美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい! 作:紅葉煉瓦
「なるほど。それでレッスンの時間を増やしてほしい、と」
「は、はい……」
翌日。
本社ビル内のスタジオで3D配信に向けていろいろなレッスンをする前に、マネージャーである九条さんに今までの経緯を軽く説明して協力を仰ぐことにした。
いくらわたしの気持ちが前のめりになっていたとしても、ライブに向けたレッスンは結局の所スタジオじゃないと出来ないわけだし、やはりそうなると運営側の協力が必要だと思ったからだ。
「黒音さんの言いたいことは理解しました。ですがレッスンの時間を増やすということはその分睡眠や勉強、配信に使う時間が減り、日常生活に支障が出る可能性があります。まだ学生の黒音さんは自立している他の方と違い、お母様から任され会社が預かっている身。無茶をさせることは出来ません」
「うっ、ごもっとも……」
「そもそも3Dお披露目は準備期間や体力的な観点からライブパートは短めにして、動きの少ないスクショタイムやゲストを交えたコーナーを多く取る予定です。黒音さんの要望通りに配信をすると全編の半分以上がライブパートになってしまいます」
「うぅ……」
「当日まであと一ヶ月弱。今から諸々の準備をするとなると実現は厳しいでしょう」
「デスヨネー」
あまりにも正論すぎて耳に痛い話だった。
ただでさえ現状でもシンドイと毎日のようにボヤいているのに、これ以上の過酷なレッスンは身体を壊しかねない。
おまけにわたしがいくら意気込んでもライブをするにはたくさん準備が必要で、わたしひとりの力では実行できない。
会社として、何より大人としての責任からわたしの無茶を否定するにはそれで充分だった。
「ですが、」
「へ?」
九条さんの眼鏡がキランと輝く。
「ライバーの無茶に応えるのが私たちの仕事です。時間を増やすのが無理ならより効率的に、且つ密度を高める方向で。そして細かいところはスケジュールの調整でどうにか対応しましょう。その他必要なものは私たち裏方に任せてください」
「おぉ!?」
「その代わり学業と今いるファンを疎かにしない。それが絶対的な条件です。いけますか?」
それがとても大変で過酷なことに変わりはない。
めっちゃシンドイがかなりシンドイになった程度の、微々たる妥協案。
でも、九条さんがわたしの我儘に応えてくれたのなら、今度はわたしがその期待に応える番だろう。
「は、はい!」
わたしの返事に九条さんは頷き、
「では、早速トレーナーやスタッフに話を通しておきます。くれぐれも、無理はしても無茶はしないように」
「ありがとうございます!」
「礼には及びません。子供の無理を叶えるのが大人の仕事ですから」
そう言って颯爽と会議室を後にする九条さんの背中はいつにも増して格好良く見えた。
すごいなぁ、仕事が出来て何でも出来る大人の女性憧れるなぁ……。
そんなこんなで運営の協力を取り付けたわたしは早速スタジオに向かうことにした。
今は少しでも多くの時間をレッスンに割り当てて、より完成度の高いものをお披露目するのが大事だ。
他にも演出とか、トークとか、無い頭を振り絞って少しでも心に残る特別な3D配信をしなきゃ……。
色んなことを考えながら小走りで廊下を進んでいると、唐突に側の扉が開き、
「おや、そこの美少女は?」
「いかにも、わたしが
ハッ!? 思わず美少女と呼ばれて返事をしてしまった。
「フフフ……、ナイスリアクションですねー」
「あ、
「はい、神代姫穣ですよ。気軽に
「うぇえ!?」
「冗談ですよ、冗談」
最悪なタイミングで最悪なやつに捕まってしまった。
大体こういうとき、神代姫穣に出会うと隣に湊がいるんだけど今日は生憎と不在だった。
なんていうか、同期ではあるものの友だちの友だちというか、ちょっと触れづらい距離感にいるんだよなぁ……。多分わたしが勝手にそう思ってるだけなんだけど。
「ってか、なんで
「んー、お散歩?」
「えぇ……」
「このビルって広いから隠れんぼに丁度良いんですよねぇ」
「働いてる人の迷惑だよ!?」
「ふっふっふ、大丈夫ですよ。私を探すのもお仕事の一環ですから」
「いやいや、無駄な仕事増やすなよ……」
でもよく考えたら、わたしも迷子になったら九条さんに探されることあるし、それもマネージャーの業務の一環かも知れない……?
