美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい! 作:紅葉煉瓦
#113 炎上の後始末
「うーん、いつになったら落ち着くのか……」
わたしは事務所のソファにもたれながら、タブレット端末でまとめサイトの黒猫燦に関する記事に目を通していた。
そこには一周年記念3Dお披露目配信でアスカちゃんに逆凸を仕掛けて、VTuberなら公開すべきではない裏事情に触れたことが、未だにまとめられていた。
「もう数ヶ月経つっていうのに飽きない連中だなぁ」
まあ、あの配信はわたし自身炎上覚悟で決行したことだから仕方がないことだと思う。
いちおう、転生とか中の人とかそういうことについては触れないように極力匂わせ程度のことしか語っていないんだけど、こういう掲示板に生息する人間はなんたらの勘繰りというか。
有る事無い事妄想で騒ぐのが大好きな連中なので、その匂わせが何かということが延々と議論されていて、最後にはまるでそれが真実であるかのように語られていた。
と言っても、当事者からすればそれは七割は正解している内容だから、あながち捏造というわけでもないのが微妙な気持ちになるんだけど……。
「でも公開告白ってのは流石に盛り過ぎだって」
VTuber界隈にしても配信者界隈にしても、過去の炎上ネタというのは定期的に掲示板で擦られるせいで風化する、ということはまずありえない。
むしろ他所が炎上したときに、「そういえば別のVTuberは過去にこういう炎上がぁ!」とか蒸し返すやつがいるせいで余計な飛び火を受けたりするから、本当にこの界隈というのはメンタルが強くないとやっていけないよ。
今回で言えば一週間前に大手事務所のVTuberが突然の引退を発表したせいで、「そういえばぁ!」とおそらくアンチっぽい人が黒猫燦と立花アスカの話題を広げたから本題そっちのけで盛り上がってまとめられたみたいだ。
ぜひともそのVTuberにはわたしが引退ネタの肩代わりをして、炎上の種火が燃え広がらなかったことを感謝して欲しいね。
「てか引退ですら燃やそうとするやつがいるこの界隈怖すぎ……」
インターネットなんて悪意の塊だから、何をしても叩こう燃やそうって人間はいるから仕方ないんだけどね。
わたしはもう慣れたし、きっとアンチの人たちは寝ても覚めても黒猫燦のアンチ活動で頭いっぱいだから、むしろアンチの生活をわたしが侵食してる感じがして気分が良いぐらいだ。
すまん、お前が人生かけてアンチしてもわたしにはノーダメなんだ!
「……なに気持ち悪い笑い方してんの」
「1ダメージ与えるのに9999ダメージ食らいながら人生無駄にしてるアンチ笑ってた」
「やめなさいよそんなこと……」
隣で同じようにタブレット端末を弄っていた暁湊が心底くだらない、といったため息を零す。
「いやいや、これはわたしの数少ない最近の娯楽なんだが」
「それ絶対に間違ってるから。貴重な時間無駄にしてるのあんたの方だから」
「えぇー、そんなことないよぉー」
「そんなことある。もっとファンの声に耳を傾けるとか、色々あるでしょ」
「じゃあ湊は今なにしてんの?」
「アンチのマシュマロ読んでた」
「同じじゃん!!」
「いやいや、これは反対意見を参考にすることで今後のプランニングに役立てる必要な作業で」
「ファンの声聞きなよ!」
「酸いも甘いも噛み分けてこそのアップデートでしょ」
う、うーん。
なんか暇さえあればエゴサで気になる意見をメモしてる湊にあれこれ言われるのは釈然としないんだけど。
「あんたのはただの趣味の悪い娯楽、私のは大事なマーケティング。ニヤニヤしてそこで満足してるあんたとは違うの。わかる?」
「た、たしかに」
冷静に考えると一理あるかも……。
無為に時間を過ごしてたのはわたしもアンチも一緒だった……?
「どっちも普通じゃないと思いますけどねー、私は」
「わぁ!?」
急に声を掛けられて思わずソファから飛び上がりそうになった。
涙が零れそうになった目で下手人を睨みつけると、そこに立っていたのは神代姫穣だった。
「はぁ……、気配もなく後ろに立たないでって言ってるでしょ」
「ちゃんとノックしましたよ? ふたりともイチャイチャするのに熱中してて気づいてませんでしたけど」
「してない」
「してましたよ?」
「してないってば」
「してましたよ」
「してない!」
「必死になっちゃって可愛いですねぇ」
「ぐっ」
おぉ、湊が手玉に取られている。
「落ち着きなさい私……、まともに相手するだけ無駄よ」
「そんなこと言いながら明日にはまた付き合ってくれるんですよね、湊さんは優しいから」
「うるさい」
なんていうか、流石幼馴染だ。
このふたりが揃うと特別な空間ができあがるというか、わたしには会話に参加する隙すらないというか。いや、もしかしたら単純にコミュ障だからキッカケを見つけるのが苦手なだけかもしれないけど。
「それで、今回はいったいなんの用?」
「用事がなければ、来ちゃダメですか?」
潤んだ瞳で神代姫穣が問いかける。
あ、明らかに嘘泣きだー!
