Fate/Kindergarten   作:皇緋那

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結末──リトルガール・ウィズ・マッチ

 委員長が懸命に医療魔術をかけても、ベルチェは二度と目を開けなかった。

 その体は冷たくなっていき、これ以上の治療は無意味だと、委員長は行使をやめた。

 

 明日菜のことも助けられないままで、ルーラーは撃破しても、その場には傷ついた少女の遺骸が残されている。

 

「ごめんなさい……」

 

 委員長はベルチェの遺体に向かって謝罪の言葉をこぼしていた。それに意味がないとはわかっていながらも、唇が無意識のうちに動いていた。

 彼女には、ベルチェのことはよくわからない。ほとんど接することなく、彼女は遠い場所へ行ってしまった。それが悔しかったのかもしれなかった。

 

「……謝らなくていいさ」

 

 委員長に声をかけたのはセイバーだ。マスターを失い、魔力の供給の途絶えた彼の体は消滅を始めている。

 

「ここにいる全員……やれることは全部やった。そのうえで守れないものも、犠牲も、いつだって付き物だ。

 だから、謝る必要なんてない」

 

 委員長は聖騎士の言葉に頷き、それどうにか涙を抑えようと目元を拭う。セイバーもそれ以上は触れなかった。

 

「オレたちも時間みたいだな」

 

 消滅の時が迫っているのは、セイバーの宝具によって召喚された勇士たちも同様だった。既に肉体から光の粒子が立ち上っている。

 

「さ、帰ろうぜ、オリヴィエ」

 

「……あぁ」

 

 ローランがオリヴィエに肩を貸し、からかうアストルフォをブラダマンテが止め、彼らをシャルルマーニュが先導する。

 

 その輝かしき騎士たちの後ろ姿の中に、ふと、少年少女はベルチェの姿を見た。

 彼女は彼らの後を追うように歩き、最後に手を振ったかと思うと、一際強い光が辺りを満たす。

 視界が戻る頃には、いつの間にか、騎士たちもベルチェの姿も消えていた。

 

 彼らの去った後の戦場には、爽やかな風が吹き、生き物係の目の前で、もう動かない少女の髪が揺れていたのだった。

 

 その様を呆然と見ていた生き物係の背中を、アサシンが押す。

 

「そろそろ休憩時間も終わりにしなきゃね。まだ、助けたい人はいるんでしょ」

 

 まだ全てが終わったわけじゃない。きっと洞窟の先で、小夜はまだ戦っている。アサシンの肉体も、彼女を生かす宝具の力ゆえか修復されつつあり、なにより心が折れる気配はない。

 

「……うん。行かなくちゃ」

 

 生き物係は自分の我儘を叶えるために、魔嬢と少女を連れて走り出す。今度は間に合いますように、と心の中で祈りながら。

 

 ◇

 

 暗い地下道を抜け、小夜とアヴェンジャーは大空洞へと辿り着く。その目に飛び込んできたのは、泡立ちながら増殖してゆくかつてフォーリナーだった肉塊と、飲み込まれつつある人体の塊──聖杯。そしてそれを、礼拝堂で神を仰ぐように見つめるドロレスの姿だった。

 あまりにもおぞましい光景であれど、立ち止まる暇はない。小夜は走り出そうと、脚に魔力を回す。

 

「……っ、駄目ッ!」

 

 駆け出しそうになった小夜を後方へ投げ飛ばすように、アヴェンジャーは彼女を止めた。そして、その場に残った彼女へと、肉塊から細く触手が伸びていた。

 

 ──それがアヴェンジャーの腕に触れた瞬間、エーテルが削り取られ、そこから肉が消失する。描いたを消すように、滞りなく、少女の体が抉られた。

 

「……っ、この程度!」

 

 片腕を持っていかれた傷口を、アヴェンジャーは己の炎によって焼き塞ぐ。

 そう深刻なダメージでこそないが、アヴェンジャーが止めずあのまま小夜が駆け出していたら、ああなっていたのが小夜の体だっただろう。

 ただ少し触れられただけで命が奪われることは、想像に難くなかった。

 

 そんな規格外の存在が膨れ上がり、渦を巻く中で、恍惚とその様を眺めていたドロレスだが、こちらに気がついたらしく振り向いた。

 

「喜びなさい、小聖杯。我々の願いはようやく叶いますわ」

 

