美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい!   作:紅葉煉瓦

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#104 雨

 ──わたしはずっと、それから目を逸らし続けていた。

 

 ◆

 

 雨が、降っていた。

 長期休み明け特有の退屈な授業が終わり、今日は体調不良と言って3Dのレッスンも休んだ放課後。

 わたしはアスカちゃん──葉桜六花に呼び出されて駅前の喫茶店にいた。

 お互いの自宅はそれなりに離れているというのに、六花ちゃんが指定した待ち合わせ場所はウチの最寄り駅でなんとなく彼女の優しさを感じてしまった。

 

 道路側窓際の席に座りながら手持ち無沙汰にぼーっと空を眺める。昨日は憎いほど快晴だったのに今日は分厚い雲が太陽を隠している。

 六花ちゃんは大学に急な用事が出来てしまったらしく、少しだけ遅れるとさっき連絡があった。

 文章だけですごい伝わってくるほど平謝りしていたけど、むしろわたしの方こそ気持ちと思考の整理をしたかったから会うのが遅れるのは都合が良かった。

 

 注文していたクリームソーダが運ばれてきて、上に載っているアイスクリームを細いスプーンでちまちまと食べながら昨日のLINEを見返す。

 そこには確かに、アスカちゃんがHackLIVEに入るという文字が綴られている。

 そして、詳しいことは今日この場所で話すと続いていて、それ以上のことは何も書かれていなかった。

 

 HackLIVEといえば以前、わたしにスカウトのメールが届いたことでちょっとしたいざこざがあった企業グループの名前だ。

 正直、そのせいであまり良い印象は抱いていなかったけど、別にこの業界に限って言えば個人や企業関係なくスカウトはよくあることらしいので特別悪感情を抱くこともなかった。

 甘良なぁに聞いたところ、SNSのDMを開放している名の知れた個人VTuberはほぼ毎日のように個人や企業問わずグループの勧誘が来ていて、中にはその誘いに乗って企業勢になる人だっているらしい。

 だからHackLIVEがわたしの知り合い、それもアスカちゃんをスカウトしていたことは別にどうでもいいのだ。

 

 ただ、そう、昔からの推しである立花アスカが個人から企業になるということが古参として嬉しい反面、寂しいようななんとも言えない複雑な感情になってしまうってだけで……。

 

「はぁ……」

 

 すっかりメロンと溶け合ってしまったクリームソーダをストローでちゅぅーっと吸いながら考える。

 もうそろそろしたら六花ちゃんが来るけど、わたしは彼女に対してどんな顔をすればいいんだろうか。

 最初の言葉はおめでとう、かな。それともやっぱり言葉が出なくて詰まっちゃうのかな。

 

 悶々としながら無意識にストローをガジガジと噛んでいると、 

 

「こよちゃん、おまたせ!」

「あ、六花ちゃん」

「呼び出したのに遅れちゃってごめんね! レポート提出期限が今日までだって忘れてて……」

「だ、大丈夫だよ。でも珍しいね、六花ちゃんがそういうの忘れるなんて」

「あはは……、色々考え込んじゃって……」

 

 そう言いながらアスカちゃんは手慣れた様子で店員さんを呼んで注文を済ませた。すご……、わたしなんて呼ぶだけで5分使ったのに。

 

「ごめんね、急に呼び出して。学校とかレッスンとか大丈夫だった?」

「へーきへーき大丈夫だよ」

「……どうしてもこよちゃんには私の想いを伝えておきたくて」

 

 いつものテンションなら想いってそれもう告白じゃん! とかひとり内心盛り上がっていたところだが、生憎と今日は天気も悪いし色々と頭の中をぐるぐると余計な考えが巡ってそういう気分になれなかった。

 

「本当に企業勢になるの……?」

「うん。決めたことなんだ」

 

 六花ちゃんの目には確かな決意が見て取れた。

 

 個人VTuberの夢の一つに、企業所属になるというものがある。

 それは純粋な憧れだったり、名実ともにプロとして活動したいという思いだったり、或いは企業という後ろ盾やブランドイメージが欲しいとか、理由は様々だ。

 中には甘良なぁのように個人として企業に劣らない活躍をするVTuberもいるけど、そういうのはほんの一握りの限られた存在で、VTuberとして大成したいという想いを持つ人は大体が企業を夢見る。

 まあ、企業勢の身から言わせると制約が多いとか収益の分配とか人間関係とか個人にはない面倒なアレコレが多いから、企業より個人の方がいいぞ、という人も少なくないのだが……。

 やはり人というのはそれ以上に肩書というものに、何より憧れるのだろう。

 

 だから、六花ちゃんが企業所属になるのは古参として複雑な想い以外は何も不都合がなく、むしろ喜ばしいことだ。

 

「やっぱり今のままじゃ活動していくには限界があるかなって」

 

 個人は案件の処理や配信に必要な手続き、スケジュールの管理から諸々を全部自分でやらなきゃいけないし、六花ちゃんはそれに加えてイラストレーターとして最近は仕事が増えつつあるらしいからひとりでは立花アスカとしてのコンテンツに手が回らないんだろう。

 その点、企業所属になればマネージャーがある程度の管理はしてくれて、自分は配信とイラストのお仕事に集中できるんだからやっぱり悪い話ではないと思う。

 

 六花ちゃんのことだからよく考えて出した結論だろうし、HackLIVEについてもちゃんと情報を集めた上で入る判断をしたはずだ。

 運営がブラックとか変な炎上ネタがあるとか、そういう話だって聞いたことはない。

 だから、何も問題はない、はず。

 

「それでね、ひとつだけ伝えないといけないことがあるの」

「な、なに……?」

 

 それを聞くのが、わたしは怖かった。

 しかしこちらの感情に慈悲を与えることもなく六花ちゃんは溜めを作らず、まるで何度も練習してきたかのように事務的な口調で、

 

「立花アスカは引退します。引退して、HackLIVEの新人VTuberとしてデビューします」

 

 わたしはずっと、目を逸らし続けていた。

 逸らして逸らして──そのツケが今やっとやって来た。

 

「だから。ねえ、燦ちゃん。笑って見送ってくれるよね」


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