美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい!   作:紅葉煉瓦

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#101 知らないことたくさん

「こちらが来月お披露目になる黒猫燦の3Dモデルになります」

「おぉー」

 

 毎月恒例の本社ミーティングでマネージャーさんが見せてきたのは黒猫燦の3Dモデルだった。

 今までの平面(Live2D)で見る黒猫燦とは違い、360度全方向からそれこそ舐め回すように見れる黒猫燦は新鮮なものだった。

 マネージャーさんからマウスの操作を譲ってもらって頭の旋毛(つむじ)からローファーのつま先までじっくりと見る。うーん、可愛いな……。

 

「あ、パンツ」

 

 視点カメラを下から覗き込むようにすると、ちゃんと下着まで再現されていた。

 

「案件で3Dを使用するときはドロワーズなどで隠すことになりますが、基本的に細部まで作り込んであります。お披露目のときには隠す予定はないので、あまり下着が見えるような動きはしないようにお願いします」

「あ、はい」

 

 結構スカート短いし、少し屈むだけで簡単に見えそうだけど大丈夫かな……。

 

「当日は機材の調整とリハーサルを入念に行うので朝からスタジオに来て頂きます。遅刻しないように迎えの車は出しますが、ちゃんとすぐに出られるように準備は整えておいてください」

 

 最近は案件やレッスンでマネージャーさんが現場に付いてくるときは基本的に車を出してもらっている。

 これはわたしが特に遅刻をするから厳重な監視が付いているわけではなく、単純に所属ライバーの移動に掛かる負担を減らそうという運営としての方針らしい。

 だからわたしは何一つ全く一切悪くないんだけど、前に雑談でそういう話をチラッとしたら黒猫燦が運営を変えたとかなんとか言われてしまった。解せぬ。

 

「予定としては来週から3D配信のレッスンを開始したいと思っていますが大丈夫でしょうか?」

「来週は……、特に問題ないです」

 

 ちょうど春休み明けだけど3年生になったからってすぐに忙しくなる訳ではないし大丈夫だろう。

 それに今からレッスンするってなると一ヶ月とちょっとしか時間はないし、少しでも3Dの身体に慣れておきたいから早い分には困ることはない。

 

「では、本日のミーティングは以上にしましょう。お疲れさまでした」

「おつかれさまでした」

 

 はぁ、と打ち合わせ特有の息が詰まる感覚を肺全体を使って吐き出す。やっぱり難しいことを考えた後の肺に入れ替えた空気はうまい。

 さて、今日も正午にはミーティングが終わったことだしこの後はどうしよっかなぁ、と考えていると、

 

「それにしても、」

 

 資料を纏めながらマネージャーさんが口を開いた。

 

「もう一年ですね」

「……あっという間でした」

 

 去年の今頃、わたしはあるてま二期生のオーディションに応募していた。

 変わらない自分と人間関係をどうにか変えたくて取った行動だったが、応募した直後はずっと後悔と緊張で夜も眠れなかったし、合格を伝えられてからも布団の中でガタガタと震える毎日だった。

 

 それが気がつけばもう一年前。

 本当に時の流れは一瞬と言うが、感覚としてはまだ昨日というか明日というかなんというか。

 来月にはデビュー一周年とそれに合わせた3Dお披露目が控えているし、なんか知らない間に来るとこまで来たなぁって気分だ。

 

「正直、最初はこの子で本当に大丈夫でしょうか、と不安の日々でしたが今となっては良い思い出です。まだまだ不安なところは沢山残っていますが、黒音さんもこの一年で大きく成長しましたね」

「そう、見えますか?」

「はい。電話を無視することやメッセージを無視することも減りましたので」

 

 あ、そういうレベルね……。

 マネージャーさんの評価基準があまりにも低くてなんだか泣きそうになるが、まあ確かに一年前は平気で連絡を無視することやそもそも気づかないことが多かったし、そういう意味ではようやく人並みに成長できたのかなぁって、思う。

 

 え、ちょっとまって。

 わたしって一年でようやく人間としてスタートラインに立てた……、ってこと!?

