美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい!   作:紅葉煉瓦

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#111 初心忘るべからず

「どーもー」

 

 黒猫燦の3Dお披露目は今までの緊迫感とは裏腹にぬるりと始まった。

 なんか勿体ぶって画面外からちょっとずつ小出しに全身を披露するとか、ちょっとした茶番劇を挟むとかそういう特別な感じは一切なく。

 でもある意味わたしらしい始まりだった。

 

..コロすけ \10,000

..きちゃぁあああああああああああ.

..くらげ・をるた \10,000

..待ってた.

..RAR \500

..こんばんにゃーって言え.

..おさしみ

..なんかゆるくね?.

..夕張メロンぬ

..想像してた開始と違う.

..ゆきぴぃ

..なんだこれ.

 

 スタジオに配置している複数のモニターの内、チャット欄が表示されているそれには3Dお披露目を心待ちにしていたリスナーの困惑の声が沢山寄せられていた。

 うーん、予想通り。

 腕を組んでうんうんと頷いてみせると、スタジオの様子が表示されている別モニターでは同じように黒猫燦が腕を組んで頷いていた。どうやら何度も行ったチェック通り、問題なく3Dは表示されているようだ。

 

「リスナーたちも困惑してるみたいだね。まあ落ち着いてまずは自己紹介でもしよっか」

 

 『あるてま』という大手VTuber事務所の3Dお披露目には今までの既存ファン以外の色んな人が注目しているから、そういう人に向けて最初は自己紹介からやったほうがいいだろう。

 チャットにも見知った名前から全く知らない名前の人、なんか明らかに荒らしっぽい人とか色んな人が混在してるしね。

 

「はい、私の名前は黒猫燦です。VTuberしてます。最強です」

 

..まるるん

..お粗末ッ!.

..辛子明太子

..なんだこれ.

..くーるね

..小学生の読書感想文.

..連 \500

..自己紹介できてえらい.

..五里マッチョ \5,000

..3Dって初めてみたけど可愛いですね.

..バンダロール \1,000

..台本読んでる棒読み可愛い.

 

「今日は記念すべきあるてま二期生の一周年ってことで私だけ先行で3D実装してもらえて凄く嬉しいです。どれくらい嬉しいかって言うと、なんか、これくらい」

 

 そう言って両手を大きく広げて気持ちを表してみる。

 こういう全身で動きを表現出来るのはやっぱり3Dならではだ。

 

..がりー

..おてて可愛いね.

..ラスカルマダガスカル

..悲しいぐらい壁.

..Cutecut

..小学生みたいで可愛い.

..白白

..3Dすご….

 

 さっきから何度も可愛いというコメントが流れて来ていてちょっと嬉しくなる。

 まあ、見たこと無い名前だし他の人のリスナーか興味本位でやって来た人たちだと思うけど。でも、初見だからこそこうやって手放しに褒めてくれるのは嬉しいなぁ……、常連だとプロレスしかして来ないし。

 

..あたたかい \500

..なんか今日猫かぶってない?.

..なっつん

..大丈夫?緊張してる?.

..お茶

..うんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうん.

..太平洋泉

..3Dになって身体は立体的なのに言葉は薄っぺらくなったな.

 

「薄くないが!?」

 

 あ。

 

..稲光

..外面剥げるの早.

..ほたて

..い つ も の.

..アルカリル

..声変わりました?.

..Shushimasuter

..うるさ.

 

「あーもう、せっかくの3Dお披露目が台無しだよ。お前らのせいで!」

 

..クズノハ

..勝手に責任擦り付けられても….

..クロビカリ

..自業自得な.

..くまぎり

..この娘はいつもこうなんですか?.

..ウィッチノーツ

..お前ら.

..アレア

..言葉使いわる….

 

 あ、ちょっと同接減った!?

 

「ちょ、仕切り直しさせて。ほら、二回行動!」

 

 スタジオに居る配信担当のスタッフを見るが首を横に振られた。

 くそ、初配信のときはぶつ切りしてもまた枠取らせてくれたのに……!

 

「はぁ……、いつも通りやろ」

 

..ぼぶちー

..おかえり.

