美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい! 作:紅葉煉瓦
「ってことがあったんだけどさ、どう思う!?」
「とりあえずどうして私が呼び出されたか教えてほしいんですけど」
「え、暇そうだったから」
クラスのまとめサイトキッズが黒猫燦はブスと言っているのを耳にしてしまった日の夜。
どうしても腹の虫が収まらなかったわたしはちょうどTwitterで暇そうにしていた天猫にゃんをDiscordに呼び出した。
「ひ、暇そうって……。言っておきますけどこう見えて私って結構忙しいんですよ?」
「でもサブ垢で暇だから構ってってアピールしてたじゃん」
「それはパフォーマンスですよ、パフォーマンス」
黒猫さんは分かってないなぁ、と呆れた様子で天猫にゃんが言う。
きっと画面の向こうではやれやれと肩をすくめていることだろう。殴りたい。
「表では暇だよー構ってーとか言ってますけど、本当は一日の間に大量に溜まった連絡のお返事やいくつも用意してる企画の準備、あとメンシ用のシチュボの台本を作ったり他にも色々タスクが山積みでずーっと作業に追われてるんですよ」
「え、全部自分でやってるの?」
「当たり前じゃないですか。こっちは企業所属様と違って完全個人勢ですよ? もっと大きくなったら信頼できる人にマネージャーとか頼んでもいいですけど、そんなツテ早々ないですし。台本とか素材用意するのもお金が掛かる上に納期やクオリティの問題もあるので自分で用意するのが一番手っ取り早いんですよ」
「ほぇー」
たしかに黒猫燦に関する面倒な雑務はマネージャーの九条さんが代わりにやってくれている。
中にはわたし本人じゃないと処理できないものもあるけど、それだって九条さんがちゃんと噛み砕いて説明してくれるからそんなに手間取らないもんな……。
「でもですよ。リスナーが求める天猫にゃんは大変だからってサブ垢で愚痴る天猫にゃんではなく、いつだってリスナー第一で可愛くてキュートな天猫にゃんなんです。だから表では全然大変じゃないよってアピールしながら交流に勤しんで、その分裏では寝る間も惜しんで努力する。ほら、私もリスナーもWin-Win」
「Win-Win、かなぁ……?」
マイナスなことは言わずにファンには良いところだけを見せる。
理想だけで言えば人に見られる活動をしている以上、それが一番なことはわたし自身よく理解している。
でも実行するのは並大抵のことではないということも理解していて、どれだけメインのアカウントで気丈に振る舞っていてもサブ垢で弱音を吐く人はたくさん見てきたし、わたしも昔はメインアカウントでアンチのツイートを平気でRTしていた。
それはひとえに、自分で抱え込みすぎるといつかパンクすると理解しているからストレスの捌け口を求めての行動なのだが……、天猫にゃんはそれを苦に思うこともなく全部秘している。
コイツ、初めて共演したときから只者じゃないとは思っていたけどやっぱり凄いやつだな。
「それに個人Vは企業所属様と違ってサボればサボっただけ自分に返ってくるんですよ。ほら、こうしてる間にも天猫にゃんを意識の真ん中から隅に追いやってるリスナーがひとりふたり……。うっ、サブ垢で存在感アピールしなきゃ……。みんな愛してるよ、っと」
……いや、これただのちやほや依存症かも。
「そういえば夜中に急にみんな愛してるとかツイートする女性ってだいたい事後らしいよ」
「な、なに言ってるんですか!?」
「いや、この前ネットで見たから……」
なんか幸福感がどうとか。
「そんな都市伝説信じないでくださいよ! ……って、黒猫さんさっきサブ垢で『天猫にゃんと通話なぅ』って呟いてるじゃないですか!? これ、タイミング的に変な勘違いされるやつ!?」
「やば、消さなきゃ」
「消したら余計に誤解が!?」
「ちょ、もう消したし。ちゃんとこっちのツイート確認してから呟けよ!」
「わざわざ人のツイートチェックしてから呟くわけないでしょ!」
はぁ、はぁ、とお互いに息を切らせながら不毛な言い争いを中断する。
「もう呟いてしまったものと消してしまったものは戻せません。このことは忘れましょう」
「それがいいよ」
たかが「通話なう」って呟いた後にその相手が「みんな愛してるよ」って言っただけでしょ。それで最初のツイートが消えたところで誰も気にしないよ。
「えーっと、それでなんでしたっけ? 最初の話、たしか黒猫さんがブスでイジメられたとか?」
「違うし! ネットでブスって言われててクラスメイトが信じてるって話!」
「まー、たしかにブスって言葉はよくないですよね。もう少し手心を加えて不細工とか……」
「言い方の問題じゃない!」
「あ、心の貧しさが顔に出てるタイプとかのほうが今どきに配慮した感じですか?」
「ちっがーう!」
今度掲示板に天猫にゃんは不細工って書き込んでやろうか……。
「別にいいじゃないですか、ネットの書き込みなんて。壁のシミぐらいに思ったほうが精神にいいですよ?」
「だとしてもムカつくじゃん、ブスとか言われたら」
