ここ数日、ロドスは比較的平和な毎日を過ごしていたと言っても良いでしょう。
……それは「レユニオン」たちの襲撃や、暴動は各地で起きていますが……。
「ドクター」の指揮下で動くオペレーターの活躍によって、そのことごとくが被害の出ることもなく、鎮圧に成功しています!
ドクターはとても素晴らしい人です。
初めは、記憶喪失に陥ったドクターを前に、思わず言葉を失ってしまいましたが……。
今ではそんなことは気になりません。
その指揮力と鉱石病に関する知識は健在で、業務への支障は誤差の範囲内です。オペレーターたちからの信頼も以前よりも更に強固になったとすら感じます。
それに……ドクターは相変わらず優しい声音で私のことを労ってくれて、頭を撫でて活躍を褒めてくれて、くすぐったくて笑う私を「可愛い」と、そう言ってくれるのですから。
「ですから、何も変わりはしないのです」
記憶を失ったドクターは、娘のようにではなく、私のことを一人の「パートナー」として扱ってくれている。それが寂しく思うときもあったけれど、それ以上に嬉しいと感じてしまっている自分がいる。
トレイに乗せた温かい珈琲。
マグカップは二つ、角砂糖とミルクも少し。ちょっと焦げたカップケーキも二つ……
ドクターとゆったりした時間を過ごせることを想像して、ついつい頬が緩んでしまう。
トレイを片手で持つと、コンコンとノックを2つ。
中からドクターからの返事はない。
「ドクター、お疲れ様です。アーミヤです」
また、書類の山に埋もれて眠っているのかな?
そう思い、返事を待たずに鍵のかかっていなかった扉を開けると……。
「お疲れ様ですドk……!!?」
そこに居たのは椅子に座ったまま眠るドクター……と
「すぅ……」
……その膝の上で眠る、ロングのケープコートに銀色の美しい長髪、長い睫毛に、羨ましくなるほどのボディラインを持った……。ドクターに身を寄せて眠るオペレーター「スカジ」さんの姿であった。
File1 スカジ
出会ったのは確か……そう、ロドスの甲板の上だった。
「私はスカジ、バウンティハンターよ」
目の前に立っている奇特な雇い主は、私の言葉を聞いて満足そうに頷くと手を差し出してこちらを見つめる。握手……ね。
「あなた、本気で私を雇うつもり?私がいれば、厄災が降りかかるわよ?」
仲間を巻き込む巨大な触角に、陰に隠れた両手血まみれの狂ったモンスター……行く先々で戦い、壊し、失くし、歩み続ける。そんな私を、誰かは避けるし、私も誰かを避けて過ごす。私は歩く「厄災そのもの」なのだ。
けれど、雇い主はそんなことを気にしていないのか、君の力が必要だ、と更に手を伸ばす。
「……そう……あまり私に近づき過ぎないことね」
そっと手を触れると、ぎゅと手を握り合う。
握手なんて、何年振りかしら。
……変に、手汗を掻いていなかったかしら?
