美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい! 作:紅葉煉瓦
しばらくして関係者が揃ったので打ち合わせが始まった。
と言っても打ち合わせ自体はディスコードで何度も済ませていたので、簡単な説明とメインスタッフの紹介が主だった。
1時間もかからない程度の打ち合わせを終えて控室は再びライバーだけになった。
そういえば昨日までは他の曜日のライバーが結構遊びに来ていたようだが、今日は
「時間まで暇だよなー。誰かゲームしないか?」
「ゲーム! やりたいのです!」
「おーいいねー。何やるの?」
「ボンバーマン」
備え付けのテレビに待機中自由に使っていいと言われたSwitchを接続するアルマ先輩。
「なあ、やらないか?」
「え、遠慮します」
絶対に嫌だ。
アルマ先輩と対戦ゲームをするとボッコボコにされるとコラボで嫌になるほど思い知らされた。
負けると分かっていて勝負を受けるほどわたしはおバカではない。
それに今日はこれから大事な用があるのだ。
「あの、湊。ちょっと席外していい?」
「いいけど、どうかした?」
「行きたいところがある」
「絶対に12時までに帰って来れる?」
今は9時50分だ。
あと10分でコミケ最終日の開幕だが、流石に2時間もあればアスカちゃんに会って帰ってくるのは容易だ。
「買いたい同人誌があるだけだから、よゆー」
「……まあ、今は自由時間だからいいけど」
渋々と言った表情で湊から許可が下りた。
他の先輩方はボンバーマンに熱中していてこちらに気づいていない。
邪魔をするのもあれだし、そのまま出ていこう。
「じゃ、いってくる」
「気を付けてね。……ほんとに大丈夫? 今日は他のライバーさんいないし、私がついていこっか?」
「大丈夫だって。それにほら、買うもの見られるの恥ずかしいし……」
「あー」
そこまで言って漸く湊は合点がいったというように引き下がってくれた。
まあ別に恥ずかしい同人誌を買う予定はないのだけど。
◆
「えっと、サークルスペースは……別館だっけ」
貰った簡易地図を頼りに歩く。
けど開場前のシャッター閉鎖とやらで別のフロアへ移ることが出来なかった。
「うー、あと3分の我慢か」
ツイッターでアスカちゃんのサークル情報を確認しておく。
彼女は今回が初サークル参加だと言っていた。
元々一般参加は何度かしていたらしいのだが、冬コミの時に一念発起で申し込み。
その後Vtuberブームが到来したり自分がデビューしたりして、当初のオリジナルイラスト本からあるてまのイラスト本へテーマ変えして参加する、というのが今回の経緯だ。
だから湊へ語った同人誌を買いに行く、というのはあながち間違いではない。
Vtuberがサークル参加する場合、中の人が売り子をする訳にもいかないので代役として売り子を立てるのはよくある話だ。
例に漏れずアスカちゃんもそのパターンなのだが、彼女はわたしの為にわざわざサークルで待ってくれているというのだ。
もう天使としか言いようがない。
はー、好き……。
と、アスカちゃんへの愛を再確認していると館内アナウンスが流れてコミックマーケット最終日が開催された。
同時に目の前を塞いでいたシャッターがゆっくりと上がっていく。
「まずは別館にいかないと」
そう意気込んでいざ進もうとした瞬間、ドドドドッという音と共に人の波がやって来た。
「へ、は、ひゃぁああ!?」
な、流されるぅ!?
汗だくのオタクたちに揉みくちゃにされて別館へ繋がる道ではなく、全く別の方向へ流されていく。
ついでに手に持っていた地図がどこかへ飛んで行った。
やがて、わたしはどことも知れぬ場所で落ち着いた。
右を見てもオタク、左を見てもオタク。
お、オタクしかいないっ!!
「こ、ここどこぉ……」
進もうにも人の壁がそこかしこにあってなかなか進むことが出来ない。
周りの参加者はその屈強な体で肩からぶつかってムリヤリ道をこじ開けているが、わたしには無理だ。一度えいやっと当たりに行ったが跳ね返されて尻餅を付く結果になった。
遠回りして遠回りして、壁に貼られた地図を頼りに何度も迂回しながら自分が今どこにいるかすら理解できない状態で進むこと一時間。
ようやく事前に教えてもらっていたスペースの近くへ辿り着くことが出来た。
「あ、アスカちゃんのスペースは、こっちか……」
疲労困憊、死に体を引き摺りながら目的地を目指す。
やがて机に貼られた番号が目当てのところへ近づいて来た。視線を挙げれば高々と掲げられたポスターはツイッターで見たことがあるものだ。
それを見つけた瞬間、体に活力が戻るのが分かった。
まるで砂漠でオアシスを見つけた時の気分か。
軽くなった足でスペースへ駆け寄る。
「あ、あのっ」
「どうぞーよかったら手に取ってみてくださいねー」
売り子と思しき人に声を掛けられてビクッとした。
そういえばここまで興奮ひとつでやって来たが、どういう風に声を掛けるんだ?
