美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい! 作:紅葉煉瓦
九条さんがどうにかする、と言った通りにその日のレッスンからトレーナーの指導が目に見えて厳しくなり、黒猫燦のスケジュールも少しではあるが変化が起きていた。
今までは月に数度振られていた企業案件もここ最近はパタリと見かけなくなったし、公式で使う動画やボイスの収録も最近は撮っていない。
その分、今までお仕事だったところをレッスンの時間に割り当てられたり、逆にその疲労を補うかのように休みの日が増えることになった。
案件や収録が無くなった分、レッスンとお休みが増えたけどどちらのほうが忙しかったかと問われれば明らかに今のほうが心身共に疲労は増しているから大変なことに変わりはないんだけど……。
「ほら、声が出てない! もっと腹から出して!」
「は、はい!」
今日も学校の休日を利用して朝からレッスンに勤しむ。
ちょっとでもわたしが手を抜いたり妥協を見せるとトレーナーはすぐに気づいて注意してくるので、片時も油断は出来ない。
「動きが鈍くなってる! ライブをするなら最低でも1時間は余裕で動けるだけの体力がないと駄目だぞ!」
「は、はいぃ!」
「そこでくるっと回ってきりんさんに向かってキラッとピース!」
「ぴ、ぴーす!」
ん?
「って、なんできりんさんが!?」
「動きを止めない!」
「えぇ!?」
トレーナーの声に交じっていたきりんさんを疑問に思う間もなく、指導が続く。
いや、わたしに注意する前に茶々を入れてきたきりんさんに注意してほしいんだが!?
「差し入れのはちみつレモン持ってきたよー。きりんさんと同じ色で可愛いね」
「ぜぇ、ぜぇ……、ちょっと、いまは、へんじしてる、よゆうないです……」
「腕の振り上げが遅くなってる! もっと指先まで気を使って早く!」
「ひぃい……」
そんな感じで一挙手一投足全てに指摘を受けながら、なんとか一曲分の振り付けを終えて床にへばる。
スタジオのフローリングが火照った身体にひんやり気持ちよくて、いっそこのまま眠りにつきたい誘惑に駆られる。
「おーい、そんなところで汗も拭かずにお昼寝したら風邪引いちゃうよ?」
「あ、きりんさん……」
「ちょいちょい、そのまだいたんだ、みたいな顔されると流石に傷つくよ?」
「いや、だって、邪魔だったし……」
集中が途切れるわ余計な体力を使うわ怒られるわ、何も良いことなかったんだけど。
「ごめんごめん。和ませようときりんさんジョーク出ちゃった」
「和むどころか荒んでますけどね……」
「ドンマイだよ!」
なんだか釈然とはしないものの、トレーナーが指摘しない辺りきりんさんがここに来るのも予定調和というものだったんだろう。
わたしは重い体をなんとか上半身だけ起こして、きりんさんが持ってきたはちみつレモンにかじりついた。
甘酸っぱい感じが疲労困憊の四肢に染み渡る。
「それで、今日は一体何の用で?」
「特にこれといった用事はないんだけどね。今宵ちゃんが3Dお披露目に向けて頑張ってるって聞いたから、先輩として応援しないといけないなって」
「おう、えん……?」
いや、あれもきりんさんなりの善意ならもはや何も言うまい……。
「やっぱりひとりでずーっとレッスンするのは自分がやるって決めたとしても肉体だけじゃなくて心も辛くなるでしょ? だからせめて応援してるよーって人が側にいれば、ちょっとは気持ちが楽になるかなーって」
「む」
なるほど……、確かにその通りだ。
きりんさんがレッスンをしていたときはきっとあるてまフェスの3Dライブに向けて祭さんと一緒だったと思うけど、わたしは自分ひとりのお披露目ライブということもあって誰かと合同レッスンをする機会が中々なかった。
毎日トレーナーとマンツーマンで身体を動かして声を張り上げ続けているけど、それはあくまで指導する側とされる側の関係で、隣で一緒にいてくれる仲間がいないというのは結構シンドイなぁ、と思っていたところだ。
これがいくら自分がやりたいことで気持ちは前のめりになっていると言っても、辛いものが辛いという事実は変わらないんだし、どこかでそれをケアする必要がある。
だからこそ、きりんさんの来訪はある種わたしが今一番必要としているものだったかも知れない。
「これから終わりまでずっときりんさんジョークで和ませてあげるね!」
訂正、やっぱ一番不必要な存在だわ。
「冗談だってー。ほら、私もトレーニングウェア着てるでしょ? 一緒にやろうよ!」
「えぇ……」
「んー?なんで不満そうなのかなー? かなー?」
「すごく、うれしいです。はい」
実際、応援されるだけでも心の支えになって嬉しいけど、一緒にレッスンを受けてくれるなら苦楽を共にする分それ以上に心強くなれる。