ロドスには、多種多様な人材が揃っている。
うるさいのに、燃やしてるのに、なんか、大きいの。
好奇心で私に話しかけてくるような人もいたが、その大半が、私が拒むと徐々に私を避けるようになった。
それに、ここは、私には喧騒がすぎる。
アップルパイ!なんて騒いでいる貿易所、ま、待て、機材に触るな!という必死な声に続いて爆発音まで聞こえてくる製作所。5、5……と虚ろな目で彷徨っている白いのと黒いの。どこも、落ち着かない。
……そうして一人になれる場所を探して彷徨っていると、ちょうど廊下を歩いているドクターの姿が目に映った。
ドクターの指揮は……悪くない。
少なくとも、私の邪魔をしないという点において、とても戦いやすいと感じている。戦場での姿も堂々としていて、後処理も迅速だ。きっとドクターがいなければ今頃ロドスの被害はこの程度では収まっていなかっただろう。影の功労者とも呼べるべき存在だが……。
そのドクターが挙動不審な動作で周辺を見渡して、気配を殺しながら慎重に歩みを進めている姿はとても奇妙だった。
見るからに怪しい……。
だってあまりにも気配を消すのが下手だったから。
よし、見られていないな。と一人満足そうにつぶやくドクターを見て、私は、そっと気配を消すと、その後をつけることにした。もしかすると、彼女の、「私の目的」について何かわかるかもしれないと。そう思ったからだ。
ドクターが使われていない倉庫の中に入っていったので、気を引き締めながらその後に続く。中は、埃っぽくて薄暗かった。
その闇の向こうで、ドクターは誰かと落ち合っているというわけでもなく、当然倉庫に用があるわけでもない様子だ。
……私はその無防備な肩にそっと手を置いて話しかける。
「……こんなところで何をしているの?」
途端、ぴょんと飛んで、ゴホゴホと咽(むせ)始めるドクター。
慌てて何かを飲み干すと、はぁと大きく息をついた。こちらを見上げて、恨めしそうな表情を浮かべて口を開く。どうしてここに居るのかと。
「さぁ、それはあなたも同じじゃないかしら」
それはそうだけど、と不満げに呟くと、ドクターは私のことを見上げながら、聞いてもいない言い訳を始めた。曰く、仕事が忙しくて頭がおかしくなりそうだったこと、逃げようとしたら執務室に鍵をかけられていたこと、逃げ出したら今度は椅子に手錠までつけられたこと……
「そ、そう、それは大変だったわね」
そういうと、ドクターはうっすらと瞳に涙を浮かべていた。ロドスの最重要人物が、ここまで追い詰められるなんて……一体誰が……?
「……え?くれる……?そう、ハンバーガー……?」
ドクターから手渡されたのは、赤い包みに入ったハンバーガー。の半分。
もう半分は今もドクターの手の中にある。
私が手に取るのを躊躇していると、ドクターが、ハンバーガーを知らないのか?と不思議そうに質問してきた。
「え、えぇ!もちろん、ハンバーガーくらい知っているわ。パンの一種でしょう?」
ドクターはその通り。というと、自らの分を大口を開けて頬張り始めた。幸せそうに口を動かす姿を見ていると、唾が滲み出てきて、久しぶりに食欲が湧いてきたようだった。知ってはいる、けど食べたことはない……。
「……はむ……っ!」
一口、ハンバーガーを頬張って見る。
なるほど!こういう感じね?ケチャップと、ハンバーガーと、それに、レタス。パンで挟んだのね、なるほど……。もぐ、うん、うん。うん?
「え?美味しいか、ですって?……えぇ、悪くはないわ」
薄暗い倉庫の中で、段ボールの上に腰かけて二人でハンバーガーを食べる……
なんだか、変な感じ……!!!?
