美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい!   作:紅葉煉瓦

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#92 今を生きるJKとして流行はおさえないと

「今宵ちゃんタピろうよ! タピ!」

 

 中年教師の適当なホームルームもようやく終わり、やっと家に帰れる解放感からるんるん気分で鞄を肩に掛けようとしたら何者かに肩を叩かれた。

 

「っ──」

 

 唐突な出来事に思わず情けない声が漏れそうになる。

 しかし教室の、しかもホームルーム直後に悲鳴を上げればクラス中の視線が集まるのは必至。そんな注目は無歓迎と、わたしは口の端をグッと噛み締めて悲鳴を堪えた。……いったぁ、力み過ぎた。

 じんじんと痛む唇と口内、そしてばくばくと未だに跳ねる心臓をひた隠し、さも何事もなかったかのように平静を装いながら声の主を見やる。

 

「だ、大丈夫……?」

 

 完璧なはずのポーカーフェイスが一発で見破られてしまった。

 もしやエスパー?

 

「涙にじんでるけど……」

 

 おっと、ちょっとあくびが出ていたらしい。袖で目元をゴシゴシして証拠を隠滅する。ホームルームが退屈過ぎたからね、仕方ないよ。

 

 で、話は戻ってわたしに気づかれることなく背後を取ったのはクラスの女子連中三人組だった。

 右から無駄にキラキラした瞳をした奴と心配そうにオロオロした奴、そしてそれらを見ながらクスクスと笑っている奴、三者三様だ。ちなみに肩を叩いたのはキラキラの娘。

 この一年弱で培ってきたわたしのなけなしのリア充スキルを総動員して彼女たち三人のパリピウェイソイヤオーラに対抗しようとする。しかし悲しいかな、所詮付け焼き刃の陰キャには逃げ出さないのが精一杯で、目を合わせることも叶わなかった……。

 

「ねねね、今宵ちゃんタピオカ飲んだことある!?」

「な、ないけど……」

「じゃあタピろ!」

 

 タピオカ、それは去年から急に流行してきた謎の飲み物である。

 一節にはカエルの卵をミルクティーに浮かべているとか、イクラを黒蜜に浸したものとか散々なことを言われているアレだ。

 その正体は南米のイモとかいう説があるけど、わたしは信じていない。ネットの言うことをそのまま鵜呑みにするのは良くないからね!

 で、そのタピオカ某は女子高生を中心に第何次ブームだとか連日テレビで取り上げられていて、都会ではタピオカ専門店が節操もなくそこかしこに乱立しているらしい。数メートル間隔や道路を挟んで向かい側はまだ可愛い方で、タピオカ専門店の隣がタピオカ専門店とかいう土地と客の奪い合いが日夜白熱しているとか。

 お前らは気に入らないFC(フランチャイズ)のコンビニを潰すために真隣に建てられた同系列の本部直営のコンビニか。

 

「時代はタピオカで映えだよ、映え!」

 

 ハエかな?

 

「じぇーけーたるもの流行は抑えておかないと!」

「トモちゃん、黒音さんがすごい苦いコーヒー飲んだときみたいな顔してるって」

「じゃあ甘いタピオカ、キメよ!」

「トモちゃんそういう意味じゃないよ!?」

「っ、ふふ……」

 

 なんかそういう感じで連行されることになった。リア充こえぇ……。

 

 

 ガタンゴトンと電車に揺られること三十分弱、タピオカの聖地とか呼ばれている原宿へやって来た。

 最近は電車に乗って事務所へ行くことも増えたから人混みにも慣れてきたと思っていたが、原宿は人の層がリア充に寄っているのか到着早々気分が悪くなってきた。

 うぅ、陽のオーラが日陰者のわたしを焼く……。

 

「黒音さん大丈夫?」

「あ、うん。へーきへーき、心は吸血鬼」

「???」

 

 人酔いのせいかよく分からないことを口走ってしまった。なんだよ心は吸血鬼って。

 

