美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい! 作:紅葉煉瓦
「んにゃ……」
心地よい微睡みの中、頭を撫でる優しい感触で目が覚めた。
「起きましたか?」
「ぁぇ、マネージャーさん……?」
目を開けて最初に飛び込んできたのはマネージャー──九条さんの困り顔だった。
「急に倒れるので心配しました。夏休みの体調管理には気をつけるよう言っていたのに、また夜更ししてたんでしょう」
あ、あー。そういえば撮影ルームへの移動中に倒れたんだった。
「ぇと、何分くらい寝てました……?」
「30分ほどです。今は撮影機材のチェックでどうにか間を持たせています」
「ぅぅ、ゴメンナサイ……」
30分かぁ。
短いようで長い時間だ。
ライバーだけじゃなくて撮影スタッフの時間も無駄にしてしまったと思うと心苦しいものがある。
「さて、ではそろそろ起き上がれそうですか?」
「あ、はい」
言われて、起き上がる。
どうやらわたしは廊下に設置されたロビーソファに横になっていたらしい。
そしてここでようやく気づいた。九条さんの膝を枕にしていたということに。
「あわわわ、膝枕、ぇと、あの、ゴメンナサイごちそうさまでした……ッ!」
「落ち着いてください。気にしてませんから」
九条さんはスラっと引き締まったモデル体型なのに太ももは女性らしく柔らかくて30分も寝ていたというのに頭が痛くなるなんてことがなくてなんていうか最高というかこんな美人さんを30分も拘束してたなんてやべぇなとか思ったりしてあのあのあのッ!
「30分延長とかできますか……?」
「撮影、始めましょうか」
はい……。
◆
「夏コミお疲れさまでした! あるてま二期生勢揃い! いぇーい」
「どんどんぱふぱふー」
あれから撮影ルームに入って九条さんと皆に頭を下げてから少し。
ようやく撮影がスタートした。
司会を務める1期生のベストコンビ、きりん先輩と祭先輩がマイクを片手に場を盛り上げる。
「いやーみんな本当に頑張ったね! きりんさんも陰ながら応援してたけどえらいぞ!」
「イベントは大成功だってえらい人も言ってた。一安心」
「まあ8月31日にはライバー全員参加のカラオケ大会もあるから落ち着くのはまだ先だけどねー」
そういえば月末にはカラオケ大会が控えているんだった。
以前の祭先輩とオフコラボした時とは比較にならないほど大規模なイベントらしいけど、本当にわたしは歌うことができるのか……?
「じゃあ早速1人ずつ感想聞いてこっか。みんな積極的に喋ってね!」
「がやがやがやがや」
「祭ちゃんもガヤ担当気合い充分みたいです」
きりん先輩はこちらへ視線を向けて、まるで品定めをするみたいに1人1人の顔を確かめたあと大きく頷いた。
「じゃあトップバッターは我王神太刀くん! 夏コミお疲れさまでした! 我王くんは男性組が集まってる2日目から唯一外れて初日組だったけど、どうだったかな?」
「ほう、まず我を指名するとは流石はあるてまのブレイン。なかなかの審美眼を持っているな」
「我王は本番前から控室で落ち込んでたよ」
「十六夜キサマァ!?」
「ちなみに本番後は予想以上に列人気が凄くてとても喜んでましたよ」
「リスリット! 黙れ!!」
「本番前の『なあ、男だから一人だけ不人気だったらどうしよう。なんで自分だけ初日なんだよ……』って弱気発言と来たら、今思い出しても笑えます」
初日組は一番プレッシャーを感じていたと思う。
おまけに我王は他の男性組が2日目に集中していたのに、唯一初日に回されていたのだ。
疎外感とプレッシャーは人並み以上にあったんだろう。
けどこうして終わってみると初日組はどこか和気藹々として馴染んでいるようにも見えた。
まあ、基本我王がイジられキャラだからだろうけど。
「初日は流石1期生、にわちゃんと祭ちゃんが特に人気だったんだよねー。特ににわちゃんは普段から不定期配信でレアキャラ扱いで凄い列だったよね」
「ここだけの話。にわは逃走防止用に椅子にロープでぐるぐる巻きにされていた」
「それでも抜け出すからマネージャーと来宮さんがそれぞれ片手に手錠を掛けて監視していたんですよねぇ」
「まあ、それでもやっぱり変わり身の術をしてくるから最後は我王が必死に追いかけたんだよね」
「まさか本番中に出演者2人も抜けて鬼ごっこをするなど我も予想外だったぞ……」