「ひゃ、なに!?く、口についてた?そう……」
不意にドクターの手が、私の頬に触れた。
頬についたケチャップを拭ってくれようとしたようだけれど、私はそれよりも、『誰かに触れられるまで接近を許していた』自分に驚いていた。
鼓動を沈めるように呼吸をすると、冷静さを取り戻して、ドクターの方を見る。すると、ドクターの頬にも、私と同じように赤い跡が……
「……あなたも、ついているわよ」
……恐る恐る、ハンカチ越しに頬に触れて、跡を拭う。
ドクターはそれを黙って受け入れて、拭い終わると笑顔を見せて礼を言った。
自分でも不思議なほどに、ドクターとの接触に抵抗がない。
これは情報共有のための等価交換にすぎないの?けど……
「……えぇ、悪くはないわね」
透き通った空気の、青黒い星空が見える日だった。
いつものロドスとは雰囲気が違う甲板の上、ここには私について話す懐疑的な噂話や訝しんだような視線は届くことはない。
あるのはシンと静まり返った静寂、まるで故郷を思わせるように暗闇、そして何よりは、雲の合間から見える美しい光の星々。
「……綺麗」
…………ドクターにも、教えてあげようかしら。
ふと頭に浮かんだその人物は、最近私を困らせる人。
ドクターは私を見かける度に話しかけてきた。
食堂で、
廊下で、
執務室で……
人目もはばからず、ただの友達のように。
私も初めは、困惑することが多かった。
私には話す話題もないし、それに、あまり近くに寄られると……妙に気恥ずかしかったから。
「……」
けれど、段々と慣れていくうちに、ドクターと次に話せる機会が楽しみになっていった。自然と、次にドクターと話す話題を決めておくようになったし、偶然出会えるような場所には足を運ぶようにもなってしまった。
こんなことは、生まれて初めてだった。
「……~♪」
明日は、ドクターと一緒に任務に出る。
なのに、この浮足立った妙な気持ちは、お風呂に入っても、ベットに入っても、静まることはないのだろう。
ドクターの周りには危険が多い。
「それ以上は近づかないことをお勧めするわ」
「う、うるせぇ!ここでやらなきゃ、俺達は、俺達は……う、うおおおおお!!」
剣を振るうと、無謀にも突撃してきた兵士のわき腹を強く打つ。
ぐおぉ、と相手は唸り声を上げながら白目を剥いてそのまま崩れ落ちた。
……死んではいないはずだけれど。
「……ドクター。えぇ、これで最後のはずよ」
すぐ近くに居たドクターにそう伝えると、ドクターは感謝の言葉を述べて笑顔を見せる。
あぁ、
たったそれだけのことが、どうしてこんなに嬉しいのだろう?
「ドクター、この後……」
一瞬、遠くで何かが光るのが見えた。
同時にドクターが私のことを突き飛ばした。
倒れながら両目で捉えたのは……私がもともと立っていた位置に迫る、白銀の矢。今は、その場所には……
ああ、
違う、
ダメヨ。
ゼ ッ タ イ ニ ・ ・ ・ッ!!!
即座に膝を着くと、そのまま素早く剣を振り抜く。
剣は音を置き去りにし、剣閃が風を駆けて嵐を巻き起こすと矢はドクターへと到達する寸前に吹き飛んだ。
「ば、化けも……!」
射線の先で、捉えた獲物は……ッ!!
「ドクター!何をやっているの!」
すまない、助かったと、苦笑するドクターのその姿に、私は、怒りとも悲しみともわからない感情が沸々と沸き上がってくるのを感じていた。
たとえあの矢が私に刺さろうとも、それは、大したダメージにもならなかっただろう。だけど、普通の人間であるドクターに当たれば、どうなるのか……!
そんなことはドクターだって知っているはずなのに!!
「どうして……どうして?」
咄嗟に、体が動いてしまった。スカジを信頼していたのに、申し訳ないことをした、と再びドクターは困り顔で謝罪をした。
「!違うの、私……」
私の体の震えは収まらない。
それは、凍えるような恐ろしい恐怖によるものだった。
今回は守ることが出来た。けれど、私に降り注いだ厄災が、ドクターに飛び火してしまったら?
その時、再び私は今回のように……無傷でドクターを守ることが出来るのだろうか?
「ドクター、お怪我はありませんか!?」
作戦を終えて、他のオペレータたちがドクターに駆け寄ってくる中、私はその声から逃げ出すようにその場を後にした。
この程度の不幸なんて、始まりに過ぎないのよ。
いつか、私の存在そのものが、ドクターにとっての重荷になる。
…………私は、決断した。
「……もうやめてくれるかしら?」
私が選んだのは、拒絶であった。
いつものように、私に気さくに話しかけてくるドクター。突然の私の言葉が予想外だったのか、え?と驚いたような声をだす。
「だから、そういう気遣い、迷惑なのよ。やめてちょうだい」
私が冷たくそう言い放つと、いつもは気さくなドクターも、真剣な顔をして、俯いて、言葉を失くしているようであった。
ドクターは指揮官として孤立した私を気にかけている。
きっとそれだけに過ぎないのだ。
親切心のようなもので……ただの優しさ。
でも、その優しさが甘い毒のように私の身体を蝕んでいる。
ドクターは拳を震わせたまま、黙っている。
任務が上手くいかずに犠牲になった人がいたり、患者の治療が上手くいかなかったときなどに何度か執務室でそういう顔をしているのを見たことはあったが、面と向かってその表情を見るのは初めてだった。
痛い。
胸の中が、痛い。
どんなに恐ろしくて、巨大な敵に襲われた時よりも……痛くて、苦しい。
胸の中が張り裂けそう……!