「あ、見て見て! タピオカ屋さんだよ!」

 

 トモちゃんが指差す方向を見る。

 前の人の背中が邪魔で何も見えん……。

 

「トモ、今宵さん見えてないって」

「えぇ!? ごめんね!?」

「あ、いや、別に……」

 

 何もわざわざ謝らなくてもいいのに。むしろこっちこそ背が低くてすまんって感じだ。

 それにしてもこの時間帯の原宿はわたしたちと同じように制服を着た、学校終わりの女子高生がかなり多い印象だ。他には私服を纏った大学生ぐらいの女性やスーツを着用したOLのグループも見かけるけど、その全員と言ってもいいぐらい全員が片手にタピオカを持ってウェイウェイしている。お前ら頭タピオカ詰まってんのかよ……。

 

「ところでトモちゃん。タピオカ屋さんはたくさんあるけど、どこに行くか決めてるの?」

「当然でしょ! 流行の最先端を走るじぇーけーとしてバッチリ流行りは抑えてるって! 映えは完璧よ!」

「映えより味が気になるなぁ……」

「ふふ……」

 

 ふ、不安だな……。

 そんな沈むと分かっているタイタニックで航海している気分のまま、わたしたちは意気揚々と進むトモちゃんを先頭に都会の道をゆく。人間でごった返す歩道は時にわたしを人波に攫おうとするが、その度にマイちゃん(オロオロちゃん)スズさん(クスクスさん)に手を引かれて正しい航路に戻される。ふたりがいなかったら多分今頃五回は交番に行ってるか、そのまま帰宅してたと思う。

 

「あ、見て見て。あれ、あの服可愛い!」

「トモ。ショッピングはタピオカを買った後でも良くない? この人混みだし目的のお店も並んでるかもしれないわよ?」

「あ、たしかにそうだよね。もう着くと思うんだけどなぁ」

「結局どんなお店なの? トモちゃん」

「えっとね、抹茶とかストロベリーとか色んな味があって生クリームとかも載せられるらしいよ。見た目が綺麗だからインスタ映え間違いなしだってネットで言ってた!」

 

 どうやらタピオカブームの業界で少しでも長く生き抜くために、各店色んな企業努力をしているらしい。

 まあ、こういう女子高生とかギャルを中心にした流行ってバブルみたいなものだから、数年もしないうちにみんなタピオカの存在とか忘れ去って次の映える流行に移っていくんだろうなぁ。まさにバエ()である。

 そんなこんなでわたしたちはそろそろ春休みだねとか、進級したらさすがに受験勉強しなきゃいけないとか、スズさんの彼氏は大学生とかマイちゃんは幼馴染が好きとか、至極女子高生らしい会話を繰り広げながら──わたしは振れる話題がなかったから聞き専だったけど──タピオカ屋の前までやってきた。

 

「うわ、すごい行列」

「並んでるね……」

「さすが原宿……」

「ひぇえ……」

 

 そこは店内で飲食するスペースもない、カウンターと調理スペースだけしかないこじんまりとしたお店だった。

 まあ、周りを見渡しても土地面積の都合か知らないけど、人が横に並んで三、四人ぐらいしか立てないこじんまりとしたお店が多いからそういうものなんだと思う。

 しかし驚くべきはその行列だ。

 他の店が多くてもせいぜい十人とか十五人ぐらいの待機列だとしたら、このお店は倍の三十人とか下手したら四十、五十人はいる。隣のタピオカ屋なんてここの行列が長すぎるせいか、カウンターを邪魔してお店に人が寄り付いていない。

 隣が空いているんだから無理して並ばずに買えるとこで買えばいいのに……。まあ、確かにここはオーソドックスな何の面白みもないタピオカ屋だから、ここまで来たならって気持ちになるのは分かるけど。

 しかし、ここにいる全員が映えタピオカを求めて集まってきた思考力の低下した悲しきタピオカモンスターだと言うのか……。恐るべし、タピオカブーム。

 

