美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい!   作:紅葉煉瓦

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#107 Rainy Dayz

 雨は変わらず降り続けている。

 

「それで、話って何かな?」

「………」

 

 昨日の今日でわたしと六花ちゃんは再び因縁の喫茶店にいた。

 対面に座る六花ちゃんはまさかあんなことがあった翌日に、それもわたしの方から呼び出しを受けるなんて予想していなかったのかどこか居心地の悪そうな顔をしていた。

 それは罪悪感からか。それとも気不味さからか。生憎とわたしには察することは出来なかった。

 

 店員さんが運んできたホットココアで唇を湿らせながら一体どうやって切り出そうか、と思案する。

 正直、たった一日ではまだ頭の中はこんがらがったままで、何をどうすれば良いのかなんて未だにわからない。

 そもそも、この問題は一日や十日でも、幾ら時間を掛けたところで解決策を思いつくようなものではないと思う。

 だから昨夜のわたしは深く考えずに勢いだけで六花ちゃんを呼び出したんだけど……、こうやって対面してみてもやっぱり答えは見つからなかった。

 

 ──だったら、やっぱり……。

 

「昨日、帰ってからずっと考えてたんだ。わたしが六花ちゃんに出来ることはなんだろうって」

「……なにも、ないよ。そんなの」

 

 それは彼女が初めて見せる明確な拒絶だった。まるでこれ以上昨日の話題を蒸し返してほしくないと言わんばかりの。

 

「───ッ」

 

 今までずっと肯定を続けてくれていた友だちの拒絶に、奮起した心が一瞬で折れそうになる。

 でも、わたしは決めたんだ。後悔だけはしないって。

 

「嫌だよ。絶対に嫌だ。友だちが苦しそうにしてるのに、ただ黙って見送るなんて絶対に嫌だ。昨日は後悔した。何も言えない自分に後悔した。だから今日のわたしは伝える。自分の気持ちを、想いを、葉桜六花と対話するためにここに来たんだ」

「私はそんなの……、望んでないよ」

 

 力なく、彼女は言った。

 

「これはもう私の中で決めたことなの。立花アスカは終わりにして、もう一度やり直そうって。それが、それが私と燦ちゃんのためだから……」

「わたしは! まだ何も言ってない!」

「嫌だよ! 聞きたくない!」

 

 店内に響く声量で六花ちゃんが叫ぶ。

 幸い、わたしたち以外に客は居なくて、店員も昨日の痴話喧嘩をしている客とでも思っているのか素知らぬ顔をしていた。

 そして、わたしは気づいてしまった。彼女がこれほどまでに取り乱して、何を拒絶しているのか。

 

 葉桜六花は黒音今宵()に否定されることが、何よりも耐えられないんだ。

 

 転生しても声だけですぐに前世が割れてしまうこの世界で、アンチやかつてのファンからどれだけ後ろ指を指されても構わないけど、私からだけは何があっても否定されるわけにはいかない。

 だって、彼女は黒猫燦と対等に並び立つために、企業勢になるために転生するのだから。

 その本人から否定と拒絶を受けてしまえば、彼女の中の全ての前提条件が覆ってしまう。引退する理由を喪失してしまう。

 だから、彼女は最後まで黒猫燦には泣かないで笑って見送って、と言っていたんだ。

 

「六花ちゃん……」

 

 心が、痛い。

 悲痛な表情を浮かべる彼女を、わたしはこれから更に傷つけてしまうのだから。

 でも、たとえそれが彼女の意に沿わない言葉だったとしても、わたしは言わなければならない。

 彼女のためとかそんな綺麗事ではなく、わたしが後悔したくないというエゴのために。

 

「やっぱり引退してほしくない。転生なんてしてほしくない」

「どう、して……。どうしてそんなこと、言うの……」

「黒音今宵の推しは立花アスカだから」

 

 言葉を吐く毎にわたしの心がズキズキと軋む。

 でも、こんな痛みより立花アスカが今まで受けてきた痛みのほうが痛いに決まっている。

 

「ずっと活動していてほしい」

 

 わたしは彼女に酷なことを言っているのだろう。

 私と関わってしまったばかりに自分の活動が荒らされて、心が擦り減っているというのに。その相手から逃げるなと言われているようなものなんだから。

 

「無理だよ。今更、そんなの……。だって、私はもう決めたんだよ! イチから全部やり直そうって。悩んで悩んで、でももう無理だから決めたのに。なんで、なんで燦ちゃんがそういうこと言うの……」

「わたしが、私が好きなのは立花アスカなんだよ! HackLIVEの誰かじゃなくて、普通で、それでも一生懸命頑張り続けてる立花アスカなんだよ!」

 

 ゲームが特別うまいわけでも、歌が特別うまいわけでも、お話が特別面白いわけでもない、ただの女の子。

 バーチャル女の子を自称する、なんの変哲もない等身大の女の子。

 直向きに頑張る、そんな普通の女の子に惹かれたんだ。

 