「あはは、もしかしたら我王くんが初日だった理由は男手が必要だったからかもしれないねー」
初日組いったい何してたんだ……。
あとで特別にアーカイブとか貰えないかな。
「あとは十六夜ちゃんに女の子のファンがたくさん来たり、リースさんに投資や企業運用の相談がたくさん来たり、楽しい1日だったねー」
「今回好評だったので上層部ではコミケ期間以外でも箱を借りてトークイベントを定期開催しよう、という意見が出てますよ。どうなるかは未定ですけど、続報に乞うご期待です」
「じゃあお次は2日目メンバーに突撃だ! 結ちゃーん、お願い!」
きりん先輩のマイクが今度は結へ向かった。
もったいないなぁ……きりん先輩も身振り手振りで動き回りながら司会をしているのに、これLive2Dだから全部棒立ちなんだよね。
3D配信まだかなぁ……。
「任されました! 2日目は私と永歌ちゃん、戸羽くんに相葉先輩、べんとー先輩で男性ライバーが中心の組み合わせでした」
「ふふ。ハルキオン先輩は凄い人気、でしたね」
「トークが終わるたびに会場に響く『ハルキオンに栄光あれ!』は待機列全員息ピッタリで圧巻の一言! 半額弁当教がツイッタートレンドにも上がってたよね」
「……実はハルキオンの半額弁当教がよく分からない」
「べんとーくんはハルキオン王国の第一王子なんだけど、最近は国民減少でお金がないらしいよ。で、移民を増やすために配信を始めたんだけど、いつも半額弁当を食べながら配信してるからファンの間では半額弁当教って名付けられたとかなんとか」
「来宮先輩も、動物園の経営危機で配信、始めたんですよね」
「あるてまってお金にこまってる人多くない?」
「金で出来ないことはないッ!」
「んーお金持ちはちょっと静かにしてよっかー?」
聞いてるとべんとー先輩はキャラが濃いなぁ。
どうやらハルキオンの民はファンを超えてカルト的熱意を持った人が多いらしく、ネットでも度々評判になっている。
曰く配信の日はスーパーから半額弁当が消えるとか、スパチャは『〇〇弁当¥250』という風にリスナーの本日の弁当が放送終了まで流れるとか、噂は尽きない。
「結ちゃんの列は普通の雑談からお悩み相談、黒猫さんの話題と色んな人が来てたね」
「いやー、ほんと嬉しかったです。正直デビューの頃は没個性とかネットで言われてたのに、ここまで皆に愛されるなんて。ゆい友のみんなありがとー!」
「……特に多かった話題は黒猫さん関連、ですよね」
「ん、そうだね。燦と裏でどんな通話してるかーとかオフの日遊んでるかーとか、結構聞かれたね」
「で、実際はどうなんですか?」
「えー、ここで言うの?」
「私も興味あるなーゆいくろトーク」
「聞かせて」
な、なんか気がついたらわたしに飛び火しそうな話題になってるんですけど!?
「お、お前ら夏コミの話題、しろ!」
「じゃあ2日目の燦家に行った話でもしましょうか」
「やめて!?!?」
あれはダメだ、あれは記憶の奥底に封印されたヤバい事件だ!
だって、だって、結の──湊の前で全部晒して、
「2日目、黒猫さんとデートした」
「ふーん、詳しく」
「根堀り、葉掘り、聞きましょうか」
「収録時間押してるから! 先行こう! ね!」
わたしの必死の呼びかけが通じたのか、きりん先輩はちょっと意地悪そうな笑みをコチラに向けてゆいくろまつねこトークを切り上げてくれた。
うぅ、きりん先輩って意外と意地悪だ……。
「じゃあ待望の3日目、黒猫さんにインタビューだ! イベント参加者も3日目が一番多かったらしいけど、2期生1人だけでどうだった?」
「ぇと、緊張しました……」
「黒猫さんはねー、始まりから終わりまでずっとやらかしっぱなしで見ててハラハラしたよねー」
「何度も転んで下着を見せてきた」
「見せてないです!」
「朝から張り切ってたんだよねー。かみー、お化粧してーって」
「ぅー、だまれだまれ!」
結の目がギラリと怪しい光を帯びている。
嫌な予感がするんだけど……。
「そういえば本番前に遊びに行ってたけど、どこ行ってたの?」
「ぇ、ぁー……、同人誌巡り?」
「ふーん? あんなにお洒落して? 本番に遅れそうになるまで?」
「ま、迷子になってました」
「ふーん??」
「ぁぅぅ……」
シーン、と気まずい空気が流れた。
これ放送事故にならない? 流石にカットされるよね?
