美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい!   作:紅葉煉瓦

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#123 状況整理

「…………」

「げ、元気出して!」

 

 神喰崩に啖呵を切って控室に戻ってきた後、わたしはまるで魂が抜けたかのような燃え尽きた様子でパイプ椅子にもたれかかっていた。

 目の前ではわたしを励まそうとアリアが手をブンブンと振ったり慌ただしく動き回っているが、今はそんなことに付き合うほどの気力は残っていない。

 

 はぁ、なんであんなことやっちゃったかなぁ……。

 今更後悔してももう遅いのだが、こうやって冷静に状況を俯瞰できるようになるとそう思わずにはいられなかった。

 いや、だって、わたしたちは企業所属のVTuberとして大手コンビニチェーンの案件を受けに来ただけだよ?

 なのに自分のVTuber人生とかプライドとか、そういう御大層なものを賭けて急に勝負が始まるって……、誰がそんなことを想像したよ。

 その場の雰囲気とかテンションに乗せられてついつい格好つけたことを神喰崩に言ってしまったけど、あれはプライベートなら許されることでも今日みたいな仕事の場では完全に悪手だった。

 

 あぁ、今から隣の控室に行ってさっきの発言取り消してもらおうかなぁ……。

 いや、いくらなんでもそんなに格好悪くてお互いにとって収まりの付かないこと、出来るわけないんだけど。

 そうなると、今わたしがすべきことは、

 

「うん、方針を決めとこっか」

「方針?」

 

 どうしようもない状況ならせめて後ろ向きになるんじゃなくて、前向きに行動しよう。

 

「そ、これからどうやって配信するかっていう方針をここで決めておく。ルール無用で思い思いの行動なんかしてたらそれこそ案件どころじゃないからね。わたしたちはあくまで企業案件としてここに来てるってことを忘れずに」

「そう、ね。アイツと勝負するのは大事だけどもっと大事なものは忘れちゃダメよね」

 

 たぶん、神喰崩もその辺は弁えて本番に臨んでくると思う。

 彼女が望んでいるのはあくまでも配信上で、企業案件で黒猫燦よりも自分たちが優れていることの証明だ。

 だからこそ、配信というリングにわたしたちが上がった以上は自分からそれをぶち壊すなんて愚行には走らないはず。

 暗黙の了解として、優先すべき前提条件は案件の成功に他ならない。

 

「で、マネージャーに相談するかどうかって話だけど……、わたしはやっぱり相談はしないほうがいいと思う。アリアは?」

「ええ、わたしも同じ意見よ」

 

 九条さんに相談してしまえばこんな馬鹿な行動は絶対に止められるに決まっている。

 そうなると神喰崩が何を仕出かすか分からないというのは当然の懸念なのだが、それよりも今更引き下がるなんて選択肢はわたしたちの中にはなかった。

 理屈とか常識とか、そういうお行儀のいいものは一旦隅に置いといて、個人的なプライドとして売られた喧嘩を買ったのだから。

 

「じゃあ九条さんには黙ってるってことで」

 

 まあ、こうやって裏で浅知恵を働かせたところで配信が終わる頃には九条さんにバレていて後でお説教が待っているのは想像に難くない。

 そのときは甘んじて受けよう。

 

「後は……、リスナーを大事にしよう」

 

 わたしたちの本質はVTuber──配信者なんだから勝負に囚われるんじゃなくて、リスナーを楽しませることが何より最優先されることだ。

 VTuber同士の裏のいざこざや個人的なトラブル、それはあくまで裏で処理すべきことであって決して表に持ち出してはいけないのがこの業界の不文律だ。

 

 やっても、匂わせまで。

 

 なぜならリスナーは配信を楽しみにして見に来てくれているわけだから、その期待を裏切るようなマネをすればそれは勝負以前に、イチ配信者としての失格に他ならない。

 これはアスカちゃんの一件でプライベートの問題を配信上に持ち込んだわたしだからこそ、強く思う。

 あれだって直接的な表現は避けていたとはいえ、かなりギリギリを攻めた匂わせ配信だった。

 

 VTuberとして、自分を推してくれているファンを悲しませるような行動を取ってはいけないし、それを悟らせてもいけない。

 配信に映る私はわたしではなく、黒猫燦なのだから。

 

「まとめると、企業案件の自覚を持つ、九条さんには内緒、リスナーを楽しませる、ってとこかな」

「だったらいつもと変わらないわね」

「そーいうこと」

 

 リスナーのために真面目に配信する、今まで何度もやってきたことを今日も繰り返すだけだ。

 そう考えると今までアリアと一緒で大丈夫だろうかと不安だった日々が嘘のように、むしろ神喰崩に喧嘩を売られる前よりも今日の配信に自信が持てた。

 キッカケは最悪にしろ、こうやって覚悟が決まったことに関しては感謝だな。

 

