美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい!   作:紅葉煉瓦

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#83 出会って数ヶ月、数年。でも名前が分からない。リアルでもネットでも日常茶飯事

 ──つ、つかれた……。

 

 あれから残された時間を一秒も無駄にしないように頑張って喋って喋って喋り続けて、なんとかスタッフさんがカウントしてくれた人たち全員と喋ることが出来た。

 喋ることは出来たんだけど……、イベント中はアドレナリンで空腹感とか疲労感とかそんなの気にならなかったのに達成感から緊張の糸が一瞬緩むと、今にも倒れたくなるぐらいの倦怠感が全身に襲いかかってきた。

 一ヶ月の準備期間で少しでもイベントに耐えられるように体力づくりをして、簡単なリハーサルで調子を確かめていたのにこれだ。やっぱり本番ってのは想像を遥かに絶する物があると実感した。

 

 でも弱音を吐いている暇はなかった。

 マネージャーさんが頑張って用意してくれた僅かな時間でわざわざ買いに行ってくれたサンドイッチを搔き込むように頬張ってスポーツドリンクで水分補給をする。最後に喉のケアに飴を舐めながら次のスタジオに向かう。

 次は三期生とコラボステージがあるから、個室の防音室から多人数が入れる配信スタジオに移動しなくちゃいけない。

 わたし的には個室で通話しながらやればいいと思うんだけど、機材や進行の関係で一箇所に纏まったほうがやりやすいらしい。対面コラボとか相手の顔色伺っちゃうから勘弁してほしい……。

 

 気持ちとか抜きに物理的に重い防音扉を開けると、スタジオにはもう三期生のみんなが揃っていた。そりゃそうである、わたしが遅刻魔です。

 じろりと睨めつけるような好奇の視線は後入りしてきたわたしを批判しているような気がした。多分気がしただけでこれは罪の意識が生んだ被害妄想。ホントかな? そうであると願いたい。

 

「あ、せんぱーい。また遅刻ですかー?」

「うっ」

 

 自虐している所にクリティカルヒットな一撃が飛んできて、息が詰まる。

 会議とかでよく使われる長机の一番手前にいた小柄な女性──まあわたしのほうが小さいんだけど──九天溢が茶化すように言ってきた。お前は悪魔か。

 事情はあるけど悔しいかな事実なだけに何も言い返せない……! あと先輩の威厳として言い返すのはちょっとダサい気がする。

 

「溢。先輩は忙しいのですからあまり茶化すのは良くないですよ」

 

 助け舟を出してくれたのは長髪の女性──クリスティーナ・ルティーヤ。

 眼鏡と黒い長髪がキリッと整っていて、どこか知的で頼りがいを感じさせる。でも胸はどこか頼りない。

 

「あ、先輩、よかったらお菓子……」

 

 ちょこちょこと駆け寄ってチョコレートを差し出してきたのが神々廻ベアトリクス。天然の金髪で本当のハーフらしい。こっちは頼りない雰囲気があるのに胸は結構デカい。

 会う度に何かと近づいてくるけど、どこか距離を感じるのは気のせいじゃないと思う。

 

 一応、ここにいる人達は事務所で顔を何度か合わせたり打ち合わせをしているから初対面特有の緊張感はない。

 Vtuberになってからよくある、黒猫燦と黒音今宵の容姿のあれこれについても既に過去経験済みだ。

 ……みんなもバーチャルアバターとリアルで違うのに、わたしだけ決まって大げさなリアクションを取られるのは未だに納得いかないけど。

 

「先輩、私の隣が空いてますよ。……どうぞ」

「あ、ありがと」

 

 そう言って椅子を引いてくれたどこか大人びて見える女性──聞く所によるとあまり年齢は変わらないらしい──はシエル・アドミラルだった。

 わたしが見るに彼女がリアルと配信で一番ギャップがある人だと思う。

 配信ではどちらかと言うと元気っ娘を売りにしているハイテンションキャラなのに、リアルだと物静かでテンションは低めだ。

 あるてまは素で配信している人が多いからこういうギャップがある人を相手にすると、ちょっと距離感を掴みづらいんだよな……。もう慣れたけど身近だと咲夜先輩とか。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

 シエル・アドミラルの逆隣に座っていた大人の女性──リーゼロッテ・フォン・ビブリオテークが挨拶をしてきた。彼女はリアルだと常に敬語を崩さないので、やっぱりこの人もギャップがある部類だ。あとバーチャルアバターはロリなのにリアルは大人ってのも未だに慣れない。

 うーん、なんかこの二人に挟まれるとムズムズしちゃう。

 心なしか左斜め前に座るベア子がシュンとした表情をしていた。わたしも出来ればそっちが良かったよ。

 

 でも対面に座るおじさんが邪魔だからね……。

 ジトーっと視線を投げると園崎道幸は気まずげに顔を逸らした。そしてクセなのか、自分の顎を撫でようとして、綺麗に剃られた顎にどこか所在なげに手をおろした。事務所で会った時はいつも清潔にしているから分からないけど、多分普段は無精髭が生えてるのかもしれない。

 まあ、この空間唯一の男で且つ真ん中の席、そして女の子六人に囲まれておじさんも居心地が悪いんだろう。

 だからそこを退けとは言うまい。わたしは寛大な心で大目に見ることにした。

 

 いつもだったらネットとリアルを分けるために本名で呼ぶことが多いけど、今日は人が多いし本番当日ってこともあって万が一名前が混じって配信中に事故とか起きたら困るし、名前はずっとネットのほうで統一している。

 ……別に、最近スタッフさん含めて人の名前を覚えることが多くて、三期生の本名誰が誰か分からなくなってるわけじゃないし。

 ほら、鈴木花子とか田中太郎とかそんな名前でしょ覚えてる覚えてる。

 

 手持ち無沙汰にコロコロと舌の上でベア子から貰ったチョコを転がす。

 こういうときって先輩としてしっかり後輩を引っ張ったほうが良いのかな。なんかみんなも手持ち無沙汰にしてるし、もしかしてわたしが宣言することでコラボステージ始まるとかそういう系?

 え、でも別にスタッフさんから何も言われてないし、わたしが勝手するわけにもいかないし、そもそも暇つぶしの会話をしようにも話題とかないし……。

 この中じゃわたしが一番年下なんだし、ほら、会話って年上が先導するものだし……。ね、おじさん? あ、目を逸らすなバカ!

 助けを求めてキョロキョロと視線を動かしていると、一人あぶれて長机を二つくっつけた境目の所に座っていた九天溢と目が合った。

 彼女はにっこりといい笑顔を浮かべると、両隣に誰もいないのを良いことに両手を大きく広げながら、

 

「じゃあ、先輩も来たことですし早速やりましょーか!」

 

 と、言った。

 お前が神か。


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