 掲げられた両腕には令呪の痕跡が見える。そして恍惚に染まったその瞳には、周囲を埋め尽くした肉の色が生々しく映っている。

 そんな彼女が指を鳴らすと、小夜たちの周囲を残ったドロレスの個体が取り囲む。当然ながら、簡単に辿り着かせてくれる気はないらしい。

 そして──ドロレスが1人でも生き残ったなら、フォーリナーと再び契約を結び、彼女の願いが叶えるだろう。

 

「……アヴェンジャーさん。最後の賭け……付き合って、くれますか?」

 

 小夜はアヴェンジャーに視線を送る。彼女は躊躇い、唇を噛みながらも、頷きを返してくれた。すると、小夜は身構え、ドロレスの言葉に応えた。

 

「言っておきますけど。

 小聖杯(わたし)、貴方なんかに使われるつもりありませんから」

 

 小夜は言葉とともに、強く踏み込み、地面を蹴った。同時にアヴェンジャーが構え、炎を噴き上げる。

 

「回る回る、炎は回る。冷たい路地を温めて。

 歌う歌う、焱は歌う。それは泡沫唯の幻想。

 さぁ。ユメを見せてあげる──『陽炎の幻想(フレイム・ナイトメア)』」

 

 アヴェンジャーから放たれた炎は、流星を模して一直線にドロレスへと向かっていく。その一部が消失させられながらも、小夜の進むべき道を切り開いていった。

 

 触れられればそれだけで簡単に死が見える触手どもだが、幸いなことに、その能力は先端にしか存在しない。全方位を包めば根元が焼け落ち、魔力の途絶えた触手は死滅する。

 よって──炎に導かれて進む小夜には、決して届かなかった。

 

 そうして、聖杯の元へとたどり着いた小夜を待っていたのは、ドロレスの錬金術。真っ白で巨大な拳が振り下ろされ、小夜はそれをどうにか回避する。

 顔を上げると、ドロレスは突如現れた純白の巨人の方に乗っている。今まで散ってきた者たちの毛髪を使った特大の使い魔だろう。

 そして、触手たちもドロレスの指示を受けて、周囲から何度も小夜を狙ってくる。殴打と触手を何度もかわすうち、逃げ場は狭まっていく。

 

「動いて、私の体っ!」

 

 肉体を聖杯の魔力で強引に励起し、地面を蹴りつける。筋力の限界を超えさせるために魔力を噴射し、上空への脱出を決行したのだ。

 そして足元に作り上げた防壁を蹴って跳び、一気にドロレスの元へと向かっていく。

 

「ふふ……ふふふっ、そんなに正直に向かってくるなんて、消し飛ばしてくださいと言っているようなものでしてよ!」

 

 その瞬間、巨人の胴を貫きながら触手が飛び出した。咄嗟に魔力を回して障壁を展開しても、触れた瞬間に消し飛ばされては意味が無い。

 内側に仕込まれているとは想像もしていなかったがゆえに、対応しきれず、小夜の体へと、渾沌が迫る。

 

「『鮮血棺獄魔嬢(バートリ・アルドザット・エルジェーベト)』」

 

 そこへ響いたのは歌姫の放つ刃の群れ。フォーリナーを押しのけるように展開された拷問の城が、数多くの凶器を飛ばし、小夜の眼前に迫った敵を貫いた。

 触手が弾け、ドロレスも裂傷を負い、巨人の脚が解けてバランスを崩す。

 

 膝をついた彼女らへ迫るのは小夜だ。その眼は変わらず真っ直ぐドロレスを捉え、今にも貫こうとしていた。

 

「っ、たかが数百人のために、我々の夢を、全人類の救済を、無下にするというのですか!?」

 

「私が見たかったのは……その、たかが数百人の笑顔ですから」

 

 小夜は己の首元に突き刺さった黒鍵を引き抜き、落下する勢いを乗せて、ドロレスの首に振り下ろす。肉が断たれ、頸椎が砕ける感触がする。

 

 それだけではない。小夜が概念武装たる黒鍵の刃に込めたのは、その魂まで破壊するという願い。ドロレスとなった全てのホムンクルスが共有する無意識領域を砕くための魔術。

 それは群体がゆえに六百度生誕したドロレスたちに訪れる、六百度目の死であった。

 

 そして同時に──その剣を引き抜くとはつまり、小夜の肉体に刻まれた魔術式の再起動を意味する。肉体を還元し、小聖杯の器とするそれだ。

 少女の肉体は分解され、魔術回路だけを再構成しながら、雪村小夜が消えていく。

 

