美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい!   作:紅葉煉瓦

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#116 ぴろりんっ

「以上で説明は終わりですが、質問などはありますか?」

 

 いつものミーティングルームで。

 今日はわたしと九条さん、そしてベア子とそのマネージャーさんの四人で今度の案件についてミーティングを行っていた。

 最近マネージャーが変更になったベア子はいつも通り緊張を顔に滲ませながら、そして件のマネージャーは頼りなくアワアワと焦りながら、それでも頼れる九条さんの手によってつつがなくミーティングは終了した。

 ふぅ……、と左方向から聞こえる二つのため息を耳に、わたしは最後に元気よく、

 

「はい! よくわかりませんでした!」

 

 と、返事をした。

 

「えー!?」

 

 漫画なら目玉が飛び出るようなリアクションをしたのがベア子のマネージャー、

 彼女は今年入社の新卒らしく、先程の説明も相槌を打ったり資料を出したりするぐらいでこれといって目立った発言がなく、どこか頼りない風体を思わせる。

 そしてウチのマネージャーである九条さんはわたしの発言に特に顔色を変えることもなく、

 

「黒音さん、ちゃんと話は聞いていましたか?」

「聞いてました。バッチリと」

「では理解していますか?」

「おおよそ」

「なるほど。……では念のためにもう一度、今度は簡単に説明します」

 

 その言葉に、不安が残っていたベア子とマネージャーの顔が少し明るくなった。

 ……いや、再説明でマネージャーが喜んでどうする。

 

「今回はHackLIVEと合同による大手コンビニチェーン店の新商品開発企画になります。配信でそれぞれ新商品のアイディアをいくつか持ち寄り、採用されたアイディアが期間限定で新商品として発売されることになっています」

「どうやって採用か不採用か決めるんですか?」

「視聴者の声、そして商品開発の担当者に決めていただきます」

「じゃあ仮にウチのアイディアが一つも採用されなかったらあるてまはHackLIVEにグループとしても負ける、ってこと!?」

「いえ、その辺りはある程度公平になるようにそれぞれ惣菜部門やスイーツ部門とジャンルをいくつか用意してもらい複数採用も検討するとのことで、余程のことがない限りは最低でも一つは採用される見込みとなっています」

 

 よかった、荒れるのは一部の過激なTwitter界隈と5chの掲示板の中だけだった。

 

「とはいえ企業同士のある種対決とも取れる企画ですので、それを煽る層が現れることは予想されます。ですから、黒音さんはくれぐれも視聴者を煽りすぎないようにお願いします」

「ぜ、善処しまーす……」

「穂波さんは今回が初の大型案件なので、何か困ったことがあればすぐにマネージャーの月島に相談してください」

「は、はい」

「が、がんばりましょうね穂波さん!」

 

 マネージャーって月島さんって言うのか。

 おどおどしててなんだか小動物みたいだな。

 

 それから九条さんは細かい注意点や案件配信の流れを軽く説明して、ようやくミーティングは終了となった。

 わたしがもう一度説明を要求したせいで時間が押してしまったのか、月島さんは慌てて資料を両手に抱えてミーティングルームを後にした。

 

「キャー、ごめんなさい!?」

 

 ……ドタバタと外から叫び声や謝罪の声が聞こえる。

 ベア子、苦労してそうだなぁ。

 

「黒音さん」

 

 そろそろわたしも退散しようかな、と考えていると九条さんに呼ばれた。

 どうやら内緒話のようで手招きをされて、近づく。

 

「今回の案件は穂波さんにとって初の大型案件になります。マネージャーも変わってからまだそれほど経っていないので本人も色々とプレッシャーを感じているみたいなので、先輩として、私たちには出来ないライバー目線でフォローをしてあげてください」

「先輩として……」

 