まさか馬鹿正直に「アスカちゃんを出せ」なんて言えないし、「黒猫燦です」と名乗るわけにもいかない。
どうしようかとうんうんスペースの前で唸っていると、
「もしかして、
「ひゃぁい!?」
売り子さんの後ろに座っていた女性が話しかけてきた。
え、燦ちゃんって、え、つまり、え、そういう、え、え、え?
「はじめまして。
「え、あ……」
美少女がいた。
毎日鏡で美少女と顔を合わせている、自他ともに認める美少女であるこのわたしが、思わずコミュ障を発症した訳じゃなくて単純に見惚れて言葉を失った。
アバターであるアスカちゃんと同じ亜麻色の髪をセミロングに伸ばして、優しい瞳をした彼女はにっこりとほほ笑んで、茫然とするわたしの手を取って胸元で握り締めた。
「すごく、すごく嬉しいです。実は燦ちゃんが来ないかもって思ってたから、本当に来てくれて、すごくうれしい」
「あ、えと、わたしも、会えてうれしい、です」
その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
え、美少女の涙瓶詰したい……。
「あは、こんな机越しでお喋りするのもよくないよね。そっち行くから待っててね?」
「う、うん」
アスカちゃんは隣にいた女の子に一声かけると、すぐに机を迂回して通路へ出てきた。
「そうだ、あんまり燦ちゃんって呼ぶのもよくないですよね。見ての通りうちは初参加で閑古鳥が鳴いてますけど、燦ちゃんは有名人だからどこで聞かれてるか分からないし」
「そ、そうだね。えと、
「じゃあ今宵ちゃんだね。私は
「り、六花ちゃん……」
あるてまのライバーに本名を教えるのは同僚だからそれほど抵抗はない。
けどアスカちゃん──六花ちゃんは完全にプライベートなお付き合いだから、本名を交換するのはなんていうか秘密を共有したドキドキ感があった。
それからわたしと六花ちゃんははぐれないように手をつなぎながら、ゆっくりと他のVtuber関連のサークルを見て回ることにした。
「あ、これ黒猫さんのイラスト本だって」
「よかったらサンプル見てってください」
そう言ってサークル主っぽい人が15ページぐらいのカラー本を渡してきた。
そこには色んなコスプレをした黒猫燦が、笑ったり怒ったり泣いたりして載っていた。
「じゃあ一部ください」
「ありがとうございまーす」
「えへへ、可愛いからつい買っちゃった」
「あ、アリガト……?」
それから結のファッション誌風イラスト本や祭✕きりんのお泊り本、もしもシャネルカ・ラビリットが異世界転生したら、箱庭にわの古今東西グルメ本とか色々見て回った。
企業Vtuberはすでに星の数ほど増えているが、それでもV島におけるあるてまは他の企業より頭一つ分取り扱いが多い気がする。
特にきりん先輩と祭先輩を中心とした1期生が多くて、2期生はその半分ぐらいの印象だ。
「あっ……」
六花ちゃんが一つのサークルで足を止めた。
さっきまでは歩きながら表紙を見て満足していたのに、一体何を見つけたんだろう。
「ゆいくろえっち合同……!?」
「だ、だめ! 今宵ちゃんは18歳以下だから見ちゃだめ!」
「み、みたいみたい。ちょっとだけ、先っぽだけだから」
「だめ! そ、それに、夏波さんと黒猫さんがその、え、えっちしてるの見たくないもん……」
もじもじと顔を赤らめながら、消え入りそうな声で六花ちゃんが呟いた。
「ほ、ほら私は黒猫さんの単推しですから! 推しが他の人とイチャイチャしてるのは解釈違いっていうかなんていうかえとその……好きな人が他の女の子としてるのなんて、見たくないよ」
「り、六花ちゃん」
な、なんだろう。
このむず痒い空気はなんだろうか。
いつまでもスペースの前に陣取るのも迷惑なので私たちは先程までの賑やかな空気から一転、俯きながらギクシャクした空気で歩き始めた。
好きな人が他の子とえっちしてるの見たくないって、いったいどういう意味だろう……。
考えてみると確かにアスカちゃんが
解釈違いとか抜きにして、仲のいい知り合いが他の人と仲睦まじくしていると……モヤモヤする。
