美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい! 作:紅葉煉瓦
遂に夏コミが始まってしまった。
あるてまブースの目玉であるお喋りイベントは午後から開催されることになっていて、事前にネット抽選で当選したファンはお目当てのライバーと一対一で一分間好きなトークを出来る。
他の企業も先着順だったりグッズを一定金額購入すると引けるクジで当落が決まったりと、それぞれ内容は違うものの所属Vtuberを使ったトークイベントを開催している。
しかし先着だったり当日クジは時間を大きく無駄にして余計なトラブルを生みかねないし、あるてまの事前抽選は割といい手法だったんじゃないかと思う。
まあ、そんなことを語っているわたしは現在、別に夏コミに行くわけでもなく、自宅ベッドゴロゴロとつぶやいたーをチェックしているのだが!
「あ、にわ先輩ちゃんと参加してる……」
自由奔放が擬人化したようなあの人がイベントに参加したということは、いよいよわたしも逃げようがなくなったということだ。
しかし既に覚悟を完了させたわたしに死角はない。
決戦の3日目を迎えるため、わたしが今すべきは──
「はいこんにちわ。バーチャルユーチューバーの立花アスカです」
「こんばんにゃー、あるてま所属のバーチャルユーチューバー黒猫燦ですにゃー」
推しとコラボ! するしかねえ!!
「今日は初コラボです、嬉しいですね!」
初コラボ?
俺たちは一週間前に幻覚を?
アスカもついにコラボできるVになって嬉しいぞ
「オイ! 今アスカちゃんのこと呼び捨てにした奴出て来い! わ、私ですら最近下の名前で呼べるようになったのに」
推しの名前、上で呼ぶか? 下から呼ぶか?
いや、推しじゃなくても人の名前下で呼び捨てとかハードル高すぎんじゃん……。先輩とかちゃん付けするならともかく、呼び捨てってそれもう彼女じゃん。
あ、アスカ……ふひっ。
「今回はちゃんと正式なコラボなんですよ、ねっ、燦ちゃん」
「う、うん。マネージャーさんにも許可貰った」
謹慎期間はもう終わっている。
そして今回、個人Vtuberとコラボをしたいとマネージャーに打診したところ第一にコラボ相手、第二にあるてまに絶対に迷惑を掛けないように、と念押しをされた上で許可が下りた。
企業だと個人とコラボ出来ない、なんてところも珍しくないのだが、あるてまはその辺りの制約が緩いようだ。
ただ、その制約もまだバーチャル業界が手探り状態だから緩いのであって、今後どうなるか分からないから今は好きにやりたいことをしなさい、と言ってくれたマネージャーさんは良い人だと思う。
お言葉に甘えて職権乱用で推しと夜通し毎日通話したりコラボとかしちゃったりね!
バーチャルユーチューバー最高!!!
「じゃ、じゃあ今回は視聴者さん向けに、私がアスカちゃんのどこが好きかを語ります」
「恥ずかしいなぁ。じゃあ私は燦ちゃんのどこが好きか語りますね」
「え、えへへ、相思相愛かよ」
「も、もー、燦ちゃん」
あんっま!
アスカちゃんの配信見に来たのに何見せられてんの
くそぉ俺のアスカが黒猫なんかに寝取られた
浮気現場見てる気分
夏波結「じー」
↑ありえそうで笑えないんだよなぁ
ちなみに夏波結は現在夏コミに参加中だ。
あるてまライバーは3日間のサクチケを渡されていて、本人が望むならライバーの控室に入ることもできる。
真面目で向上心の強い彼女は担当日でもないのにこのクソ暑い中、同期や先輩ライバーの応援へ向かった。
わたしも誘われたが秒で断った。
溶けるほど暑い、地獄の窯と称される夏コミに何故自分から向かわなければならないのか。
「えっと、私がアスカちゃんを見つけたのはツイッターで新人Vを発掘してた時。まだあるてまの2期生募集も始まってない頃、だよ」
「実は私の方が燦ちゃんより先輩なんですよ、えっへん」
アスカちゃんのデビューは2018年1月の半ばと業界でもかなり初期だ。
あるてまは2月の半ばに始動したので、デビュー時期だけ見ればウチのライバーの誰よりも先輩に当たる。
あの頃はVtuberと言えば配信より動画がメインで、アスカちゃんも例にもれず当時のお約束ともいえる流行動画をよくつぶやいたーとYouTubeにアップしていた。
正直、贔屓目に見てもアスカちゃんは四天王と呼ばれる彼女たちみたいな秀でたセンスを持ったVtuberではなかった。
けど、純真にVtuberを楽しんでいる姿勢とキラキラしたその笑顔と声に、わたしは一目見た瞬間から心奪われていた。
「まさに一目惚れ、運命……」
「えっ、どうしたんですか突然」
「あ、や、えと……アスカちゃんしゅき」
「わ、私も好き……。あー、これ恥ずかしいっ!」
黒猫変われ
好きなVとコラボするためにVになった女
お前にならアスカちゃんを任せられる……
幸せにな
夏波結「じー」
↑怖いからやめろって!