..まめぞう

..初配信のときは初々しかったなぁ.

..ホタルリオン \200

..初見です可愛いですね.

..眼鏡クソネミ瓶底眼鏡

..自然体が一番.

 

 ちょっとお上品にやろうかなと思ったんだけど、やっぱり前に神代姫穣に言われたようにいつも通りの黒猫燦が自分にとって、そしてリスナーにとっても一番良いみたいだ。

 

「んで、どうよ。これ」

 

 そう言ってわたしは両手をやや低めに広げてまるでお気に入りの服を見せびらかすように、その場で一周した。

 

..よっしー

..可愛い.

..鶴岡隆

..かわいい.

..紅白電柱 \2,525

..いいじゃん.

..Raindo

..ツルペタ.

..リサ

..耳がぴこぴこしてていいね.

..オカリナ太郎

..スカートの揺れがすごい.

 

「なんかツルペタって見えたんだが。は? お前の目は節穴か?」

 

 腰に手を当てて胸を反る形で見せつける。

 ほら、ぼいんぼいんだろ!

 

..りょう

...

..ツキネコ

..????.

..

..ちょっと何言ってるかわかんない.

..あっくん

..壁じゃん.

..カンデラ

..防御力高そう.

..びゅーてぃ

..かわいい.

 

「くぅ、スタッフさん! ちょっと、胸おっきくして!」

 

 わたし見たことある!

 3Dなら身体のパラメータも自由自在だから胸だって簡単に弄れるって!

 めっちゃ胸部装甲盛って欲しいんだけど!

 

..夜空七

..諦めろって.

..マジカマジカ

..そのままでもかわいいです.

..ぶっちんぶりん

..現実は非常。お前は貧乳。イェア.

..君の名は俺、俺、俺俺俺俺

..あるてま初見。二期生の一周年リレーから流れて来ました。ゴールがこんな配信なんて驚きました。.

..マッシュ

..スタッフさん困らせないで.

..よん。。。

..もっとなんか豪華なお披露目すると思ってた.

..クリリントン

..いいじゃん.

 

「まあまあまあ、わたしが完璧に完全無欠な美少女だってことがこれ(3D)で証明されたわけだけど。今日は他の人たちも新衣装のお披露目あったけどそっちはどうだった?」

 

 3Dが実装されたのは黒猫燦だけだが、代わりに他の二期生たちには一周年記念で新衣装が追加されることになった。

 それは自分の趣味とかリスナーの求めているものとか、色んな要望を詰め込んだいわゆるご褒美衣装みたいなものだ。

 わたしもさっきまで機材やカメラワークのチェックをしながら別のモニターで同期たちの配信を流し見していたんだけど、みんな歌を歌ったり今日だけのファンサをしたりと、とても盛り上がっている印象だった。

 

..Vつばーすき

..我王クンの新衣装めっちゃ良かった。イケメンのスーツ最高.

..ソーダ水

..まさか十六夜さんがノベルゲー風に新衣装お披露目するとは思わなかったよ.

..ハルユタカ

..リースさんの歌は相変わらず上手すぎ。あれでちょっと齧ってただけとか絶対嘘だゾ.

..シフォンギア

..スケジュールの都合仕方ないけど1人30分は物足りなかった.

..XiiX \200

..しっぽ見せて.

 

「あー、確かに短かったかもね。18時スタートで30分交代ってお披露目して1、2曲歌ったらもう終わりだもんね。良かっただけに惜しいって感じか」

 

 わたしが見ているモニターの向こう側で控えているスタッフたちもそれは理解していたのか、うんうんと頷いている。

 まあ、二期生は7人もいるからどうしてもリレー形式にすると一人あたりの時間が短くなるしね。休日だったらお昼から1時間とかに出来ただろうけど、平日だとどうしても見れる人も限られてくるから夜にやるしかないし。

 難しい話だ。

 

..夕霧

..もっと動いて.

..クローガー

..3D配信だぞ動け.

..お芋三兄弟

..これってお披露目ですか?.

..TKZ

..歌わないの?.

 

「まあまあそう急くな。ほら、おててふりふりー」

 

..ウルトラストライキ

..わーおてて.