「そうだ、黒猫さんは1期生だと誰が好きかな? ここだけの話で教えてよ!」
流石に不味いと思ったのかきりん先輩が話題を変えてくれた。
けどそのネタ振りは良くないと思います!
「黒猫さんは私に決まってる」
「ほほーう、いやいやきりんさんかも知れませんよー? いくら祭ちゃんでも後輩からのラブコールは譲れませんなー」
見えない火花がふたりの間でバチバチと散っている。
というか、なんでこのふたりは自分が一番と信じて疑ってないのだろうか!
フラップイヤーもユニットでコラボ機会多いんだけど!
「で、黒猫さんは」
「どっち?」
かくなる上は……!
「けんかはやめて? 祭お姉ちゃん、きりんお姉ちゃん」
この撮影は通話の配信と違ってリアルで撮っている。
だからこう、上目遣いで甘えた声を出して、見つめながら言えば、
「こふっ」
「んっ」
美少女の特権! 可愛いおねだりの炸裂だ!
リアルで対面してるから効果はネット上の100倍!
これで落ちなかった湊はいない! ちなみに最近覚えた!
「えへへ、ね、ねぇ、もう1回言って?」
「もう1回」
「ちゃんと司会しよ? お仕事しないお姉ちゃんきらいだよ……?」
「きりん、進行。早く」
「らじゃー!」
テキパキと進行が再開された。
感想が終わったら次は簡単なレクリエーションゲームをして締めに入るらしい。
「題して、『絆を深めろ! 動物ジェスチャーゲーム!』いぇーい」
「どんどんぱふぱふー」
「ルールは簡単、順番に1人ずつジェスチャーをして他の人に当ててもらいます! 一番多く当たった人には運営さんから特別なご褒美が出るかも!?」
「決着がつかなかったら私とジャンケン」
「そんなわけで早速我王くん、前にどうぞ!」
「ふっ。この程度の児戯、我に掛かれば余裕だ」
そう言って我王はわたしたちの前に立ち、きりん先輩から1枚の紙を渡された。
あれにお題が書かれているのだろう。
「制限時間は60秒! 早速いってみよー、ジェスチャーゲームスタート!」
「どんどんぱふぱふー」
合図と共に我王が四つん這いになる。
そしてのっそのっそとスタジオを徘徊し始めた。
これは……絵面がヤバい。
「これは、ゴリラですか……?」
「いや、チンパンジーでしょう」
「ぶっぶー違いまーす。ちなみにきりんさんの動物園ではもっと可愛い子がたくさんいます」
段々と時間が迫るにつれて我王の顔に焦りが見えてきた。
えぇ、四つん這いの動物って範囲広すぎでしょ……。
「あ、パンダ!」
「カンガルー……?」
「全然違いまーす。我王くんもしやジェスチャーゲーム下手だね?」
「ぐ、ぐぬぅ……」
机の上に置かれたタイマーの残り10秒という文字に顔を真っ赤にした我王が呻き声を上げて、そして、
「がおー!!!」
「あ、わかった! ライオン!」
「結ちゃん大正解! けど我王くんが喋っちゃったので無効でーす」
「えー!? 我王くん何してんの!?」
パタリと倒れた我王は小さな声で、
「いっそ殺せ……」
と呟いた。
その小さな背中にはいつもの不遜な態度は見る影もない。
いや、まあ、ドンマイ……。
それからリース=エル=リスリットが手をパタパタさせて皇帝ペンギンの真似をしたり、終理永歌が意外と俊敏な動きで豹の真似をしたり、戸羽乙葉が特に感想も沸かないリスの真似をしたりして、前半戦が終わった。
「んー、やっぱり1人1問ずつじゃ得点も横並びだね」
「終理永歌1点。リース=エル=リスリット1点。夏波結1点」
「我王くんの無得点が響いてるねー」
「もうやだ……我生きていけない……」
そして次に立ち上がったのは十六夜桜花だった。
「黒猫さん、キミのために頑張るよ。もしもボクが勝てばこのあと食事でもどうかな?」
「……え、あ、はい」