「で、どうしよう?」

 

 マイちゃんが言った。

 

「これは流石に、ねぇ」

 

 スズさんも言う。

 

「むり……」

 

 わたしも言った。

 三人とも否定気味だが、しかし映えを求めてやってきたトモちゃんは諦めきれないのか店員さんに待ち時間聞いてくる! と言ってタピオカ屋に突撃していった。

 いやぁ、見るからにめっちゃ時間掛かりそうだけど……。ほら、店の前に写真撮影用のテーブルとか置いてあるし、あの待機列もあるせいでめっちゃ進み遅いよ。あ、あの女子高生グループ何回撮り直ししてんだ。

 とか思っていると、案の定トボトボと意気消沈したトモちゃんが帰ってきた。

 

「………」

「あー、えっと、ど、どんまい」

「トモちゃん、元気だして!」

「そういうこともあるわよ」

 

 結果は聞くまでもない。

 わざわざ重たい口を開かせるのもあれなので、先行して励ましておく。他のふたりも流石友達歴が長いだけあってあの手この手で励ましている。

 そして少しだけ元気を取り戻したトモちゃんはやはり諦めきれないのか瞳の奥に消えない炎を灯しながら、

 

「ここで引き下がったらじぇーけーの名折れ! こうなったら私一人だけでも並んで、みんなはショッピングを」

「いや、ないでしょ」

「こ、今宵ちゃん?」

 

 馬鹿な発言に思わず素でツッコんでしまった。いけないいけない、学校ではもう少し口を慎まなきゃ。

 

「黒音さんの言う通りだよ。トモちゃん一人残して遊ぶなんて出来ないよ!」

「そうね、誰か一人でも欠けたらここまで来た意味ないし」

「来た意味……」

「黒音さんと遊ぶためでしょ?」

 

 え、そうなの? 映えは!?

 

「最近疲れ気味の今宵さんに、少しでも楽しんでもらうのが目的なんだから。ここでトモがタピオカひとつのために並んでどうするの」

「た、たしかに。タピオカに気を取られすぎて大事なことを忘れてたよ……!」

 

 トモちゃんが衝撃的、といった表情を浮かべている。

 お、おぉ……、どうやら本日の主役はタピオカじゃなくてわたしだったようだ。

 配信とか勉強でちょっと疲れてるの、トモちゃんたちには見抜かれていたらしい。

 

「えーっと……」

 

 なんか気恥ずかしくて頬を掻いちゃうんだけど!

 こういうときなんて言ったらいいか教科書に書いてなかったしリスナーも教えてくれなかったんだが!?

 

「今宵ちゃん!」

「あ、はい」

「タピオカは諦めて一緒にあそぼっ!」

「あ、うん。遊びます」

 

 使命感に燃えるトモちゃんの瞳には別の炎が浮かんでいた。あ、あちぃ……。

 

「あーぅー、なんか、その、ありがと……」

「えへへ、いいよぉ! 友達だもん!」

 

 ともだち、友達か……。

 なるほど……。

 

「じゃあさじゃあさ、さっき気になった服屋さん行こうよ! 今宵ちゃんに合いそうなのがあったんだ!」

「あーちょっと待ってトモ。どうせならさ、ほら」

 

 走り出そうとするトモちゃんを静止して、スズちゃんがツッとある方向に指を向ける。

 そこは、

 

「あ、隣のタピオカ屋さん」

「そうだよ! トモちゃんが行きたかったところじゃないけど、せっかく原宿(ここ)まで来たんだしタピオカ買おうよ!」

「ふふ、映えじゃないけどね」

 

 スズさんの皮肉に、しかしトモちゃんは笑顔で、

 

「映えより大事なものがあるもんね! すみません通してくださーいごめんなさーい。あ、店員さん! タピオカミルクティーよっつ! お願いします!」




黒音今宵「ちなみに遊びすぎてめちゃめちゃ疲れた」

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