「ハァッ!」
甲高い音を立て、セイバーの構える聖剣とぶつかり合うのはルーラーの拳だ。竜鱗に覆われた拳は叩き切れず、すかさず刃が高く蹴りあげられ、セイバーは踵落としを両腕で防ぐことになる。
鎧越しにも伝わる破壊力は、骨にヒビが入りそうなほどだ。それでも耐え切って、お返しに大きく切り払い、腹部を狙った。
「甘いですよ」
剣を振り抜いた時、すでに目の前に少女の姿はない。ただ側頭部への衝撃が走り、セイバーはよろめいた。
蹴りを食らったのは明白だ。次の攻撃に備えろ──心の中で己に指示を出しながら、セイバーはわずかな風の音を頼りに振り向き、剣を構える。
視界が追いつくころには、ルーラーの構えられた拳が目に入る。今にも振り抜かれようとするそれを前に、彼は歯を食いしばるが、それはセイバーのもとまで届かなかった。
「ここは
アサシンの声がしたかと思うと、ルーラーは突如現れた石造りの壁に突っ込んで、瓦礫を作りながら勢いを殺された。
彼女がよろめきながら周囲の状況を確認しようとした瞬間に、また声が続く。
「『
ルーラーの行く手を阻んだのは、アサシンの出現させた監獄城だった。返り血の壁と拷問器具に満ちたその内部はまさに彼女の領土。
吹き抜けの上階より見下ろすアサシンの指揮により、壁に掛けられていた大量の凶器たちが一斉に動き出し、雨のように降り注ぐ。
無論、ルーラーの身体能力はそれらの間を縫うように回避することを可能とする。しかし、凶器はアサシンの扱うものだけではない。彼女のウインクを合図として、セイバーも一気に魔力を解放する。
「オレを忘れてもらっちゃ困るぜ……ッ!」
監獄城の壁ごと敵を呑み込まんと聖剣の輝きが押し寄せる。直前に察知し、凶器を受けるのにも構わず跳躍するが、回避はアサシンが許さない。彼女はルーラーに抱きつき、そのままセイバーの宝具へと引きずり落とす。ルーラーが抵抗にアサシンの腹部を拳で貫いても、その腕は緩まない。
「アンタも参加させたげるわ、いい声で啼きなさい……!」
「──第一宝具解放、『
ルーラーはアサシンを振り払うより、宝具の解放を選んだ。聖剣の奔流を空間に開く孔へと呑み込ませながら、体勢を整えアサシンに組み付き、そのまま地面に叩きつける。少女の首は本来の可動域を外れて曲げられ、あたりに嫌な音が響く。
続けて己の宝具が無効化されたことで飛び込むしかないセイバーの斬撃をかわし、飛来する魔力の刃を尾で振り払い、そのまま尾を叩きつける。
吹き飛ばされていくセイバー。追撃に飛び出そうと構えるルーラー。そこへ、地に伏していたアサシンの腕がルーラーの脚を掴み、握りつぶしにかかる。
「確かに頚椎は折ったはずでしたが」
「首が折れたくらいじゃ、私は止められないわ」
あらぬ方向へと曲がっていた首はすでに治っている。対するルーラーは左脚を掴まれ、そして折られていた。
セイバーが体勢を建て直し、魔力の刃を何発も繰り出しながら向かってくる。回避できないルーラーはそれらを拳で弾き、続くアサシンの殴打をも受けきるが、ついに聖剣の切っ先が彼女を捉えた。
腕の先、竜鱗の隙間に抉り込むように突き刺し、そのまま刃に魔力を纏わせる。黒の魔力から聖なる純白へと精錬されゆく様を前に、ルーラーは動けぬまま、無表情のままで己も状況の打開へと動く。
「高潔を謳い、我が敵を押し流せ──」
「第二宝具、限定展開」
「『
ぶつかり合うエネルギーとエネルギーが炸裂し、辺りに爆炎が巻き起こる。3騎のサーヴァントは避ける間もなく巻き込まれ、その肉体にいくつもの傷を負う。
セイバーの皮膚が裂け、ルーラーの鱗が剥がれ落ち、アサシンの血が宙を舞った。しかし爆炎が晴れた時、誰一人倒れてはいない。
ルーラーは右腕の表皮がほぼ残っておらず、肉も灼かれたことでほとんど白骨化している状態だった。指は小指や中指が欠け落ちており、被害は大きく見える。
また、焦げたメイド服の下に見える肌にも火傷と裂傷が目立つ。
「くそ……捨て身でかかってこれかよ……!」
しかし、セイバーも少なからずダメージを受けている。両腕は焦げており、様々な場所で皮膚が裂けて血を流している。
間近で宝具の激突に巻き込まれたアサシンも同様に傷だらけであり、彼女の側頭部に備わった金属の角の片方は折れてしまっていた。
