美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい!   作:紅葉煉瓦

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#65 唐揚げ

 ──くぅーきゅるるぅ……

 

 ひときわ大きく鳴き声を上げたのはどこかの超絶美少女のお腹だった。

 ようやく迎えたお昼休み、つまりご飯を前にわたしのお腹はもう我慢の限界とばかりに大きな悲鳴を上げながらその存在感を主張していた。

 幸い、周りのクラスメイトたちは既に席を立ち喧騒に呑まれてしまったのでこの悲鳴を耳にした人はいない。

 もしも仮に聞かれていたとしたら死ぬことになると思う、わたしが。

 

「うぅ、おなかへった……」

 

 低血糖でフラフラとする身体をなんとか持ち上げて食堂へ向かおうとする。

 お弁当を持たないわたしはほぼ毎日コンビニでパンを買うか、たまに学食で一番安いうどんを食べて過ごしている。今日は急いでゆっくり学校へ来たせいでコンビニに寄る時間がなかったので、必然的に学食へ行くしか食料確保の手段がないのである。

 

 こんなにお腹が減っていて、しかも誕生日なんだから今日ぐらい奮発してクリスマス限定メニュー的なの注文して良いんじゃないだろうか? 

 限定メニューがなにかは知らないけど、クリスマスなんだしたぶんチキンとかそういう系でしょ。

 まだ見ぬ昼食に胸を躍らせていると、ただでさえふらついているせいで足元が疎かになったのかクラっときて倒れそうになる。

 

 ──あ、やば。

 

 朝の落下はもしかしてこの地面との衝突を暗示していた? とどこか他人事のように考察しながら、せめて少しでも衝撃に備えようとギュッと目を瞑った。

 でも訪れるはずの衝撃は一向にやって来ず、代わりに思い切り腕を引っ張られて今度は逆側に倒れそうになった。

 

「っとと」

「黒音さん、大丈夫ですか!?」

「あ、」

 

 ぽす、っと相手の体に身を預ける形で収まり、見上げるとそこにはわたしのマイ・フェイバリットフレンドが。

 

「く、黒音さん顔色が真っ白ですよ!?」

「あ、へーきへーき」

 

 お腹減ってるだけだし。

 

「全然平気じゃないですよ! 手を離したら倒れそうなぐらいふらふらじゃないですか!?」

「う、それは~そーだけど……」

「取り敢えず保健室に行きましょう! 今すぐ! ほら早く!」

「ちょ、だいじょぶだから、ホント、あ、ちからつよっ」

 

 ずーるずーると引きずられる形で保健室に連行されてしまった。

 うぅ、わたしのおひるごはん……。

 

 で、保健室でお弁当を食べていた養護教諭のお姉さん──おばさんと言うと凄く不機嫌になる。体育の授業で常連だからわたしは詳しい──に色々と質問をされて、まあ案の定極度の空腹状態であるということがこの場の二人にバレてしまった。

 うぅ、お腹が空きすぎて倒れそうになって保健室に運ばれるとか恥ずかしすぎて顔が真っ赤になる……。

 

「あ、あの、黒音さん。本当に、本当にごめんなさいッ!」

「いーよべつに。ちゃんと言い出せなかったわたしが悪いんだから」

「それでも私がちゃんと話を聞いてれば」

「はいはい、お互い様、だよ」

 

 身体を支えてもらいながら食堂へ向かう道すがら。

 彼女はそれはもう穴があったら埋まるんじゃないか、むしろスコップがあれば自分が入れるぐらいの穴は掘るんじゃないかってぐらい謝ってきた。

 いや、元はと言えば乙女の恥じらいでお腹空いたってのを黙っていたわたしが全面的に悪いと思うんだけど……。

 

「あの、よかったらお昼をご一緒してもよろしいでしょうか!?」

「いやこの流れで一緒に食べないのは逆におかしいでしょ!?」

 

 完全に二人で食べるつもりだったんだけど!

