美少女になってちやほやされて人生イージーモードで生きたい!   作:紅葉煉瓦

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#95 これもまたなろう系

 本日はVTuber学力王決定戦、当日。

 二週間丸々一向に捗らなかった勉強に絶望した面持ちのわたしが、マネージャーさんの運転する車に揺られやって来たのは都内某所にあるスタジオ。

 マネージャーさんは外部のスタッフと打ち合わせや準備をすると言って離脱し、わたしは一人出演者用の大部屋の控室へ向かうことになった。

 

 ……その際、迷子になりそうならすぐに電話をするようにとか、無闇にスタッフだからといって人気のない場所へ付いていったり電話番号を渡さないようにとか、色々言い含められたけど幾らなんでもさすがに心配しすぎじゃないだろうか。わたしだってそこまで駄目な子じゃないと思うんだけど。

 

 もやもやした気持ちのまま、控室とだけ張り紙された扉を極力音を立てずに開ける。注目を浴びたくないからだ。

 

「ぉ、じゃましまぁす……」

 

 そして目の前に居ても聞こえるかどうかの超小声で挨拶をしたわたしは、自分の定位置はこことばかりに部屋の隅に逃げ込んだ。はぁ、やっぱり隅っこが落ち着く……。

 と、一安心しているとじろり、と妙な視線を感じたので顔を上げる。

 見れば既に控室に居た三人の女性が、一斉にわたしを値踏みするように睨めつけているではないか。

 しかし他所のVTuberと全く絡みのないわたしとしてはどう声を掛けて良いのかも分からず、一人寂しく部屋の隅で縮こまるしかなかった。うぅ、無言の圧が辛い……。

 

 やがて三人は何を思ったのか今まで座っていた席から立ち上がると、わたしのいる場所へずんずんとやって来て、

 

「あ、あぅぅぁ……」

 

 囲まれてしまった。

 背後には壁。前方には見知らぬ女が三人。

 絶体絶命の状況で、わたしはこれが所謂(いわゆる)壁ドンってやつだろうか、とどこか他人事のような感想を抱いた。しかし口からは色々とオーバーヒートした末の呻きだけが漏れ出る。

 もしかしてこの女たちは既に結託していて、これからやって来る気弱そうな年下のVTuberを締め上げてライバルを一人でも減らそうって腹積もりじゃないだろうか。

 恐ろしい、さすが女社会はドロドロに汚れきっているぜ……!

 

 そんな事を考えながらビクビク震えていると、正面に陣取っていた女がくわっと目を見開き、

 

「可愛い!」

 

 と叫んだ。はぁ?

 

「えぇ!? どこの子!? すごい可愛いんだけど! うわ、うわ、髪もツヤツヤだしお肌も綺麗! ちっちゃいのに胸はおっきいし、なにこれなにこれ!」

「ひゃっ!?」

 

 呆然としているうちに女はわたしのほっぺをムニムニしたり髪の毛を撫でたりやたらとベタベタ触ってきた。コイツ、ヤバい……!

 

「うわ、うわ、すごいもちもち!」

「や、やめろぉ!?」

 

 初対面の相手をもみくちゃにするとか常識無いのか!?

 

「こらこら、この子困ってるじゃないですか。その辺で止めておきましょう」

「そうですよぉ、もっと遠慮して触らないとぉ」

「そういう意味じゃないですよ?」

 

 目の前のしっかりメイクを決めた茶髪の女は周りに注意されると、ようやくわたしの身体を解放してくれた。こ、コイツはヤバい……。

 

「アハハ、ごめんごめん! とんでもなく可愛い子が来たからお近づきになりたくって。私はオルタナティブ所属の九十九乃(くくの)つく。よろしくね?」

「私はあるけみーずのレウェニアです。よろしくお願いします」

「個人勢の甘良(あまい)なぁでぇす。よろしくぅ」

 

 やたらと押しが強いのは最近勢いがあると言われている企業グループ【オルタナティブ】の九十九乃つくだった。たしかVTuberとしての姿は巫女服を着た元気な少女だったはず。誰にでも物怖じせず距離の近いスタイルがリスナーから好評らしい。