「それで、黒音さんは可愛らしいお顔で一体どちらに?」
「え、レッスンだけど……」
「なるほどなるほど、じゃあお喋りしましょうか」
「話聞いてた!?」
「え、私とお喋りがしたくて声を掛けたとばかり……」
「声掛けてきたのはそっち!」
はぁ、こいつはホントにもう……!
なんていうか雲を掴むような性格というか、暖簾に腕押しな性格というか。
知り合ってから結構経つけど、神代姫穣という人間は未だによくわからない。
「まあまあ。そんなに肩に力が入っていると、余計疲れるだけです。何事も心の余裕が大事と言いますし、気楽にいきましょうよ」
「………」
別に、神代姫穣は何も悪くない。
でも、切羽詰まった状態にあるわたしは彼女の言葉に少しだけ苛立ちを感じてしまった。
ただでさえ時間がないのに、こういう相手と問答をするのは余計に疲れるだけだ。
わたしは返事を返さずに踵を返そうとして、
「そんな調子じゃ全て失敗して終わりますよ?」
「──ッ」
神代姫穣はまるで全てを理解しているかのような。この世を俯瞰した瞳で、わたしを見ていた。
あぁ──、なんとなく。
湊がこいつを苦手としている理由が分かった。
全身を
「姫ちゃん、よく顔とか目逸らされたりしない?」
「おや、よく分かりましたね?」
「今めっちゃ逸らしたいもん」
「へぇ。でも、逸らさないんですね」
「うん。もう目を逸らさないって決めたから」
神代姫穣は少し驚いた表情をして、
「なるほど。若者の成長は著しいとよく言いますが、黒音さんもこの一年で大きく成長したんですね」
「どこ目線だよ」
「親目線?」
「勝手に親になるな!?」
「そうですね、私は湊さんと違ってママよりお姉ちゃんと呼ばれる方が……」
「呼ばないが!?」
うっ、疲れる前に撤退するつもりが、すっかりこいつのペースに乗せられてしまった。
まだレッスン前だっていうのに、ツッコミで息切れしそう……。
「ふふ、でも肩の力は抜けたみたいですね?」
「へ?」
「黒音さんはどんな表情でも美少女ですけど、シリアス顔よりいつも通りのお顔が一番似合ってますよ」
「シリアス顔って……」
あんまり自覚はなかったけど、そんなに険しい表情をしていただろうか。
ぺたぺたと自分の顔を触ってみるけどよくわからない。
「ではお姉ちゃんから一つアドバイスです」
神代姫穣はビシッと人差し指を立てて、
「がむしゃらに頑張るのも一つの手ではありますけど、
「いつも通りのわたし……?」
「無理に暗中模索するより自然体が一番可愛らしいってことですね」
「どういうこと……」
でも、なんとなく思い当たる節はあった。
今でもどうすれば六花ちゃんが転生しないで済むかなんて分からなくて、少しでも取れる手は取ろうと心は焦りながら藻掻いている。
3Dライブをしたところで六花ちゃんの心が変わる保証なんてないし、むしろただ配信するだけなんだから何も進展しない可能性のほうが高い。
だから頭の中は常に最悪を想定してそれを回避するために色んなことを考えていて、今にも沸騰しそうだった。
「凄いキレキレのダンスとか、とんでもない歌唱力とか、面白いトークとか、無くてもいいのかな……」
「VTuberは完全より不完全なほうが好まれるみたいですよ?」
「タヅナメイとか呼ばなくていいのかな……」
「うーん、呼べと言われれば呼びますけど。普通でいいと思いますよ?」
「普通……」
「黒猫燦が頑張ってる姿を皆に披露する。そんな普通が皆の見たいものじゃないですか?」
わたしが普通の立花アスカに惹かれたように、普通の黒猫燦を皆に見せる。
それが、それだけが今わたしが考えるべきこと。
「私は黒音さんがやりたいことを応援しますよ。きっと他のあるてまの人たちも」
「うん」
「だから最高の一周年にしましょうね」
神代姫穣の言葉で心が落ち着くなんて癪だったけど、でも、先の見えない道に光が灯った気がした。