美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい! 作:紅葉煉瓦
「くぁ……」
朝日を浴びて目が覚めた。
夏休みは好きなだけ寝られるから最高だ。
今の時間は10時28分、昨日はちょっと夜更かししたせいでこれでも少し寝不足気味だった。
寝起きと寝不足で頭が少し回っていない感覚がする。
「ママ~ごはん~」
叫んでみたけど返事はない。
あー、そういえば今日も仕事だっけ。
日曜日なのになぁ……。
のそのそとベッドから起き上がりリビングへ向かう。
確か朝ごはんに食べるように言われていた買い置きのパンがまだ残っていた気がする。
「ランチパックのハムマヨとクリームパン、うーん甘い気分だからクリームパン!」
あぁー糖分が寝起きの頭に染み渡る~。
食べ終えたらベッドに横になってスマホでTwitterのチェックだ。
と言っても今は謹慎中だから呟くのもRTやいいねも自粛中である。誤操作に気を付けないと。
「あっ、アスカちゃんの配信の時間だ!」
今日は12時からチャンネル登録者数100人おめでとう枠があるんだ、絶対に見逃すわけにはいかない!
先ほどまで重かった腰が嘘のような俊敏さで椅子に座ってパソコンを起動させる。
スマホで見るのもいいけど、やっぱり記念配信は椅子に腰を据えてしっかり見るに限る。この日のために買ったペンライトも装備しちゃおうかな!
「はいこんにちわ。バーチャルユーチューバーの立花アスカです」
あ、アスカちゃーん!!
画面に映る彼女は今日も最高に可愛かった。
笑うと口から覗く八重歯も首を振ると揺れる亜麻色の長髪も最初は丁寧なのにテンションが上がると崩れていく口調も全てが可愛い。
はー、チャンネル登録が一桁の頃から推しててよかった……。
「今日は100人おめでとう記念枠です! デビューから振り返ってチャットも全部拾うからよろしくお願いします!」
続々と視聴者によっておめでとうチャットが増えていく。
最近推してたとかこれからもっと伸びるとか、まあわたしは配信に移行する前の動画勢だった頃から推してましたけど!
……いけない、推しへの愛は時間やお金じゃないのについマウントを取ってしまった。
「マルバツマルマルさんいつも配信来てくれてありがとうございます、秋宮翔さんTwitterでファンアートありがとうございます、アスカちゃんスキーさんチャンネル登録ありがとうございます……ってなんだか自分の名前呼ぶのって恥ずかしいね」
アスカちゃんは全員の名前を読み上げてしかも一言まで添えている。
同接は15人ぐらいでコメントをしているのは9人ぐらいだが、それでも一人ずつの思い出を語るのは中々大変だと思う。
それを苦も見せずにやってのけるなんて、やっぱり好き!
「ちゃ、チャット送ってみようかな」
だってやっぱり名前呼んで欲しいし……。
黒猫燦でも黒音今宵でもない、昔から何となくで使っている馴染み深いようで浅いハンドルネームだけど、それでも推しのVtuberには呼んで欲しい。
けどチャットを打って反応されるのは怖いし恥ずかしい、けどやっぱり反応も欲しくて……。
「あぁもう女は度胸ッ!」
色んな思いが溢れそうになるけどここは気持ち悪くならないように簡潔で、けど気持ちを込めて──
「送信ッ!」
デビュー前のTwitter動画から応援してます。これからも頑張ってください。 黒猫 燦
「あ゛」
ちょ、あれ、え、アカウント間違え、
「え、Twitterの頃から!? ありがとうございます! えっと黒猫さ、ん──え?」
黒猫ってあの黒猫?
本物やんけ!
お前謹慎中だったろ
黒猫がアスカちゃんの最古参勢ってマ?
「あわあわあわわわ」
ど、どうしよう、Twitterの誤操作どころの話じゃないぞ、アカウントの切り替えミスなんて一番やっちゃダメな奴じゃないか!
「え、え、ほ、ホントに黒猫さんですか?」
これは返事をしないと逆にダメな奴だ、チャット欄も俄かに盛り上がり始めている。
ゴメンナサイ、アカウント間違えました。忘れてください 黒猫 燦
公式ライバーが裏垢の存在バラすな!