「えと、じゃあ燦ちゃんのどこが好きか言いたいと思います。……うー、この流れで言うのかぁ」
恥ずかしそうな声でアスカちゃんは「あー」「うー」と何度か唸って、
「初配信の時に友達が欲しいって、コミュ障を治したいからあるてまに応募したって言ってたのが凄い印象に残ったんですよ。私なんてバーチャルユーチューバー!? なんか楽しそう! ってだけでこの世界に来たのに、燦ちゃんは自分を変えたいって凄い決意して飛び込んできて、それが私衝撃を受けました」
「あ、アスカちゃんの方が凄いよ……。だって個人勢で、イラストも技術も全部自分でやってるんだから……」
「私はだって、それがたまたま出来ることだっただけだから。燦ちゃんは出来ないことを出来るようにしようとしてるんだから、燦ちゃんの方が凄い!」
「あぅ、アリガト……」
初配信(2回目)
衝撃(真の初配信、ちやほや)
あんなにグダグダだった奴が今や自分の推しとコラボって成長したな
自分のチャンネル燃やしても人のチャンネル燃やすな
「お、お前らぁ」
チャットを見ると自分のチャンネルでも見掛ける常連の名前が幾つか並んでいた。
遥々アスカちゃんのチャンネルまで煽りに来やがって……!
「それからずっと燦ちゃん追いかけてるんですけど、ホント子猫みたいで可愛いんですよ! すぐ調子に乗ってその後すぐ泣いたり、意外と寂しがり屋で甘えたがりで、ホントもう可愛くて可愛くて。私のことデビュー前から見てくれてるの嬉しくて泣きそうで夢みたいです!」
「う、うぅ、あんまり褒めないで、はずかしい……」
「みて、見てこれ! ちやほやされたいもっと褒めろーって言ってるのに、いざ褒められるとすぐ照れるの、あーもう可愛い!」
実はアスカちゃんがデレデレパターンか?
推しの推しが推しの推しだった件
これもうただのオタクだゾ
は、恥ずかしい! 顔から火が噴き出そう!
いや、連絡先交換した日から毎日通話してるからお互いに推しだってのは理解していた。
会話の弾みで好きなところとかエピソードを語ったこともある。
けどやっぱり大衆の前でそれを改めて語られるのはめっちゃ恥ずかしい!
こ、こうなったらわたしも好きなところいっぱい言って道連れにするしかない……ッ!
「アスカちゃんはまず見た目が可愛い。亜麻色の髪とか腰まで伸びてる髪とか超可愛い。笑うとちらっと覗く八重歯も敬語とギャップでいいよね。敬語と言えばテンション上がるとちょっと崩れて女の子っぽい素の喋り方するとこもすこ。ピンク色とか可愛いぬいぐるみやシールが好きでついつい集めちゃう趣味もほんとすこだし特技がお菓子作りとお絵描きってもう可愛さの権化じゃん。天使か? 天使だわはー好きホント好き大好き付き合いたい結婚したい子ども産みたい……」
きっもッ!
黒猫……アウトだよ
流石に引いたわ
通報した
オタク特有の早口
な、なんで!?
チャットが黒猫キモイムーブで一色なんですけど!?
さっきと反応が違い過ぎるんですけどなんでぇー!?
「燦ちゃん……」
「うっ、な、なんですか」
もしかしてブロックされちゃう?
金輪際配信も見るなとか言われちゃう?
引退するぞ、まともな生活送れなくなるぞ、いいのかアァん!?
「うれしい」
「え」
「うれしいよ! だって自分の推しにここまで自分のこと見てもらえてるんだよ、嬉しいに決まってるよ!」
た、確かにわたしもアスカちゃんから同じこと言われたら悶えるほど嬉しい。
その日は興奮して寝れなくなるのは間違いない。
そっか……そうなんだ、推しなら何言ってもセーフか!
じゃ、じゃあ、
「ね、ねえパンツ何色? わ、わたし黒のすけすけえっちなやつ」
推しの下着の色! 知りたい!
いや、推しにそんな下卑た感情を向けるなんてよくない、純粋で純真な気持ちでいたい、とか。
秘められてるからこそ興奮するんだ、想像こそがオカズだ。
そういう理屈は理解できる。同意する。
けど聞いて許されるなら聞きたいじゃんッ!!!
「ゴメンね、それは流石に燦ちゃんでも教えられません」
「え゛っ」
「女の子が人に、その……下着の色とか言うの、よくないよ?」
「う゛っ」
ザマァ
セクハラは嫌われるで
あるてまは個人Vにセクハラする企業なんですね…
最近Vtuberを始めてからオタクに中てられて感覚が麻痺していたけど、普通の女の子は下着の色を暴露しないんだ。
そのノリを他の人に向けると引かれるのは、いくら仲が良くても好意を持たれていても当たり前じゃないか!
くそぅ、オタクめ……ッ!
間違った価値観を植え付けたオタクが、騙したオタクが、憎いッ!
「えっと、そうだ! 私、燦ちゃんとお絵描きの森してみたかったんです。ね、お絵描きしましょう!」
「アスカちゃんのお絵描き!? やるやるー」
やめろって!
SAN値チェックのお時間です
お絵描きつよつよ勢とよわよわ勢の勝負かぁ
「お前らいい加減にしろよ! 勝つからな、今回はタイマンだから勝つからな!」
「あは、負けないよー」
この後めちゃくちゃ負けた。
◆
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