そんな気もそぞろに歩いていたのが駄目だったのだろう。
前方からやって来る人影に気づかず、わたしたちが繋いでいた手の間に誰かがぶつかってきた。
「ってぇ……コミケで手繋いで歩くな! 邪魔だろ!」
「あ、すみません!」
「ご、ゴメンナサイ……」
今まで人が来たら六花ちゃんと密着して避けていたのだが、先程の出来事でお互いに注意力散漫していたみたいだ。
肩を怒らせながら去っていく男の人にペコペコと頭を下げていると、六花ちゃんが閃いたという表情で人差し指をピンっと立ててこちらを見た。
「腕を組みましょう。そうすれば手を繋ぐより密着できるので邪魔にならないと思います」
「な、なるほど!」
「問題はどちらが腕に抱きつくかですけど……」
「わ、わたしが六花ちゃんに抱きつく!」
「了解です。はい、どうぞ」
差し出された左腕にしがみつき、並んで歩く。
さっきよりダイレクトに六花ちゃんを感じられてもうわたしは興奮マックスである。
ちょいちょい私の右腕に当たる六花ちゃんの形の良い胸が、下着越しだというのにすごい柔らかくてわたしの思考を冷静じゃいられなくする。
う、腕組みってこんな危険な歩き方なのか!
「あ、この黒猫さんキーホルダーかわいい。1つください」
「ありがとうございます、700円になります」
六花ちゃんは先程から黒猫燦の小物を見つけると頻繁に買っている。
他のライバーには目もくれない辺り、単推しというのは本当みたいだ。
アスカちゃんのグッズは悲しいことに一つもなかったのでわたしは何も買わず、ただ六花ちゃんが買うものを眺めるだけ。
こうなったら冬コミでわたしがアスカちゃんのイラスト本を出すしかないな……!
「ふぅ、もうだいたい回りましたね」
「V島って今回から新設されたのに、すごい数……」
「ね。きっと冬コミはもっと凄いことになるし、来年は更に更に人気だよ!」
一頻り回って、どこか落ち着ける場所を探す。
丁度ホールとホールを繋ぐ大きな通路の端、階段が物陰となって周囲からは見えないデッドスペースがあった。
こんなところ見つけてしかも空いてるなんてラッキー。
「あは、いっぱい買っちゃった」
「お金大丈夫?」
「うん、この日のためにたくさんバイトしたから」
六花ちゃんは都内の大学に通う1年生だ。
大学1年生にも関わらずイラストから技術系まで全部自分でこなしてVtuber活動をしているというのだから、六花ちゃんは本当に凄い美少女だと思う。
美少女という点だけ比べればわたしと六花ちゃんは同じぐらいの美少女だが、その他のスキルを加味するときっとわたしが生涯で唯一敗北を認める美少女は彼女だけだろう。
はー、六花ちゃんすごい、すき……。
「そ、そういえば話って?」
今日のお誘いは単純にわたしと遊びたかったのと、もう一つ大事なお話があるからと言われていた。
話なんて通話で済むのにわざわざ顔を合わせないと言えない内容、一体なんだろうか。
「う、うん。えっとね、実は今宵ちゃんにありがとうを伝えたくて」
「ありがとう?」
「私が今日まで立花アスカでいられたのは黒猫燦のおかげだから。だからありがとう」
階段の影、周囲には人がいない。
けどそれでもコミケ会場は騒音に包まれていて耳が痛くなるぐらい煩い。
だというのに向かい合って言葉を伝える六花ちゃんの声は不思議と一言一句聞き逃すことはなかった。
「本当は私、6月前に引退するつもりだったんです。好きで始めたバーチャルユーチューバーだったけどチャンネル登録は伸びないしチャットも付かない。続ける意味あるのかな、って何度も悩んで」
アスカちゃんが一時期落ち込んでいたのは知っていた。
まだチャンネル登録も2桁前半の頃で、配信も5人ぐらいしか見ていなくて一言もチャットが付かずに終わることも珍しくなかった。
何か応援してあげなきゃ、と思ったことは何度もある。
けどそのたびに推しに認識される恐怖で一歩踏み出せなくて、アスカちゃんを傷つけていた。
Vtuberに限らず創作家は反応がないと自然と消えていくと知っていながら、推さない推しは推しにあらずと理解しながら、それでもわたしは臆病と勇気を言い訳につい最近までアスカちゃんを影から見守っていた。