つまりチャンネル登録最初期の中に黒猫の裏垢が
↑やめなさい!
あ、あ、あ、ヤバいヤバい。
けどあっちのアカウントはチャンネル非公開にしてたはずだから視聴者は当然、アスカちゃんでも特定できないはずだ。
あー! Twitterアカウントォ!
気づかれる前に慌てて鍵を掛ける。
こっちも一桁の頃にフォローをしているから簡単に特定される恐れがある。
こんな状況でフォローを外さなかったのはわたしの中の推しに対する気持ちが、一覧の底にいるのにフォローを外すなんてトンデモナイ! と叫んだからである。
「あの、黒猫さん大好きです! 私もデビューの頃から黒猫さん推してて、それで今夢みたいで本当に嬉しくて、あーもうバーチャルユーチューバーやってて本当によかった!」
相思相愛じゃん……好き、結婚しよ。
あ、違う、まだ寝ぼけてるなコレ、いや現実逃避か!?
同接もさっきまで15人だったのが気が付いたら100人を突破してチャンネル登録者数より多くなっている。
最推しの記念配信で迷惑掛けちゃうとかわたしって最低じゃん。
消えよう……。
「えっと、凄い無茶なお願いしてもいいですか? 黒猫さんとお喋りしてみたいんですけど」
TwitterにDM送ります 黒猫 燦
あー! 無意識にタイピングしてた! しかもTwitterってアスカちゃんにアカウントバレちゃうじゃん!
ま、いっか!
それからDiscordのIDを交換して通話を開始する。
あるてまのライバーじゃなかったら推しの秘密のアカウントなんて知りようがなかったのだから、あるてまに入って本当に良かった!
「こんにちわー」
「こ、こんにちわ……」
こ、これが生アスカちゃんの声!
耳が孕みそうだよぉ。
「急な無茶振りに応えてくれて本当にありがとうございます! 私、本当に黒猫さんの配信好きで好きで堪らなくて」
「あ、え、と、わ、私も、アスカちゃん大好き──ふへっ」
いかんいかん、美少女にあるまじき声を漏らしてしまった。
「あの、アカウントのことは……」
「当然誰にも言わないから安心してください!」
「て、天使……」
自分の名前を呼んでくれて自分に対して会話してくれる、なんて幸せなんだ。
え、これ謹慎中だよね、本当にこんな幸せでいいのかな。
と、思っているとスマホが煩くピコンピコンと通知を知らせてきた。
嫌な予感がする……。
< マネージャー ✆ 目 ∨ |
今日 .黒猫さん. 12:21 .謹慎中に何してるんですか. 12:21 .はい、じゃないですが. 12:22
|
+ ❘ |
「ひぇっ」
「どうかしました?」
「ま、マネージャーさんが怒ってる」
「あっ、黒猫さんって謹慎中……」
「はい……」
「えっと……」
「し、失礼しましたー」
「ま、またお喋りしましょう! サプライズゲストの黒猫さんでしたー!」
そう言って推しとの初コラボは終了した。
見ればチャンネル登録者数はさっきまで103人だったのが518人まで伸びている。
推しの布教が出来て嬉しい反面、神域を荒らしてしまったような気持ちになって何だか複雑だ。
とはいえ、配信終了まで同接とチャットの勢いは落ちなかったので最後まで楽しく楽しむことが出来た。
◆
「ちょっと、起きて、起きなさい」
「ん、んにゅぅ……」
だ、誰だわたしのお昼寝タイムを邪魔するのは。
「ほら、今宵、起きてってば」
「う? ママ?」
「誰がママか」
起きたら夏波結がいた。
リアルなのに目の前に夏波結……なんだ、夢か。
「ままおなかすいた……」
「はぁ、晩御飯一緒に食べるんでしょ?」
「んー、だっこ」
「ちょ、なにして」
両手を伸ばしてぎゅーっと。
あーやーらかい。いいにおいする……ぐぅ。
「いい加減に、しなさい!」
「あだぁ!?」
スパーンっと快音が頭頂部から響いた。
な、何事!?
