美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい! 作:紅葉煉瓦
「……それはご自身のマネージャーに相談しましたか?」
「いえ、してません。でもずっと考えてました」
「そうですか……」
どうやら旭くんが引退しようとしてるのは今回の騒動が原因というわけではなく、前々から活動に悩みを持っていたからみたいだ。
それが今回の炎上をキッカケに爆発した、ということだろうか。
旭くんの言葉を受けた九条さんは少し考える素振りを見せ、
「担当マネージャーではない私から口出しをすると後々問題になる可能性があるので、まずはご自身のマネージャーと相談してください。仮に事情があって話しづらいというのなら同席することは出来ます」
「別にマネージャーに問題があるとかじゃないです。俺が勝手に悩んで、勝手に結論を出しただけなんで。とりあえず、マネージャーに相談してみます」
「もし話し合いの上で何かあればいつでもいいので私に相談してください。話を通した後であれば問題はないので」
「ありがとうございます」
そこで九条さんは自分の腕時計を確認した。
「今の時間でしたら隣の会議室に呼び出せるはずですが、どうしますか?」
「仕事の邪魔にならないなら、お願いします」
「ライバーの活動をサポートするのが、私たちマネージャーの最優先事項ですよ。五分もすれば到着すると思うので、ここを出て左の会議室を使ってください。鍵はこれです」
九条さんが懐から取り出した鍵を受け取った旭くんは、最後にこちらへ振り向いた。
そして、
「先輩、すみませんでした」
そう言って会議室を後にした。
扉を閉めると完全防音になる会議室だから外の様子は伺えないが、おそらく今頃は隣の部屋だろう。
とんでもない出来事に遭遇してしまったと思っていると、九条さんが小さくため息を吐くのが聞こえた。ため息なんて珍しい。
「あぁ、目の前ですみません」
「大丈夫ですけど……、九条さんでもため息吐くんですね」
「……私のことを感情のないロボットだと思っていますか?」
「いや! そんなことはないですけど!」
ジトーっとした目で見られて思わず目が泳ぐ。感情読み取りづらいなぁ、とか考えててすみませんでした。
「私もため息くらい吐きますよ。特に黒音さんと箱庭さんのマネージャーをしてからは以前よりため息が増えました」
「あ、あはは……」
「ですが今回のため息はお二人に振り回されるときの疲労によるものとは違って、ついにこのときが来てしまったかという諦観のため息と言いますか」
ん? なんか今サラッとディスられた?
「黒音さんは『あるてま四期生の旭』というライバーにどのようなイメージを抱いていますか?」
「どのようなって……」
なんで今そんなことを聞くんだろう。
でもちゃんと答えるなら……、
「口の悪いヤンチャなクソガキ?」
「ふっ、くっ」
「えぇ!? なんで九条さん笑うの!?」
というか九条さんって笑うんだ! またもや新発見。いや、それよりどこにツボったの!?
「す、すみません。黒音さんの旭さんへの人物像が、そっくりそのまま黒猫さんに返ってくるもので、つい」
ブーメランって言った? わたしのことクソガキって言った? お? 喧嘩か?
珍しく笑いを堪える九条さんだったが、すぐに落ち着きを取り戻すと改めて話の続きを再開した。
「ですがそうですね、それが人々が抱く『あるてま四期生の旭』というライバーへの評価でしょう」
そこで九条さんは一度言葉を止めた。そして、
「しかし、面接の時の彼は今とは違い、礼儀正しく大人しい人物でした」
あの旭くんが礼儀正しくて大人しい? まっさかぁ、うそだぁー。
どうしても結び付かない人物評価に、思わず九条さんも冗談を言うんだなと一笑に付しそうになる。
しかし、よくよく思い返してみると思い当たる節がいくつかあった。
普段事務所やスタジオで彼とすれ違うときは毎回会釈をしてくれていたし、さっきの会話だけでも頭を下げるとき、一切のブレがない綺麗な最敬礼をしていた。人間って適当に頭を下げることはあっても、意外と綺麗な姿勢で頭を下げるのって慣れていないと難しいんだよね。
それに、最近はいつも事務所に行くと彼が持ってきたお菓子の差し入れが置いてあった。彼が自分から差し入れのアピールをすることはないけど、事務所に訪れる機会があればいつもさり気なく置いていてくれるのだ。
あと思いつくのは……、チャットの返信が早くて簡潔、それでいて狙ったかのようにわたしの都合が良い時間帯ちょうどに返事が来る、とかだろうか。
こうして言われてみるとたしかに旭くんは礼儀正しく大人しい、そして気遣いのできる人物だ。
とはいえ、言われなければ件の人物と旭くんが同一人物なんてイメージが結びつかない。それくらい、ネットの彼とリアルの彼は印象が大きく異なる。
「知っての通り四期生は今までとは違い、何かしらに特化したコンセプト採用のユニットです。旭さん自身はユニットの説明をするとき自分はゲームセンスで採用されたと自称していますが、本来それは亜彩さんの担当です。彼の本当の採用理由は高い歌唱力、そして何よりも演技力。応募者の中で技能チェックとして用意されていた台本を最も上手に読み上げたのは旭さんでした」
演技力、たしかにこの前のコラボで読み上げた罰ゲームの台詞は素人とは思えないほど堂に入っていた。
声優にもチャレンジしたいと言っていたましろさんが、思わず真剣になるくらいには上手だったはずだ。