「これで……私にもなにかできたんだって、言えるかな」

 

 最後に浮かべた満足そうな笑顔が解けていって、少女の消えたその場所には、手放された黒鍵と、黄金色の器だけが残っていた。

 

 ◇

 

 ──生き物係がその場所へと駆け込んだ時、既に事は結末へと向かっていた。

 小夜はまさにドロレスへと飛びかかっており、ドロレスもまた得体の知れない触手によって彼女を迎撃していた。

 そのまま放っておけば、小夜は触手に呑まれていただろう。アサシンの宝具による援護は、きっと間違っていなかったはずだ。

 

 けれど。生き物係は、またしても目の前で消える人を見てしまった。

 

 肉の塊が大空洞を埋め尽くす中、アヴェンジャーの周囲には抜け殻となったドロレスの体がいくつも転がっている。

 けれど、小夜の姿はすでにどこにもない。ただ輝きを放つ杯が遠くに見えるだけだった。

 

「……お疲れ様、雪村小夜。私の……大事なお姉様(シスターさん)

 

 片腕を失ったアヴェンジャーは祈りを捧げていた。その表情は寂しげで、寒くなんかないのに、なんだか凍えているように見えた。

 

「でも、まだ……」

 

 周囲で蠢く邪神の先触れが立てる不快な音が、嫌でも生き物係を現実に引き戻していた。

 ドロレスの死を以てしても、増殖したフォーリナーはまだ消えていない。

 魔力供給が途絶えたどころか、大聖杯という最大の供給先を手に入れようとしている。

 

「いいのよ、貴方はもう戦わなくて」

 

 生き物係の思考を遮ってそう言うと、アヴェンジャーは歩き出した。彼女の人格と肉体が消失しても、小夜からの魔力供給は未だ続いているのだろうか。彼女が光に包まれることはなく、しかし、その歩みはどこか遠くへ行こうとしているとしか思えなかった。

 

「わかってたわ。いずれこうなることくらい。どれだけ信じても、裏切られることくらい、知っていたの」

 

 フォーリナーの触手たちは彼女を敵と認識し、襲撃を開始する。それでも彼女は歩みを続け、語り続けた。

 

「私はマッチ売りの少女。誰からも助けられないで、ひとり凍えて消えていく。かわいそうな女の子の物語。

 だから、貴方に、その最後の1ページを読ませてあげる」

 

 アヴェンジャーの体から広がり始めるのは、復讐の炎ではない。路地裏に吹き込む冷たい風が、岩肌を撫で、かつて彼女が見た雪景色に塗り替えていく。

 

 それは大晦日、流れ星の夜の風景。マッチ売りの少女として迎えた最期を描く固有結界。

 

「『やがて星がふる夜(メリーバッドエンド)』」

 

 少女はフォーリナーを抱き締めた。そして彼女たちの体は光に包まれ、消滅をはじめていた。肉塊はもはや膨張も抵抗も忘れ去り、ただ静かにその消滅を受け入れているかのようだった。

 

 アンデルセンの描いた愛も希望も否定する結末は、あらゆる神秘を剥ぎ取り、無色の力へと帰す。それは外宇宙の存在の片鱗でさえ平等に、結末に引きずり込む。

 そうして、小夜と同じようにその体を分解されながらも、少女はぽつりと呟いた。

 

「──おしまい」

 

 彼女がフォーリナーとともに消えると、冷たい路地の風景が岩肌に戻る。

 薄暗い空洞に残ったのは、生き物係たちと、脈動する聖杯と、金色に輝く杯であった。

 

 最後の1人のマスターは、その金色の光へと歩み寄り、恐る恐る手に取った。暖かな感触が手に伝わって、手の中にあっても、それは優しく輝きを放っていた。

 

『聖杯戦争の勝者さん。貴方は何を望みますか?』

 

「僕の……僕の願いは」

 

 生き物係はただ、ベルチェを、小夜を、自分を助けようとしてくれた人を助けたかっただけだった。

 けれど、ふたりとも戦いの中でその命を失った。

 生き物係が知っているのは、この戦いに命を賭けていた彼女たちの抱いていた望みだけだ。

 

 せめて、それだけでも叶えたい。

 今の彼には、その他に託す願いなどなかった。

 

 ──そして。聖杯はその願いを、確かに聞き届けた。

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