「まあ、同じ女として気持ちは理解できます、断固抗議したくなります。でもネットのデマは場合によっては利用できるんですよ? 例えば黒猫燦がブスって言われていればイベントで会場に行くときに身バレの危険が減るとか。まさかネットで散々ブスって言われている上に誰かも分からない写真が肖像権無視して出回っていれば、目の前にいる美少女が黒猫燦なんて誰も思わないでしょうし」
「え、美少女!?」
「そこは反応するんですね……」
美少女って言われるために生きてると言っても過言ではない。
「日常生活に支障を来すほど誹謗中傷が出回っているならマネージャーに相談したほうがいいと思いますけど、現状ならこっちが利用してやれって感じですね、むしろ」
「でも美少女って言われたいじゃん? こうなったら料理配信でもしてスプーンとかで反射を狙って……」
「素直に魂アカウントでも作って自撮り上げるほうが早いですよそれ」
「た、たしかに」
じゃあ無しってことで。
よくよく考えればネットに自分の顔を晒すなんて、一生消えないデジタルタトゥーを刻むようなものだ。
手とか身体なら兎も角、顔なんて無理に決まってる。
「あとはそうですね……、黒猫さんの活動スタイルならそれをネタにしてしばらく美少女ネタを擦ることが出来るとか? どうせアンチは何を言ってもブスって言い続けるでしょうし、黒猫さんは配信のネタが一つ増えるからラッキーみたいな」
たしかに最近はあまり擦らなくなってきた美少女ネタだったけど、こんなときだからこそ持ちネタみたいに擦れると考えれば悪くないかも……。
「あるてま公式美少女炎上師ライバー……」
「小声すぎて聞こえないんですけど何か言いました?」
「あ、なんでもないです」
やっぱり天猫にゃんは個人から成り上がっただけあって、そういうピンチをチャンスに変える発想力みたいなのは目を見張るものがある。
それに口では憎まれ口を叩いてるけどなんだかんだ面倒見の良いところとか、結を見ているみたいで嫌いになれない。
だから、
「うん、やっぱりコラボしようよ」
同じ個人勢でもアスカちゃんが有名になったのは偶然わたしと出会って、黒猫燦による関係性バフがあったからだ。
でも、天猫にゃんはそういうバフを抜きにした完全に個人勢としてのノウハウだけでここまで上り詰めていて、実力を高めたいわたしにとってもそれはとても参考になるものだ。
「つい先日断ったような」
「忘れた」
「炎上のリスクが」
「知らない」
「う、うーん」
知ってるんだよ、天猫にゃんみたいなタイプは意外とイケイケで押せ押せされたらなし崩し的に何でもしてくれるって。
「リスクならさっきのツイートのせいで今更……それにゆいくろコラボを見た感じで言えばリスナーのウケも上々。ここで二番手に名乗り出たほうがむしろ相棒ポジを確立出来てリスナーの放流もバッチリゲットできるかも……。リスクよりリターンのほうが大きい、かな」
「わー、本人目の前にして
「わかりました、コラボしましょう!」
「誘った本人だけど本当にコイツで大丈夫だろうか……」
いや、実力はたしかだからその点についての不安はないんだけど。
「コラボで私が関わる以上は妥協無しで、黒猫さんの目的と私の目的のために全力を尽くしますよ! とりあえず、いま黒猫さんに大切なのはイメージアップによる好感度稼ぎです。個人Vと絡んで企業だけじゃないよーってところを世間にアピールしていきましょう! もしかしたら個人VTuberを好んでみている層を取り入れることができるかも!」
結とコラボしたのはあくまで既存リスナー向けだった。
別にそれが悪いわけではないけど、炎上によって一度付いてしまったイメージを払拭するなら今までと違った相手とコラボするのはたしかに大事かもしれない。
「ということで、黒猫さんは企画を考えてきてください」
「へ?」
「夏波さんとやっていた行き当たりばったりの無難な雑談は強固な関係性が構築されているから受け入れられるんですよ。私みたいなたまに共演する程度の相手に同じことをやっても虚無配信とか言われて質なしとか言われるのがオチです」
「な、なるほど」
「だからちゃんと計画的に、いろんなことに手を出していきましょう。なんたって黒猫さんの特訓コラボですからね。あ、でも安心してください。企画って言ってもそこまで凝ったものじゃなくて簡単なクイズとかアンケートとか、そういうよくあるお遊びレベルのもので大丈夫ですよ。今の黒猫さんに必要なのは自分で考えて用意する、その経験ですから」
本当にわたしより活動歴が短いのかと疑いたくなるような安心感だ。
それでいておんぶにだっこではなく、ちゃんと自分の足で歩くように道を示してくれる。
実は転生組ですって言われたら信じてしまいそうだけど、別にそうじゃないっぽいんだよなぁ……。
「じゃあ明日やりましょうね」
「はや!? え、今から準備しなきゃじゃん!?」
「鉄は熱い内に打て、バズは盛り上がってるときに擦れと言いますから。早いに越したことはないです」
「いやいや、擦り過ぎたら味のしなくなったガムになっちゃうからここは敢えて時間を置いてみるのも」
「まだ擦る前だから急ぐんですよ。味わう前にガムの味想像しても意味ないでしょ?」
「おっしゃる通りです……」
これじゃどっちがVTuberの先輩かわかんないな。
「やる以上は最後まで付き合うので、黒猫さんの作業が終わるまで今日は通話してあげますよ」
そんなわけで、天猫にゃんと遅くまで作業通話をしながら明日の準備をするのだった。