美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい! 作:紅葉煉瓦
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ましろさんのお願いを断りきれずにコラボの約束をしてしまった翌日。
学校が終わったわたしはそのままの足で彼女が住む最寄り駅へと向かい、地図アプリを頼りに自宅へと向かっていた。
駅前から徒歩五分圏内とはなかなかの立地に住んでいるな……と思いながら、アプリの指示に従いたどり着いたのは七階建てのマンションだった。
「えーっと、さん、まる、さん……」
教えてもらった部屋番号をエントランスのインターホンに入力する。
数秒の呼び出し音が鳴ったあと、ガチャっという音が響いた。
「あ、その、黒猫です。本日はお招きいただき、じゃない、えーっと、着きました」
「いらっしゃい黒猫さん! 今開けますね!」
人様のお家のインターホン、それもエントランスのやつを押すという経験が無かったせいでしどろもどろになりながら何とか解錠してもらう。
うちに来る人を対応することはここ一年で増えたけど、こうして対応してもらうのは奇妙な感覚だな。てか黒猫って挨拶、宅急便かよ。
三階に上がるとエレベーターの前に既にましろさんがスタンバイしていた。インターホンを押す前に部屋番号を何度も確認するという緊張感を味わわなくて済むのでありがたい。
「どうぞいらっしゃいませ! ゆっくりしていってくださいね!」
「お、おじゃまします……」
二重ロックのドアを開けてもらって玄関に入る。
やや広めの玄関はちゃんと靴が仕舞われていて掃除も行き届いているので清潔感がある。
わたしが来るから掃除をした、というよりは普段からマメに掃除をしているのだろう。最近の配信者は汚部屋住まいが多いので感心である。
「奥の扉がリビングでお手洗いは一番近いその扉です。それから配信部屋はそこの扉ですね。逆側は私の寝室になってます。あ、もしシャワーを浴びたかったらお手洗いの逆側の扉なのでご自由にどうぞ。新品のタオルもありますよ」
「あ、や、だいじょうぶです」
はじめて来た人の家でまずはシャワーって、いかがわしい以前に常識がなさすぎるだろ。
もしかして常識がない人間だと思われてる……?
いや、ちょっと待て。
もしかしてこれは遠回しに「お前汗臭いからシャワー浴びろ」っていう彼女なりのメッセージ!? それとも実はましろさんは超潔癖で家に来る人はまず最初にシャワーを浴びさせるとか!? だから玄関もすごくキレイってこと!?
「わ、わたし臭いですか……」
「えっ!? そんなこと全然ないですよ!?」
やっぱりひとり暮らしするキラキラ女子にとって、わたしみたいな陰キャはどれだけ隠しても臭うのだろうか。
ところで陰キャ臭ってなんだろう。一年タンスで寝かせた衣服のにおいだろうか。……それってカビでは?
「やっぱりジメジメしてるから……臭うんだ……」
「だから臭くないですって! ほら、だいじょうぶですよ!」
そう言ってましろさんはわたしに抱きついた。女子がスキンシップでやるくらいの軽いハグだ。
「黒猫さんはいい匂いだから安心してください。シャワーはあれです、わたしが実家にいたときに学校から帰ってくると母がよく言ってたので、つい同じようなことを言ってしまっただけです」
どうやらわたしが見るからに学校帰りで年頃の娘だから汗の一つも落としたいだろう、という同性なりの気遣いらしい。臭くなくて一安心だ……。
というか、ひとり暮らしには少々広めのマンション。三階、オートロック、エントランスには宅配ボックスという防犯意識の高さ。おまけに駅前から徒歩五分圏内。
ライバーをはじめてまだ数ヶ月だから収入を充てにした引っ越しをしていないと考えると、このマンションは進学を期に両親の勧めで引っ越したんだろう。
……もしかして、ましろさんってそこそこお金持ちのお嬢様なんだろうか。
まあ、正直VTuberって機材の初期投資だけでもかなりのお金が掛かるから実家が太い人じゃないと厳しいよね。
企業所属といえば聞こえは良いけど、企業が面倒を見てくれるのは活動面であって、お金はすべて自己管理しなくちゃいけない。それでも企業所属だから活動するためのモデルに関しては運営がお金の負担をしてくれているから、個人VTuberに比べればまだマシなんだけど。