もしもあの時、チャットの一つでも、ツイッターで感想の一つでも言っていれば暗い顔をさせずに済んだかもという後悔は今もある。
「けど、燦ちゃんのデビュー配信を見た時から私、吹っ切れたんです。型に嵌まらない配信は今までの固定観念を全部壊してくれて、自分の活動なんだから好きに配信をすればいい、嫌ならやめればいいって言われてる気がして。それにこんなに臆病な子が自分を変えようと頑張ってるって思ったら、私も本当に好きだから始めたって気持ちを思い出せて、たとえ人気になれなくても自分のために頑張ろうって思えたの」
「そ、そんなこと言われる資格ないよ。わたしはいつも逃げてるだけで、アスカちゃんが大変な時だって見て見ぬ振りしてた……」
「けど勇気を出してくれた。ここに来て、私の目の前にいてくれる。資格なんて必要ない、燦ちゃんは、今宵ちゃんはずーっと頑張ってますよ。その頑張りに私は惹かれたんだから、やっぱりありがとう、だよ」
「う、うぅー……」
ポロポロと涙が落ちる。
好き勝手やって来た今までの行動は誰かの支えになっていた。
それがわたしの推しだったって、そんな奇跡あるか?
「燦ちゃん、好きだよ」
「わ、わたしも、わたしもアスカちゃん好き。ずっと見てきたから、頑張ってきたアスカちゃん見てきたから。どんなに苦しくても諦めずに輝き続けたの知ってるから、わたしが一番、アスカちゃんのこと見てきたから知ってるから、好き!」
「あは。その言葉だけで、もう満足だよ」
わたしたちは互いに泣いて抱きしめ合った。
ここが人目につかない場所で良かった。
もしもベンチでこんなことしてたら流石に羞恥で死ねる。
「そろそろ時間だね」
「う、うん。正直、不安しかない……。いつもみたいにカメラ越しでも、今日は会場が見えるから緊張する」
「そっか。じゃあ今宵ちゃんの元気が出る魔法をかけてあげる」
そう言って六花ちゃんは少し離れると、潤んだ瞳に顔を赤らめながら、スカートをたくし上げた。
「え、えぇ!?」
「今宵ちゃん、下着見ると元気になるって言ってたから……」
そんなこと言ったのか今宵ちゃん!?
いや言った、確かにこの前の深夜通話で言った!
どうしても六花ちゃんのパンツが見たくて深夜テンションに任せて駄々をこねた気がする。
「アスカちゃんのパンツは万病に効くから、私も元気でるから! コミケも頑張るからパンツ見せて! おねがいおねがい!!」とかそんなこと言った気がする!
「ど、どう、かな。元気出た?」
「えと……」
純白のショーツは汚れなき六花ちゃんの心を表すようにどこまでも綺麗だった。
色白の太もものとショーツは見ていて飽きが来ない。ご飯三杯はいける。
わたしはふらふらと誘われるように六花ちゃんに近づいて、
「お、いい感じのスペースあるじゃん!」
「よっしゃ戦利品整理しようぜ!」
「人いないしラッキーだなオイ!」
パッと神速でスカートを戻してお互いに距離を取る。
まるでここで何も起きてませんでしたというように、吹けもしない口笛を吹いて誤魔化す。
「す、すっー、すっーー」
「あれ、先客いたわ」
「あ、ごめんなさい。よく確認しろし」
「しかたねーから別の場所探すべ」
3人のオタクグループはそう言って去っていった。
そうだよな、いくらここがデッドスペースといえど同じように休憩所を探している人間は見つけるよ。
こんなところでえっちなことしてると危ないに決まってるじゃん!
「あ、えと、その、あはははは」
「そ、そろそろ時間だよね! えと、頑張ってね!」
「う、うん。その、続きは」
妙な空気のまま階段裏から出る。
ひんやり薄暗かった空間から出てきたせいで、ムワッとした熱気と光が一気に襲いかかり目がチカチカした。
「続きはまた今度、だよ。んっ」
「んむっ!?」
「あは、おまじない。イベント頑張ってね!」
まだ視界がボヤケていて何も見えない。
ただ朧気ながら捉えた視界で手を振りながら去っていく六花ちゃんと、唇に残る感触がこれは夢ではないと語っていた。