Fate/Kindergarten   作:皇緋那

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エピローグ
結──フェイト・キンダーガーテン


 日がやっと昇りきった朝の時間に、少年は目を覚ます。布団から這い出て、カーテンを開き、まだ冷たい朝の空気を肌に感じながら顔を洗って歯を磨く。

 そんないつもと変わらない身支度を終えると、少年は自室を後にする。

 

 扉を開くと、壁に寄りかかっている少女に出迎えられた。今日も身支度が終わるのを待っていてくれたらしい。

 

「おはよう、委員長」

 

「えぇ、おはよう……って、髪跳ねてるじゃない。ちゃんと直しなさいよね」

 

「あっ、うん、ありがとう」

 

 委員長に髪を整えられ、改めて、ふたりは廊下を歩き出した。

 

 ──聖杯戦争の終結から20日と少し経ち、戦いを生き延びた2人、生き物係と委員長は、新たに作られた児童施設で生活を送っていた。

 1ヶ月もしない間に施設が整備されるにまで至ったのは、雪村小夜が所属していた修道院による補助があったからだ。

 今も、修道院のシスターが手伝いに来てくれている。

 

「ふたりとも、おはよう! 朝ごはんはちゃんとできてるよ〜」

 

 廊下を抜けた先の大部屋に入ると、キッチンから響く明るい声が耳に届き、揺れる赤のツインテールが目に映った。

 

 彼女は最も尽力してくれたシスターであり、名前はマドカ。小夜とは仲が良く、幼い頃から一緒に暮らした姉妹のような相手だったという少女だった。

 本当なら小学校に通っているべき年齢である生き物係と委員長が、たった二人の力でやっていけるわけがない。彼女の助力はなによりも有難いものだった。

 使用されていない建物を、身寄りのない彼らのために改修することになったのも、マドカが神父に直訴してやってもらったことだとか。

 

 生き物係はそんなことを考え、マドカに深く感謝しながら、彼女の用意してくれたシチューとパンを、数多くのテーブルに並べていく。

 大鍋から立ち上る美味しそうなホワイトシチューの匂いには、生き物係も涎を飲み込んだ。

 

 そのまま準備を進めていって、やがて起きてくる時間になると、眠たげな目をこすりながらも、次々と子どもたちが姿を現す。彼らは生き物係たちよりも年下に見え、まだ小学校にも通っていないような年頃だ。

 それぞれが席に着いて、配膳が終わると、生き物係たちも自分の椅子に腰掛ける。そして、一斉に食材への感謝の挨拶をする。

 

「いただきます」

 

 ──この施設は孤児院になっている。マドカの他は皆、戸籍すら存在しない子どもたちだ。

 

 それも当然のことだろう。ここにいる子どもたちは皆、聖杯戦争が終結するまでは、ヒトとしての形すら成していなかった。

 その体を繋ぎ合わされて、聖杯にされていたのだから。

 

 今こうして、彼らがマドカの料理を食べているのは、生き物係が聖杯に願ったからだ。

 聖杯の材料となった子どもたちの救済。彼が聖杯に託したのは、そんな願いだった。

 

「マドカちゃん、おかわり!」

 

「はいはーい!」

 

 美味しそうに朝食を頬張るみんなの笑顔を見ると、無意識のうちに、生き物係も釣られて笑っていた。

 

 朝食の後は片付けを経て、彼らは思い思いに遊ぶ時間になる。その間に、生き物係たちはまた別の準備をはじめていた。

 

 ──今日はこの施設に、ロンドンからの来訪者がやってくることになっている。

 使う機会のなかった応接間だが、これを機に整備しなければならないだろう。分担して掃除や改装を進め、作業に集中することになる。

 

 そして、時刻が10時を回り少し過ぎた頃、ついに呼び鈴が鳴った。3人は出迎えに向かい、扉を開くと、そこに立っていたのは3つの人影。うち1つはよく知っているものだった。

 

「なんでアサシンがお客さんと一緒に……?」

 

「道案内よ。不本意だけどね」

 

 サーヴァントであるアサシンは、聖杯がなくなっても、生き物係や委員長の魔力と宝具の力で現界を続けている。

 そんな彼女は、道端で偶然来客に遭遇し、ここまで連れてきたという。

 

 一方、来客の方は、マドカとそう変わらない年の少女であるようだった。

 傍らには全ての肌が銀色の、恐らく水銀で作られた人型の存在が控えている。

 

「はじめまして。視察に来たエルメロイだが……聖杯戦争の勝者、とやらは君でいいのかな」

 

「えっ、そ、それは、えっと」

 

 生き物係はただ、守られて生き残っただけだ。勝者だと名乗ってしまっていいのだろうか。

 なんて葛藤が湧き上がってきて、言葉を返せずにいると、委員長が代わりにエルメロイさんを応接室へと案内すると言ってくれ、一行は応接間のソファに腰掛けた。

 

