美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい!   作:紅葉煉瓦

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#103 カツン、とスマートフォンが床に落ちる音がした。

「ほらほら、そんなんじゃ3Dお披露目なんて夢のまた夢だよー」

「………」

 

 へんじがない。

 ただのしかばねのようだ。

 

 アスカちゃんとのコラボを終えて翌日。

 3D配信のためにスタジオでレッスンをすることになった私を待ち構えていたのは、ジャージにハチマキを巻いた来宮きりんだった。

 何でも急用が出来て到着が遅れるトレーナーの代わりに、丁度事務所に来ていたきりんさんがノリノリでわたしに3D配信の基礎を教えてくれることになったのだ。

 

 まあ、きりんさんも3Dライブのために散々レッスンをしてきた訳だから、むしろトレーナーさんよりライバー側のノウハウがあるだろうし……、と思ってレッスンを受けてみれば後悔の連続だった。

 何が後悔したかって、そりゃぁ……、

 

「ほら早く立つ! 時間は有限、スタジオも有限! 一分一秒も無駄に出来ないよー!」

 

 この人、驚くほどスパルタだった。

 わたしが体力の限界で倒れ込みそうになるとその度に激励を飛ばしてきて立ち上がらせ、限界のギリギリまで動くように指示してくるのだ。

 慣れないモーションキャプチャスーツで動き回るのは想像以上に体力を持っていかれるせいで、元から貧弱なわたしはすぐにヒーヒー言うことになるんだけど、きりんさんはそれでも容赦なくレッスンを続けさせる。

 

 これが純粋にハードなだけならわたしも声を大にして抗議するのだが、なんていうかきりんさんは人の限界と甘えの境界を見極めるのが凄い上手だった。

 具体的に言えばもうここがゴールでいいじゃん……とわたしの心が誘惑に屈しそうになると激励を飛ばしてきて、逆に本当に限界だったらすぐに休憩させてくれる。

 だからこっちも文句を言うに言えないんだよなぁ……。

 

 しかも、

 

「はい、休憩していいよー。10分経ったらまたイチからやるからね!」

「黒猫さん、こっち」

 

 ぺしぺし、と祭さんが自らの太ももを叩いて来い来いとアピールをしてくる。

 それはレッスンを頑張っているわたしへのご褒美なんだろうか。

 同じく事務所にいた祭さんが休憩の度に膝枕をしてくれるから、地獄のようなスパルタレッスンもあとちょっとだけ頑張ろう! って気持ちにさせられる。

 しかも汗で濡れているわたしの髪に嫌な顔ひとつしないのだから、なんていうかマジ女神って感じだ。

 これぞまさにアメとムチ。

 

「黒猫さん、すごい」

「うんうん、思ったより動けるからきりんさんも驚いたよ」

「ぁ、ありがとう、ございます……」

 

 息も絶え絶えで返事をするわたし。

 確かにここ数ヶ月は散々基礎体力を付けるためにレッスンをしてきたし、一年前より格段に動けるようになっていると思う。

 でも相変わらずレッスンだからって心の甘えが何度もわたしに膝を突かせようとするし、まだまだ課題は多いなぁと実感する。本番だったらなんだかんだ覚悟を決めて頑張れるんだけどね……。

 

「てか、あつ……」

 

 スタジオに入ってからずっと着ているモーションキャプチャスーツは身体の動きをリアルタイムで反映するためにセンサーが至る所に埋め込まれていて、且つ密着性が高いためただ着ているだけでもかなり暑い。

 しかも動きに慣れるためと言って意味もなく走らされたりダンスをさせられるわけだから、もう、ね……。

 

「先輩からのワンポイントアドバイス。慣れるか我慢するしかないよ!」

「黒猫さんなら出来る。ふぁいと」

「うげぇ……」

 

 解決できない解決法来たな……。

 まあ、確かにこればっかりはどうしようもないから我慢するしかない、か。

 