逃げたい。この場から、そして、出来ることならもう二度と……
「……さようなら、ドクター」
そう呟いてから踵を返すと、不意に後ろからドクターに手を掴まれてしまう。
「……ど、ドクター?え?もう……気を遣わなくても良いのかって?……あ……!?」
思考が真っ白になると。ドクターの手が頭に触れていた。
今、されているのは所謂、「良い子良い子」という奴で……ドクターの手が優しく私を撫でている。
「気を遣わなくても良いんだろうって?……そういうつもりで言ったわけじゃ……」
なかった。けど……
胸の痛みは消えていた。
頭ではいけないと思っているのに、この、心地良い感覚を、いつまでも味わっていたいと心の奥底が反逆している。
「私の髪が長くて綺麗だから、ずっとこうしていたかった?……えぇ、そう、あ、ありがと……もっと触ってみる?」
ドクターに赤くなった顔を見られたくなくて、ぷいっと顔を背けたが、そんな姿すらも可愛いと言って、全身が燃えるように熱くなった。
……でも、悪くは、ないわ。むしろ……
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「お、オペレータースカジ!どうしてここに!?」
「っ……?」
大きな叫び声に目を覚ますと、目の前には耳の長いロドスの最高責任者さんの姿があった。
手にはマグカップにカップケーキ。私とドクターのために持ってきてくれたのだろう、優しい少女だ。
「どうしてここに……?そんなの、決まっているわ。ドクターを守るため、よ」
「……そ、それがどうしてドクターのお膝の上で眠ることにつながるんですか!?」
「これが、一番ドクターを守るのに適した距離だったからかしら」
「……そ、そんなはずありません!だいたい、最近スカジさんはドクターとの距離が近すぎます!この前だって……」
「ッシ……あまり大きな声を出すと、ドクターが目を覚ましてしまうわよ……?」
ハッとしたように両手で口を噤むウサギの少女。
良い子ね。どっちも。
未だに夢の中に旅立っているあなたの手の甲をそっと撫でる。
あなたは。今まで以上に私に近づいてきた。
髪を撫でたり、肩に頭をのせあったり、膝枕、なんてものもした……かったり。そう、私の方から近寄ることも……最近は、多い……。
だってもう私。諦めたもの。
あなたはいくら突き離しても無駄で、あなたはとっくに、私のかけがえのないものになってしまっている。だとしたら、いっそ自分がいつも近くに居て、守ってしまった方がずっと楽。
「は、離れてください。スカジさん。今日の護衛はもう、良いですから……」
「……それは無理ね、だって、ドクターの方が私を放してくれないもの」
「!?」
絶句したように口を開く少女を尻目に、私は眠っているドクターへと再び目を閉じて体の力を抜くと体重を預ける。水面のように浮き沈みするドクターの肺が、漣のように鳴っている心臓の鼓動が、日光に照らされた海面のように暖かなその血液が、私を心底安心させる。
ドクターが離してくれないなんて当然「嘘」
眠って力の抜けた人間の拘束なんて、簡単に抜け出せる。まぁ、100人束になっても抜け出せる自信はあるのだけれど……。
これはきっと、私の願望。
もしものことが起こった時も、ドクターは私に戦え、とは言わず、逃げろ。といって手放すだろう。
だけど、私もう守るって決めたのよ。
暗闇の底から見つけた、星々の光る……私の海を。