美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい! 作:紅葉煉瓦
世間一般の社会人が仕事を納めるため12月に繁忙期がやって来るように、わたしたち企業VTuberも年末は繁忙期だった。
いちおうわたしたちの形態としては個人事業主扱いではあるが、それでも企業に属している以上はそこに世間一般の社会人であるスタッフもいるわけで。
彼ら彼女たちも年末には仕事を納めるので、わたしたちもそれに合わせるように年末は色々と予定が詰まっていた。
例えば、生配信ではない年末年始の一部特番の収録は出演者に大学生と社会人が多い関係上、平日の夜や休日の土日しか無理だったり。年末年始はトレーナーさんがお休みのため今からボイトレやダンスのレッスンをみっちり詰め込んだり。
世間一般のVTuberなんて好きな時間に寝て起きて好きな時間に配信するだけ、というイメージだが。わたしたちはそれと真逆の日々を過ごしていた。
まあ、わたしは高校生ということもあって他のみんなに比べれば余裕のあるスケジュールを組んでもらってるんだけどね。
そんなわけで、最早毎週の恒例となった日曜日のスタジオ出向。
先週は打ち合わせに始まり、平日も収録があり、更に我王とコラボをしたり四期生とコラボをしたり。そのうえで今日は休日を返上して来年の季節限定ボイスの収録とボイトレだ。
我ながら高校生の身空で濃密な一週間を過ごしていると思うし、これでまだ12月は第一週が終わったところだというのだから果てがない。
うぅ、こうなったら高校を卒業したら大学に行かずVTuberも引退して、今まで稼いだお金を使ってFXで一発当てて引きこもるしかない……。
現実逃避をしながら、それでも真面目に今日の予定を一つずつこなしていく。
そして、無事に時間通りに終えることができた。
収録とボイトレの連続は喉が少し心配だったけど、トレーナーさんがその辺を考慮したメニューを組んでくれたおかげで特に問題はなかった。
いやぁ、毎日が大変なぶん、色んな人のサポートが行き届いてるのは嬉しいね。感謝だ。
ボイトレを終えたわたしはそのまま直帰せず、休憩がてらライバー専用の休憩室へと向かった。
最初の頃は知り合いが少なく、リアルで人馴れしていなかったわたしはビクビクとここに通っていたが、今はほとんどの人が顔見知りなので躊躇いはなかった。コミュ障って一度身内認定したら遠慮なくなるよね。
「こんちゃー」
言いながらドアを開く。
そして、
「こんにちは!」
「ども」
「うす」
知らない人がいた。それも三人。
ばたんっ、とドアを閉める。
そしてドアプレートに書かれた文字を確認する。
ちゃんとスタッフの人が間違えて使わないように『専用休憩室』って書かれている。部屋を間違えたわけじゃないみたいだ。
ってことは……、
「ふ、不審者……!」
わたしが知らない男女が三人。
これは大人の人を呼んできたほうがいいだろう、と考えたところではたと気づく。
──ソファに腰掛けてた男の人、旭くんじゃね?
以前、収録の待ち時間のときにお菓子をくれた覚えがある。
ということは対面に座っていたのはましろさんと亜彩さん、か……?
基本の活動がネット上であるVTuberは別に事務所が同じだからといって、わざわざリアルで顔合わせを行うことはない。
同期と事前にDiscord上で通話をしたり、先輩にチャットで挨拶をしたりはするが、顔を合わせる機会なんてそれこそ自主的にオフコラボをするか、スタジオや事務所ですれ違うときだけだ。
おまけに、先輩後輩だと定番の同期オフコラボはないし、四期生は最近デビューしたから一緒に案件やイベントをやる機会もなかった。顔を知らないのも仕方がない。
こういった知らない知り合いという現象は、リアルの生身とネット上のアバターで姿形が大きく異なるVTuber界隈では度々発生する。
まあ、つまり何が言いたいかというと。
向こうからすれば知らない美少女が急にドアを開けたと思ったら次の瞬間には閉じて、それからなんのアクションも起こさないわけだ。これはどう見ても完全にこっちが不審者と言えるだろう。
わたしは慌てて再びドアを開いた。まずは挨拶が大事だ。
「黒猫燦です!」
「知ってますよ」
「知ってる」
「なんで!?」
不審者だと思われないために名乗ったら何故か全員に顔を知られていた。
「何度か廊下ですれ違ったことがあったんですけど……覚えてないですか?」
「え、えーっと……」
落ち着いた大学生くらいの女性──おそらくましろさんが言った。
廊下ですれ違ったことがあると言われても、多分会釈くらいはしてるだろうけど流石に会話した記憶のない人間の顔までは覚えていない。というか、身長が低いせいで意識しないとすれ違う相手の顔まで視点が届かないし。
「最初は事務所にすごい美少女がいたけど誰なんだろう、ってシアちゃんと話してて。それでマネージャーさんに確認してみたら、謎の美少女は黒猫さんだって教えて頂いたんです」
「あー、なるほど……」
「そのあと見かけたらご挨拶しようと思ってたんですけど、マネージャーさんが黒猫さんは極度の人見知りだから、コラボをするかスタジオで顔を合わせるかしない限りは無理にこちらから接触するなと言われてまして……」
ライバー同士とはいえマネージャーに尋ねたところで、安易にリアルの容姿を教えてくれるわけではない。
しかしわたしが知らないうちに遭遇していて、向こうが一方的に知り合ってしまうと教えないほうが問題になるパターンもある。
たとえば不審者と思って通報されるとか、正体を探るために無理な詮索をされるとか、コミュ障にいきなり話しかけるとか、まあ色々。
今回は相手がライバーだったから、後の円滑なコミュニケーションを考えてマネージャーさんも黒猫燦ということを伝えたのだろう。
どうやらわたしは知らず知らずのところで、色んな人に気を遣われていたらしい。
というか、もしかしてわたしが黒猫燦って知らないライバーやスタッフの中では、わたしはVTuberグループの本社にたまに現れる決して話しかけてはいけない謎の美少女扱いされてるのか……?
これがただのスタッフだったら、謎の美少女Kとかで誤魔化されてただろうし。
「改めて初めまして、息吹ましろです。こっちは亜彩紫空ちゃん、それから知ってると思いますけど旭くんです」
「どーも」
「どもっす」
「あ、うん。よろしく……」
ネットで初めましてはある程度慣れたけど、やっぱりリアルでライバーと顔を合わせるこの瞬間は謎のこそばゆさがある。
わざわざ立ち上がって会釈するましろさんから視線を逸らすように、壁に掛けられた時計を見ると16時を回っていた。
12月のこの時間は既に空が茜色に染まり始めている。休憩のために来たけど、なんか気まずいしそろそろ帰ろうかな。
そう思いながら視線を彼女たちが集まっている方に向けると、テーブルの上に置かれたお菓子が目に入った。誰かが持ち込んだクッキーだ。
と、そこでくぅ~と可愛らしい音が休憩室に響いた。わたしのお腹だ。
「あ、や、ちがっ。わたしじゃないし!? 仮にわたしだとしても午後から収録とボイトレしてたから何も食べてないだけで、いつもは鳴らないから! ぜんぜん別にわたしのお腹じゃないけどね!?」
「………」
「………」
「………」
慌てて必死の弁明をするがもう遅い。
生暖かい後輩たちの視線が繊細なわたしの心に突き刺さる。うぅ、その目は痛い……。
きっと今のわたしは外の茜色と同じくらい真っ赤に染まっていることだろう。
「あの、よかったらクッキー食べますか?」
「はい……」
ましろさんの優しさにわたしは泣いた。