..社畜Z

..おててかわいい.

..KAKE

..バカにしてる?.

..ジュジュ

..ちっちゃい.

..薮玉

..俺らは騙されんぞ.

 

 ちっ、初見は脳死でかわいいかわいいって言ってくれるけど、常連のリスナーはやっぱり遠慮なく殴りかかってくる。

 自枠だけど一応公式のアレだから民度の悪いところ見せたくないんですけど!

 

 とはいえみんなが急かす理由だってよく分かる。

 数ヶ月この時を待っていて配信は限られた時間しか出来ないんだから、もっと動き回ってなんならライブとかして欲しいはずだ。

 まつきりのライブを見た人たちは全員がその思いと期待を抱いているに違いない。

 でもなぁ……。

 

「デビューしてちょっとの頃にアンチコメントに落ち着くって話したじゃん。あれって要は上がりすぎた期待値のプレッシャーを自分の中でバランス良く調整してるってことなんだけど、今でもやっぱりある程度は期待値調整したくなるんだよね。バカなこと言ったり変なことしたり、前に比べたら期待されることにも慣れて嬉しいんだけどこればっかりはね」

 

 デビューした頃の怯えるだけだったわたしとは違って、今ならそういう気持ちにも全力で応えようって、前向きに捉えることが出来るようになった。

 でもわたしは祭さんやきりんさんにはなれないから、二人みたいな華々しい3Dお披露目は無理なんだ。

 

「だから私は私らしくいくよ。歌が特別上手でもダンスが特別上手でも喋りが特別上手でもない、みんなが知ってる黒猫燦として」

 

 まあ、少しでも憧れの二人に近づけるように努力はしてきたけどね。

 

..真夏

..うんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうん.

..どないせいっちゅー

..うんうんうんうんうんうんう.

..桑田裕和

..うんうん.

..Nagisberry

..うんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうん.

..桃木林檎ノ木

..うんうんうんうんうん.

 

「うんうん連打したらそれ荒らしなんよ」

 

 他の初見さんたちに民度悪いところは見せたくはなかったけど、でもこうやっていつものリスナーが3Dお披露目だからって変に畏まったりせずに、いつも通りっていうのはわたしとしても安心感があったし本音では嬉しかった。

 

「ってことで、オープニングトークは終わりにしてそれっぽいことしてく?」

 

..Z2

..いぇーい.

..ポンポンペンギン

..きちゃぁあああああああああ.

..せきじょうがはら

..ようやく?.

..スイングアームストロング

..3Dおめ!.

..平潮阳 \1,200

..盛り上げてけー?.

 

「ま、急に歌ったりしないんですけどねー」

 

 いきなりライブパートに入ってしまうと、いくら以前に比べると体力が付いたとはいえ最後にはバテて倒れることになってしまう。

 Live2Dなら倒れながら配信してもマイクの位置が高くなるだけでそこまで問題はないけど、3D配信は全身がリアルタイムに反映されてしまうんだから横になればリスナーも横になった黒猫燦を見ることになる。

 それはやっぱり恥ずかしいし、そうならないためのいい感じにペース配分を考えた配信にするのは大事なことだ。

 

「一応さ、リスナーから3Dは好評みたいだけどリスナーって全肯定する生き物だし、他の人から本当はどう思われてるかってのはわからないものじゃん?」

 

..感謝トーマス

..全肯定しないが.

..レスター

..肯定より否定が多い稀有な女.

..うんうんbot

..うんうん.

 

「そーいうわけで仲の良い人呼んで率直な感想貰います。はい、最初はやっぱりこのコンビ、祭先輩ときりん先輩でーす」

「ぶい」

「こんきりーん! 来宮きりんです!」

 

 相変わらず気の抜けた声とハキハキした声の正反対の二人がスタジオの端から出てくる。それと同時に配信画面にも3Dの祭さんときりんさんが出てきた。

 なんと豪華、いきなり3D共演である。

 

..内藤さん

..うぉおおおおおおお.

..GTX4060

..きてゃぁあああああああああ.

..くろしま \10,000

..これを待ってた.

..イクメンクイーン

..初手から奥義かよ.