でもなぁ、きりんさんってスパルタの委員長タイプだから逆にプレッシャーになりそう……。いや、でも、遠くで茶々を入れられるよりやっぱりマシか……。
「さ、休憩は終わりだよ! ここからはきりんさんのターン! 先輩として格好良いところ見せちゃうよー!」
そう言ってきりんさんが拳を突き上げる。
「なんだ、来宮も参加するのか。じゃあ指導にも一層身が入るな」
「きりんさん、壁際で応援しよう」
泣き泣き。
◆
「う、うぅ」
「黒音さん、大丈夫ですか……?」
レッスンを頑張る条件として九条さんはファンを疎かにしないこと、そして成績は落とさないことを求めてきた。
だから休日レッスンの翌日だろうと学校の日はちゃんと行かないといけないし、宿題だって忘れずに提出して授業中の居眠りなんて言語道断だった。
まあ、そんな生活を続けていればどんなに隠そうとしたって親しい人にはわたしが疲れているとバレるわけで……、
「黒井さん……」
「ほ、本当に大丈夫ですか!? なんだか今にも倒れそうな顔ですけど!?」
「筋肉痛がやばい……」
いくら最初の頃に比べればマシになったとはいえ、それでも一日レッスンをした翌日は激しい筋肉痛に襲われる。
しかも今日は体育の授業があってマラソンを走らされたから、もう辛いのなんの……。
「ほ、保健室に。いや、それより救急車呼びますか!?」
「救急車は呼ばなくていいよ!?」
スマホを取り出して『11』まで打ち込んでいた手を抑えて止める。
こ、この子はテンパると本当に何を仕出かすかわかったもんじゃないな……。
「えっと、最近バイトが忙しくて疲れてるんだよね」
まだわたしがクラスに馴染めずにいたとき、遊びに誘われると事ある毎にバイトを理由に断っていたせいで、わたしがバイトをしていることは知る人ぞ知る情報になっていた。
まあ、実際収録とか案件で放課後に用事があることは多々あるし、そのほうが言い訳として都合がいいから未だに誤解を正さずに放置しているんだけど、いつの間にか噂に尾ひれがついてメイド喫茶で働いてるとかモデルをしているとか人に言えないことをしているとか割と好き放題言われている。
「バイト……、例のやつですよね」
例のやつってなんだ。
「大丈夫です、言わなくても大丈夫ですから!」
黒井さんはわたしの肩に手を置いてうんうんと仕切りに頷いている。
「大変だとは思いますけど頑張ってください! 私、応援してます!」
「う、うん。ありがと……」
ま、まさかわたしがVTuberしてるって気づいてるとかないよね……?
「でも本当に憧れます。受験生とスパイの両立!」
「どこで広まった噂それ!?」
というか信じるなよ!
「え、多くは語れないのは皆を巻き込むからって」
「何に!?」
「色んな噂があるのはスパイだってバレないためだって」
「全部嘘だよ!」
ただのクラスの美少女陰キャだからって好き勝手言いやがって。
絶対犯人特定してネットで晒し上げてやるからな……。
◆
「こんばんにゃー、スパイ系VTuber黒猫燦です」
..カロン
..どしたん急に.
..あのねのね
..スパイ?.
..まめぞう
..すぐ捕まって情報漏洩しそうなスパイだね.
昨日は一日中朝から晩までレッスンをしていたから、今日は放課後のレッスンを休んで配信に集中する日だ。
以前に比べれば配信回数も時間も多少減っているけど、それでも特に不満を言うこともなくいつものように憎まれ口を叩くリスナーがなんだか今は逆に安心できる存在だった。
「なんかさー、学校で私がスパイとかメイドとか社長の愛人とかめっちゃ言われてるらしいんだよね」
..Met
..草.
..青雉
..スパイ→情報漏洩 メイド→クビ 社長の愛人→向こうが付き合いきれずに無理.
..もにゅP
..もうちょっと女性的に魅力的になってから出直してきて.
..紅白電柱
..マスコットキャラぐらいしか出来なさそう.
「お前ら酷くない? 私とかあれだぞ、きっと世の男性から引く手数多だぞ」
..闇斬キルア
..???.
..あーてくーる
..ちゃんとした意味のペットなら丁度良いかな….
..マッシュ
..ちょっと何言ってるかわからない.
「いや、だって、VTuberって最近はバーチャルキャバクラって言われてるし……。私今年のスパチャ合計額トップ5に入ってるらしいしナンバーワン嬢の座も近いでしょ」
あの金額って割と詳細な数字出てるけど本当にあってるのかな。
..はくさい
..まずいですよ.
..Liliko
..バーチャルキャバクラ言うなし.
..ホーンデッドドラゴン
..こんなのがトップ5とか来年にはVtuberオワコン不可避.
..あいすたべたい
..毎日ランキングとかチェックしてそう.
