サーヴァントに抱えられて街をゆき、ベルチェたちはすぐに町外れの病院へと到着した。
人ひとりいない駐車場には、三日前に空けられた穴がぽっかりと口を広げており、不穏な空気が周囲を満たしていた。
この病院の裏山の内部に、聖杯が安置されている大空洞が存在している。つまり、この先に、ドロレスとフォーリナーが待ち受けているのだ。
ベルチェは深吸をして、セイバーは自分の頬を叩き、気持ちを入れ直す。
ここから先は敵の総本山。一度踏み入れたからといって安心はできない領域だ。
「皆、気をつけて進もう」
先頭をゆくベルチェの言葉に、少年少女たちは互いに頷きあい、行先に目を向ける。
まず敷地へと踏み入れる前に、強固に張られた魔術結界が行方を阻んでいる。そして、奥に見える建物には何人かのドロレスたちの影が見え隠れしていた。
当然、侵入者への対策も強化されているらしい。時間がない以上、あまり構ってもいられないが──
「ッ、来るわ、伏せて!」
委員長が叫ぶと同時に、空気が震えているのが肌でわかった。
アサシンは近くにいた生き物係と委員長を爪で覆い隠し、アヴェンジャーとセイバーは己のマスターを庇う。そして周囲に強い衝撃波を撒き散らしながら、上空を通過するエネルギーの塊が視界に映る。
「あれは……ッ!?」
あの黒い竜はルーラーの第二宝具で間違いないだろう。
それは病院を包む結界を簡単に食い破り、少しも勢いを落とすことなく建物へと着弾する。大規模な爆発が巻き起こり、跡形もなく着弾地点の存在すべてを消し飛ばしていく。
凄まじい破壊音が響き渡り、光が辺りを飲み込む。衝撃波がやっと収まるころには、施設のほとんどが消し飛んで、ほんのわずかな瓦礫を残すのみであった。屋内で待ち構えていたドロレスは間違いなく全滅だろう。
そして、その爆発の跡には、地下空洞へと続く道が露出しているのが見えた。
だからといって、素直にあの場所まで行けるはずはないのだが。
「焼却、完了。ですが、こちらには敵性サーヴァントが存在しています。
どうしますか? 命令を」
「排除して、ルーラー」
「承りました」
駐車場に降り立った少女──ルーラーは、抱えていた明日菜を下ろし、その命令を聞き届けた。
彼女は聖杯の元へと急ぐベルチェたちの前に立ちはだかり、マスターの命令のままに戦闘態勢に入った。そして──拳を構えたと思った瞬間に、こちらへ向かって飛び込んでくる。
肉眼では捉えきれない速度の攻撃。ただの人間の集団であれば、この時点で死んでいる。だが、ベルチェには戦友がいる。
「……マスター。出番だろ」
既に剣を抜いて、少年騎士が短く呟く。あぁ、そうだ。ここで友人のため戦わずして、ベルチェはベルチェではいられない。
それに瀬古明日菜とは、話をつけなくてはならないのだ。
「ルーラーは私とセイバーが引き受ける」
状況は一刻を争っているうえ、ルーラーは強敵だ。全員でまともにやり合っていたら、間に合うはずもない。
ここは敵を引き受けるのが、最高にカッコいい女だというわけだ。
「待ちなさいよ。
アサシンはそう言うと同時に、ルーラーの繰り出す拳を鉄爪にて受け止め、反撃に尾を叩きつける。ルーラーにはあと少しの所でかわされてしまうが、彼女に再び距離をとらせた。
セイバーと肩を並べ、戦場へと躍り出るアサシン。
ベルチェがそのマスター、つまり後方の少年たちの方へと目を向けると、生き物係と委員長も頷いた。
頼もしい友人を持ったものだと、ベルチェは思わずにやついた。
「さて……小夜! アヴェンジャー! 今回も非常事態だ、手荒に行くぞ!」
「はいっ、お願いします!」
「派手に行きましょう!」
「
ここは私たちに任せて先に行け──ッ!」
鎖を巻き付け、切り離し、目的の方向にぶっ飛ばした。突き進む鎖は、サーヴァントたちの戦場を突っ切り、地下へ続く穴に彼女たちを送り届けていく。
「逃げられるとでも……」
「逃げられるさ。なんたって、私の鎖は速いから!」
そして、ベルチェは小夜たちを追おうとする明日菜へと鎖を飛ばし、絡みつかせる。
彼女の視線はベルチェへと向いて、互いに身構えた。
「あなた……また、私たちの聖杯戦争を邪魔するんだ。わかった、わかったよ、殺してあげる。うん、そうだ、そうしなくっちゃ……!」
その言葉が開戦の合図となって、一斉に少女たちの体は脈動する。
蟲の群れと鎖の群れが外界へ飛び出して、二人もまた戦へと身を投じていく。
◇
ベルチェの鎖に導かれ、小夜とアヴェンジャーは洞窟の入口に飛び込んだ。空気は一転して冷たく、ここからでも既にフォーリナーの気配が感じられる。空気は淀んでいて、吸い込むたびに脳裏に言い知れぬ不快感が顔を覗かせる。
それでも小夜は強く拳を握って、傍らの炎の少女と共に歩き出す。洞窟に靴音が響き渡り、変わらない景色の中、奥へ奥へと進んでいく。
ふと、そんな中に少女の声が響いた。
「──ねぇ、
「はい、シスターですが……なんですか?」
「お誕生日、おめでとう」
小夜はきょとんとして、少し考えてから、合点がいったように苦笑いした。
「そういえば今日でしたね、誕生日」
「自分で忘れてたの?」
「いえ……まあ忘れてたんですが、その、いろいろありすぎてですね」
当然、小夜にとってこの一週間は激動の連続であった。元より小夜は自分の誕生日をあまり嬉しく思っていなかったのもあって、すっかり忘れてしまっていたのだった。
教会では、きっと主役が行方不明のまま誕生パーティーの日を迎え、困っているに違いない。みんな迷惑していることだろう。
「もう。そんなんじゃ、お友達もどう祝っていいかわからないじゃない」
「……お祝いなんて、いいんですよ。だって、私は」
小夜が言いかけたその言葉を遮るように、アヴェンジャーは歩調を速めて前に出る。そして小夜の瞳を見つめて、彼女の歩みを止めた。
「駄目よ。それ以上、言ったら」
「あの、アヴェンジャーさん? は、早くしなきゃ」
「──私は。絶対に、諦めないんだから。
アヴェンジャーが小夜の手をとる。いつ触れても、彼女の手は温かく、小夜の冷えきった指先を人間に戻してくれるようだった。
「そんな……ありがとう、ございます。ええと、その……あの時助けてくれたのがアヴェンジャーさんでよかったなって、心から思います」
そうして笑顔を向け、小夜は手を繋いだまま、アヴェンジャーに導かれて駆け出した。
重苦しくなってゆく空気も、頭の片隅によぎるやり残しも、みんな振り切って、洞窟に駆ける足音を響かせた。
先に進む度に、外界からの光が届かなくなってゆくのにも構わずに。