..ジャカジャカジャンケンジャンケンポタク

..もっと出し惜しみしなよ.

 

 お披露目にしてもゲストにしても勿体ぶるのってあんまり性に合わないんだよね。

 

「そんなわけでお二人共今日は来てくれてありがとうございます」

「黒猫さんの頼みなら仕方ない」

「いやいや可愛い後輩なら誰でもオッケーだからね!? みんな誤解しないでね!?」

「………」

「祭ちゃんそこは反応して!」

「うーん、夫婦漫才」

 

..Rei

..伝統芸能.

..kalan

..最近一層磨きがかかってきた.

..まつきりが委員会 \5,000

..まつきり、いいよね.

..トリケラトプス服部

..いい.

..なんだかんだ

..黒猫拝んでて草.

 

 あ、拝んだらリスナーにバレるじゃん。

 

「えー、まあ時間も限られてることですしサクッといきましょうか。二人から見て私ってどうですか?」

 

 今日の配信はある程度の段取りが決まっているとはいえ、それは大まかな進行の枠組みだけだ。

 トークパートに於いては質問内容を予め用意しているだけで、その他話す内容や詳細についての台本は存在しないため、その場でリアルな二人のトークを聞くことになる。

 正直楽しみ半分、緊張半分。ずっと何を言われるかドキドキしていた。

 きりんさんが人差し指を顎に当てながら考える素振りを見せ、

 

「うーん、黒猫さんとちゃんと落ち着いてお喋りしたのは夏コミ前の親睦を深めるためのコラボだったかな。あの頃は初々しい黒猫さんがお悩み相談をしに来て私が華麗に解決したんだったよね」

「急にお悩み相談室が始まったんですけどね」

「ふふん、なんなら今ここできりんさんが黒猫さんのお悩みをズバッとキリッと解決してもいいよ!」

「う、うーん」

 

 またなんか急に始まったんだけど。

 

「別に……、大丈夫かな。うん、今はそんなに悩みがないです。ゼロってわけじゃないけど、どれも自分で解決しなきゃいけないものだったりどうでもいいことだったり。そこまで切羽詰まったものはないですね」

 

 そう言うと、きりんさんはどこか優しげな笑みで、

 

「じゃあ大丈夫だね。もうきみは誰かの手を借りないと何も出来ない子どもじゃなくて、今の黒猫燦は自分で立って歩ける一人前のVTuberだよ」

「きりんさん……」

「えへへ、きりんさんも先輩として、友達として鼻が高いよ」

 

 今日のためのレッスンで一番わたしの面倒を見てくれたのはきりんさんだった。

 自分には一切関係がないというのに何故かわたしよりも早くスタジオに来ていることがあったし、一緒にトレーナーさんの地獄のシゴキを受けた回数はもう数えられないほどだ。

 そんなきりんさんからこう言ってもらえて、涙腺が少し緩んだ。

 

..メリーパパ

..てぇてぇ.

..めぇる

..うっ尊い….

..しゃしゃ \10,000

..これを無料の3Dで見れるってマジ?この後急に有料にならん?.

..Theta heta

..うんうん.

 

「ばっ、ちょ、きりんさんとてぇてぇするのは祭さんだから、う、うぐぐぅ……」

 

 自分の中のオタクの部分と後輩としての自分が今すごく心のなかでせめぎ合っている。

 なんならこのまま衝動に任せて抱きつきたいけど、それは流石にライン超えてるだろ……!

 

「だからこれからは祭ちゃんのお世話に専念できるってことだね!」

 

 わたしが内なるわたしと取っ組み合いをしているときりんさんが祭さんに抱きついていた。

 なんだこれ、天国か夢か?

 

..丸鍋猫 \1,000

..3D最高3D最高.

..ちょきとぱー

..うぉおおおおおおお.

..黒瑪瑙

..黒猫さん配信してくれてありがとう.

..てんきゅう \50,000

..満足した高評価押した.

..ハゲの落ち武者

..やっと成仏出来る.

..スタリラァ

..なんか黒猫さんも透けてね???.