「ちょ、話聞いてた!?」
「や、人に酔ってきた……」
スタジオは広々としていてある程度の距離を開けて並んでいるとはいえ、スタッフを含めるとそこそこの人数がいる。
長時間個室で人と過ごすなんてなかなかの拷問だ。
「ちょっと休む?」
「うー、このまま続けて」
「じゃあ巻で行こっか。はいはい十六夜ちゃん早くしてねー」
「いつもボクの扱い雑だなぁ!」
まあ、そんな感じで十六夜桜花の番が終わった。
「結ちゃんよろしく!」
「私こういうの得意だから任せてください!」
そしてカウントがスタートする。
結はまず右手を大きく上げて、
「あ、きりん」
「え、すごい! 正解だよー黒猫さん!」
「以心伝心」
「あはは、なんだか照れるね」
いや、急に手を上げたからもしかして、と思っただけなんだけどな。
まあ当たったなら良かった。
無事に無得点だけは避けられた。
「じゃあ最後は黒猫さん! 大丈夫? いけそう?」
「ん、大丈夫です」
少し重たい体を引きずって前に立つ。
渡された紙は……なるほど。
「じゃあラストゲーム、スタート!」
取り敢えず四足歩行の動物だから四つん這いになった。
今なら分かる、我王の気持ちが。
四足歩行の動物って範囲が広すぎる上に両手を地面に付けるから表現が難しいな!
「猫!」
「……子猫」
「ぶっぶー。そんな黒猫さんだからってベタな答えなわけないよー」
のっしのっしと歩いてみる。
で、こう、頭を下げて食むように、
「ヤギだ!」
「犬では?」
「違うんだなーこれが」
タイマーを見れば残り10秒を切っていた。
このままじゃ我王の二の舞じゃないか!
わたしはあと残された表現はないかと散々頭を悩ませた結果、名案とばかりに立ち上がり、
「……ッ!」
胸を指差した。
「あ、牛!」
「大正解! やー残り1秒、ギリギリだよ結ちゃん!」
「あはは、ヒントが、その……ね」
「あー、うん。そーだね」
「大きい」
「角がね! 両手で大きく角を表現するのはファインプレーだったよ!」
女性陣からの視線がどことなく痛い。
そうか、牛って手で角作れば良かったのか……。
まあ今回は大きな胸に助けられたな!
「えー、そんなわけで優勝は2ポイントで結ちゃんにけってーい!」
「商品は運営へのおねだり券」
「1回だけ運営さんに何でもおねだり出来る万能チケットだよー。だいたいのお願いは叶うってえらい人が言ってました!」
「わぁ、嬉しいです! ありがとうございます運営さん!」
いいなー、おねだり券。
当然無理なものは無理なんだろうけど、いざという時に何でも出来る券は喉から手が出るほどほしい。
またいつかやらないかな……。
「で、0ポイントのみんなは罰ゲームとしてこのあとオフコラボ配信ね! 当然罰ゲームだからいやーな企画があるのでお楽しみに!」
「ぐぅ、何故我が……」
「黒猫さんと食事に行く予定だったのに!」
いやーな企画とやらが気にならないこともないけど、これ以上見学をして面倒に巻き込まれるのも嫌だから終わったらすぐに帰ろう。
「じゃあ、今日はここまで! 8月31日は18時からあるてま全員集合カラオケ大会も開催されるから、みんな見てね! 番組の最初と最後にはサプライズがあるかも……?」
「楽しみ」
「じゃあ、ばいばーい!」
「ぱちぱちぱち」
◆
「つかれた……」
「お疲れさま、よく頑張ったね」
「うぅ、もう帰りたい……」
「そのまま帰る? 何か甘いものでも食べに行こうかなって思ってたんだけど」
「甘いもの?」
「うん。最近評判のフルーツパーラーとかどう?」
「いきたい!」
フルーツパーラー? が何かよく分からないけど、フルーツなんて言うからには美味しいに決まってる。
疲れた体と脳には甘いものが一番って言われてるからな!
