美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい! 作:紅葉煉瓦
残暑も終りを迎えて長袖の季節、最近はめっきり肌寒くなって学校へ行くのでもスカートでは心許なくなってきた。
日によってはストッキングで誤魔化したりもしているんだけど、それでも寒いものは寒い。
女の子のお洒落は気合と我慢、なんてよく言うけどやっぱり寒さの前には心が折れそうになる。
いいよなぁ、男子連中はズボンだしなんなら中にジャージ穿いても許されるんだから。
そんな季節特有の憂鬱を抱えていると、ポンッとスマホに通知が来た。
見れば差出人は祭先輩だ。
8:02 ✉ ♫ 4G❘❙❚ ◼87% |
≡ @ 世良祭 ● |
.世良祭 今日 8:02 .お泊りコラボしよう٩(๑òωó๑)۶ . │世良祭へメッセージを送信 |
えぇ……。
祭先輩はどうしていつもこう、唐突なんだろうか。
わたしがデビューして間もない頃のオフコラボに比べれば、事前に相談してくれるだけ充分有り難いけどそれにしたって唐突だ。
しかもお泊りってことは実際にどちらかの家で寝泊まりするってことで……それって最早同棲みたいなものでは???
少しだけ悩んで、しかし最近は湊や神代姫穣に会ったぐらいであるてまメンバーには会ってないなぁ、と思ったので「いいですよ」と返事をした。
たまには誰かが側にいて配信するのも、刺激になって良いかもしれない。
◆
そんなこんなでお泊りコラボの当日。
わたしは前回と同じ最寄駅で祭先輩が来るのを待っていた。
なんとなくスマホを弄る気にもならなくてハンドバッグを両手で持ちながら、壁に寄りかかって改札の向こう側をぼーっと眺める。
やっぱり30分前は早すぎるかなぁ……とか考えながら待っていると、ふと影が差した。
「まつりせんぱい?」
「可愛いお嬢さん、よかったらお茶でもどーかな?」
見上げるとそこにいたのは、なんともチャラチャラした男だった。
金髪に染め上げた襟を遊ばせた髪に、どこで売っているのか問いただしたいクソダサいサングラス。腰にはジャラジャラとチェーンが下がって指にはゴテゴテとリングが嵌っている。
これは……、ナンパに違いない!
「あの、人、待ってるから……」
「じゃあ来るまででいいから、なんならここでお喋りだけでもいいからさっ、ねっ、ねっ?」
「ぁぅ……」
こ、困った。
自分より身長が30センチは上の男相手に背後は壁。
「あ、じゃあ時間がないなら電話番号でもいいよ? また暇な時にゆっくりお茶でもいいし、ねっ?」
しかもなかなか押しが強い。
モタモタしていると祭先輩が来てしまうかも知れないし、ここは電話番号ぐらいさっさと渡してご退場願おう。
おっかなびっくりスマホを取り出そうとして、
「邪魔」
横からグイッと手を引っ張られた。
「うちの子になんの用」
引っ張られ、たたらを踏んで、どこか懐かしい感覚と共に抱きとめられる。
見上げれば、それは祭先輩だった。
祭先輩は知り合いのわたしでも震え上がる眼光でチャラ男を睨みつけて、
「用がないなら消えて」
言い放つ。
しかしチャラ男もこういうことには場馴れしているのか、軽薄な笑みを携えたまま、
「あ、この子の待ち人さん? いやーよかったら待ってる間にお茶でもどうかなって思ってさ。で、お姉さんも一緒にお茶でもしない? もちろんお金は出すし、ねっ?」
「興味ない。早く消えなよ。邪魔だから」
「そう言わずにさっ。人助けだと思ってお茶奢らせてよ~」
はぁ、と祭先輩はため息をひとつ。
そしてさっきとは一転、ひどく面倒そうな表情で、
「駅員、呼ぶけど。その後ならお茶に行ってあげる」
「ッ……」
チャラ男はようやく軽薄な笑みを消して、苦々しい表情で去っていった。
あの状態の祭先輩を相手に押し切れると本気で思っていたのだろうか……?
ともかく、チャラ男が消えたことでようやく祭先輩はわたしを開放してくれた。
こ、怖かった……。祭先輩が来てくれなかったらどうなっていたことか。
そんなわたしの不安を吹き飛ばすように、祭先輩はニコリと笑いかけて、
「おまたせ、待った?」
と、言った。
こういう時、なんて返すのが正解なんだろう。
何かの雑誌で待ち合わせでこう聞かれたときに返すべきベストワード、みたいなのが載っていたはずだ。
あれは確か、
「ううん、今来たとこ」
これが正解だったはず。
「うそ、今来たならナンパされてない」
「うっ」
どうやら不正解を引いてしまったらしい。
もう二度と雑誌の言葉なんか信じねー。
「次からは遅れてもいいから、あまり早く来ないこと。早く来ても、無駄に待つだけ」
「でも先輩相手に遅刻は」
「ナンパの相手するほうが、疲れる」
「ご、ごめんなさい」
「ん」
ちょっと気まずい雰囲気。
どうしよっかなーもう帰りたいなーと思うけど、そういえばこれお泊りコラボだから帰っても意味ないなぁと思い直す。
仕方ない、気持ちを切り替えよう。
「あの、それでお泊りコラボって、なにするんですか……?」
お泊りということは夜に、寝る前とかに配信するつもりなんだろう。
でも現在時刻は13時、まだまだ時間があり余っている。
「お泊りコラボの定番は……、デートに決まってる」
「で、デート!?」
「うん。目一杯遊んで、お風呂入って、配信する」
「お、お風呂!?」
「一緒に入らない?」
は、入りたい。祭先輩とお風呂入りたい!
でも推しとお風呂とかわたしの理性が蒸発するのは確実だし、入りたいけどそれだけは阻止しないと……!
「……お風呂の間は交互に配信しませんか? その方が長く配信できるし」
「お風呂、イヤ……?」
「うぐぅ。……この件は一旦保留で」
問題の先送り、しかし今のわたしにはそうしないと答えが出せそうになかった。
「それで、祭先輩」
「凛音」
「り、凛音先輩」
「凛音、でいい。先輩は他人行儀」
「いや、それは流石に」
先輩を付けないのは失礼でしょ、と思うのだが祭先輩──結月凛音先輩はツーンと顔を背けて何を話しかけても無視する態勢に入った。
えぇ……、いや、でも。
「り、凛音さん! あの、これが限界なので、その……」
「仕方ない。一歩前進、今回はここまで」
「今回は……?」
「じゃあ、早速行こう」
わたしの疑問に応えることなく、凛音さんは慣れない駅にも関わらず先導しようとする。
え、ていうかどこ行くかも聞いてないんだけど、デートってなにするんですかぁ!?
「なにって、カラオケに決まってるけど」