美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい!   作:紅葉煉瓦

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#77 モテるイケメンは無条件でモテるからイケメンって呼ばれる

 登校すると、学校中がどこか浮足立っていた。

 あっちを見てもこっちを見ても誰も彼もソワソワと忙しなく辺りを見渡していて落ち着きがない。

 通学路の時点でその空気はなんとなく察していたのだが、いざ教室に入ってみるとその空気はもうピークに達していた。

 

「キャー晴人くーん! チョコ貰ってー」

「私も私もー」

 

「うわぁ……」

 

 頭の中に砂糖でも詰まっていそうな陽キャのパリピ共が、学年一のモテ男である小林晴人くんに群がっている。

 ひとクラス30人の教室にも関わらず、HR前のうちのクラスにはそれはもう40人はゆうに超える人集りが。

 ここはバーゲンセール会場かなんかですか???

 

 そう、今日はバレンタイン当日。

 学校中の女子が意中の男子に想いを伝えるために張り切っていて、そして男子たちは自分がチョコを貰えるかもという儚い幻想を抱いて一日を終える日。

 義理チョコなんていう文化は遠い昔、友達関係の男子にチョコを贈るぐらいなら仲の良い女子に友チョコを贈る現代に於いては九割近くの男子が意味のない期待に胸を膨らませているとかいないとか……。

 現に教室の真ん中では女子に囲まれた晴人くんが困り顔をしている反面、教室の隅っこではあぶれた男子たちが期待半分嫉妬半分の眼で晴人くんを眺めている。

 

 わたしがコミュ力高くて計算高い女子なら、あぶれた男子たち一人ひとりの肩を叩きながら義理チョコを渡すことで男子たちの女神となりちやほやライフを送ることが出来たんだろうけど、そんな勇気は当然ない。

 精々が自分の席から哀れみと同情の気持ちをむむむーっと男子たちに送ることがわたしに出来る手向けだ。

 

 しかしバレンタイン、か。

 流石のわたしも、今夜はバレンタインコラボをするから今日がバレンタインであることを忘れはしていなかったけど、誰かにチョコを贈ろうなんて微塵も考えていなかったな……。

 黒猫燦としてバレンタインボイスを発売したり、バレンタイン配信をするってのにわたし自身バレンタインを経験したことがないってのは、果たしてどうなんだろうか。

 いや、仲の良い男子なんて生まれてこの方出来た試しはないし、かと言って物は経験と便乗根性丸出しで女子に大人気の晴人くんにチョコを贈るってのも、それはそれで違う。

 

 ま、女性経験皆無でもえっちな同人誌を書ける世界なんだから、バレンタインやったことない人がバレンタインイベントしても問題ないか!!!

 

 開き直って自分に関係のないイベントをBGM代わりに、スマホでまとめサイトを見ようとする。

 最近はこうして暇つぶしをしていると話しかけてくる子がちらほらと増えていたけど、今日という日に限ってわたしに構う女子はいない。

 悠々自適にネットサーフィンと洒落込もう、と思った矢先、

 

「黒音さん!」

 

 バンッ、と机が叩かれた。

 

「ぴぃっ!?」

 

 完全に気を抜いていたところに大きな音がやって来てビクッと肩が跳ね上がる。

 幸い、スマホは反射的にギュッと握りしめていたおかげで飛んでいくことはなかった。

 

「お、おどろいたぁ……」

 

 ホッと胸を撫で下ろして見上げると、そこには気炎万丈な表情を浮かべる黒井さんが。

 

「ど、どうしたの? なんかメラメラしてるけど……」

「あの!!!」

「は、はい!」

 

 やけに声を張っている黒井さんを前にすると、不思議とこちらも呼応するように声が大きくなった。

 同時に、自然と背筋もピンっと伸びて静聴の姿勢を取る。

 な、なんて気迫だ……。

 

「黒音さんは今日がなんの日かご存知ですか!?」

「え、っと……」

 

 ちらり、と横目で女子の群れを見る。

 

「煮干しの日、かな」

「バレンタインですよ、バレンタイン!」

 

 バンバンバンっ、と机が三回叩かれた。

 まさか非リア充のわたしたちに無縁なイベントの名前が黒井さんの口から出るなんて……!

 

「というわけで夜なべしてチョコレートを作ってきたんですよ!」

「どういうわけ!?」

「バレンタインにはお友達にチョコを贈り合う文化があると聞きました。これはぜひとも私も便乗して黒音さんにチョコを渡さなくては! と思いまして」

「あー、あり、がとう……?」

 

 なるほどなるほど、理屈は理解できた。

 わたしもさっきは義理チョコより友チョコのほうが現代では主流だって考えていたところだ。

 しかし、まさか自分がもらう側になるとは……!

 しかも黒井さんは夜なべして、と言った。

 つまり徹夜だ。

 さっきから妙なハイテンションでリアクションも大きく喋っているのは、それが原因だろう。

 その頑張りは素直に嬉しい。嬉しいけど……、逆にわたしが一切知り合いにあげるとか、そういう事を考えていなかったせいで逆に申し訳なくなる。

 あと、ちょっとテンションが怖い。

 

「受け取って、くれますか……?」

「もちろん。でもわたしから渡せるものないんだよね……」

 

 これが男女間のバレンタインなら一ヶ月後のホワイトデーでお返しをすればいい。

 でも女の子同士の友チョコ、というのは後日お返しではなくその場でお互いにチョコを贈り合って仲良しアピールするのが目的、らしい。

 だからここでわたしが何か渡せないと友情崩壊の危機を迎えるかもしれないのだ……!