「じゃあいくよー」
そんなわけで湊の車に揺られてフルーツパーラーへ。
「う、陽キャオーラが」
外観からしてもうインスタ映えって感じだ。
店内を見れば年若い女性やカップル客が中心で、イチャイチャと食べさせ合いをしている。
こんな店に、わたしが入るのか……?
「ほら、いくよ」
「あうぁー」
グイッと手を惹かれて店内へ。
う、ニッコニコの店員が眩しい!
「いらっしゃいませー。ただいまカップル限定メニュー販売中ですけど、いかがされますかー?」
「えーっと、私たちカップルじゃな──」
「そ、それ、それで! 1つください!」
「こ、今宵?」
あ、つい……。
「ぇと、ほら、美味しそうだったから」
「あ、うん。別にカップルメニューみんな頼んでるし、普通だよね」
「じゃあ写真撮りますねー」
「しゃ、写真!?」
「はい。こちらの商品を頼まれたお客様には特別に写真もプレゼントしています!」
聞いてないが!?
「もっと近づいてくださーい。はい、もっと、もっと、ほっぺたくっつくぐらいー、ハイッチーズ! いい写真撮れましたよー」
「あわわわ、とんでもないことに」
「迂闊だったわ……」
カメラはチェキだったようですぐに現像された。
そこには頬と頬をくっつけて真っ赤なわたしと湊が写っている。
「うー、うー」
「まあ、記念よね。記念記念」
それから特製シャーベット(カップル仕様)とチョコアイスが運ばれてきて、わたしたちはお互いに食べさせあった。
だ、だって周りもしてるし、陽キャに入っては陽キャに従えって言うし!
「おいしかった……」
「さすが高級フルーツパーラーね」
シャーベットで涼しくなるはずが逆に熱くなる摩訶不思議な体験をして店から出る。
昼前に出たのにもう時刻は夕方だ。
普段なら夕飯も一緒に行くところだが、流石に時間が少し早いし何より今日は21時頃に久々にお母さんが帰ってくる。
さて、それまでどうしようか、となったところで。
「……あれ、もしかして」
「降り出した……?」
8月は天気が急に崩れることが多い。
天気予報では1日中快晴と言っていたのに、ポツポツと降り出した雨は次第に勢いを増して空はゴロゴロと唸りを上げ始めた。
「ぴぃっ!?」
「あ、雷近いね」
「み、みみみ湊帰ろう!?」
「そーね。流石にこの天気じゃ遊びにいけないし」
そんな感じでわたしたちは店先から大慌てて湊の車へと戻った。
もしも徒歩で来ていたらどこかで雨宿りをする羽目になっていただろう。
いやぁ、車があってよかった!
それから車に揺られて暫く。
自宅へ着いた。
未だに雨は止む気配を見せない。
「えと、今日はありがと」
「うん、私も久々に声が聴けてよかった」
う、そういえば1週間ぶりの会話だったな……。
そう思うと、なんだか急に別れるのが寂しくなってきた。
けど湊には湊の予定があるだろうし、名残惜しいけどここで、
ゴロゴロドッシャーン!!!
「ぴゃぁああ!?!?」
か、雷!
雷近い! 怖い!
「う、今宵、苦しい……」
「え、あ、ごめん!」
反射的に運転席にいる湊に抱きついていた。
これが停車中で良かった……!
とホッとしているのもつかの間、また雷が轟いた。
「う、ううぅ、みなとぉ……」
「大丈夫? ひとりで帰れる?」
「むりぃ……」
うちのマンションは隣室の音は通しづらい癖に、窓から外の音はよく通す。
だから誰もいないと凄い静かな空間なんだけど、雷が鳴っていると逆に恐怖心を煽られてしまう。
今日はお母さんが帰ってくる日とはいえ、まだ数時間も1人の時間が待っている。
そんなの、耐えられない……!
「い、いっしょにいて。おねがい……」
「仕方ないなぁ……」「明日は仕事お休み、よし……」
近くのコインパーキングに車を停めて、猛烈な雨粒に全身を打たれながら、わたしたちは帰宅した。