 

「とはいえ一周年記念まではまだ一ヶ月と少し残っていますので、これからも無理のない範囲で頑張ってください。何かあればサポートはしますので」

 

 そう言い残してマネージャーさんは会議室を後にした。

 今日は一緒に部屋を出ないということは、余程忙しいんだろう。

 二期生の一周年記念とか一期生も色々とイベントが控えているらしいし、お昼休みを返上して仕事をしているのかもしれない。

 わたしたちVTuberはこういう関係者のみんなの力によって支えられて活動できてるんだなぁ、と改めて感じさせられた。

 

 で、手持ち無沙汰になったことだしいつものように事務所へ向かう。

 どうせ暇してる誰かがソファとかでくつろいだりしてるでしょ、の精神だ。

 さて今日は誰がいるかな、とドキドキしながら扉を開けると、

 

「あ、湊じゃん」

 

 居たのは暁湊だった。うーんこれはSSR。

 ちなみにハズレのときは相葉京介と十六夜桜花だ。前者は顔が無駄に良いから一緒の空間にいるとなんかアレだし、後者は単純に五月蝿い。

 

「今宵? 打ち合わせ終わったの?」

「うん。3D見せてもらった」

「そっか。にしても一周年記念でお披露目することになるなんて、まさかよね」

「んね」

 

 あるてまフェスが終わった後の配信ではリスナーに当分3D化の予定はない、と語ったけど実はあの頃には既に3Dの話自体は運営から聞かされていた。

 しかし完成にはまだ少し時間が掛かると言われていて、じゃあお披露目はどの時期にするかと運営が制作者側と協議していたらしいんだけど、何をトチ狂ったか一周年記念の日にしよう、という話になったらしい。

 これが運営の暴走なら兎も角、3Dモデルの制作者側から提案されたというのだからこちらとしても無下には出来ず、一ヶ月と少しで諸々の準備を終えなければならないという結構なハードスケジュールになってしまったのだ。

 

「湊も打ち合わせ終わったところ?」

「んー、私はまだ先なんだけど……」

 

 どこか歯切れの悪い言い方をする湊。

 

「? なんで事務所いるの?」

 

 まさか本当に暇人?

 

「いや、逃げてるというかなんというか……」

「逃げる? 誰から?」

 

 わたしがそう言うと同時、

 

「湊さーん!」

 

 バーン、と事務所の扉が開け放たれた。

 

「げっ」

「もーひどいですよ、湊さん逃げ回るなんて。ほらほら、観念してこっちに来てくださいよー」

「だから! 3Dのテストはするけどあんたの前じゃやらないって言ってるでしょ!」

「そんなこと言わずに落ち着いて落ち着いて。あ、黒音さんこんにちは」

「ど、ども」

 

 目の前で湊の腕を引っ張り騒がしくしているのは神代姫穣だ。

 彼女は嫌がる湊をどうにか事務所から連れ出そうと、あの手この手で言い包めようとしている。

 一体何があってこんな事をしているんだろう……。

 

「あの、何してるんですか?」

「よくぞ聞いてくれました! 実はですね、二期生の3Dモデルの先行テスターに湊さんが抜擢されたんですよ。でも彼女ったら恥ずかしがってスタジオに行くのを拒否してるんですよねぇ」

「別に拒否してる訳でも恥ずかしいわけでもないっての。引き受けるけどわざわざあんたが同席しなくてもいいでしょって話!」

「えー、でもせっかくなら湊さんの晴れ姿みたいじゃないですかぁ」

「そういうとこが嫌なの!」

 

 あー、来週から本格的なレッスンが始まるということもあって今のうちに色々試運転しておこう、みたいなアレか。

 機材は一期生のお披露目で問題ないということは分かっているし、たぶんモデル側のチェックかな。

 それを偶然居合わせて演者で且つ大人組の湊に頼んだ、みたいなところか。

 

 でもなんでそんなに拒否してるんだろう。

 別に神代姫穣の前だろうと気にすることないのに。

 

「だって、3Dってあれ使うのよ、あれ!」

 

 そう言って湊は神代姫穣が手に持っていた物を指差した。

 それは、

 

「あ、モーションキャプチャスーツ」

 

 なんでスタジオから持ち出しているのかは分からないけど、黒色のぴっちりとしたスーツが握られていた。

 あれでリアルの身体の動きと3Dモデルの動きを同期させるんだよね。

 

「仕方ないじゃないですかー。3Dでしっかり動きを捉えるにはこういう物を着ないといけないんですから」

「でも、だからって!」

 

 うーん、まあ、確かにモーションキャプチャスーツは何ていうか見た目がちょっとアレだよな。

 白地や黒地のTシャツとパンツにベルトを巻くだけのモーションキャプチャもあるにはあるけど、あるてまではリアルタイムでより精度の高い動きを実現するために全身ボディスーツのモーションキャプチャを採用している。