 

 危ない、あまりの尊さに天に召されるところだった。

 まつきりはやっぱり"ガチ"なんだよね。

 

「あはは、やっぱり黒猫さんもまだまだお世話が必要かな?」

「ぜひ」

 

 あれ、きりんさんが原因だった気が……?

 なんだかマッチポンプ的なものを感じていると、

 

「むぅ」

 

 と、祭さんがむくれていた。 

 頬を膨らませて私今不機嫌ですよ? とはっきりアピールしている。

 

「きりんばっかり黒猫さんと話して、ズルい」

「おっと修羅場。モテる女はつらいね黒猫さん」

「うぇええ!?」

「黒猫さんの印象。モテる」

「うーん、確かにモテるね。かわいいし」

 

..あきひろ

..ハーレム?.

..はなてはてな

..推しの間に挟まって幸せか?.

..やきとりケーキ焼き

..人たらし?.

..あいうえおあおあ

..確かに知らない間に女作ってるよね.

..ショーンタイタン

..初コラボで謎に好感度高い時多いです.

..ニシンのパイ

..お前のようなコミュ障ボッチがいるか.

 

「うッ」

 

 ま、まあ、最近わたし自身ちょっとその辺疑問に思ってたところだけど……。

 でも別にモテたからってそれとコミュ力は関係ないし、陰キャは陰キャだろ!

 ……自分で自分のこと擁護するために陰キャっていうのつらいな。

 

「あの、その、ほら、わたしのことじゃなくて3Dの私がどうかって話だから。ほら、祭さんどうですか」

「……かわいい。と思う」

「あ、ありがとうございます」

 

 さっきから何度も言われているってのに、こうやって面と向かって言われるとやっぱり照れるな。

 つい顔を明後日の方に向けて頬を意味もなく掻いてしまう。

 

..Heilmittel

..そういうとこやぞ黒猫.

..ガーリックチューリングラブ

..自覚しろ黒猫.

..ひゅーり

..すっぱ!あま!.

..RYOU E \250

..アオハルかよ.

 

「う、うぅ、はい、時間も無いから二人の時間終わり! 次行くよ次! ほら、どいたどいた」

「えー、もっとお話したかったのにぃ。でも時間なら仕方ないね。じゃ、この後も頑張ってね! ばいばーい」

「……頑張れ」

 

 そう言い残してスタジオの端に退場するまつきりの二人。

 きりんさんはちょっとニヤニヤしながらこっちを見ているし、祭さんはちょっとウズウズした感じでこっちを見ている。多分歌いたいんだろうけど、今日はもう出番ないんだよね。

 

「はぁ、そんなわけで祭先輩ときりん先輩でした。ま、まあ概ね3Dも好評ってことでいいのかな。うん」

 

 せっかくライブパートを後回しにして体力を温存しているのに、なんだか謎に疲れてしまった気がする。

 これでまだあと一組ゲストが残ってるんだから、わたしの身体が持つかちょっと今から心配だ。

 

「えー、気を取り直して。次はこの二人です」

「ラービーリーット」

「ごふっ!?」

 

 横合いからの急な衝撃に身体が吹き飛んだ。

 

..与那

..黒猫ー!?.

..新風丸

..飛んだぁ!?.

..よろずまんず

..ちょ、マジカ.

..Fer

..すご.

..ぜぶらる

..あーあ.

 

 あ、これ死んだわ。

 

「はぁ、何をしとるんじゃ」

「あぅっ」

 

 地面に衝突すると思ってギュッと目を瞑っていたら、誰かに優しく抱きとめられて難を逃れた。

 恐る恐る目を開くと、眼前には神夜姫咲夜の姿があった。うわ、いいにおいする。

 

「しゃねるか、逸る気持ちはわかるが黒猫が怪我でもすれば一大事なんじゃから落ち着かんか。ほれ、怪我はないか?」

「だ、大丈夫です」

「うぅ、黒猫さんごめんなさいなのですよ。いつも咲夜さんなら受け止めてくれるから油断してたのです……。まさか黒猫さんがこんなに軽いなんて」

 

 そりゃ3Dアバターの身長差で言えばそこまで大差ないけど、実身長で言えば20cm近く違うんだから吹き飛ぶに決まっている。

 まあ、元気が取り柄のシャネルカさんだし何事もなかったから別に良いけどね。

 流石に半年以上も一緒に付き合っていたら彼女のこういう突飛な行動にも慣れてしまった。

 

「えー、ってことでゲストの神夜姫咲夜先輩とシャネルカ・ラビリット先輩です」

「三人揃ってフラップイヤーなのですよ!」

「またの名をしゃねるか係じゃ」

 

..エルメスマーク \12,000

..最近3D実装されたかぐリットもきちゃぁああ.