「しかし能力重視で採用した結果、彼は生来の大人しい性格のせいであまりライバーに向いていませんでした。そこで担当マネージャーと本人が相談して、キャラ作りで強気な男性を演じることになったのですが……」
キャラ作り。
例えばうちで最もキャラ作りをしているライバーは神夜姫咲夜だろう。
普段は知性的で大人の女性としての色香を振りまいているが、ライバーとしての彼女は「のじゃ」という特徴的な語尾と古風で和風なキャラクターを演じている。
他にも我王は癖の強すぎる厨二キャラ、結は明るく元気な女子高生キャラとして振る舞っている。
そういうガチガチにキャラ作りをしているライバーは何人もいるし、VTuberは元来そういったキャラクターとしてのロールプレイの側面が強いから、旭くんがキャラ作りをしているのがおかしいとか、駄目だとは思わないけど……。
「彼の場合はリスナーの声に応えすぎるところがあります。例えば強気なキャラで粗暴な一面を求められればそれに応えようと配信中に粗暴なキャラクターを作り上げ、格好いい一面を求められれば格好いいキャラクターを作り上げる。黒音さんも彼との配信中に違和感を覚えたことはありませんか?」
そういえば、彼がFPSをやるのはリスナーがやってほしいと言うからだと言っていた。
他にも、クイズ企画のときは本来なら正解しないような難問を何故か正解して、逆にあるてまに所属していれば正解するようなラッキー問題を間違えていた。
まるで「箱に興味がない旭」を演じるように、それでいて「運ゲーを制する旭」を演じるように、リスナーの様子を伺いながら回答していた気さえする。
極め付きは最終的な結果だ。まるで亜彩さんと最下位を競いながら、最後は彼女を勝たせて自分が最下位になる、今にして思えばあれは露骨な調整だった。……まあ、亜彩さんが素で間違えたせいで同率最下位になったけど。
一つを疑い出すと途端にすべてが、あれもこれもと言動や行動に思い当たるフシが多い。
「配信を盛り上げるためにわざとミスをする。リスナーが期待することを実行する。それは配信をエンタメとして捉えれば間違っている行動ではありません。ですが、彼にそういったキャラ作りを出来るだけの技能が備わっていたとしても、それに耐えうるメンタルを有しているとは限りません。プレッシャーはいつしか強迫観念となり、心を蝕んでいきます」
そう語る九条さんの表情はいつもより暗いものだった。
ここまで事態を把握していながら旭くんのケアが出来ていないのは、他人の担当ライバーだから安易に踏み入れない領域なのか、或いは彼自身が相当拗らせているのか。
VTuberというある種キャラクターを演じる行為は、時としてそのキャタクターが自身を侵食することがある。
日常生活で無意識に配信用の一人称や語尾が出てきたり、自身の本名と活動名がごっちゃになって混乱するアレのことだ。
正直、これに関してはネットの自分に依存し過ぎなければ咄嗟の返事で恥をかく以外に支障はないので、そこまで問題はない。
しかし、逆にキャラクターを演じるせいで自身を侵食するのではなく、本来の自分と作り物の自分の間で心の折り合いが取れず、拒否反応が出てしまう人も存在する。
それまで不祥事を起こしたりアンチが暴れていたわけでもないのに、突然活動を休止する活動者が後を断たないのは、本来の自分から乖離していくキャラクター性にストレスを抱えてしまい、体調とメンタルを崩してしまうからだ。誰だって自分に合わないことを無理に頑張っていると限界が来る。
おそらく、九条さんの話を聞く限りでは旭くんはこのパターンだろう。
「旭くん、これからどうなるんですか?」
「それは分かりません。話し合いの結果、担当マネージャーが引き止めるか、それとも本人の意思を尊重して引退を受理するか。彼の担当ではない私には今はあずかり知らぬところです。……私個人の感情としてはライバーの引退はあまり見たくはないですが、本人がそこまで追い込まれているのなら受け入れるのも一つの形だと思っています」
「……メンタルは本人の問題、ですもんね」
マネージャーがケアやサポートはしてくれても、解決するのは結局のところ自分次第だ。
それから、九条さんは自分が担当ライバーへ愚痴に近い言葉を零していたのに気づいたのか、軽く頭を下げた。
「すみませんでした。黒音さんも同じライバーなのに色々と喋ってしまい。この件は他言無用で忘れてください」
そう言うと九条さんは手元に広げていた資料を回収して、予定よりずいぶん長い時間使っていた会議室を二人揃って退室した。そしてこの件はお開きとなった。
わたしは休憩と思考の整理を兼ねて、同じ階にある自販機でミルクティーを買うと傍にあったソファに腰を下ろした。この会社、自販機の近くにソファなんて置いてるとサボりたくならないのかな。
それにしても、九条さんは忘れろと簡単に言ってくれたけどこんな濃い内容、そう簡単に忘れることは出来ないでしょ。
もちろん、プライバシーに関わることだから他人に言いふらしたりはしないけど、ここまで聞いたうえで明日から何食わぬ顔で日常を過ごすなんて無理だ。
そんな薄情なこと、後輩の面倒を見てくれと頼んできた我王に顔向けが出来ないし、何よりここ数日で関わりを持った後輩を見捨てるなんてこと、私にはできそうもなかった。
たとえそれが、手を出さないほうがいい余計なお節介だとしても。一度結んだ縁を簡単に切るなんて、嫌だから。
せめて、彼の口からどうして辞めるのか。本当に辞めたいのか。その真意を聞きたいと思った。
両手で握り締めていたミルクティーのボトルは、気がつけば温くなっていた。