「え、えっと、委員長、この人……」

 

「知ってるわ。『エルメロイの姫君』……現時計塔のロード、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。メイドに見えるのは魔術礼装よ」

 

 来客の少女──ライネスはただ座るだけで気品を漂わせており、やんごとなき身分の人物だろうことはうかがえる。

 それもそのはず。生き物係の知る範囲でも、時計塔と言えば魔術師の総本山たる魔術協会の最大勢力であり、ロードはその中でも凄く偉い人だ。

 

「ご紹介ありがとう、わざわざ自己紹介する手間が省けたよ」

 

「でもどうしてそんな人がここに……?」

 

「我が兄の代理だ。行方不明者と奇妙な噂を追っていて、この街に行き着いたんだが……少し忙しくてね。

 他の時計塔の連中に察知される前に動かないとまずいから、ちょうど手の空いていた私が来たわけだ」

 

 万が一そのやり方が多くの人々に知られ、聖杯戦争が乱発する状況になっては困るからね、と続けるライネス。

 ドロレスのように人の命をなんとも思っていない奴は、魔術師には珍しくないらしく、そんな相手にこの聖杯戦争の情報が伝わったらどうなるか。

 特に──子どもたちを加工して聖杯を造れるという事実を知られたら。その先は考えたくもない可能性だ。

 

「さて、と。ここからが本題だ。現在、ドロレスたちの起こした聖杯戦争について詳しく知っているのは君たちだけ……これはいいだろう?」

 

 サーヴァントもマスターも、聖杯戦争に関わった人間は他にはもうどこにもいない。目の前で多くの命が失われるのを見てきた生き物係には、嫌でもわかってしまう事実だった。

 

「御三家の与り知らぬところで起きた聖杯戦争の詳細なんて、魔術師が欲しがるに決まっている。奴らは手段も選ばないだろう。

 ──そこで、選択肢がいくつか出てくる。

 ひとつはこのまま聖堂教会に管理されるか。この場合、君のサーヴァントは吸血種だ。そこの代行者は見過ごしても、他の人間は黙っていないだろうね」

 

「……え、そうなの」

 

 アサシン自身もそのあたりは詳しくないようだが、ふとマドカのことを見ると、ライネスの言葉に深く頷いた。

 

「エリちゃんの存在が知られたら、私なんかより強いのがぶっ殺しにすっ飛んでくるよ。

 本来、聖堂教会って吸血鬼皆殺し! って人の集まりみたいなものだし」

 

 そんなマドカの話を受けて、今度は委員長がライネスへと視線を返した。

 

「……だったら、どうすればいいんですか?」

 

 すると、彼女の口角が上がる。

 

「時計塔に入学するのさ。

 我々の手の届く範囲にいるのなら守るのも隠すのも簡単になる……それに」

 

「行きます」

 

 ライネスの話を遮って、生き物係は答えた。思い出したのは、ベルチェとの約束。全部が終わったらロンドンへ行こうという誘いだった。

 一緒に、という約束は果たせなかったけれど、魔術の世界へと足を踏み入れたら、自分が彼女の生きた証になれる気がして、話に乗らずにはいられなかった。

 

「えぇ、もちろん、私もついていくわ。貴方のこと、放っておけないし」

 

「そうね。(アタシ)も神父に追いかけ回されるのはゴメンだし」

 

 生き物係に続き、委員長もアサシンも提案を受け入れる。そして最後に、生き物係の視線がマドカへと向くと、彼女は首を振った。

 

「私はシスターだから、そっちには行けないよ。それに……きっと小夜っちなら、ずっと子どもたちの面倒見るって言うはずだから」

 

 20歳の誕生日を目前として、帰ってくることはなかった友人を想いながら、マドカはそう話す。その表情に心苦しくなるけれど、場の雰囲気を切り替えるように、ライネスが声をあげた。

 

「よし、では今すぐ支度を始めよう。出発は今夜だ」

 

「えっ、今夜? でも、飛行機とか」

 

「あらかじめ取っておいた。乗ってくれると思っていたからね!」

 

 ──そうして、生き物係たちは慌てて、またしても準備に取り掛かって、少ない荷物をまとめはじめる。形見や、アサシンのアイドル活動の残骸を身の丈ほどのスーツケースに詰め込んで、新しい人生への期待を胸に募らせていく。

 

 その夜、飛び立つイギリス行の旅客機には、長い前髪の奥で目を輝かせる少年と、その傍らで微笑む少女の姿があるのだった。




これにて子どもたちの物語「Fate/kindergarten」完結となります。お楽しみいただけたなら嬉しいです。
次回からはサーヴァント設定を掲載したいと思っております。
約1年にわたっての連載でしたが、ご愛読いただきありがとうございました。
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