「ひどいよ。一生懸命頑張ってきたけど、もう無理だっていうのに、それでも燦ちゃんはまだ頑張れっていうの?」

「………」

 

 それはきっと、呪いの言葉になるのだろう。

 わたしがここで「頑張れ」と言えば、きっと彼女は心が折れても頑張り続ける。

 虚飾の笑顔を振りまきながら、それでもいつもと変わらない笑顔を周囲に見せる。今までそうだったように、誰にも気づかれなかったように。

 だから、頑張れなんて、わたしには言えなかった。

 でも、それでも、わたしは彼女に頑張ってほしかった。それがわたしの好きだった、立花アスカだから。

 

「ここで諦めて、次をやり直そうよ。一緒に、またイチから、ね? そうしたら燦ちゃんのために私また頑張れるから」

「それ、は──」

 

 まるで縋るように懇願する彼女を見て、わたしはとんだ思い違いをしていたことに気付かされた。

 彼女は黒猫燦や立花アスカのために転生したい訳じゃない。

 あくまで、黒猫燦のためにVTuberを続けたがっているだけなんだ。

 

「燦ちゃんの隣にいても恥ずかしくないような、そんなVTuberになるから」

 

 きっと私と出会う前に抱いていたはずの立花アスカの活動理念は既に歪んでしまっていて、今の彼女は黒猫燦のためだけに活動していると言っても過言ではなく、黒猫燦なくしては立花アスカではいられないし、VTuberたりえない。

 だから彼女は立花アスカという存在を捨ててでも、私との関係に固執している。

 まっさらな状態で、イチから、黒猫燦と対等でいられる企業VTuberとして。

 

 それが、彼女の願い。

 

 そんなの、

 

「ふざ、けるな……!」

 

 転生する理由が私だったらそれは仕方のないことだと思う。

 私と関わってしまったばかりに誹謗中傷に晒されて、自分がそれに耐えられないからせめて立場を変えて今までの関係を維持したいと思う気持ちは理解できる。

 でも、彼女はあくまで黒猫燦のために転生して、黒猫燦のために同じ企業として隣に立ちたいだけなんだ。

 そこに自分が企業になりたいとか、これがしたいとか、そういう活動目的は存在していない。

 究極の、黒猫燦ファースト。

 

「私が憧れて、好きだった立花アスカは、日の当たらない逆境にいても頑張ってる子なんだよ! 誰かに縋り付きながら活動する子なんかじゃ、ない……!」

「燦ちゃん……」

「お前のVTuberになった理由はなんだよ……! 私のためじゃないだろ!」

「………」

 

 葉桜六花は答えない。

 或いは、既に答えを失ってしまっているのかも知れない。

 

「私は日の当たらない場所にいたけど、黒猫燦に救われた。だから燦ちゃんが笑ってくれれば、喜んでくれればそれでいいんだよ。それが私の、立花アスカの幸せだから」

「それは私の幸せじゃない!」

 

 話は平行線だった。

 葉桜六花は一歩も譲らないし、わたしも譲らない。

 きっと昨日までのわたしだったら彼女の幸せを願って、身を引いていた。今日ここに来たときも、もしかしたらその可能性は充分にあった。

 でも、彼女の言葉を聴いて、その真意を知ってしまったわたしにはもう身を引くという選択肢はなかった。

 

 きっと、彼女の性格上、わたしが拒絶を続ければHackLIVEに連絡をとって転生するということはしないだろう。

 今や立花アスカの活動目的が黒猫燦であると発覚した以上、わたしの理解なくして彼女の転生はありえないからだ。

 現状を維持するだけならここ2日のことを全て忘れて、何事もなかったかのように明日から過ごせばいいだけだ。

 

 でも、それじゃあ意味がない。

 立花アスカが本当に転生しなくて済むように、わたしは行動しなきゃならない。選択しなきゃならない。

 それがどう転ぶかなんて分からないし、正解かどうかなんて誰にも分かりはしない。

 でも、何もしないなんて選択肢はなかった。

 

「ねえ、わたしの一周年記念配信。見てくれる?」

「見るけど、どうして……?」

「見てくれるならそれでいいよ。絶対見てね」

 

 敢えて、多くは語らなかった。

 そしてわたしは昨日と違って、先に喫茶店を後にした。

 傘を回収するときに一瞬だけ店内に目を向けると、行き場を失った手で呆然と宙空を掻く六花ちゃんの姿があった。

 色んな感情が胸中を駆け巡り、その全てを振り払いながらわたしは雨の中帰路につく。

 

 これから、今まで以上に忙しくなる。

 

 ──黒猫燦一周年記念、3Dお披露目LIVE。

 それが私の決戦の日だ。


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