..ゴゴゴリランド

..黄色い閃光の異名は伊達じゃないタックルだった.

..こまる

..シャネルカ係で草.

..

..何気に三人が揃うの久々に見る.

 

「確かに、配信で揃うのは久々じゃのぅ」

「裏ではたまに通話したり事務所でばったり会って食事とかはいくんですけどね」

「ふっふっふ、目に見えるだけがフラップイヤーの絆ではないのですよ!」

「おかげで黒猫と共に振り回されっぱなしじゃよ」

「ですねぇ……」

 

 いや、本当にね。

 裏では大人のお姉さんといった感じでVTuberとのギャップがすごい咲夜さんだが、シャネルカさんは裏表とか関係なく常にこのハイテンションだからなぁ……。

 一緒に居て飽きることはないけど、その分疲れるというかなんというか。

 まあ、見ているだけで不思議と元気になれるとリスナーに称される彼女が側にいるのは、それだけでなんだかご利益がありそうだから別に良いんだけど。

 

「で、これさっきも先輩たちに質問してたんですけど」

「黒猫の好きなところを挙げる話じゃったか?」

「違います」

「次に黒猫さんに仕掛けるイタズラはまだ答えられないのですよ」

「ホントに端で配信見てた??」

 

 二人でお喋りしててて聞いてなかったとかない?

 

「やですねー、ちゃんと聞いてるに決まってるのですよ。黒猫さんを照れさせれば良いのですよね?」

「うーん、さっき質問って言ったんだけどそれすら聞いてなかったのかな?」

「かわいいぞ、黒猫」

「不意打ち!?」

 

..overs512 \10,000

..フラップイヤーでしか摂取できない栄養がある.

..かじゅまる \5,000

..これこれ、これがキクんだよ.

..灰色狼神

..3Dお披露目見に来たら漫才見せられてる.

..EMIKO

..次のM1目指さん?.

 

 案の定というべきか、やっぱりごっそりと体力が持っていかれる音が毎秒ごとに聞こえてくるようだった。

 マジか、まだこれ予定の半分も消化できてないのか。

 

「さて、そろそろ真面目に質問に答えるとするかの。妾たちから見て黒猫がどう見えるか、だったか? 相も変わらず愛い奴じゃよ」

「健気?」

「想像に任せよう」

 

 う、うーん。

 なんとも思わせぶりな言動だ。さり気なくウィンクまでしてきて、この人が何を考えているかはよくわからない。

 

「シャネルカは黒猫さんのことを妹のように思っているのですよ! だからついつい意地悪もしたくなっちゃって」

「それ歪んでるね」

「そんなことないのですよー」

 

 そう言ってパタパタと手を振り回すシャネルカさん。

 この人はどこまで本気で喋ってるんだろうか。いや、やっぱり全部天然か。

 

 にしても、本来はわたしの3Dの印象を聞いているのにまつきり含めてこの二人もわたしの印象を語るばかりだ。

 いやまあ、正直あるてまメンバーなら黒猫燦の3Dは何度も見飽きているしその度にかわいいって言ってくれてたから、今更かわいいって言うチープな言葉よりわたし自身の印象について触れたほうが良いと思ってるのかもしれないけど。

 でも直接自分の評価を聞くのは普通に気恥ずかしいんだよなぁ……。

 

「でもでもでもこれでやっとフラップイヤーが揃って3Dになったから色んなことが出来るのですよ! 配信じゃやりづらかった身体を動かすこととか、ドッキリとか、より鮮明にリスナーの皆様に伝えることが出来るのです!」

「リアクション前提!?」

「諦めろ、黒猫。妾はもう何度も被害にあっておる……」

「あぁ……」

 

 事務所でよく二人一緒に遭遇すると思ったら、3D収録のためにスタジオに来ていたのか……。

 え、結構高頻度で会ってたけどわたしもその頻度で被害に遭うの? マジ?

