美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい!   作:紅葉煉瓦

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#175 ぶつかって喧嘩して仲直りして

「………」

 

 自分が開けようと思っていたドアが勝手に開いたせいで、旭くんは状況を飲み込むのに一瞬の間を要した。

 その隙に、

 

「ふはははは! 状況は理解した! ヒーローは遅れてやってくるといったところだな!」

 

 我王が高笑いをした。

 あいも変わらず、芝居がかって憎たらしいその仕草だが、完全に詰みの状況に陥っていたわたしにとってはどこまでも頼もしいものであり、混乱していた思考を明瞭にするだけの効果があった。

 そうだ。あとひと押しで旭くんを引き止められるんだから、こんなところで腑抜けている場合じゃない。

 

「我王! 遅すぎ! もう駄目かと思ったじゃん!」

「ふん、文句は我ではなくコイツらに言え」

 

 我王はそう言うと、後ろの二人に道を譲るように身を引いた。

 そして前に出たのは、

 

「うちじゃなくて電車に言ってよ……。マジで東京人身事故多すぎなんだけど」

「本当はもっと早く来るはずだったんですけど……、ごめんなさい」

 

 旭くんの同期である、亜彩紫空と息吹ましろだ。

 あのとき、スタジオ前で別れた我王は事前に呼び出していた二人を迎えに事務所のフロントへ向かっていた。もちろん、二人には前日にあらかたの事情を説明している。

 本来ならもう少し早めに合流して、二の矢で説得をするはずだったんだけど……結果はご覧の有様だ。

 

「貴様ら、電車が遅延するときはタクシーを使え。今回はプライベートだからいいが、案件や収録で遅刻すると一大事だぞ」

「そうは言ってもタクシーって高いし」

「ちょっと躊躇っちゃうよね。お金持ちの移動手段ってイメージで」

「タクシーくらい乗れるほど稼いでるだろ……」

 

 途中参戦の我王たちと絶賛バチバチだった旭くんとわたしたちでは纏う温度感がまるで違う。

 まるでコントのような緩いノリだが、過剰に張り詰めていた空気を一度リセットする。という意味では彼女たちの登場はまさにグッドタイミングと言えた。

 

「お前ら、どうして……」

 

 ようやくフリーズから復帰した旭くんが口を開いた。

 

「どうして、か……」

 

 我王がわざとらしく前髪を掻き上げる。イラッ。

 

「四期生の問題に黒猫だけが首を突っ込み場を引っ掻き回す、というのは些か道理が通らんだろう?」

 

 引っ掻き回す、は余計だ。

 思わずツッコミを入れそうになるが、続けて我王がギロリと旭くんを睨みつけるようにしているのを見て口を噤む。

 

「それに、貴様。辞めることについて同期に一切の相談もしていなかったらしいな」

「それ、は……」

「我らに相談がないのはまだいい。所詮は先輩後輩という関係、個人的に寂しく思うことはあれど義理はない。だがな、同じ刻にデビューをして苦楽を共にした仲間に黙って去ろうとするのは、違うだろう」

 

 人一倍、仲間意識が強い我王はそういう不義理を嫌うところがある。

 これが数の多い一期生や二期生なら仲の良い同期だけに相談、で済むのだろうけど。三人グループとしてデビューしている四期生は、良くも悪くもこの三人だけで完結している。いわば一心同体、運命共同体だ。

 だから、我王は引退という大事なことを同期の誰一人にも相談していないのが許せなかったんだろう。

 

 罪悪感からか、旭くんは我王の視線に耐えられずに俯いた。

 すると我王は言いたいことは言ったと言わんばかりに表情を和らげた。DV彼氏みたいな表情の変化だ。

 そして、

 

「貴様らはまだデビューして日が浅い。更に旭は自分を偽って活動してきたせいで、本当の意味で腹を割って会話する機会がなかったんじゃないか? いい機会だ、ここで溜め込んだ本音を全て吐き出していけ。そのうえで残るか、去るか。決めるのはそれからでも遅くはない」

 

 これが、本当のラストチャンスだ。

 出来る我王の言葉でもない。先輩のわたしの言葉でもない。

 身近で、一番付き合いが長い、同期の彼女たちの言葉に全てが掛かっている。

 

「うちは……」

 

 最初に口を開いたのは亜彩さんだった。

 彼女は少しだけ考える素振りを見せて、

 

「あんたのことが、気持ち悪かった」

 

 旭くんの目を真っ直ぐに見つめて、そう言い放った。

 

「面と向かって気持ち悪いって、お前な」

 

 旭くんの言いたいことはよく分かる。

 同期の、それも犬猿の仲と言っていい相手にそう言い切られたらさぞやショックだろう。わたしだったらその場で立ち眩みがして膝をつくかもしれない。

 しかし亜彩さんは迷いを見せずに、

 

「気持ち悪い、それ以外に言いようがないよ。あんたとの会話は、まるで人形と喋ってるみたいだったから。何言っても中身がなくて、薄っぺらくて、都合が良くて。まるで一人で喋ってるみたいな感覚になる」

「………」

「でも、リスナーにはあんたとのプロレスがウケてて複雑だった。一緒にいるはずなのに一人で踊らされてる気分になりながら、最近はそれでも配信を盛り上げるためにやらなきゃって使命感みたいなのもあって、だから売り言葉も買い言葉も強くなって、余計にイライラして……。そんな必要ないのに、裏でもずっと旭にキツく当たってた」

 