「まだ戦は終わっていない。そうでしょう」
ルーラーの攻撃は容赦なく続く。間一髪で放たれるハイキックをかわしながら、セイバーは剣を握り直した。
◇
──サーヴァントたちの戦いが続く横で、マスター同士ではすでに決着がついていた。
四肢を鎖に巻き付かれ、身動きの取れない明日菜。それを見下ろすベルチェ。結果は一目瞭然だ。
明日菜の体が吐き出す蟲たちは、以前より物量も少なく、単体での戦闘能力も低い代物であった。
彼女は限界を迎えつつあるのだろう。ベルチェにとってもその対処は容易で、何度かの回避を繰り返した後、隙を狙い彼女の四肢を縛り上げるだけで戦いは決着したのだった。
「放してっ、放してよッ!」
そう喚き散らしながらベルチェを睨んではいるものの、もがいても鎖は解けず、蟲を放ち抵抗することすらできていない。
ベルチェはそんな彼女へ、止めを刺すのではなく、再び語りかける。
「……明日菜」
マスターである明日菜が死ねば、セイバーとアサシンによる攻略を待つことなく、ルーラーは消滅する。そうしてベルチェたちは、小夜の元へと急ぐことができるだろう。
だが、ベルチェはそうはしない。それだけは選べない手段だった。目の前で泣いている女の子が──かつての、自分自身に見えたから。
「明日菜。私に貴女の命を奪うつもりはない。また、話をさせてくれないか」
「……ッ、なにそれ、情けのつもり!?」
ベルチェは頷き、その素振りを見た明日菜がさらに吠える。
「それなら……それならッ、殺してよ!
お父様もお母様もお兄ちゃんも、みんなみんな私が殺したんだ……ルーラーまでいなくなったら、私、私っ、誰の言うことを聞けばいいの!?
聖杯戦争に敗けた先で、どうしたらいいっていうのよ!?」
そんな明日菜の叫びが、あたりに響き渡る。そして、その様を後方で見ていたひとりの少年が声を張り上げた。
「そんなの、誰も教えてくれないよ!
人の言うことを聞くだけじゃ……わかんないことだって、見えないことだって、いっぱいあるんだ。
自分の想いを……見つけなくちゃ」
予想外に生き物係が答えたことで、明日菜は驚きの目で彼の方に目を向ける。少年が彼女へと返す視線は、ズレることなくその瞳を捉えていた。
「……っ、自分の、なんて、そんなの……あるわけないじゃない……」
歯を食いしばり、威勢を失っても、明日菜はその言葉を受け入れていなかった。そんな彼女に対して、ベルチェは体を抱き起こし、ほほ笑みかける。
「これから探していけばいい。生きてさえいれば……好機はいくらでもあるさ。
私だってそうだったんだから」
ベルチェの笑みを前にして、明日菜は黙りこくって目線を落とし、少し考えてから、頷こうとした。ベルチェも展開していた鎖をおさめ、明日菜の拘束をゆるめようとした。
──その瞬間を狙って、銀色の鳥が1羽、少女たちの体を貫いた。
「……ッ!?」
振り向いた先には瓦礫の山。そして、よろめきながらそこに立っていた白髪の少女が、今まさにその生命活動を停止しようとしている瞬間だった、
「任務……遂、行。こちら五百九十号……セイバーと、ルーラーの、マスターを……」
ルーラーの第二宝具の限定展開を生き残り、瓦礫より這い出て、最期の力を振り絞っての行動だったのだろう。
彼女が使い魔に託した一撃は、過たずベルチェと明日菜の胸を貫いていた。
咄嗟に体内の鎖を操作し、どうにか止血を試みるが、傷は深く、出血も多い。
だがそれよりも、目の前の少女が心配であった。やっと、もしかしたら通じあえたかもしれないその瞬間に、裏切られるように受けた傷。
それはその目を恐怖に染め上げて、感情を口から垂れ流しにさせるには十分すぎた。
「あ、い、いや……し、死にたくない、死にたくない! こんな、こんなことになるくらいなら……ルーラー、命令よ……全部、全部っ、消し飛ばして……!」
「承知いたしました」
その声は確かに聞き届けられる。
ただ入力された命令に従う存在である
「──第二宝具、完全解放」
渦巻き始めるのは極大のエネルギー。かつて星を墜とすために作られた、文字通りの対
その圧倒的な輝きが、戦場に招かれようとしていた。