しかし湊は少し居心地が悪そうに、
「……そんなことないけど」
「じゃあいいじゃないですか、交ぜてくださいよー。あ、それともこういうのって百合の間に挟まるなんとかっていうやつですか?」
「違うから!」
ここだ!
「違うんか……」
「今宵!?」
ぼそっと呟いたら湊がオーバーにリアクションを返してきた。
「湊さんに足りないのはこういうノリの良さですねー」
「ねー」
「あんたらいつの間にそんなに仲良くなったのよ……」
「ふっふっふ、見えないところでもそれぞれライバーは友好関係が築かれているということですよ」
「いや、そんなに仲良くないから」
「えー、お姉ちゃんって呼んでくれた仲なのに」
「呼んでないが!?」
勝手に一方的に姉宣言しただけだろ!
「はぁ……、何の話してたのか忘れたわよまったく」
「湊がアンチコメントでニヤニヤしてたって話ね」
「それは今宵。というか、今更ながらよく記念配信であんなことする許可下りたわね」
「マネージャーに相談して、なんか流れでいけた」
「面白そうですし?」
「はぁ……」
ため息ばっかり吐くと幸せ逃げるぞ。
「で、姫ちゃん的にはアンチコメントは無視する派? ニヤニヤする派?」
「なんでその二択なのよ」
「私はそもそも見ないですね」
「その心は?」
「自分の価値は自分でしか付けれませんから」
「深いね」
「仕事としては間違ってる気がするし、そもそもこの人は他人に興味がないだけよ」
「そんなことないですよ? ほら、今だって黒音さんに興味津々な私がいます」
そう言って隣に座っていた神代姫穣がさわさわと私の身体を
「ちょ、やめっ、やめてー痴漢です助けてー!」
「いいじゃないですかー女の子同士なんですし」
「男の人呼んでー!」
「おや、こんなあられもない姿を見られたいんですか?」
「九条さん呼んでー!」
「はいはい、セクハラセクハラ」
いくらもがいても体格差のせいで逃げ出せないでいると、ようやく湊の手によって神代姫穣が引っ剥がされた。
あ、危なかった……、もうちょっとでおはだけで事務所がピンク空間になるところだった。
「冗談ですよ冗談。流石に事務所でそんなことしませんよー」
「家でもしないでよ……」
「もう、湊さんも好きなくせに」
「はいはい」
「そういう関係!?」
「そうですよー」
「違うから! 信じるからやめなさい!」
「ふふ、そういうことにしておきましょうか」
そう言って怪しい目でわたしを見る神代姫穣。
あわわ、大人だ……。
わたしがふたりの関係についてアダルティな妄想を繰り広げていると、湊が壁に掛かっている時計をチラ見して、
「それにしても、まだ順番は来ないのかしら」
「あー、たしかに。収録長引いてんのかな」
今日はふたり纏めて収録するボイスがあるから来たんだけど、個別撮りの三期生が先ってことで事務所で暇をつぶしてたんだよね。
もう結構経つからそろそろ呼ばれても良い頃だと思うんだけど……。
「あ」
「ん? どうかしたの?」
神代姫穣がそういえば、といった顔をした。
「九条さんにスタジオが空いたからおふたりを呼ぶように言われてるんでした」
「はぁ!? さっき用事がないって言ってたじゃない!」
「てへっ」
「てへっ、じゃないのよ。まったく……」
「急いだほうが良いと思いますよ?」
「本当にね!」
テーブルの上に広げていたティーカップとお菓子を手早く片付ける湊。あまりの早業にわたしは見ているだけだ。
「あ、私の分は片付けないでくださいね?」
「はいはい。ほら、今宵」
「あ、うん」
「頑張ってきてくださーい」
ひらひらと神代姫穣が手を振る。
なんていうか、本当にマイペースだなぁ。
呑気に四期生が持ってきたお菓子を食べている神代姫穣を尻目に、わたしたちは駆け足でスタジオへ向かった。