 それはデビューしてからプロレスという売り言葉と買い言葉だけで交わされていた二人にとって、初めて素直な本音を吐露した瞬間だった。

 彼女もまた、表で求められる役柄に苦しみ、表裏の境界線がなくなっていた一人だったんだろう。

 

「ごめん」

 

 亜彩さんが頭を下げた。

 

「………」

 

 旭くんは何も言わない。いや、言えない。

 亜彩さんが心のうちにずっと抱え込んでいたイライラの原因が、全て自分にあると分かったのだから掛けるべき言葉を持たないのだ。

 

「私は」

 

 見かねたましろさんが一歩前に出る。

 

「二人に振り回されることが多くて大変だったけど、その分今が充実してるから不満はないかな。賑やかで楽しいよ」

 

 唇を人差し指でなぞりながら、今までを振り返るようにして言う。

 

「でも、そうだね。振り回されて大変だからって、自分のこともあるからって、二人の辛さを見て見ぬふりしてきたのも、事実だよ。本当だったら間に入る私が、もっと二人のことを見てあげるべきだった。ごめんね」

「それは、違うだろ……。息吹には息吹の時間があるんだし、勝手にやってる俺たちの面倒を見る必要なんてない」

「そうかな、そうかもね。でもね、せっかく三人でデビューしたんだからさ、もっと二人の力になりたいよ。今までが二人の勝手なら、これは私の勝手」

 

 ましろさんはそう言って、旭くんの右手と亜彩さんの右手をそれぞれ優しく取り、二人の手を合わせて握手をさせた。そして最後に自分の両手でそれを包み込んだ。

 

「ほら、これで仲直り」

「仲直りって……」

「いや、これは流石にクサすぎでしょ」

「今どき漫画でもやらないだろ……」

「いーの! ほら、こういうベタな感じって私たちらしいでしょ?」

「俺たちらしい、か」

 

 三人は手を重ねたまま、恥ずかしげに笑いあった。

 

「なぁ。俺、VTuber続けていいのかな」

「誰もやめろなんて言ってないでしょ。あんたが一人で勝手に突っ走っただけ」

「それに一人が辛いならみんなで共有しようよ。迷ったらなんでも相談にのるよ?」

「俺、これからも二人に迷惑掛けると思う。本当の俺は旭ほど口達者でもないし、他人の顔色ばっか伺っちゃうし。俺なんかと一緒にいても楽しくないだろうし」

「は。散々ここまで迷惑かけといて今更でしょ? だったら最後まで付き合いなよ。終わるその時に楽しかったかどうか判断するからさ」

「旭くんだからここまで続けられたんじゃない。キミだから続けられたんだよ。それはシアちゃんも同じ。だから、これからも一緒に進もうよ」

 

 二人の真っ直ぐな言葉を受け、旭くんはついに観念したようにため息を吐いた。

 そして、

 

「せっかくやめる決心がついたのに。お前らのせいで、未練が残ったじゃんか……」

 

 と言った。

 

 結局のところ、この話とはそれだけの話なんだ。

 本音を語れる相手がいなくて、心に限界が来て引退する。それだけ。

 だったら、本音を語れる相手がいれば話は変わる。

 

 それは面倒を見てくれる先輩でも知ったような口を聞く先輩でもない、本当に苦楽を共に出来る仲間──同期の存在だ。

 

 ストレスを共有して慰め合ってまた笑い合って明日を迎える。

 わたしにとっての夏波結のように、彼はもっと早く亜彩さんとましろさんに助けを求めるべきだったのだ。

 まあ、それが出来ていればここまで話が拗れることもなかったし、出来ないからこその今なんだけど。

 

 でも、自分の弱さを曝け出すって、それはとても勇気のいる行動だ。

 だからこそ、自分に正直に、仲間に弱さを打ち明けられたキミは強い。

 

 しかし、これで大団円。というわけにはいかない。

 彼の本音を引き出すだけならわたしにだって出来た。

 そこに最後の一押しで同期という存在が加わり、心のストレスを軽減する目処が付いた。

 しかし、それは軽減するだけで本質的な問題を解決するわけではない。

 

 それは、彼は企業VTuberに向いていない、というもの。

 

 『あるてまの旭』という存在である限り、彼は今後も運営から様々な要求をされ続けることになる。

 今回の件を受けて運営からある程度の譲歩を引き出せたとしても、企業所属である以上は必ずブランディングというものが絡んでくる。

 運営から何を求められることもなく、放し飼いなんてのはVTuber事務所が商売である以上あり得ないのだ。

 それを理解しているからこそ、彼は先ほどわたしの説得を正面から受け止めておきながら、引き止めには応じなかったのだ。

 

 きっと大丈夫、今の彼なら支えてくれる真の仲間がいるんだから──なんて言えたら楽だけど、現実はそうじゃない。

 嫌がる彼を無理やり引き止めてVTuberを続けさせようとしたんだから、目的を達したからってここでオサラバはいくらなんでも我がことながら無責任が過ぎる。ちゃんとアフターケアまで完備してこそ、首を突っ込んだ責任というものだ。

 とはいえ、正直わたしたちに出来ることといえば、運営に直談判して旭くんに最大限の配慮をしてくれと頼み込むしかないわけで……。

 

 すっかりエンドロールが流れていそうな三人を尻目に、わたしは腕を組みながら今後の対応に頭を悩ませ、

 

「でしたら、企業VTuberを辞めて個人VTuberをするのはどうですか?」

 

 唐突に、この場に招いていないはずの人間の声がした。

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