 わたしだって最初見たときはうわっ、って声出そうになったもん。

 

「そうは言ってもですよ。例えば湊さんがよく見るハリウッド映画だって、撮影風景を見ればグリーンバックのスタジオで全身スーツの人たちが何食わぬ顔で演技をしていて、それが編集されて映像になっているんですよ? それを拒否するなんて役者の人たちに失礼と思わないんですか?」

「もっともらしいこと言ってるけど何度も言ってるようにあんたの前じゃなかったら普通に協力するってば。どうせスーツ着て動き回る私のこと見てニヤニヤするつもりなんでしょ。ホント、人が嫌がること大好きよね!」

「そんなことないですよー? ただ私のことを意識している湊さんは可愛らしいなーと思ってるだけで」

「あぁもう、話になんない」

 

 痴話喧嘩を傍から眺める人ってこういう心境なんだろうか。

 何ていうか、他所でやってくれって感じだ。

 

 しかし、モーションキャプチャスーツ、か。

 体のラインがしっかり浮き出て暑苦しそうな密着具合のあれは確かに人前で、しかもある程度気心知れた相手だったら恥ずかしいよな。

 

 え、てことはわたしもあれ着てみんなの前で動かなきゃいけないのか……。

 なんか今更自分が当事者になるという実感が湧いてきてちょっとブルーな気持ちになってきた。

 せめて全身にベルト巻くタイプのやつだったら、ちょっとへんてこな見た目ってことに目を瞑れば気にならないんだけどなぁ……。

 

「あ、ちなみにこれスーツだけで20万円はするので丁寧に扱ってくださいね」

「じゃあスタジオから持ち出すな!?」

「ちなみに諸々込みにすると500万近く掛かっていて」

「早く戻してきなさいよ!」

「もー仕方ないですねぇ。じゃあお昼が終わったらスタジオの方に来てくださいよ。待ってますからね」

 

 はぁ、と湊が大きな溜息を吐いた。

 前に神代姫穣はよくトラブルを持ってくる、と湊が言っていたけど確かにこの調子で絡まれていたら何ていうかすごく疲れてしまいそうだ。

 いつもは大人然とした湊があれほど慌てふためく姿は、何ていうか新鮮だった。

 

「お、おつかれ」

「まったく、ほんとよ……」

 

 そう言って湊はソファに深く身を沈めクッションを抱きかかえた。

 ウチの事務所ってソファやテーブルもそうだけど、結構高そうなもの揃ってるよなぁ……。

 

「なんか大変だね」

「……もう慣れたわ。最近は結構おとなしかったんだけどね」

 

 ──暁湊と神代姫穣は幼馴染。

 

 あまり自分のことを語りたがらない湊はそれ以上のことを教えてくれないけど、今の湊の姿を見ているとわたしはみんなの知らない一面をもっと色々知りたい、と思ってしまった。

 なーちゃんから教えてもらったように、その人の本質をより深く理解したい、と。

 

「ね、二人のこともっと教えてよ」

「……ヤだ」

「なんで?」

「人に弱みなんか見せたくないし」

 

 め、めんどくせぇ……ッ!

 クリスマスイブの日になんか色々語ってたやつの言う言葉だろうかそれが。

 でもまあなんていうか、湊には自分の中の理想の暁湊像みたいなのがあるっぽいし、それを無視してまで無理強いして聞き出すわけにもいかない。

 かと言って神代姫穣から二人の話を聞き出そうと思っても、アイツはアイツで普段はお喋りのクセに他人の超えてはならないラインは決して越えないタイプだから、のらりくらりと口を開くことはないだろう。

 

 つまり、二人の過去話は湊が重い口を開くまで気長に待つしかない、ということだ。

 

「お腹すいてる?」

「うん」

「じゃあ奢ってあげるからご飯食べにいこっか」

「やったー」

 

 最近気づいたけど湊はストレスが溜まるとお金を使うタイプのようだ。

 そのせいもあってか何かとご飯を奢られることが多い。

 こういう小さな気づきの積み重ねが、その人のことを本当に好きになるってことなのかもしれない。

 

「なに食べよっか」

「んー、ハンバーガー」

「近くに美味しいとこあったかなぁ。……いっそ遠くまで行ってそのまま帰ってやろうかしら」


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