 

「まあ、黒猫はよくやっとるよ。しゃねるかの相手をするだけでも大変じゃが、他の厄介な連中の相手もしとるんじゃから。何かあれば妾も手助けぐらいはするから、頼るのじゃぞ?」

「は、はい」

 

..QwQ

..てぇてぇ.

..ビリビリだま

..流石年長者.

..MUGEN`s

..年齢を感じさせる重みがある.

 

 この人は多分、頼ったら本当に理由も聞かずに見返りなく助けてくれるんだろうなぁ。

 なんていうか、他の人達にはない謎の包容感みたいなのがあるんだ。やっぱり年かな……。

 

「くーちゃん……?」

「ひぇっ」

 

 滅多に配信で口調が崩れない咲夜さんが怒ってらっしゃる。

 

..シノン

..くーちゃん.

..ケセランパセリ

..くーちゃんって呼ばれてるのか….

..塩おむすび

..意外とかわいい呼び方してますね.

..烏龍珈琲 \1,000

..このギャップが良いのよ咲夜様は.

 

「ま、まままままあ、そういうわけでね、そろそろお時間ということで」

「え、シャネルカはまだまだいけるのですよ!?」

「シャネルカさんは良くても時間がね!」

 

 むぅ、とちょっと膨れるシャネルカさん。

 そりゃ元気の有り余っている彼女からしたらちょっとだけのゲスト出演なんて不完全燃焼だろうけど、でもスケジュールなんだから仕方がない。

 

「ほれ、機嫌を直せ。そこで甘いものでも食べての」

 

 咲夜さんがぽんぽん、とシャネルカさんの頭を撫でるように叩く。

 まるで子どもをあやすような慣れた手付きだが、彼女は独身である。

 

「仕方ないのですよ。では黒猫さん、引き続き頑張ってくださいね!」

「改めて一周年、おめでとう」

「ありがとうございました」

 

 スタジオの端に向かう二人を見届けてからカメラに向き合う。

 

「えー、ゲストのコーナーが終わって一気に寂しさがやって来たね。みんなには見えないんだけどさ、スタジオの端で一期生とか二期生みんな集まっててこっち見学してるんだよね。しかも私抜きでお喋りしてなんか盛り上がってるしめっちゃ疎外感感じるんだけど」

 

 湊が手を振ってきたから振り返す。

 

「これってなんかクラスメイトがカラオケいく人ーとか言ってるのに話に交じれずにモジモジしてたらいつの間にか募集終わってて自分の居ないところで他の全員が盛り上がって関係値築いてるのかぁ、みたいなあれだよね。もしくは仲いいと思ってたグループで自分だけ話に交じれずにあれ、友達ってなんだ? ってなるやつ? ははっ………」

 

..みどりもち

..やめろって.

..LvB

..3Dお披露目で悲しい話するな!.

..KEIJI

..泣けてきた.

..空我

..この娘いつもこんな悲しい話ししてるの?.

..にゃるらとほてぷ

..本日の主役ってタスキ掛けられてるのに一人でもそもそケーキ食べるやつね.

..スピラ還り \10,000

..この配信はお前の物語だ。主人公はお前だろ.

 

 ちょっと落ち込んでいると、なんかスタジオ端に居るメンバーのみんながすごく慌てた様子でこっちを励まそうと身振り手振りで何かを伝えようとしていた。パントマイムみたいだ。

 

「ふふ」

 

 声が乗らないようにって配慮だろうけど、それがなんだかちょっとおかしくて思わず笑ってしまった。

 はーあ、元気出た。

 

「さて、じゃああれやろっか」

 

 大事なのはここからだ。

 わたしにとって、ここからが本番。

 

..シルヴァ

..あれ?.

..yuki

..どれ?.

..Aki Ono

..あれねあれ.

..アルフェ

..きたか.

 

「3Dお披露目って言ったら、やっぱり歌でしょ!」

 

 さあ、ここから折り返し。

 一気にいくぞ。


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