「それにしてもHackLIVEがこうもぶっ飛んだことをするなんてね。コンビニ側はどうして案件先に選んだのかしら」

「うーん、たぶんだけどミーハーなんじゃない? 企画担当の人が」

「担当の人って……さっきの中井さん? 結構やり手の人に見えたけど」

 

 ピシッとスーツを着こなして九条さんとニコニコ会話していた様子では別にミーハーには見えなかった。

 でもね、

 

「VTuberにわざわざコンビニが案件を投げてる時点でミーハーなんだよ」

「言われてみれば、そうかも……」

 

 これが更にVTuber文化が一般にも浸透した2020年代なら兎も角、今はまだ2019年だ。

 VTuberのメディア露出が増えてきたとはいえ各企業まだ手探り状態が続く中、コンビニとVTuberの独占コラボというのは業界でも初の試みだった。

 つい先日VTuberチップスというVTuberのカードが付属したポテトチップスがコンビニやオタクショップで売られていたけど、あれはコンビニ以外でも買えたから独占コラボと呼ぶにはちょっと違うし。

 

 だからわざわざ前例がない中リスクを承知でVTuberとコラボしようなんて、大手コンビニが名乗りを上げている時点で企画担当はミーハーかよほどの先見の明の持ち主と推測できる。

 

「まあ、HackLIVEに案件投げてる時点であの人本人はVTuberにそこまで詳しくないと思うよ。大方他所の企業がコラボ成功してるのを聞きかじって、話題性だけでウチ(あるてま)とHackLIVEを指名したんじゃないかな」

 

 なんでもVTuberチップスは発売から即完売して、ネットでは高額転売されていたらしい。

 競合他社がそれで成功したのなら、とコンビニのおえらいさんがVTuberに目をつけていてもおかしくはない。

 良くも悪くもHackLIVEはそれだけ今のVTuber業界にとって、あるてまと並ぶほどの話題性があった。

 

「って言っても、全部想像だけどね」

「でも筋は通ってるわ。案外、企業が流行りモノに飛びつく見境のなさ含めてね」

「トゲのある言い方だなぁ……」

「だって、せっかくの大型案件だと思ったら妙なトラブルを引っ提げてコラボ相手がやってきたんだもの。トゲの一つぐらい許してほしいわ」

「それはそうだけど」

 

 これに懲りたらワンスリーマートさんには次からちゃんと案件先の評判とかそういうのはリサーチして欲しいものだ。

 まあ、この件は関係者含めてトラブルが表面化しないように、わたしたちが内々に事を済ませるつもりだから、コンビニ側が自分たちの人選ミスに気づくことすらないんだけど。

 

「けどコンビニだって流行りを取り入れようって必死なんだよきっと。ほら、タピオカとかいち早く並んでたじゃん」

「タピオカ、そういえば最近はコンビニであまり見かけなくなったわね」

「流行り廃りが早い業界だからね。VTuberにオファーするぐらいフットワークが軽い反面、世間から飽きられたら見切りをつけるのも早いんでしょ」

 

 ……(ある)いは、だからこそ神喰崩はこの案件であるてまに勝利して、爪痕を残したいのかもしれない。

 

「さて、そろそろ打ち合わせとリハーサルがあるから行こっか」

「そうね。いったい何をされるのかしら」

「流石に今から変なことしないと思うけど……」

 

 リハーサルと言っても本番さながらに進行するわけではなく、コーナーごとの流れを軽くチェックするだけの簡単なものだ。

 特にわたしたちVTuberは生身の身体ではなく機材に依存するLive2Dを使うため、このあたりのチェックが特に大事だ。

 今回は商品開発の人や司会の人が実写だから、その辺りもいつも以上に念入りにリハーサルしなくてはならない。

 

 ちょうどこちらに迎えに来ていた九条さんと廊下で合流して、会議室へ。

 既に待ち構えていた神喰崩と日夜夜廻が軽く会釈してきたので同じように返し、彼女たちの対面に座った。

 どうやら予想通り、本番前からなにかするつもりはないらしい。

 後はコンビニ側のおえらいさんを待つだけ──、

 

「………」

 

 不意に視線を感じて振り向くと、九条さんがわたしのことをじっと意味有り気に見つめていた。

 

「ど、どうかしました?」 

「……いえ、大丈夫です」

 

 な、なんだろう。

 もしかして何か気取られたんだろうか。

 いや、でも会議室に入っただけで別に何もしてないし……。

 うぅ、九条さんは勘が鋭いから隠し事とか通用しないし、これはHackLIVE以上に今回最大の敵かも知れない。

 もっと慎重に行動しなきゃな。

 

 それからしばらくして、今回の出演者が揃うと打ち合わせが始まった。

 神喰崩は打ち合わせ中も、そしてリハーサルが終わっても静かで、まるで嵐の前の静けさをわたしたちに予感させた。

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