 あ、でもこの子はお弁当だから食堂に向かう前に一旦教室に戻らないといけないか。

 

「大丈夫ですよ! 黒音さんが注文している間に走って取ってきますから! 今はそれより黒音さんを確実に食堂へお運びするのが先決ッ」

「あ、あはは、そんな大げさな」

「でも保健室の先生はちゃんとご飯を食べないと次は倒れるって」

「うぅ……」

 

 それを言われると何も言い返せない。

 てな感じでわたしたちはその後、特にアクシデントを迎えることもなく無事に食堂に到着して席を二つ確保して、それぞれのお昼ごはんを前にしていた。

 

「わたしのクリスマス限定メニュー……」

「あ、あの、本当にごめんなさい。私が保健室に無理やり連れて行かなければ……」

 

 限定というのはクリスマスの日にだけ、という意味の他に限定何皿まで、という意味が含まれていたようでわたしが食券を買おうとした頃には既に限定メニューは売り切れていた。

 案の定、クリスマス仕様の豪華なチキンがメインの昼食だったからなんとしても食べたかったんだけど、今わたしの前にあるのはいつも食べている素うどんだけだった。

 

「はぁ、うどんが沁みる……」

 

 豪華な限定メニューから素うどんって落差が激しいけど、なんだかんだでこれぐらいシンプルな昼食が一番安心感みたいなのがあって美味しいのだ。

 特に最近は寒いし温かいおうどんは美味しい。

 

「それだけで大丈夫ですか?」

 

 ふらふらになるぐらい空腹なのに素うどん一杯で大丈夫か、と聞きたいんだろう。

 ふっ、愚問だね。

 

「正直物足りない……」

 

 ついいつもの癖で素うどんだけ頼んじゃったよ。

 食券を渡したときにはもう手遅れ、一度食券機に戻って別のおかずも追加するってのはカウンターのおばさんに「あ、ちょっとまってください」とコミュニケーションを取らないといけないのだ。

 わたしが食堂で素うどんが好きな理由は他人とのコミュニケーションが必要最低限で済むから、というのが大きな理由だったりする。

 だから食券を差し出した時点でもう後戻りは出来なかったのだ。

 でもやっぱり物足りないものは物足りない……。

 

「よ、よかったら私のお弁当食べますか!?」

「え」

「唐揚げとか! あ、卵焼きとかもどうぞ!」

「ちょ、」

 

 そう言ってズイッとお箸が突き出される。恐らく冷凍食品じゃなくてちゃんとお家で揚げたであろう、美味しそうな唐揚げだ。お母さんが夜のうちに揚げたのか、朝早くから揚げたのか分からないけど、見ているだけで愛情が伝わってくる。

 無意識にごくり、と喉が鳴った。

 

「遠慮せず、ガブッと!」

「う、うん」

 

 くれると言うのならあまり遠慮しすぎるのも悪いし、と唐揚げを受け取ろうとするが、はて困った。

 素うどんは丼だから受け皿に出来るようなものがないし、かと言って渡り箸はお行儀が悪い。

 普通に唐揚げをお弁当箱に入れ直してくれたらこっちで掴めるんだけど……彼女は何を緊張しているのか目をぎゅっと固く閉じてこちらの困惑に気づいていない。

 

「あの、唐揚げ食べれないんだけど」

「遠慮せず!」

「いや、置いてもらえると」

「ガブッと!」

「ちょ、めっちゃ手が震えてるよ!? 唐揚げに残像できてるけど!?」

 

 え、どうなってんの!?

 てかこれ「あーん」だけど残像出てたら口に入らないけど!?

 いくらわたしが話しかけても彼女はまたしても聞こえていないのか、段々と残像を生む唐揚げがこちらに近づいてきた。

 マジか!? このまま食えと!? 残像出てるけど!?

 

「すとっぷ! 一旦お箸とめ──ぎにゃぁ!?」


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