「ところで黒猫さんは3Dお披露目でなにをするのかな?」

「いちおう、歌でも歌おうかなって……」

「!!!」

「はいはい祭ちゃんは目を輝かせない。デュエットとか考えちゃ駄目だよー」

「!?」

「可愛い後輩のお披露目なんだからおとなしくステイしようね」

 

 そう言われると祭さんは露骨に元気がなくなった。

 この人、本当に歌える場所ならどこへでも顔を出そうとするな……。

 

「でも意外だねー。黒猫さんならお披露目でもマイペースに雑談とかゲームすると思ってたのに」

「まあ、最初はそれでもいいかなって思ったんですけど……。ふたりの3Dライブ見たらちょっと憧れて」

「えー照れちゃうなぁ」

 

 VTuber界隈に於いて歌はかなり需要が高いコンテンツだからイベント事があれば何かとVTuberは歌いがちだ。

 わたしが活動を始めた頃は歌うことに対して消極的だったけど、こうやって間近で祭さんやきりんさん、他の先輩たちの活動を見ていると人前で歌う姿が格好良くていつの間にか憧れみたいなものを抱くようになっていた。

 もちろん、そこに恐怖心とかいろいろな感情はあるけどVTuberをやっていたら今更すぎるし、何よりわたしはちやほやされたくて活動を始めたんだから歌って皆から褒められたい欲求の方が勝るときだってある。

 

「じゃあ振り付けも頑張って覚えないとだね!」

「うっ、心配しかない……」

 

 Live2Dならマイクの前で棒立ちで歌うだけで良かったけど、3Dってことは動きの全てがリスナーに筒抜けになってしまう。

 間抜けな動きをすれば全部バレるし、棒立ちで歌えば3Dの必要がないとリスナーに思われかねない。

 だからちゃんと動きのあるパフォーマンスを練習しないといけないんだけど……、あと一ヶ月と少しでやるには凄く大変だよなぁ……。

 

「大丈夫、黒猫さんなら」

「祭さん……」

「いざというときは私が歌う」

「何も解決してない!?」

 

 終始マイペースな祭さんに心を乱されながら、休憩時間が終了するときりん式スパルタレッスンが再開された。トレーナーが遅れてやってきた頃にはわたしは身も心もヘトヘトになって床に溶けていた。

 体力が回復するまで代わりにきりんさんがレッスンを受けることになったんだけど……、わたしが動けるようになった頃にはあのきりんさんがさっきまでのわたしと同じように地面に溶けていて戦々恐々としてしまった。

 スパルタだと思っていたきりんさんのレッスンは全然そんなことはなく、本当の地獄はこの先に待っていたのだ……。

 

 ◆

 

「もう、むり……」

 

 限界ギリギリの向こう側に到達してしまったわたしは事務所のソファでぐったりしていた。もう一歩も動けない。動きたくない。

 きりんさんのレッスンが肉体の限界を見極めて丁度いいところで引き上げる感じだとすると、トレーナーのレッスンは肉体の限界を見極めた上でその一歩先の超えたところまで追い込むものだった。

 だからきりんさんのレッスンは休めばある程度動けるようになるんだけど、トレーナーは休んだ後もマジでもう動きたくない……って気持ちにさせられる。

 しかも体力作りのために出されるダンスの課題がスポーツジムの上級者コースかってぐらい動きの激しいものだからもうキツイのなんの。

 でも終わった後のマッサージは疲れが吹き飛ぶぐらい気持ちよかったなぁ……。

 

 誰もいない事務所でひとり溶けていると、

 

「おはラビリーット!!!」

「ぴぃ!?」

 

 唐突に大声と共に大きな音を立てて扉が開かれた。

 

「黒猫さん、こんにちはなのですよー!」

「ルカちゃん、元気なのは結構だけど扉はもっと静かに開けましょうね」

「はーい」

 

 ドカドカと事務所に乗り込んできたのはフラップイヤーのふたり──シャネルカ・ラビリット(ルカ・イングリッド)神夜姫咲夜(天上瑠璃)だった。

 

「何しに来たんですか……」

「レッスンでお疲れの黒猫さんを労いに来たのですよ!」

「ルカちゃんがどうしてもって言って聞かなくて……。私も仕事終わりで呼び出されたのよ」

「きっと黒猫さんはスパルタトレーナーさんの手によってヘトヘトになっていると思ったのです。だからこんなときこそフラップイヤーの絆なのですよ!」

 

 むしろ扉バーンのせいで心休まるどころか心臓がバクバクしたんですけど!?