 

 そして丁寧な物腰の黒髪の女性は企業グループ【あるけみーず】のレウェニア。白衣を着た学者のような出で立ちで、学術系VTuber──特定ジャンルを専門にするVTuberの総称──として名を馳せている。今回の企画に於いて彼女以上の人選は中々いないだろう。

 

 甘良なぁは有名な個人勢の一人だ。黎明期にデビューした彼女はその特徴的な甘ロリ系の声でリスナーの脳みそを溶かし、日夜熱狂的な信者を量産しているとかいないとか。リアルの見た目もアイドルやコスプレイヤーとして充分人気が出そうなゆふるわ系で、確かあれは地雷系とか量産系とか言われるファッションだっけ。あとなんかめっちゃ甘くていい匂いがする。

 

 わたしの記憶が正しければこの三人は他の企画でも一緒にコラボをしていたはずだ。つまり顔見知り。

 ってことはここにいる赤の他人はわたし一人だけ。うわ、最悪だ……。

 

 まあ、いつまでも消沈しているわけにはいかないので、気を取り直して自己紹介をしよう。

 一応、さっき超小声で挨拶はしたけど目の前に来てくれたのに何も言わないと印象が最悪になりかねないし。

 

「く、黒猫燦です……。あるてま所属です。よ、よろしくおねがいします……」

 

 やっぱり初対面の相手は緊張する。

 でも前に比べたらちょっとは良くなってる気がするな。てかそう思ってないとやってらんねぇよなぁ!?

 わたしの自己紹介に、目の前の三人はピシリ、と動きを止めた。

 そして、

 

「えぇ!? 黒猫燦!? 黒猫燦ってあの黒猫燦!?」

「驚きました……。黒猫燦といえばなんというか、その……」

「おっぱいがちっさいはずなのにぃ、あなたはおっきぃのね」

「うっ」

 

 こ、この反応。

 あるてまのライバーに会ったときに何度も経験したやつだ。

 そ、そりゃぁ貧乳キャラみたいな扱い受けてるけど配信でも胸のデカさはアピールしてるし、そもそもVTuberとリアルで容姿の乖離が激しい人なんていくらでもいるじゃん……。

 

「リアルよりバーチャルの方が可愛い子とか貧乳なのに巨乳キャラやってる子は結構いるけど、まさかリアルがVより遜色ないぐらい、ううん、バーチャルより可愛い子がいるなんて」

「ちょっぴり嫉妬しちゃいますぅ」

 

 うぅ、控えめに言ってめっちゃ恥ずかしい。

 だからスタジオでやる企画は嫌なんだよ……!

 

「うーん、これならVTuberをやるよりアイドルや顔出しをしたほうが良かったんじゃないですか?」

「うぐ」

「ちょっとちょっと! 失礼すぎ! レウェニアは誰にでも正論パンチ良くないわよ!」

「ぐふっ」

「つくさんの言葉も大概ですよぉ? ほらぁ黒猫さんダメージ受けてる、大丈夫ぅ?」

 

 そ、そりゃぁわたしだって美少女に生まれたからにはこの容姿を活かしてちやほやされたかったよ。

 でも人前に出るとか恥ずかしいし、生身じゃなに喋ったら良いか分かんなくなるんだから仕方ないじゃん!

 はぁ、昔は注目浴びるのとか平気だったのになぁ……。

 

「でもでも黒猫さんと共演できてすっごい嬉しい! あるてまと言えば企業勢の先駆けみたいなものだからね!」

 

 まあ、黎明期に企業がバックに付いていたVTuberは数居れど、企業グループとして大々的にデビューを飾ったのはウチの先輩たちが業界では初だからね。

 あるてま一期生がデビューしたことで企業勢や個人勢という括りが生まれ、後を追うように他の企業からもグループが生まれたわけだし、あるてまはわたしが思っている以上にこの世界では大きな存在なのかもしれない。

 

「ね! もう少しお喋りしましょ!」

「本番までまだしばらく時間はありますからね」

「黒猫さんはえっちなのがお好きって、本当ですかぁ?」

「うぇえ!?」

 