ましろさんはASMR関連に力を入れているからマイクや環境作り、場合によっては道具や台本の依頼と出費が大変そうだ。
そんなこんなで、とりあえずリビングに案内されたわたしは軽く今日の打ち合わせをしてから配信部屋へと案内された。
「もともとこのマンションはかなり防音対策がしっかりしてるんですけど、配信活動をするにあたって更に強化しました」
そう言ってちょっとドヤ顔をするましろさん。
壁を見れば凸凹した吸音材が四方所狭しに敷き詰められている。厚みを見るにおそらく吸音材だけじゃなくてその下にボードや遮音シートも敷いてるのかな。かなり本格的だ。
というか、ここまで本格的にするなら作業の手間を考えると配信者用の防音室を設置するほうが楽な気が……。
ま、まあ、自宅に設置する防音室って部屋の中に更に小さい部屋を設置する感じで、そこそこ狭いから吸音材で済むならそれに越したことはないからね……。
野暮なツッコミはせずにここは褒めておこう。
「す、すごーい。ましろさんがやったのかな。大変だよね防音対策って」
「もともと独学で声優とかASMRに興味があったんですけど、デビューするときに頑張って貼りました! やっぱり自分でやると思い入れもありますよね」
これ引っ越しするとき大変だぞー、と思ったけど黙っておく。
吸音材は剥がすだけでも大変だし、物によっては再利用できずに処分する必要があるけどこれだけの量だと捨てるのも一苦労だ。
引越し先でもう一度防音対策をしようとすると今回と同じくらい大変なのはもちろん、仮に諦めて防音室を設置するにしても、やはり吸音材諸々の処分はついて回る。
配信者って人によっては収入とか身バレ防止とか苦情でよく引っ越しするから、ましろさんの今後を思うと、思わず涙が……。
「強く生きてね、ましろさん」
「え!? 今の一瞬で何があったんですか!?」
「日本の未来について考えてた」
「思ったより壮大!? えっと、私は日本の未来は明るいと思いますよ?」
それから機材の説明をしてもらった。
「ASMRマイクと一口に言っても、高ければ良いというものじゃないんですよね。よく100万超えのお値段で名前が上がるKU100も環境や設定が悪ければ10万や30万のマイクに負けますし、その時に使う道具次第でマイクの向き不向きもありますから」
「音質とかリアル感とかね」
立体音響は機材によって表現力がガラッと変わるから一概に高いのが良いとも言い切れない。たしかKU100はノイズが少ないから環境音の収録が一番の売りだったかな。
ASMRをしないわたしからすると、ある程度音がクリアなら使うマイクなんて何でも良いと思うんだけど……、専門のVTuberを前にして言うほど流石におバカではない。
「というわけで今日使うマイクはこちら、3Dioの白色! 白耳とか白3Dioって呼ばれるやつですね」
「あー、聞いたことある」
3Dioは長方形の機材の両端に、白色のシリコン製の耳が付いたマイクだ。
KU100はマネキンのような人の顔が付いているのに対して、3Dioは耳だけというシンプルな作りだが……、これが切り取られた耳に見えてちょっと気持ち悪い。
「ASMRと言ったらまずはこのマイクですよねー。上位モデルに黒色の3Dioがあるんですけど、あっちはまた今度ということで」
ん? なんかまた企画しようとしてない??
「これはダミーヘッド、えーっとマネキンじゃないんで奥行き感は少ないんですけど、これでも充分ASMRを楽しむことはできます。まずは白色を楽しんで、次に黒で違いを楽しむのがおつですよね」
「次があればね」
「あ、ちなみにこのマイクは高音が結構鋭く入るので、叫び声は気をつけてくださいね」
「ASMRで叫ぶことある?」
「基本は雑談で、軽く耳かきとかやろうと思うんですけど黒猫さんはこれやってみたい! っていうのありますか?」
やってみたいASMRか。
「……包丁研ぐやつ?」
「それは流石に渋すぎますね」
「あー、包丁で玉ねぎの皮めくったりカットするの結構好きかも」
「包丁は危ないので禁止でお願いします」
「えぇ……じゃあスライムとか? なんかいろんな音あって楽しそうだよね」
あれは触るとプチプチを潰すみたいな快感がありそうだ。
「いいですね。じゃあ他にもいくつか黒猫さんが好きそうなものを用意してくるので、準備が終わるまで自由に過ごしてください」
そんな感じで、人生初ASMRをすることになった。