「いやいや、別にチェックしてないけどね!? なんかネットニュース見てたら書いてたから」
..葵
..それをチェックするって言うんよ.
..あいいろデイズ
..今日からスパチャ投げるのやめるわ.
..寒杉謙信
..へーここが今最もホット(炎上)なキャバクラかぁ.
べ、別にバーチャルキャバクラって呼ばれてもわたしは気にしないし!
他に適した呼び方をしろって言われてもすぐに出てこない程度には皮肉の効いた比喩的な呼び方だなぁ、って思うぐらいで!
「まあ、結局言いたいやつには言わせておけばいいんですよ。今川焼きのこと回転焼きとか大判焼きとか御座候って呼ぶように、呼び方感じ方なんて人ぞれぞれなわけだし」
..黒瑪瑙
..良いこと言ってる風で全く意味分からん話してる?.
..あたたかい
..それは違うよ.
..僕は君の犬
..御座候は会社名から来る商品名定期.
「分かるやつだけ分かればいいってこと!」
まあ、それが気に入らない人がいるのだって分かるし、その気に入らないことに対して気に入らないってのも分かるけどね。
..ほたて
..そういうとこ黒猫さんは強いな.
..珈琲ナッツ
..普段クソ雑魚な癖に考え方だけは強い.
..うーぱーわーるど
..アンチも意見の一つとか言いそう.
..KAKE
..でもメンタルはクソ雑魚.
「別にアンチ的な言葉を見て傷つかないわけじゃないし……。でもまあ、自分のことが気にいらないとか面白くないって人がいるのは普通だと思うから、そういう人たちのことは別にアンチだと思って見てないなぁ。まあしょーがないかぁ、って流してる」
前に自分を好きじゃない人=アンチって言ってる人を見かけたけど、アンチって正しくは敵意と悪意を持って誰かを害する存在なんじゃないか、と思う。
わたしはコーヒーをおいしくないって思うけど、逆にコーヒーがおいしいって人は世の中にたくさんいるわけで、それが十人十色人の感性ってやつだと思う。
まあ、そうは言ってもだからって十人十色の意見をわたしが受け入れるかは別だけど……。
..張り手する猫
..たまに黒猫アンチ見ると言い返したくなる自分が恥ずかしくなってきたわ.
..蛸頭タッコス
..普通は好き放題言われたらキレてもおかしくないけどね….
..Nagisberry
..なお配信にアンチが乗り込んできたときは黒猫が率先して応戦する模様.
でも、こういう考え方をしているから、アスカちゃんの気持ちに気づいてあげられなかったのかもしれない。
アスカちゃんは素直にその言葉全てを受け止めてしまったせいで、溜まりに溜まったものがあの日爆発してしまったんだ。
それは、仕方がなくて、そして当然のこと。
「うん、やっぱりアンチは燃やそう」
..コロすけ
..!?.
..平潮阳
..手のひらドリル!?.
..きのこ
..アンチ燃やして一緒に自分も燃えてそう.
..リトルライト
..エンチャントファイアするな.
「でもそういうのは本人がやるから意味あるわけでファンはやらないよーにな! アンチに構ってたら同じ穴のミイラ取りってやつ」
..くらげ・をるた
..混ざってんねそれ.
..不動レイ
..ミイラ取りとミイラ取りが穴の中で出会っちゃってるねそれ.
..マシンガンまさと
..運命感じちゃってる.
結局、どうなるにしろ本人の心が肝心なわけだ。
「でさ、3Dお披露目みんなは見に来てくれるの?」
..FFF
..いくいくー.
..竹密
..仕事.
..ペンギンのペソ
..デート.
..まし。
..パチ屋で見る.
..冬の恋人
..いけたらいくわ.
「あれ、これやらないほうがいいやつ? 運営さーん、同接見込めないっぽいから日付変えたほうがいいかもー」
おかしいなぁ、こういうのって事前に告知したら全員いくよーとかハートマーク飛んでチャットも爆速になるはずなんだけど……。
..にゃるらとほてぷ
..でも3Dライブとか大丈夫?消化器いる?.
..MUGEN`s
..遅刻しない?配信ぶつ切りしない?.
..蒼犬
..新しい伝説見せてくれ。取り敢えず機材壊そう.
..Heilmittel
..鼓膜の変えは用意したほうが良さそう.
「やらないが!? どんだけ期待されてないんだよ!?」
..LvB
..むしろ期待されてるでしょ.
..RYOU E
..押すなよ押すなよ.
..overs512
..たのしみー.
..薮玉
..絶対見るわ.
「その楽しみって炎上のこと言ってない!? 炎上見に来てない!? 絶対にやらかさないからな!?」
相変わらずのリスナーのノリだけど、今はそのいつも通りがわたしにとって何より嬉しかった。
◆
──そして、時は進み。
あるてま2期生がデビューしてから一年、黒猫燦の3Dお披露目配信の日がやって来た。