 

「だ、大丈夫です! 私が勝手にしてるだけなので! そんな黒音さんに貰うだなんて恐れ多い」

「いや、でも」

「全然! 大丈夫なの! では!」

「あ、ちょ」

 

 紙袋を押し付けるようにして、黒井さんは自分の席へと戻っていった。

 同時に教室に先生がやって来て、HRの開始を告げるとアレだけ集まっていた女子連中も蜘蛛の子を散らすように教室を後にする。

 うぅ、なんか完全にタイミングを失ってしまった……。

 

 ◆

 

 それから休み時間の度に教室には晴人くん目当ての女子が集まり、わたしはキャーキャーと黄色の歓声に若干の疲弊を覚えながらお昼休みを迎えた。

 

 いやぁ、しかし晴人くんは凄い。

 普通、何十人と女子が短い休み時間の度に自分を囲ってきたら嫌な顔の一つを浮かべてもいいのに、ずっと爽やかな顔でわざわざ一人ひとりに感謝の気持ちを伝えていた。

 なんていうかファンサービス溢れるというか、VTuberとしてファン相手に活動している身からすると尊敬してしまう。

 きっと一ヶ月後のホワイトデーは全員分のお返しを用意して、今度は自分から相手のところに行って手渡しするんだろう。

 これだからモテる男は違うなぁ。

 

 そして朝にわたしにとっての一騒動を巻き起こした黒井さんはというと、休み時間の度に寝ていた。

 授業はしっかりと受けていた様子だったが、休み時間に話の続きをしようと思っても黒井さんはすやすやと仮眠を取るばかりで話しかけるタイミングを完全に失ってしまった。

 まあ、徹夜してチョコを作っていたのなら眠くなるのは仕方がないと思う。

 わたしだって徹夜でゲームした翌日は授業中に寝るから気持ちはよく分かる。

 でも色々と話したいこともあるのに話せないのはなんていうか、すごいヤキモキしてジレンマだ。

 

 と、いうわけで。

 お昼休みの時間を利用して売店でチョコを買ってきました。

 黒井さんも誘ってご飯を食べようかと思ったのだが、気がつけば教室に姿はなかったので一人で買ってきた次第。

 

 所詮、学校の売店で売られているチョコなんてたかが知れている。

 コンビニでも買えるようなよくある板チョコとか、小さい箱に入った個包装のやつだ。

 まあ、無いよりマシ、貰ったままでは居心地が悪いから気持ちだけでもの緊急措置だ。

 にしても、バレンタイン当日だけあって売店のチョコ類はほとんどが売り切れていて、買えたのは20円ぐらいで買える個包装のチョコだけ……。

 

 き、気持ちが大事だから……っ!

 

 ウキウキしながら教室に戻ると、そこにはちょうどお弁当を食べ終わった黒井さんが。

 わたしが出た後にちゃんと起きてご飯を食べたようで一安心。

 

「黒井さん!」

「あ、黒音さん」

 

 どこかまだ眠たげな声色をしている。

 

「こ、これ、チョコ。よかったら、食後のデザートに、どぞ……」

「?」

 

 すっ、とチョコレートを差し出す。

 ヤバい、どうせなら一個と言わずに残っていたやつ全部買い占めたらよかった……。

 黒井さんはまだ頭が回っていないのか、わたしの手に乗ったチョコを見つめながら点々点って聞こえそうな顔をしていた。

 そして、

 

「!? こ、こ、これは、まさかバレンタインの……!?」

「あ、うん。その、さっきはありがとね。こんなのしか用意できなかったけど、よかったら」

「全然! 全然そんなことないです! 黒音さんから友チョコを貰えるなんて感激ですよ!」

 

 覚醒した黒井さんはそれはもう見ているこっちが心配になるぐらい喜んでいた。

 恐る恐るチョコを受け取って、両手で包み込むようにして大事に抱えている。

 チョコを両手で持ったら溶けるぞ……!

 

「あ、そうだ。黒井さんのチョコ食べていい?」

「え、ここでですか!?」

「うん。一緒に食べよ」

 

 お昼休みが終わるまで、あと少しある。

 食後のデザートタイムには充分だ。

 自分の席から紙袋を持ってきて、ちょうど空席になっていた黒井さんの前の席に座る。

 

「あの、お店に売ってるやつに比べたら美味しくないと思うので」

「バレンタインは気持ちが大事だから」

 

 じゃなかったらわたしなんて20円のチョコだぞ!

 

「おぉ……」

 

 紙袋からお洒落な箱を取り出して開けると、そこには手作り感のあるトリュフチョコが入っていた。

 

「これ好きなんだよねー」

 

 一つ摘んで口に放り込む。

 ココアパウダー特有の軽い苦味のあとにミルクチョコレートの甘みが口いっぱいに広がった。

 うん、普通に美味しい。

 

「でも徹夜しちゃダメだよ? 一日中眠そうにしてたし……」

「実は、どんなチョコレートにしようか迷って色々作っていたら朝になっていて……。結局一番上手にできたトリュフにしたんですけど、喜んでもらえたみたいで本当に良かったぁ~……」

「うん、ホントにありがとね」

 

 わたしが食べるまでどこか不安げだった表情をぱぁっと明るくさせて、黒井さんは20円チョコの包装を剥いて食べた。

 

「美味しいです! 黒音さんのチョコ!」

「まあ、大ヒット商品だからね」

「ふふん、違いますよー」

 

 そこで黒井さんは一呼吸置いて、ピンっと人差し指を立てるとドヤ顔で、

 

「気持ちが籠もってるから、美味しいんですよ」


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