 そんな感じで、わたしを輪の中心に他所のVTuberとしばらくお喋りすることになった。

 

 

 九十九乃さんに使っている化粧品を聞かれたり、レウェニアさんに使っている機材を聞かれたり、なぁちゃんに脳を溶かされたりしているとあっという間に時間が経っていた。

 ……なぁちゃんに耳元で囁かれたら時間と記憶が一気に消し飛んだんだけど一体何があったんだろう。

 

 時計を見てみると、あと30分もすれば配信スタジオに向かう時間だ。

 結構話し込んだにも関わらずまだ時間に余裕があるのは、ひとえにマネージャーさんが優秀過ぎて遅刻しないように管理してくれたからだ。

 

 で、さっきまで話していた三人はというと、九十九乃さんは遅れてやって来た他の出演者に突撃して(知らない人相手にも談笑できるのすごい)、レウェニアさんは台本のチェックを(予習にも余念がない)、なぁちゃんはSNSの更新と(自撮りをしているのでリア垢かも)、思い思いに過ごしている。

 わたしもあと30分、せめて最後の足掻きに勉強をしようかな、と考えていると、

 

「燦ちゃん!」

 

 下の名前で呼ばれて肩がビクッと跳ね上がる。

 この場で下の名前で呼んでくるのなんてなぁちゃんだけだが、彼女は今自分の趣味に没頭している。

 ということは、

 

「アスカちゃん!」

 

 今日の出演者でわたしの唯一の知り合い、そして親友の立花アスカしかいなかった。

 

「あはっ、お久しぶりですね!」

「うん、最近会えなかったから」

 

 お互い最近は忙しいこともあって会う機会はめっきり減ってしまい、なんだかアスカちゃんの顔を見ると嬉しいよりも先に懐かしいって気分に浸ってしまった。まあ、通話はたまにしてるんだけどね。

 

「結構ギリギリだったね」

「あはは……、余裕を持って出たつもりが、人身事故で危うく遅刻するところでした……。こんなこともあるんですね」

「あー、人身事故は仕方ないよ」

 

 わたしもフェスのとき遅刻したし。

 

「あ、そうだ。この前は新衣装のラフありがとね。おかげでマミーも喜んでたよ」

「私も燦ちゃんのお手伝いが出来て嬉しかったから大丈夫! でも他人の私がラフを作っちゃって差し出がましくなかったかな?」

「むしろわたしの伝え方が下手くそだから次も頼むって言われた……」

「あ、あはは……」

 

 まあ、見知った相手ならともかく赤の他人がデザインした衣装を元にイラストを描くなんて人によっては不愉快に感じる人もいるだろうね。

 その点、ウチのマミーは色々寛容的だから助かっている。……黒猫燦が自分の見た目に関してなに言っても許してくれるんだからホントに感謝だ。

 

「ところで燦ちゃんは勉強してきましたか?」

「うっ、あ、あんまり……」

 

 最初の一週間はそれとなく頑張っていたんだけど、さすがに二週間目は集中力が切れてしまってついつい遊びに逃げてしまっていた。

 

「だと思いました」

 

 アスカちゃんはクスクスと笑うと、

 

「だから本番中、私がそれとなく手助けしちゃいます! 燦ちゃんは安心してくださいね!」

「おぉ!」

 

 今回の企画、学力王決定戦と言われているけど、別にガチガチのテストをするのではなくむしろバラエティ番組の側面が大きい。

 ルールには協力プレイ(アドバイス)も可、って書かれていたし特に問題はないだろう。

 

 アスカちゃんは賢いので頼もしい味方が出来てしまった。

 

「すみませーん、出演者の方はスタジオまでお願いします! 打ち合わせとリハ開始します!」

 

 それからしばらく談笑していると、扉の向こう側からスタッフさんが叫ぶ声が聞こえた。

 

「あ、時間みたいだね。じゃあいこっか!」

「う、うん! 頑張ろう!」

「おー!」

 

 アスカちゃんと並んでスタジオに向かう。

 朝に感じていた不安は、いつの間にか無くなっていた。


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