 思えば、たまにコラボをしたりあるてまフェスで相談会をしたり、そういうちょっとした交流はあったもののあるてまの先輩として彼女たちを引っ張った記憶はなかった。

 わたしがデビューした頃は祭さんやきりんさん、他にも一期生のみんなにお世話になりっぱなしだったが、黒猫燦が三期生にしたことなんて炎上するなよーって忠告ぐらいだ。

 なるほど……、つまりこの案件はベア子にとっての初体験であり、わたしにとってもある意味初体験でもあるのか。

 

「………」

 

 九条さんはその瞳に珍しく不安の色を滲ませている。

 やっぱり黒猫燦の担当マネージャーとして、後輩を任せることに不安を覚えているんだろうか。

 正直、その気持ちは我が事ながら理解できる。自分自身、先輩ってなんだろうって今も悩んでいるところなんだから。

 でも、九条さんがこうやって直接頼んでくるということは、不安はあれどそれだけわたしに対して信頼しているとか期待しているということだ。

 だったら、その想いに応えないわけにはいかない。

 

「ふふん、任せてくださいよ!」

 

 ドンッと豊満な胸を叩いて返事をする。

 それを見た九条さんは安心する──ようなこともなく、むしろ逆に不安な表情を露骨に浮かべて、

 

「すみません、考え直してもいいでしょうか」

「なんでぇ!?」

「その顔を見ていると何故か無性に不安になってしまいました」

 

 いやいや、誰がどう見ても安心できるドヤ顔なんだが!?

 

「兎も角、黒音さん自身なにかあればすぐに連絡をお願いします」

「は、はい」

「絶対ですよ。良いですね」

「はい!」

 

 念押しされてしまった。

 それから九条さんは特に何か言うこともなく、資料を片手にミーティングルームを退室した。

 後に残されたのはわたしと、そして手持ち無沙汰に両手をもじもじと弄んでいるベア子のふたりだけだ。

 ……というか、なんでこの子はまだ残っているんだ?

 

「お話は終わった?」

「あ、うん」

「じゃあ帰りましょう?」

「お、おう」

 

 どうやらわたしたちの内緒話が終わるのを待ってくれていたらしい。

 

「それで、この後はどこに行くの?」

「へ?」

 

 廊下を歩いているとベア子がおもむろに言った。

 

「一緒に遊ぶんでしょ?」

 

 え、なにそれ聞いてないけど。

 

「前は誘ってくれたじゃない」

「前は前だが!?」

「そんな!? 普通は一回遊べば次も遊ぶのが普通でしょ!?」

「どこの世界の普通だよ!? せめて誘え!?」

「悲しい、わたしとの関係は遊びだったってことね……」

「こえーよこの女。一回遊んだだけで彼女面がすげーよ」

 

 たぶんベア子はわたしと湊みたいな、何も言わなくても以心伝心の関係性を構築したいんだと思う。

 湊相手なら今回のケースで言えば打ち合わせ無しでこれからどこ行くか、みたいな雰囲気になってたと思うし。

 でもさ、そういうのってある程度長い付き合いを経て信頼が生まれるから出来るもので、本来は一回遊んだだけじゃ伝わらないものなんだよ。

 しかしひとり盛り上がっているベア子はまるで理解していなさそうだし……。

 うーん、このお互いの噛み合わなさは案件配信までに解消したほうが良いような気がするな……。

 

「わかった、これから遊びに行こう」

「本当!?」

「うん。なんかいい感じの空気感構築しとかないと致命的なミスを犯しそうだ」

 

 特に今回は別の企業グループと合同で案件に当たるわけだし、あるてまの代表として失敗するわけにはいかないからね。

 わたしとベア子の仲の良さが案件成功の鍵だと見抜きましたよ。

 

「とりあえずカラオケ行こうカラオケ」

「前回もカラオケだったわね!」

 

 うるせぇ、まだまだ陽キャの仲間入り出来ないわたしは遊び場所の引き出しが少ないんだよ。

 わたしは頼れる先輩としてベア子を連れてカラオケで熱唱した。

 好感度が99上がる音がした。たぶんとうの昔にカンストしてる。


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