「あれ、夏波結」
「ようやく起きたわね」
「? なんで顔真っ赤なの?」
「それはアンタが、って別にいいわよもう……」
何故か乱れた髪と肩紐を整えながら夏波結が溜息を吐く。
そんな事より、
「なんでウチに?」
「なんでって、打ち合わせ終わったらそっち行くって言ってたじゃない」
「あ、あー!」
そ、そうだった。
あのあまりにもあれな配信でどうやらわたしたちはそんな約束をしていたらしい。
前半以外記憶にないし、配信も謝罪に関する部分以外極力見返さないようにしていたのですっかり忘れていた。
「はぁ……、合鍵の場所知らなかったら家の前でずっと待ちぼうけだったね」
「ご、ごめん」
「まあいいよ。ほら、ご飯行くんでしょ?」
その言葉を聞いた瞬間、わたしのお腹が小さく「くぅ」と悲鳴を上げた。
そういえばお昼も食べずに、朝にクリームパンを食べたっきりだ。
もう18:30ってことはアスカちゃんの配信が終わってからかなりの時間お昼寝していたことになる。そりゃお腹も空くわ。
「んー、いっぱい寝てすっきり」
「はいはい、早く着替えなさい」
タオルケットから這い出てタンスをごそごそ、もう7月末で暑さもピークを迎えている。
今日は涼しい恰好で出歩こうかな。
「ねえ、朝からその格好なの?」
「? そうだけど」
「自宅だからってキャミソールに下着一枚はどうなのよ……」
「だって暑いし……」
「無防備すぎるって言ってるの」
「別に夏波結に見られて減るものじゃないし、ゆいままになら見られてもいいよ」
「~~もうっ」
何をそんなに怒ることがあるのか、夏波結はぷりぷりと怒って部屋から出て行った。
打ち合わせで嫌な事でもあったんだろうか。
取り敢えず、ホットパンツにノースリーブのゆったりとしたTシャツでいっか。
うん、超涼しい。
「おまたせ」
「……着替えて来なさい」
「へ? 着替えたけど」
「ノースリーブはまだいいよ。けどホットパンツはダメ、絶対ダメ。せめてショートパンツにしなさい」
「えー、あついのに」
「ダメったらダメ。着替えないと車出さないから」
うぅ、歩いてご飯食べに行くのは疲れる。
夏波結の脅しに屈したわたしは渋々ショートパンツに着替えることにした。移動手段を楯にするのは卑怯だぞぅ。
「まあ、車で移動するしセーフ、かな……」
「ねー、早くご飯行こうよ。お寿司食べたいお寿司」
「はいはい今行くから」
回らないお寿司って初めて食べたけどすごいおいしかった。
メニューすら置いてないってこだわりがすごいねぇ。
「はぁ、おなかいっぱい」
「あんまり食べ過ぎると太るよー」
「太ったことないからだいじょーぶ」
昔からどんなに食生活が悪くても太ったことないんだよね。
ニキビとか口内炎、肌荒れもないし、やっぱり美少女ってのは何しなくても美少女なんだなー。
はー、美少女に生まれてよかった!
何故か車内が無言になって妙に居心地が悪くなった気がする。
無言になると喋らなきゃ、なんて風には思わないし言葉が無くても心地良い空間ってあると思うけど、今は真逆の状態だった。
な、なんか気に障ること言ったかな?
えっと、話題話題、そうだ。
「夏コミまであと2週間だね」
「そうね」
「えっと、最近配信もTwitterもしてないからちょっと寂しいわたしがいる」
「そう」
「イベント緊張するけど、今日は結に会えてよかった。ありがとう」
「………っ」
「え、えと」
な、なんだよぅ。
何か喋ってくれないと気まずくて気まずくて息が詰まりそうなんだけど!
「私も」
「え?」
「私も今日打ち合わせに行っていよいよなんだなって実感して緊張したから。その、今宵に会えて安心した」
「う、うん! えへへ、なんだか嬉しいね」
車内はいつの間にか心地良い空気に包まれていた。
しかしそこに流れるのは無言ではなく、わたしと結の笑い声だ。
初イベントまであと少し。
謹慎で少し落ち込んでいたけど、改めて頑張ろうと覚悟を決めることが出来た。