 

「うん、くーちゃんの気持ちは痛いほど分かるわ」

 

 天上瑠璃が言った。

 彼女もデビュー当初からシャネルカ・ラビリットの相方みたいな扱いだし、その分苦労が多いのだろう。

 もし結がシャネルカ先輩みたいな性格だったら今頃わたしも苦労人ポジションだったんだろうなぁ……。

 

「まあ、ルカ先輩の気持ちはわかりましたよ。で、具体的に何してくれるんですか?」

「ふっふーん、こう見えてルカは応援が得意なのですよ」

 

 まあ、ぽいよね。

 

「なのでお疲れの黒猫さんを応援するのです!」

 

 そう言うとルカ先輩はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、

 

「がんばれ、がんばれ、黒猫さーん」

 

 と応援を始めた。

 うーん、もうレッスンが終わったからお疲れ様モードだし、正直今応援されたところで別になんともないんだけど一生懸命なルカ先輩を見ているとなんだか癒やされた気分になる。

 ただ悲しいかな。

 シャネルカ・ラビリットなら飛び跳ねる度にあの豊満な胸が揺れていただろうに、ルカ・イングリッドの胸は一切揺れることがなく、見ているこちらが泣きそうな感情に襲われた。

 いや、別に胸が慎ましくてもわたしは全然いいと思うけど、バーチャルの肉体とリアルのギャップ、あと本人が結構気にしているせいで意識せざるを得ないというかなんというか……。

 それからしばらく、ルカ先輩はひとしきり応援すると満足したようにソファに寝そべってしまった。この人マジで応援するためだけに来たのか……。

 

「あまり気にしないでね。ルカちゃんなりに後輩の手助けがしたかったんだと思うの」

「いや、まあ、気持ちは伝わってきましたけど」

 

 というか、ひとりで応援するだけ応援して満足するならわざわざ仕事終わりの瑠璃さん呼ぶ必要なかったんじゃ……。

 本人はニコニコと楽しそうに微笑んでいるから別にいいんだろうけども。

 

「じゃあ頑張ったご褒美にお姉さんからはディナーをごちそうしてあげようかしら」

「ディナー!?」

「ルカちゃんは自分のお金で食べなきゃ駄目よ?」

「そんなぁ!?」

「ふふ、冗談よ。三人で食べに行きましょう?」

「やったー!」

「いぇーい」

 

 三人並んで瑠璃さんオススメのお店で夕食をご馳走になった。

 思えばあるてまの人と一緒にご飯に行くと、だいたい奢られている気がする。

 わたしも後輩と一緒にご飯に行ったら奢ったりするんだろうか……。想像してみるけど財布からお金を取り出している自分が想像できなくて、自分でも流石にどうかと思ってしまった。

 

 帰り道、電車に揺られながらそういえばレッスンが終わってから全然スマホを見ていなかったな、と気づいて取り出す。

 たぶんTwitterの通知以外何もないだろうと思っていたら、見知った名前からLINEが来ていた。

 

「ん、アスカちゃん?」

 

 わたしはすぐさまLINEを開いた。最近のLINEは通知で新着メッセージがあります、とだけ表示して中身が見れないときがあるからとても不便になったものだ。

 昨日の今日で一体何だろうな、と若干のワクワクを胸に。

 そこに書かれていた文字を、

 

20:07
               4G❘❙❚ ◼43%

< 立花 アスカ
✆ ≡

 今日 

.燦ちゃん. 18:00

.私ね、HackLIVEに入ろうと思うんだ. 18:05

 

                                 

 

 

 

 

 

+
.                       

 

 ──他の誰でもない。自分が凡人なことくらい、自分自身が一番理解していた。


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