レミリアは確かに長期戦を覚悟していたが、それにしたって夜が明けるとは思っていなかった。やぶれかぶれで、せめて烏賊達がまた何かを喰って再生しないようにお口を魔法陣でチャックしてみたら案外と有効だったようで再生はしなくなったが、その代わりとばかりに攻撃の苛烈さが増して(危機感を覚えて必死になったのもあるだろうが、単に再生に費やしていたリソースを全て戦闘に向ける事が出来るようになった為だと考えられる)、消耗し切った上に日に焼けて煙の出てきたレミリアはついに泣きが入った。
「おーい守矢の。もう無理だ一回帰ろう」
「東風谷早苗です。日が差すのが困るというなら雨でも降らせましょうか」
「馬鹿、雨もダメなんだ」
「じゃあ曇り。とにかく帰るのは無しです」
早苗が大気を圧縮させて固めると烏賊達はひしゃげ潰れた。悪趣味な水晶と遜色のなくなったそれをレミリアがぐるぐる巻きにして地面に張り付ける。
「もうめちゃくちゃですね。これ見て烏賊と答える人はいないでしょう」
「封印できるんだったらこれで倒したで良いんじゃないのか」
「封印は不可能です。それに私別に巫女って訳じゃないのでそういうのはちょっと。これは私の力を使い続けるので封印とは違いますし」
「私の鎖もそうだ」
「とりあえず曇りにします」
宣言通り直ちに曇りになった。レミリアが神かよとぼやくと、そうですがと言って憚らない早苗だった。これも一つの時間稼ぎ。小休止とはいかなくとも作戦会議くらいはできる。運命操作は全然進んでいなかった。早苗はそれに期待していたというのに、あと三日はかかると当たり前のように言ったレミリアには早苗もため息をついた。天狗達が来ない事をレミリアは訝しんだが、多分我々にやらせちゃえばいいという話になったのだろうと当たり前のように言った早苗にはレミリアもため息をついた。幻想郷の住人的に紅魔の主人というのは、ポッと出の異形に苦戦するような存在ではないし、事実それは的を射ている。もっと言うとそんなのと化け物が破滅の光を打ち合っている処にのこのこ出て行って巻き込まれたくはないのが正常の感性というものだろう。守矢の風祝にしたって、問題児の烙印を押された暴れん坊なのだから事情はレミリアと大して変わらなかった。
「しかし、あー、君のとこの神様連中は帰ってこない君を心配して駆けつけたりはしないのか?」
「放任主義なんで」
「お前マジでさぁ…」
「半分冗談です。天狗がサボってるのに加奈子様や諏訪子様が出張ってたら腰が軽いってナメられるでしょ。そういうの気を付けて下さいって普段からって言ってあるんで」
「正しいがそれ君が言い聞かせないといけないくらい連中は奔放なのかい」
「はい」
「はいかよ」
「本題に入りましょう」
早苗は深呼吸をした。噛み砕いて説明しようとすると自分との関連性を喋る必要が無いことにここで気付いて、笑ってしまいそうになった。余裕が無いかよと早苗は自嘲するものの、そこを笑い飛ばせるのは結局、無意味な罪悪感から逃れるという前提を達成したからに他ならない。
「あれは『怪物の代名詞』という名前の存在です」
「うん?」
「外の世界で最近まで有名だった…まぁ、妖怪的な奴です」
「あー、まて、まて、名前があるんだったらもっと早く教えてほしかった。大分役にたったのに」
「えっ?す、すいません」
早苗は知っている限りの情報をレミリアに提供した。同じ力の元に暴露し続けるとそれに適応すること(つまりそもそも封印できない。今行っている時間稼ぎも程なく破綻する)や、散々他の創作物をぶつけて殺し合わせていた際に、お互いの作品の格が落ちないような都合のいい解釈が付け足されまくった経緯から、今尚驚異となりうる存在と相対した場合に新しい設定が急に生えてくる可能性があること。存在自体が全く異質な原因は昔と今の信仰の「質の違い」にあり、厳密には妖怪とも神とも異なった全く新しいジャンルの存在であること。全ての情報に早苗自身の考察が含まれること。
「それだけ判れば、慣れさえあればあの手合の運命を視る事ができるのもそう遠くなさそうだ」
「本当ですか?あれの運命を変えるのはどれくらいかかりますか?」
「言っても今晩まではかかる。昼にそんな大きな力は出ないし」
「…まぁ良いでしょう。私は何をします?」
「自由にやってくれ。さっきので判ったが、指示通りに動いてる時の君はパフォーマンスが低い」
「さいで」
「私は君とうちのが繰り広げる余興を多く見てきた。君が当たってほしいと思うヤマを好きに張ればいい」
「承知しました」
「あれらに相応しい運命自体は決まったけれど、正直な処あんまり状況が良くなくてね。埃一つ分程のズレすら許されないとでもいうか…ふふ、まぁ奇跡にでも期待してみるか?いやいや、良いんだよ、別に。けつまくって逃げて増援の一つでも呼べばあっさり解決さ。目を離した隙にどれくらい死ぬかは知らんがね。君はまだ若いし大人に任せたって誰も責めやしないって」
「奇跡なら起きますよ」
レミリアはきょとんとし、少し黙った。人事を尽くして天命を待てば、後に残るは茶番のみ。東風谷早苗にとって奇跡とはそういうものだった。目の前で膨れ上がっていく悪趣味な水晶に二人は視線をやった。こんな程度の事象は幻想郷に何ら被害を齎さない。より正確に表現するならば、百人や二百人死ぬような事は幻想郷にとって代謝程度の事でしかない。細菌を殺すのに免疫細胞が沢山死ぬのは当然と言える。それでもここには二人と三匹しか居ない。そしてこれから死ぬのは多分三匹の方だけで、誰一人として殺める事なく殺されるのだろう。
「起こします」
「結構だ、守矢の」
「東風谷早苗です」