきた。

 

 どういう意味かわからなかったベルチェは、とりあえず先端に人差し指を合わせて、某宇宙人映画のポスターみたいな感じにしてみる。

 すると、控えめなタッチが存外お気に召したのか、アサシンは尻尾でベルチェの指を何度もツンツンし始めていた。

 

「あら、握手の代わりにと思ったのだけど、これもこれで絆! って感じするわね。

 今度から握手会の代わりに尻尾タッチ会にしようかしら?」

 

「尻尾タッチ会ではファンとアイドルが触れ合う面積が少ないのでは」

 

「それもそうだわ。でもこの手で握手とか、全身握りつぶしちゃわないかしら。

 そうだわ! むしろ握りつぶし会とかどうかしら?」

 

「なるほど! その手があったか! 

 鍛えられたファンなら喜ぶこと間違いなし!」

 

 ベルチェとアサシンの会話を横で聞いていたセイバーは、この時密かに、自分の嫌な気配が的中していることを確信していた。

 ──彼女が、かつての同僚のようなポンコツであることを。

 

「な、なぁ、マスター。説明するんじゃなかったか?」

 

「そうだった、そうだった。申し訳ないが、握りつぶし会の検討はまた今度に」

 

「そうね。今はアイ活よりも聖杯戦争だものね」

 

 セイバーは心の中で、ツッコまない、ツッコまないからな、と自分に念を押していたのだった。

 

 改めてベルチェは椅子に腰掛け、皆をテーブルの周囲に呼び集めると、今まであったことを話し始める。

 ベルチェからはルーラーの真名と、ドロレスの裏切り。

 小夜からは、首の黒鍵のことと、小聖杯のこと。

 生き物係たちに対しても隠し立てせず、真実が伝えられた。

 

「そんな……小夜さんが……」

 

「……理屈は理解できるわ。小聖杯のことも、知識としては聞いたことあったし。

 でも、納得はできないわよ、そんなの」

 

 当然、衝撃的なのは小夜の体のことだ。生き物係は信じられない様子で、委員長は胸糞悪そうに歯噛みする。

 だが、そんな彼らに向かって声をかけたのは、他でもない小夜自身だった。

 

「私のことは大丈夫です。信じていれば、きっとなんとかなりますから。

 それよりも……倒すべき相手のことを考えましょう」

 

「あのちびっ子とヘビっ娘が残る敵、だったわね」

 

 アサシンの言う通り、残る敵は2騎。正体不明の力を宿した存在と、神話に語られる大蛇の魔物。どちらも恐ろしい敵と言う他ない。

 

 けれど、ベルチェの目には、皆が真剣な目をして、対策や作戦を考え出そうとしている姿が映っている。頼もしい友人たちだ。

 なんの根拠もない直感でしかなかったが、ベルチェには、とても負ける気はしていなかった。

 

「──あっ」

 

 そんな張り詰めた空気の中で、緊張からはほど遠い声がした。声の主は小夜だ。

 

「あの、さっき廊下で拾ったんです、このぬいぐるみ。誰かの落し物でしょうか?」

 

 彼女が抱えて取り出したのは、時計を持った白ウサギのぬいぐるみだ。体躯の小さいベルチェであれば、抱き枕にしてちょうどいいくらいの大きさである。

 そして、その姿を数秒ほど見つめると、ようやくその存在が放つ弱い魔力を感じ取れるようになる。

 どうやら委員長やアサシンにもわかったようで、委員長は目を細め、アサシンは首をかしげていた。

 

「……? 小夜、本当にそれ、さっき廊下で拾ったのか?」

 

「え、はい。そうですが……」

 

 かちり。

 

「えっ、な、なんか変なとこ押しちゃいましたか!?」

 

 小夜の手が何の気なしに、布製の時計に触れたとたん、スイッチを押し込んだような音がした。そしてただの布であるはずの時計の針が高速で回り、12時ちょうどを指して止まると、なにかの仕掛けが起動する。

 

『──このメッセージが届いている時、私の精神はもうこの世にはないでしょう……なんて、この入り、やってみたかったんですよね。

 あー、あー、聴こえてますか? 私です、私』

 

 当然鳴り響いたのはフォーリナーの声だった。あたりを見回しても、彼女の姿はない。フォーリナーは録音テープ代わりに、このウサギのぬいぐるみを届けたのだ。

 

『えー、本題だけ話しちゃいますね。

 私の肉体の主導権を奪われました。現在、外なる神からコソッと借りた権能が暴走している状態です。

 あれが聖杯と融合したなら……材料にされた子供たちの魂は消失し、私のマスターの夢が実現することでしょう』

 

「……っ!」

 

『ですが、まだ止められます。結局霊基は私のものですから。直接ぶっ倒せばいいんです』

 

 ドロレスたちも、フォーリナーも、大聖杯の元にいる。そして、彼らを止めなければ、子供たちを助けることはできない。

 彼女の言葉が正しいのなら、彼女は、マスターを止めてほしいのだろうか。その意図の全てがわからない以上、罠の可能性は捨てきれなかった。

 

 けれど、場が静まり返り、小夜が立ち上がろうとした時、再びフォーリナーの声が響く。

 

『それと──マッチ売りの君へ。どうか、この物語の結末を、いつか話して聴かせてほしい。

 いつか、どこかで出会えたら──』

 

 音声はぷつんと途切れ、ウサギのぬいぐるみはぼろぼろと急速に崩れていく。すると、それを見届けた後、真っ先に動いたのはアヴェンジャーだった。

 

「……ずるい人ね、あのお父様(マスター)ってば。

 えぇ、いいわ、信じるわよ。この物語、ハッピーエンドにしましょ?」

 

「──はい、アヴェンジャーさん!」

 

 アヴェンジャーは笑顔で小夜の手を取った。それに、小夜もまた、勇ましく答えた。

 

「ハッピーエンド。素晴らしいじゃないか。な、セイバー」

 

「だな。その通りにしてやろうぜ」

 

 目的地は決まった。となれば、あとは出発あるのみ。ベルチェもセイバーの手をひいて、彼女らの隣に駆け寄った。

 

「あ、あの、僕も頑張ります……!」

 

「マスターじゃないからって、黙って待ってなんていられないわ」

 

「──出演者は揃ったようね。それじゃあ行きましょう、本番ステージ!」

 

 そうして並んだ4人の後を追って、少年少女と吸血鬼もまた戦いに赴こうと駆け出す。

 

 そして、サーヴァントに抱えられながら、窓辺より飛び出していき──やがて、窓の開け放たれたホテルの一室からは、その後ろ姿さえ見えなくなっていった。

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